IOWNが変える社会インフラ MaaSとエネルギーの革新

これまでの連載では、IOWN構想とは何か、IOWNを構成する技術要素について説明してきました。今回は、IOWNが社会をどのように変えるのか、そのモデルケースとして社会インフラ分野を例に、MaaS(Mobility as a Service:サービスとしてのモビリティ)とエネルギーの2つのユースケースをご紹介します。

MaaSにIOWNが果たす役割

世界ではいま、ネットワークとつながる自律型制御システムを搭載した自動運転車の普及と、ICTを基盤とする交通の統合的支援システムの整備が大規模に進んでいます。
とくに注目されているのが、「MaaS」という概念です。これはICTにより、あらゆる交通サービスがシームレスにつながり、1人ひとりの利用者が、その時々のニーズに合わせて最適かつ安全な移動サービスを得られる、という超スマートな交通システムです。

このような取り組みによって将来は、個々人が特定の移動手段を意識せずに、日々の通勤・通学といった定型的な移動だけでなく、生活のなかで突発的に発生するあらゆる移動においても、その瞬間に最も適した移動手段をダイナミックに提案され、選択することができるようになります。このことにより渋滞や満員電車を避け、エネルギー消費を最適化し、個々人が受ける移動でのストレスも最小にできる、そんな世界の実現が可能となります。

しかしその実現は決して容易ではありません。交通サービスには、刻々と変化する人びとの多様なニーズに即応する機能のみならず、都市や交通網全体の状況をリアルタイムにセンシングし、情報を統合して、全体の調和を安定的に保つ最適化が求められます。
すなわち、膨大な情報を高速に収集、リアルタイムに分析して、高度な協調システムと制御システムの安定的な稼働を支える通信システムが不可欠です。データ容量、信頼性、消費エネルギー量など多くの点で、現状の通信技術の延長では負荷が大きく、IOWNの実現が求められる分野です。

たとえば、私たちはIOWNによる通信ネットワークを最大限に活用したフェールセーフの次世代サービスを思い描いています。「フェールセーフ」とは、交通において生じる不測の事態から利用者の身を守り、危険な状態を安全な状態へと転換させる技術やサービスです。
一例をあげると、「公共協調運転」の実現です。これは、オールフォトニクスが可能とする高速光ネットワークと統合的なICTリソースアロケーション、高速低遅延な情報処理によって、車輌間の関係性や地域全体の交通状況をより精緻に把握し、公共の福祉と安全に適した判断を勘案して、運転者個人の安全とともに交通全体の安全を最大限に確保しようとするサービスです。

膨大なデータによる高精度シミュレーションで1人ひとりにあった提案を

図1 現実世界の現象を利用したシミュレーション
図1 現実世界の現象を利用したシミュレーション

また、IOWNが可能にするMaaSは、革新的な情報収集量と分析能力により、サービス自体が利用者のニーズを把握して、最適な状況判断と情報選択を促します。1人ひとりの生体情報や行動履歴などを利用者の負荷なくセンシングして蓄積する技術と連動し、MaaSは個人の日常生活に寄り添い、移動に関するアドバイスを未来視点で与えてくれるシステムへと進化します。

IOWNを構成する3つの要素のひとつ、DTC(デジタルツインコンピューティング)は、モノや人も含めた複数のデジタルツインをパーツとして、それらを自由に複製・融合・交換することをめざしています。これは現実には存在しえない世界も現実と同じスケールで演算することでさまざまな環境を検証し、都市の交通環境の予測においては即時的なインタラクションを可能にします。

2021年度からの機能の順次実用化を見据えて研究・開発を進めている「4D デジタル基盤 ™」は、高度な地理空間情報データベースに多様なセンシングデータの位置・時刻情報を精緻に統合することで、未来予測に資する4D(緯度・経度・高さ・時刻)データを提供することを目的としています。高度地理空間情報データベースは、地図事業のデータ/ノウハウを活かしてセンシングデータの位置基点として整備し、NTTが持つ高精度な位置測位・時刻同期技術を活用したセンシングデータのリアルタイム収集、高速な時空間データの管理技術を通じて、膨大なデータの高速処理と多様なシミュレーションの実現に貢献します。
このような、リアルタイムかつ高精度なシミュレーションを通じて、モビリティをより安全・快適なものにし、人びとが無駄な情報の判断から解放されて、よりナチュラルに価値ある時を過ごして充実感を手に入れられる状態をめざしています。

エネルギー流通の革新と最適化

地球温暖化の原因とされる温室効果ガスの削減は差しせまった課題です。多くはエネルギー消費にともなう化石燃料(石油や石炭、天然ガスなど)の燃焼に由来しています。今後温暖化を止めるには、化石燃料に依存したエネルギー消費からの大規模な転換が不可欠であり、エネルギーミックスに向けた発電、蓄電、送配電などのあらゆる技術とシステムのイノベーションが求められています。IOWNの技術はエネルギーの創・省・蓄を支える流通の最適化によりこの難問を解決し、革新を促すための1つの大きなカギとなります。

現在、日本の電源構成のうち、太陽光、風力、バイオマスなどの再生可能な自然エネルギー活用は、まだ全体の16%(2017年時点、水力含む)程度です。2030年エネルギーミックスでは、その比率を22〜24%に伸ばし、さらに2050年に向けて利用を拡大しようとしています。ただし、再生可能エネルギーを安定的な電源にするための電力系統は十分整備されておらず、既存の電力系統との協調も難しい状態です。また、再生可能エネルギーは、季節や天候に左右されやすいため、蓄電したり出力制御したりするための新技術の開発を進めるとともに、エネルギーの地産地消を実現するための仕組みづくりも進めていかなければなりません。それらのエネルギーシステムの構築には莫大なコストもかかります。

わたしたちは、これらの難しい問題にフォトニクスの技術革新で挑もうとしています。たとえば、光ファイバを送電線として利用するビジョンがその1つです。しかし、現在の光ファイバは通信を目的として開発されたものなので、電力の送電に見合うパワーの入出力には耐えられません。そうしたなかNTTは、現在、他の企業や大学とともに、光の通り道であるファイバのコア内部の構造を改良したマルチコア光ファイバの研究開発を進めています。また、新たな材質を検討するなどして、エネルギー伝送に耐えうる光ファイバも研究中です。

世界中で研究開発が進む無線給電に加え、光ファイバによる光給電が容易に利用可能になれば、あらゆる場所に設置されたセンサやロボットに柔軟にエネルギーを供給できるようになり、光ファイバ網をさらに有効活用でき、電力の流通の最適化に資することになります。情報処理基盤の演算能力を向上させ、蓄電やオンデマンドの出力制御をきめ細かく行えるようにして、エネルギー流通をより最適に導くことをめざしています。

多様なエネルギー源を求める研究

エネルギーにおける<流通の最適化>と同様に、太陽光発電や風力発電よりも安定的で、且つ圧倒的な発電能力を持つエネルギー源の獲得<創エネ>も重要な課題です。例えば、静止衛星を活用する宇宙太陽光発電は、昼夜を問わず、24時間安定的なエネルギーをオンデマンドで地上に供給することが可能です。さらに、太陽がエネルギーを生み出す仕組みを再現する核融合発電の実現に向けては、ITER国際核融合エネルギー機構(ITER機構)と「ITER計画」に関する包括連携を結び、人類初の実規模での核融合エネルギーの実証・成功をIOWNでサポートできないかと考えています。このほか、自然エネルギーとしての可能性を秘めている雷充電など、これまで以上に広範な取り組みを進めていきます。

また、エネルギー資源を無駄なく貯蔵しながら、温室効果ガスを減らす方法の1つとして、いま世界で注目されているのが「人工光合成」です。植物の光合成を人工的に再現できれば、太陽光などの自然エネルギーを利用して、水と大気中の二酸化炭素からメタンなどの炭化燃料や貯蔵可能な水素キャリアであるギ酸などを創出でき、環境問題の原因となっている二酸化炭素の削減も可能になります。NTTでも現在、これまでの光通信や電池の研究開発で培ってきた半導体成長技術と触媒技術を活用して、人工光合成技術の研究開発を進めています。

わたしたちはIOWNでエネルギー流通の最適化と、エネルギー創出源の多様化を支えることにより、人とエネルギーのよりスマートな関係をつくりだし、かつてないクリーンなエネルギー社会を実現していきます。

参照

書籍 IOWN構想