皆さんが日常的に使われているスマートフォンには、LTEやWi-Fiをはじめ、たくさんの無線通信システムが搭載されていますが、実際に通信を行う際には、それぞれの無線システムに割り当てられた周波数帯の電波が使われています。この目に見えない電波の挙動を、工学的な観点で数式などにより可視化する技術が電波伝搬技術です。可視化によって電波の挙動を明らかにすることにより、新たな無線システムに適した周波数の開拓や、通信エリアの設計、目標の伝送速度を達成するためのパラメータ調整など、無線システムのいろいろな設計が可能となります。私は入社してから現在まで、一貫して電波伝搬技術の研究開発を行っています。現在は、無線通信の可能性をさらに大きく発展させるために、これまで通信範囲として一般的であった地上だけではなく、地上数百メートルの上空までを対象とした3次元空間電波伝搬技術について研究開発をしています。この技術により、地球上のあらゆる場所で無線システムを安定的に運用することができるようになります。
ここ数年でドローンのような無人飛行機が大きく脚光を浴びるとともに、空飛ぶ車の開発が進められているという報道を目にするようになっています。現在は安全面に配慮して、主に非居住地域においてこれらの機器の実運用に向けた検証が進められていますが、将来は当たり前のように街中の空を飛びまわる時代が来ると思っています。当然、これらの機器が安定的に運用されるためには外部との情報のやり取りのために無線通信システムの搭載が必須となりますが、これらの機器が運用される上空部分に対する電波伝搬特性についてはこれまで未検討の領域でした。特に都市内において地上からビルの上までを電波がどのように伝搬するのかを把握することは、安全運航の観点からとても重要なポイントとなります。電波の飛び方は、アンテナ設置形態、周波数、都市構造など様々な要素が相互に影響することで決まります。これらの要素から電波の飛び方に大きく影響するものを適切に見極め、しかも可能な限り簡易な形で数式として表現する必要があります。そこが、多くの経験と知識を有する我々電波伝搬研究者の腕の見せ所です。すでにこの領域について研究開発を進めていますが、都市内上空に対する電波伝搬特性の実験的検討は世界初の取り組みということもあり、国内外から大きな注目をいただいているところです。
技術を広く普及させていくためには国際標準化活動も重要となります。国際連合の専門機関の一つに国際電気通信連合(ITU: International Telecommunication Union)があり、その中の無線通信部門の研究委員会にITU-R SG3があります。ITU-R SG3は電波伝搬技術を扱っており、私はITU-R SG3での国際標準化に10年以上関わっています。現在は3次元空間電波伝搬技術を国際標準化すべく提案を進めているところです。また、この標準化活動では、ワーキングパーティーの副議長やサブグループの議長職も務めさせていただいておりますが、このような役職を任されているのは、対外的に我々の技術力やこの分野への貢献が世界のトップレベルであると認めてもらっている証だと思っています。 われわれはこれまでWi-Fiや5Gをはじめとした各種無線システムに対する電波伝搬技術の検討をしており、これらの国際標準規格をはじめとしてグループ会社での様々な無線システムの設計にその研究成果が活用されています。また、学会誌での論文賞や国際会議でのBest Paper Awardの受賞も多数してきています。事業で活用される工学的な価値と、学会で認められる学術的な価値の両面を併せ持つ研究開発を今まで行ってきたつもりです。これまでの研究開発での経験や知識を通して、現在の研究テーマである3次元空間電波伝搬技術についても着実に進めていけると信じています。
現在、研究開発を進めている3次元空間電波伝搬技術の取り組みを通して、映画やSF小説などで描かれた未来の世界観を実現することに貢献できると思っています。また、NTT研究所の電波伝搬研究は歴史がとても長く、無線の分野では知らない人はいない奥村カーブなど、実験・測定をベースとした先人の偉大な研究成果で知られています。我々はこの方向性を踏襲しつつ、例えば深層学習など、これまで電波伝搬の分野ではそこまで活用が進んでいなかった技術も取り込んだ新たな電波伝搬技術の方向性にチャレンジし、どんどん世の中に発信していく予定です。そして、これからも新たな無線通信システムを利用可能にするための周波数開拓や、無線通信システムの新たなユースケースの開拓につながる電波伝搬技術によって、世の中の持続的な発展に貢献していきたいと思っています。
空間全体を対象とした電波伝搬特性推定モデルの研究
特別研究員 山田 渉
など