上席特別研究員
中島 和秀

光通信基盤の持続的な発展を支え、
あらゆる人・物・事を繋ぐ光媒体技術の研究開発

筑波研究開発センタ
上席特別研究員
中島 和秀

―現在の研究分野・研究内容・研究テーマを教えてください。

私は入社以来、光ファイバ技術の研究に取り組んできました。
1980年代に日本列島を縦貫する国内初の光伝送システムが導入されて以来、光ファイバはモバイル端末の基地局や各家庭まで浸透しています。普段、パソコンやスマホでインターネットを利用しながら光ファイバの存在を意識することはないと思いますが、光ファイバは我々の日常生活に欠かせない物理基盤として世界中に普及しており、私はこの光ファイバ自身の設計・製造・評価技術の研究、そして商用化された光ファイバ技術の国際標準化に取り組んでいます。

―取り組んでいる新たな光ファイバ技術について詳しく教えてください。

光ファイバ研究において低損失化と大容量化は永遠の課題と言えます。
今日の光ファイバネットワークを流れるデータ通信容量は年率数10%を上回る勢いで増加し続けており、今後、現在利用している光ファイバの伝送容量を100倍から1000倍以上に増大させる技術が必要になると考えられています。このため、1本の光ファイバ内における光の経路(コア)を複数束ねたマルチコア光ファイバの研究が世界的に活性化しています。我々の研究グループも、現在の光ファイバの100倍以上の伝送容量と世界最高の空間利用効率を有するマルチコア光ファイバを実現し、主要国際会議においてトップスコアの評価を獲得しています。
一方、光ファイバはLAN(電気)ケーブルの5万倍以上の伝送帯域を有しており、これは2時間分の8K映像を1秒間で数10本以上も伝送できる容量に相当しますが、今日の光ファイバではその10分の1程度のポテンシャルしか活用できていません。理由は、光ファイバの伝送特性が通信波長によって変化するためです。
我々は、光ファイバ断面内に無数の空孔を有するフォトニック結晶光ファイバの研究を世界に先駆け推進し、既存光ファイバの10倍におよぶ大容量伝送ポテンシャルを実証し、主要国際会議におけるPD採択などを実現してきました。今後更に、長距離伝送に適用可能な波長範囲を拡大する研究を推進し、先に述べたマルチコア光ファイバ技術やフォトニック結晶光ファイバ技術との融合により、究極の大容量伝送光ファイバを実現していきたいと考えています。

―光ファイバ技術の研究と言えば伝送容量の向上を目指すものが王道という認識ですが、他にも取り組んでいるのでしょうか?

はい、光ファイバ研究のもう一つの方向性として、新たな価値創出が考えられると思います。
これまでの光ファイバ研究は、光伝送システムの進展と要求条件に沿って進められてきました。もちろん、今後もその方向性自身は変わりませんが、光ファイバの使用目的を、ある地点から別の地点に光の情報を伝達するだけにとどめる必要はまったくありません。
例えば、光ファイバ中を伝搬する信号の速さを、光ファイバネットワークの中で自在に制御することができれば、早く到達した光信号の情報を用いて後から来る光信号の処理を簡略化し、光ファイバ技術をベースとした光伝送システム全体の低消費電力化を考えることもできます。また、光のエネルギーそのものを効率的に伝送する光ファイバが実現できれば、光通信技術の利用シーンは飛躍的に拡大されると考えられます。我々は、先にご紹介したフォトニック結晶光ファイバ技術を応用し、光通信の1万倍以上のハイパワーレーザー光を伝送できる可能性を示してきました。これは、既存のレーザー加工によるモノづくりの概念を革新する研究成果として注目されています。
このように、光ファイバ内の時間や強度といった物理量を積極的かつ自発的に制御することにより、将来的にはあらゆる社会インフラを【光】というキーワードで統合できるのではないかと考えています。

―自身の研究テーマを進めることで世界がどのように変えられるのか、また、自身が世界をどのように変えたいと考えているかを教えてください。

私が光ファイバで目指したい世界は、【物理インフラ】=【土管】からの脱却です。先ほども述べたように、光ファイバは単純な光信号のパイプラインではなく、多様な社会インフラと融合して、これまでになかった新たな価値を提供する物理基盤になりうると考えています。一方、増え続ける伝送需要を支える光通信基盤を持続的に提供していくことは、我々通信キャリアの研究者に課せされた最大の責務です。光通信インフラは一度導入すると、容易に変更・更改することはできません。このため、光通信インフラの研究開発では、既存技術との整合性を考慮した新たな技術の開発・導入が不可欠であり、そのためにも国際標準化でのリーダーシップが重要となります。
私は、光ファイバ技術の国際標準制定機関にも参画し、2009年からは当該機関の議長を務め、光ファイバ国際標準の議論をリードしてきました。現在、光ファイバの国際標準は、これまでの光ファイバ標準から、マルチコア光ファイバなどの新しい技術への展開をどのように考えるかを見定める過渡期の段階に入りつつあると思われます。光ファイバが世界的に普及した今日、光ファイバについてまだ研究することはあるのですか?と聞かれることもよくありますが、新たな技術転換を迎えようとする今こそ、改めて、今後の光ファイバ技術の在り方を発信していくことが重要なのではないかと思います。
今後も研究開発と国際標準化の両輪で、光ファイバネットワークの持続的な発展を支え、あらゆる人・物・事をつなぐ光ファイバ技術の実現を目指し邁進していきたいと思います。

PROFILE

中島 和秀

光通信基盤の持続的な発展を支え、
あらゆる人・物・事を繋ぐ光媒体技術の研究開発

上席特別研究員 中島 和秀

略歴

1994年
NTT入社
2011年
特別研究員
2018年
上席特別研究員

受賞歴

2004年
日経BP 技術賞
2012年
電子情報通信学会 論文賞
2013年
電子情報通信学会 業績賞
2016年
通信文化協会 前島密賞
2017年
文部科学大臣賞 科学技術賞開発部門

研究員紹介

チーム紹介