研究センタについて

　NTT基礎数学研究センタは、数学的真理の探究を長期的かつ俯瞰的な視野から推進する、世界でも稀にみる民間研究所として設立されました。現代の科学技術は多種多様な数学の理論に支えられていますが、科学技術の「知の泉」としての数学には、いまだ人類には汲み尽くせない膨大な真理が秘められています。数千年前に発見された三平方の定理の価値が今でもまったく色褪せないように、ひとたび証明された数学的真理は、決して古びることのない知的資産として私たちの活動を支え続けてきました。数学の基礎研究は、未来の人類社会のさらなる発展を実現するために欠くことのできない営みです。

　数学は、既存の枠組みを超えた新たな概念や言葉を生み出します。例えば、エヴァリスト・ガロアは、それまで漠然としか捉えられていなかった「対称性」の観念を「群」という数学的概念として結実させました。群は、現在では物理学をはじめとする多くの自然科学で不可欠な概念となっています。様々な自然科学に極めて多様な形で現れる対称性を、群というたった一つの数学的概念で表すことができるという事実は驚異的です。数学の抽象概念は、その後の科学研究のあり方そのものに不可逆なインパクトをもたらすだけでなく、様々な科学の間に隠された共通構造を炙り出し、一見まったく異なる分野を「つなぐ」力を持っています。

　また、数学的知見は、それを発見した本人にも想像できないほどのインパクトをもたらすという特徴を持ちます。実際、ガロアは「方程式の解の公式」に関する代数学の問題から出発し、解の公式と解の置換に関する深い洞察を通して、群の概念を発見しました。この発見が、のちに代数学の枠組みを遥かに超え、様々な自然科学の研究に不可欠な要素となることは、ガロアでさえも想像しえなかったかもしれません。このような例は、他にも枚挙にいとまがありません。整数や有理数の性質を調べる数論は、定理の美しさにもかかわらず実際の応用に結びつかない時代が長かったため、「役に立たない数学」の筆頭とされていましたが、現在では情報セキュリティ技術をはじめとする分野で広範囲に活用されています。また、空間に関する抽象的な学問として発生した位相幾何は、トポロジカル物性、トポロジカルデータ解析といった全く新しい応用分野を開拓しました。さらに、数論と位相幾何は、代数幾何・数論幾何という新たな数学分野に融合し、フェルマー予想の解決などの華々しい数学的成果をもたらすのみならず、近年では耐量子暗号、宇宙論、素粒子論、弦理論といった多様な分野で応用されつつあります。さらに、計算機の性能の飛躍的向上とともに、数学基礎論(数理論理学)と量子情報理論や作用素環論などが計算理論・計算複雑性なども介して、新しい数学の研究対象を生み出しています。

　このように、全く新しい応用をもたらす真に重要な数学理論の多くは、数学者の純粋な好奇心から生み出されてきました。この事実は、知的好奇心に基づく探究にこそ、誰にも予想のつかない価値が秘められていることを示しています。好奇心は目には見えませんが、新たな発見や技術開発を行うことを可能とする、人類に与えられた偉大な能力です。本研究センタは、知的好奇心を羅針盤とし、自由な発想を帆とすることで、異なる分野間の航路を見出し、未知なる真理を解明する世界的な数学研究拠点として、人類の知のフロンティアの開拓を牽引していきます。

※基礎数学研究センタ（Institute for Fundamental Mathematics, IFM）のロゴ（左）には、ゼータ関数が隠れています。ベルンハルト・リーマンによる素数分布の研究と深く関係するゼータ関数は、整数論の枠を超えた多様な領域に思いがけない姿で出現し、異なる分野を結びつけます。このロゴには、異なる分野を「つなぐ」ことで新しい分野を拓く数学の基礎研究の力が表現されています。

※もう一つのロゴ（右）には、未知を追い求める好奇心にもとづき真理を探究するという、本センタの精神と決意が表現されています。

基礎数学研究センタの活動

　本センタでは、各所属メンバーの専門領域における数学の先端的な研究を推進します。さらに、各メンバーの多様な専門性を生かした共同研究を通して、既存の枠組みを超えた全く新しい研究領域の創出を目指します。国内外の第一線の研究者を、短期・中期・長期ビジターとして招いて共同研究を行うとともに、談話会、セミナー、集中講義等を多様な形で開催し、多くの研究者が分野を超えて集まることのできる数学の研究拠点としての役割を担います。

セミナー・講演情報

メンバー