NTT研究所の研究成果を紹介する「NTT R&Dフォーラム」。
初のオンライン開催となった今回は「Into the IOWN -- Change the Future」をコンセプトに、「NTT R&Dフォーラム2020 Connect」として11月17日(火)~11月20日(金)の4日間にわたり開催された。会場では8つのテーマごとの研究が展示されたほか、2つの基調講演、スペシャル対談、2つの特別セッション、4つの技術セミナーが配信。本記事では、配信された講演の概要および特に注目を集めた研究展示についてレポートする。
※記事本文中の研究所名が、執筆・取材時の旧研究所名の場合がございます。
特別セッション1では、ゲストに日本フェンシング協会会長/国際フェンシング連盟副会長 の太田雄貴氏、株式会社IMAGICA EEX 代表取締役CEO兼CCO/株式会社IMAGICA GROUP ゼネラルプロデューサー諸石治之氏を迎え、日本電信電話株式会社 サービスエボリューション研究所 主席研究員 木下真吾氏により「ポストコロナに向けたスポーツ&ライブエンターテインメントの再創造」をテーマに、コロナ禍におけるスポーツ&ライブエンターテインメントの現状と今後について議論が交わされた。
特別セッション2では、ゲストに小説家・「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」SF考証の高島雄哉氏、タレントの眞鍋かをり氏を迎え、日本電信電話株式会社 宇宙環境エネルギー研究所 所長 前田裕二氏により「宇宙世紀に向けた、NTT宇宙環境エネルギー研究所の挑戦」をテーマにセッションが行われた。SF作品であるガンダムの設定世界と絡めつつ、核融合炉の最適オペレーション技術など、NTT宇宙環境エネルギー研究所が取り組むさまざまな挑戦について紹介した。
本年のスペシャル対談は、アナウンサー渡辺真理氏をMCとして、レーシングドライバーの佐藤琢磨氏と日本電信電話株式会社 代表取締役社長 社長執行役員 澤田純氏の両者を迎え、「ICTを活用したスポーツ&エンターテインメント」のテーマで行われた。
佐藤琢磨氏(以下、佐藤選手)は学生時代の自転車競技から一転、20歳で鈴鹿サーキットレーシングスクールに入校し首席で卒業。その後渡英し、2001年には日本人初のイギリスF3チャンピオンを獲得。さらにマスターズ3、マカオGPを制覇し、F3で世界の頂点を極めた。2002年には史上7人目の日本人フルタイムF1ドライバーとしてF1世界選手権に参戦し、2004年のアメリカGPでは表彰台を獲得する。
そして2010年からは北米インディカー・シリーズに参戦し、2017年、ルマン24時間レース、モナコGPと並び世界三大レースの一つと称される伝統のインディ500においてアジア人として初めて優勝。今年8月には2度目のインディ500を制覇し、史上20人目の複数回優勝という偉業を達成した。現在インディカー・シリーズでは通算6勝を挙げており、来季もレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングでの参戦が決定している。
一方、NTTグループは2019年よりインディカー・シリーズの冠スポンサーを務め、それにより北米最高峰シリーズの名称も「NTT INDYCAR SERIES」と変更された。また、インディカーの公式テクノロジーパートナーとしてインディカー・シリーズのモバイルアプリの機能拡充、デジタルイノベーションによるファン体験の向上などに貢献している。また、澤田社長ご自身も昨年は現地に赴き観戦するなどインディカー・シリーズへの造詣も深い。さらに2020年より佐藤選手がNTTのインディカーテクノロジーアンバサダーを務めていることもあり、このスペシャル対談が実現したのである。
コロナ禍の中での開催となった今シーズンは、通常5月の開幕が8月に延期され、しかも無観客の実施になるなど異例の開催となったが、佐藤選手は座右の銘である「ノーアタック・ノーチャンス(挑戦なくしてチャンスなし)」の精神で勝ち切った。対談ではそうしたメンタル面、フィジカル面の強さについても詳細に語られたが、特に耳目を集めたのは後半に紹介されたインディカー・シリーズにおけるNTTの技術事例だった。
澤田社長自らが対談の中で「インディカー・シリーズというのはICT技術の塊」と称したとおり、インディカー・シリーズではIoTという用語が定着する以前から、既にドライバーの状況や車体の状態のセンシング、記録などが行われてきた。NTTグループが提供するインディカー・シリーズの公式アプリは、そうした今までは見ることができなかった情報をファンに届けようというもの。お気に入りのドライバーをリアルタイムに応援したり、ドライバー目線のインカメラ映像を視聴したり、位置情報連動のリアルタイムレース順位を確認したりすることができる。
セミナーではこの公式アプリのほか、30メートルの壁面に切れ目なくレースの光景を映し出す「メディアウォール」、カメラ画像の解析により来場者や車両の状況を感知する「会場セキュリティ」などの技術が映像とともに紹介された。
公式アプリについて佐藤選手は「予選のタイムトライアル中、以前はコックピットの中でじっと待っていました。しかしそれでは他の選手の結果は分かるものの、どういう状況でそのタイムを出したかまでは分かりません。そこで最近では、自分の番が来るまでずっとNTTの公式アプリを使い、他の選手がどのくらいアクセルを踏み込んだか、どういう風に走ったのかなどの情報を見ています。練習なしでいきなり本番に行かなければいけませんし、風向きなどのコンディションによってもかなり挙動が変わってしまいますから、100%の力が出せるようアプリの情報を使って現在のトラックコンディションを自分でイメージしています」と語り、これには澤田社長、渡辺アナウンサーとも大いに驚いた様子だった。
最後に佐藤選手に来シーズンへの抱負を聞くと、「NTTさんのように日本から世界に、そしてグローバルでトップになるような企業がタイトルスポンサー、テクニカルパートナーとして応援していただけるのは本当に幸せな環境。インディカー・シリーズはアメリカの偉大なスポーツですが、さらにトップを目指して邁進していきたいと思っています」との答え。
それに対し澤田社長は「インディ500を2度優勝した人は20人、3回優勝は10人、4回優勝は1人と聞いています。佐藤選手にはぜひ5回優勝を目指してほしい」と期待を寄せ、スペシャル対談を締めくくった。
NTTが取り組んでいる最先端の研究成果を紹介するとともに、いまNTTが考えていること、想像している未来、そして未来に向けて続けている努力などを少しでも感じていただこうという趣旨で行われている技術セミナー。本年は「Into the IOWN -- Beyond Human」「デジタルツインの先へ -- Digital Twin Computing」「Smartな世界をめざした安心・安全な社会基盤の確立」「健康で将来に希望を持つことのできる、輝く"医療の未来"へ~ICTとWell-being、Human Co-being~」の4つのテーマでセミナーが配信された。ここでは、それぞれの概要を紹介する。
IOWNのコンセプトのひとつである「Beyond Human」。AIの能力を人間に近づけ、さらに超えさせようという方向性だ。視覚を例にとると、人間の目は約240fpsまでの映像を認識するとされているが、既にSONYは1000fps を超えるCMOSイメージセンサーを開発している。本セミナーでは、処理にかかる時間を人間の応答速度とされる0.1に収めるため、センサーが捉えた情報から必要な部分だけを抽出し届ける「次世代データハブ」の技術が紹介された。
IOWNのもうひとつのコンセプト「Remote World」からは、NTTとSONYの共同研究から生まれた「観戦アシストシステム」を紹介。超低遅延ネットワークIOWNを活用し、距離の壁を越えて熱狂できる空間を作り出すコンセプトと、それを支える技術についての解説が行われた。
そして「Into the IOWN」では、IOWNを実現する技術として高効率・低消費電力を実現する「光ディスアグリゲーテッドコンピューティング」、および快適にネットワークに接続し続ける「エクストリームNaaS」が紹介された。
モノやヒトのデジタル世界への写像であるデジタルツイン。現在は産業ドメインごとに分割され進展しているが、本セミナーではモノ・ヒトなどのデジタルツインを合成することで多様な仮想社会を構築し、新たな価値を創出する計算パラダイムである「デジタルツインコンピューティング構想」を解説。また関連技術として、渋滞を軽減する高精度な車両位置情報のリアルタイム集計技術が紹介された。
さらにヒトのデジタルツイン実現に向けた研究開発への取り組みについて、「外面・内面をモデリングする技術」「理解する技術」「思考する技術」「表現する技術」「人の集団を再現する技術」の5側面を紹介。今後はさらに脳科学や心理学、行動経済学など多角的なアプローチが必要であることが報告された。
セミナーの後半には「完成コミュニケーション」「Another Me」「未来社会探索エンジン」「地球と社会・経済システムの包摂的な平衡解の導出」の4つのグランドチャレンジも発表。今後も振れ幅の大きく「尖った」研究を続けていくことを宣言した。
今後はモノだけでなくヒトも含めたデータをサイバー空間で分析し、物理空間にフィードバックすることで、両空間が融合した今までにないスマートな世界が到来すると予想される。一方で、さまざまな要素がネットワークに接続されることにより攻撃のターゲットが増加するとともに、攻撃を受けた場合の損害も重大なものとなる危険性がある。そのため従来の「後追い型」ではない「先回り型」の新たなセキュリティ技術が必要とされているのだ。
セミナーではまず、モノやヒトの構成や状態をサイバー空間上でとらえ、空間的・時間的に分析することで、ドメインをまたいだ感染拡大を発見し、その予兆や感染の原因特定を実現する技術を紹介。そしてスマート農業を例として、貴重な栽培ノウハウの流出、不正な制御情報配信による栽培の妨害などからデータを守るIoT認証認可技術(IoT: Internet of Things)が紹介された。
また、5Gサービスが開始され、接続デバイスおよび通信量の増加が見込まれるなかにあっても超低遅延な通信を可能とする「専用コアネットワーク」という考え方も紹介された。
セミナーの直前、NTTは「医療健康ビジョン:バイオデジタルツインの実現-心身の状態の未来を予測し、人間が健康で将来に希望を持つことのできる輝く"医療の未来"へ-」を発表。本セミナーはその内容を解説するものとなった。
セミナーは研究の3つの視点、すなわち「(1)データを取る」「(2)行動をフィードバック」「(3)未来を予測」に沿って進行。「(1)データを取る」では、ウェラブルセンサデバイスから電波を照射して血中のグルコーストレンドを可視化する技術を紹介。また「(2)行動をフィードバック」では生体信号である筋電を取得後、解析してフィードバックする技術を紹介した。そして「(3)未来を予測」では自分の将来像をデジタル世界に創出することで現在の自分の行動を見直し、より良い未来を迎える手助けをする、という研究も披露された。
ただ病気を治すだけではなく、その先にある幸せを考える、というNTTの研究姿勢が色濃く表れた技術セミナーとなった。
今回は最新の技術、研究成果をバーチャルの展示ブースで紹介した。以下に各展示テーマのコンセプトと特に注目を集めた研究をピックアップしてレポートする。
「IOWN構想」を実現するために策定した技術開発ロードマップの主要技術を、その価値を実感できるユーザ体験とあわせて紹介。
「拡張性・柔軟性の高いオールフォトニクス・ネットワーク構成技術(I01)」では、多様なプロトコルスタックを収容可能な大容量光パスをダイナミックに提供することによるリモートプロダクション、インフラ共用などの新たな顧客体験を創造する最新技術を紹介。光インタフェースと大容量光パスが創り出す新たな世界の可能性を提示した。また「光ディスアグリゲーテッドコンピューティング(I05)」では、CPU・GPU・FPGA等の計算資源を光電融合技術で密接につなぐなど、計算資源の効率的利用を通した電力効率向上を実現する最新技術を紹介した。
スマートな社会基盤を実現する、光/無線による革新的ネットワーク技術や高度な制御・運用技術を紹介。
「OAM-MIMO無線多重伝送技術(N04)」では、5G以降も増加する無線トラフィックの収容に向け、大容量化を実現するテラビット級無線伝送技術を紹介した。2030年ごろの実用化をめざし、光回線の代替・補完などを想定している。また「農機レベル3自動走行の実現に向けたネットワーク・情報処理技術(N06)」では、遠隔監視・制御によるロボット農機の安全&効率的な無人自動走行を、IOWNの要素技術として無線品質予測、オーバーレイネットワーク、映像転送、画像解析、ネットワーク協調デバイス制御の各技術を統合。今後は乗用車やUAVなど他領域での自動走行への利用拡大も進めていく。
人や社会の活動を支援することによって生活を豊かにし、新たな価値を創造する AI関連技術「corevo 🄬」を紹介。
「デジタルツインコンピューティング技術(A01)」では、IOWN構想におけるデジタルツインコンピューティングや、ヒトのデジタルツインの実現を通した高度に相互作用する仮想社会と、その仮想社会との融合により拡張する実世界の世界観を紹介した。また「リモートワールド時代のメディア処理デバイス技術(A15)」では、ユーザの周囲の音空間を高度に制御し、知らせたい音/聞かせたい音だけを届けるパーソナライズドサウンドゾーンを実現する技術を紹介。「エッジコンピューティング環境を想定した非同期分散型深層学習(A20)」では、現在の深層学習が1か所に集約したデータからモデルを学習させることが一般的なのに対し、近い将来に想定されるデータの分散蓄積(エッジコンピューティング環境)下の機械学習モデルをセキュアに最適化する手法とデモを紹介した。
Smart Worldを複雑化するサイバー攻撃から適切に保護し、安全なデータ流通・活用を支えるセキュリティ応用技術、および将来を担う暗号技術の紹介。
「NTT耐量子計算機暗号(S05)」では、国際標準化コンテストの最終選考に残っている公開鍵暗号基本技術で、量子計算機でも破ることができないNTTの次世代暗号を紹介した。今後は国際標準採択に向け、さらなる安全性と効率化を研究していく。
膨大かつ複雑なデータを高速に処理し、業界や地域の壁を越えた複数プレイヤーがデータを自由に活用可能とする技術について紹介。
「業務のデジタル化を実現するデータ活用・分析技術(D02)」では、行政や金融機関など窓口業務に従事するスタッフの生産性とユーザ利便性向上を実現するデータ活用・分析方法により、業務のDXを実現。ウィズコロナにおける顧客接点をデジタル化する。また「4Dデジタル基盤®の全体像(D06)」では、高精度で豊富な意味情報を持つ<高度地理空間情報データベース>上に、多様なセンシングデータを精緻・リアルタイムに統合する4Dデジタル基盤®の全体像を紹介。今後、さまざまな産業分野への提供を通し、社会課題解決や新たな価値創造をめざしていく。
サイバー世界のデータを活用し、その人の持つ能力を最大限に活かせる社会の実現に向け、新たな「ライフ環境」を創出する仮想現実/拡張現実技術と、あらゆるものをシームレスに結ぶヒューマン・マシン・インタフェース技術を紹介。
「能力支援・拡張を実現するサイバネティックス技術(M01)」では、人の運動制御による生体信号の取得・解析とフィードバックにより運動能力を支援・拡張し、なりたい自分を見つけることをめざしている。また「遠隔観戦の熱狂を向上させる『観戦アシストシステム』(M02)」では、スポーツやコンサートの遠隔からの観戦・視聴において、熱狂感や一体感、観戦者同士の相互作用による対話性の向上を図り、距離を超えて観客同士の熱狂が共有できる空間を実現していく。
地球環境の再生と持続可能かつ包摂的な社会の実現に向け、地球環境の未来を革新する環境エネルギー技術を紹介。
「核融合炉の最適オペレーション技術(E02)」では、国際核融合実験炉(ITER)の実現をめざし、IOWN技術(APN: All-Photonics Network、DTC: Digital Twin Computing)の活用によって、核融合炉からの各種センサデータをコントロールセンタへ超高速かつ低遅延で伝送し、アクチュエータにフィードバックするネットワークを実現することで、核融合の安定運用に貢献する。今後はDTCの活用によるサイバー空間上での核融合炉再現を通した高度なシミュレーションも実施。また「落雷制御・充電技術(E03)」では、気象の極端化に伴う多雷化時代を見据え、雷を制御し人や設備を落雷から守るとともに、雷エネルギーの利用も実現していく。
革新的情報処理技術、先端的デバイス技術、物質材料技術、医療・バイオ技術に関する研究開発など、社会に変革をもたらす基礎研究を紹介。
「テレ聴診器:装着型音響センサによる遠隔聴診と生体音の可視化(B01)」では、検査着に多数の音響センサを仕込むことで、生体活動に伴う音を同時多面的かつ高品質に受信端末に送信、また音から心臓の動きを表す動画の生成や所見文章の作成などの情報変換(可視化)により、オンライン診療や健康のセルフケアを支援する。また「ウェアラブル生体・環境センサを用いた暑さ対策システム(B02)」では、ウェラブル生体・環境センサを装着した作業員を遠隔監視、暑熱による体調不良リスクを個人ごとに推定してアラートする。