オールフォトニクス・ネットワークとはなにか

IOWN構想とオールフォトニクス・ネットワークの概要

図1 IOWN構想の機能構成イメージ
図1 IOWN構想の機能構成イメージ

近未来のスマートな世界を支えるコミュニケーション基盤「IOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)」。現在2030年頃の実現をめざし、研究開発が進められています。当特集の第一回連載「IOWN構想とは? その社会的背景と目的」でご紹介した通り、IOWNは次の3つの主要技術分野から構成されています。
 

図1 IOWN構想の機能構成イメージ

今回は上記のなかのオールフォトニクス・ネットワークについて解説していきます。オールフォトニクス・ネットワークは、ネットワークから端末まで、すべてにフォトニクス(光)ベースの技術を導入し、これにより現在のエレクトロニクス(電子)ベースの技術では困難な、圧倒的な低消費電力、高品質・大容量、低遅延の伝送を実現します。このネットワークの光化とエンド・ツー・エンドでの光技術の活用が、 IOWN構想を実現するうえできわめて重要な役割を果たすことになるのです。

オールフォトニクス・ネットワークの目標性能

オールフォトニクス・ネットワークではフォトニクスベースの技術を活用し、低消費電力、高品質・大容量、低遅延の伝送の実現に向けて、次の3つの目標性能を掲げています。

図2 オールフォトニクス・ネットワークの目標性能
図2 オールフォトニクス・ネットワークの目標性能
  • 「電力効率を100倍に」
    ネットワークから端末まで、できるだけ光のままで伝送する技術や、光電融合素子という新しいデバイスの導入を検討
  • 「伝送容量を125倍に」
    マルチコアファイバなどの新しい光ファイバを用いた大容量光伝送システム・デバイス技術の導入を検討
  • 「エンド・ツー・エンド遅延を200分の1に」
    情報を圧縮することなく伝送するなど、さまざまな新技術の導入を検討

これら目標に向けて、様々な研究開発へ取り組んでいます。以下でキー・テクノロジーである「光電融合技術」をはじめ、代表的な取り組みについてご紹介します。

図2 オールフォトニクス・ネットワークの目標性能

オールフォトニクス・ネットワークのキー・テクノロジー「光電融合技術」

図3 フォトニック結晶
図3 フォトニック結晶

コンピュータで演算を行うチップは従来、使い勝手の良い電子技術が活用されてきました。しかし、近年の高集積化に伴いチップ内の配線の発熱量の増加が、性能を制限しつつあります。そこで、チップ内の配線部分に光通信技術を導入し低消費電力化を行い、さらには光技術ならではの高速演算技術を組み込んだ、新しい光と電子が融合したチップを実現することを目標に掲げています。これが光電融合技術です。

従来、光は取り扱いが非常に難しいものでした。しかし屈折率が周期的に変化するフォトニック結晶と呼ばれる構造により、光を小さな領域に閉じ込め、光と物質の相互作用を高めることが可能になってきています。このフォトニック結晶により、光スイッチ、レーザ、光メモリ、光RAMといったさまざまな光デバイスにおいて、低消費電力での基本動作を確認しています。

図3 フォトニック結晶
図4 光電融合技術のロードマップ
図4 光電融合技術のロードマップ

光電融合技術のロードマップは次の3つのStepから考えられています。

  • <Step1>
    シリコンフォトニクスにより実装された回路とファイバ、アナログICなどを集積した構造を実現し、チップ外部との接続速度を高速化。
  • <Step2>
    チップ間を超短距離の光配線により直接接続
  • <Step3>
    チップ内のコア間を光配線で接続し、超低消費電力化を実現
図4 光電融合技術のロードマップ

さらにStep3では光独特の演算処理を組み込みチップの性能を向上させます。光パスゲートと呼ぶこの論理回路では、通常N段の論理ゲートを通過する際にN段分の遅延が生じるところを、光スイッチを活用することで、光回路の通過時間のみで瞬時に計算結果を得ることができます(1)。まだビット数が少ない基礎評価段階ですが、この光パスゲートや、ほかにも光トランジスタ(2)の活用を検討しています。

大容量光伝送システム・デバイス技術

図5 トラフィック増大を支えるフォトニクス技術の進展
図5 トラフィック増大を支えるフォトニクス技術の進展

光通信が始まった1980年代と比べると、この40年間で光ファイバによる通信速度は実に6桁も高速化しました。近年ではさらに、デジタルコヒーレント通信用信号処理回路(DSP)の開発により一層の大容量化が進んでいます。

NTTは2019年に実験室レベルで1波長当り1Tbit/s、これを35波、波長多重して伝送する実験に成功しました(3)。また、敷設光ファイバを用いた商用環境下で、実用段階の1Tbit/sの信号を、1000km以上伝送することにも成功しています(4)。現在、マルチコアファイバという、1本のファイバ中に多くのコアを並べた新たな構造のファイバなどを活用して、ファイバ当り1Pbit/s級の伝送も見据えています。

今後の課題としてはコア、メトロ、アクセスネットワーク、それぞれに適したデバイスを、着実に進化させることが必要となります。また、需要が急激に伸びているデータセンタ間接続用デバイスも重要になると考えられ、データセンタ間を含めたエンド・ツー・エンドを可能なかぎり光のまま接続すること、まさにIOWNで実現しようとしていることが求められています。

図5 トラフィック増大を支えるフォトニクス技術の進展

複雑な光の波長割り当て問題などを解決するLASOLV®

図6 光イジングマシンLASOLV®
図6 光イジングマシンLASOLV®

NTTでは光技術を活かした光イジングマシンLASOLV®により、従来の計算機では困難であった、複雑で多量の計算を必要とする問題の1つである組み合わせ最適化問題を解く研究を進めています。

組み合わせ最適化問題はグラフ問題へと変換できることが分かっていますが、このグラフ問題に対して物理的な実験を行って答えを出すのがイジングマシンという新しい概念のコンピュータです。IOWN構想では、オールフォトニクス・ネットワークにおける複雑な光の波長割り当て問題や、機械学習の高負荷な処理にLASOLV®を活用することを考えています。

図6 光イジングマシンLASOLV®

新たなタイムビジネスの可能性を持つ光格子時計ネットワーク

図7 光格子時計ネットワークの実証実験
図7 光格子時計ネットワークの実証実験

300億年に1秒しか狂わない光格子時計。これは東京大学の香取秀俊教授が発明されたもので、最先端のセシウム原子時計に比べて3桁精度が高く、さらにレーザで時計を読み取るので、光ファイバによるクロック伝送が可能になるといったメリットを持っています。現在、この光格子時計をNTTの保有する多くの局舎に設置して光格子時計ネットワークを構築することで、どのようなことが可能になるかを検討しています。

一例をあげると、一般相対性理論が示唆するように高い場所ほど時間が早く進むため、18桁の時間精度を持つ光格子時計で、遠隔地間を比較し微細な高低差を測定。そのデータから地殻の動きやマグマのような巨大な重力の動きをとらえることが可能となります。このことから地震の多い日本で、非常に有効な安心・安全インフラを構築できる可能性があると考えています。

現在、NTTでは光ファイバの揺らぎを相殺して高い精度を維持しながら中継できる装置を 中継局に設置し、光ファイバを用いて接続された拠点間で、光格子時計ネットワークの実証実験を進めています。将来的には、IOWN構想にも導入し、新たなタイムビジネスにつなげたいと考えています。

このようにオールフォトニクス・ネットワークは既存のネットワークの高速化・大容量化・高品質化を図るだけではありません。そこには次世代のコミュニケーション・インフラとして、スマートな世界の創造に貢献する多様な可能性があると考えています。

図7 光格子時計ネットワークの実証実験

※当稿は「NTT R&Dフォーラム2019 特別セッション/オールフォトニクス・ネットワークを支える基礎技術」から抜粋・再構成しています。

参照