限界打破の着想で先回りの環境適応に挑むレジリエント環境適応研究プロジェクト

私たちが生きる地球、そしてこの社会は常に変化し続けています。レジリエント環境適応研究プロジェクトでは、地球環境・人間活動の未来予測と環境適応の技術開発を通し、将来的な変化を柔軟に受容できるしなやかな(レジリエント)社会の実現をめざしています。
生活の当たり前を根底から変えるような型破りな技術でありながら、実際に社会に浸透し使われる技術をどう創出していこうとしているのか、プロジェクトマネージャーを務める宮島麻美氏にうかがいました。
※所属は取材当時のものです。(公開日:2023/09/27 更新日:2023/12/05)

NTT宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け多様な人材を募集しています。

宮島 麻美(みやじま あさみ)

NTT宇宙環境エネルギー研究所 レジリエント環境適応研究プロジェクト プロジェクトマネージャー
慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程を修了後、2000年に日本電信電話株式会社に入社。以来、常時接続時代のリモートコミュニケーション、セキュアな医療情報流通基盤、プライバシー保護を主としたデータセキュリティ、サイバーフィジカルシステム向けサイバー攻撃対策、医療健康分野の行動変容などの研究開発に従事。2023年4月より現職。

1. バックキャスティング型の研究に携わるプロジェクトマネージャーの仕事


現在の仕事について教えてください。

このプロジェクトでは、地球の環境や人間の活動を観測し、仮想空間上でモデル化して未来を予測し、将来的に訪れる変化に対して先回りして適応(環境適応)していくしなやかな社会の実現をめざして研究をしています。

しなやかな社会とはどんなものでしょう?

たとえば、災害と呼ばれるような大きな変化が起こる場合に、高精度な未来予測によって予兆をとらえ、その大きな変化を防いだり、変化を受容したりかわしたり、時には活用までしながら、人々の生活に影響しないよう柔軟に社会活動を変えていけるような社会をイメージしています。

プロジェクトマネージャーはどのような仕事なのでしょうか?

主役は一人ひとりの研究者ですから、彼らの能力を最大限に発揮できる研究環境を提供することが、プロジェクトマネージャーの主な役割だと思っています。

現代社会は、画一的なゴールがない時代を迎えています。得やすいデータから現在の延長線上で解決可能な問題を解くだけでは、これからの社会にとって本当に必要なことにはたどり着けなくなっていると感じます。未来のありたい姿からバックキャスティング型で今やるべきことを決めていく姿勢が、今まで以上に必要です。

未来に向け探求する研究者には、自分が本当にこう変えたいと思う具体的な将来像を描き、実現方法を模索し、開拓する能力と行動力が特に求められると考えます。プロジェクトマネージャーとしては、研究者の個性に合わせてこの力が伸ばせるような土壌づくりを心がけています。

また、一人で達成できることには限りがあるので、多様な研究者がいろいろな視点から意見を出し合いチームで方向性を合わせていけるよう、日々試行錯誤しています。

画一的なゴールがない時代において、研究の現場にとって大切なことは何なのでしょう?

研究者自身が仲間とともに共感できるゴールを設定し続けること、それを実現するための具体的なアクションに落とし込み続けることの二つが特に大切だと思います。

「続ける」という点も強調したいポイントです。状況は刻々と変化し、求められることも変わっていきます。ゴールやアクションも一度決めたら確定ではなく、常にアップデートし、時にはピボットしながら、よりよい方向を探索し続けるしかないのではないでしょうか。

2. SFのような「新しい当たり前」を実現する環境適応技術


現在進めている研究について教えてください。

レジリエント環境適応研究プロジェクトで取り組むテーマは大別すると次の二つです。現在では事後対応しかできていない事象に対して先回りして手を打てるようにする「環境適応」と、地球環境・人間活動の相互の影響を加味して適切な環境適応に導く「未来予測」です。

まず環境適応技術についてですが、現在は「雷制御・充電技術」と「宇宙線対策・電磁バリア技術」に関して重点的に研究開発を行っています。

雷制御・充電と電磁バリアと聞くと、まるでSFの世界ですね。

最終目標が突飛なのでそういったイメージを持たれると思いますが、実はNTT研究所がこれまで培ってきた技術が基盤となっている「古くて新しい」研究ともいえます。たとえば、通信インフラにおける雷の被害は、通信会社であるNTTにとって積年の課題であり、NTT研究所では数十年にわたって耐雷対策の研究を深化させてきました。ここで培ったEMC設計・電磁環境評価といった技術を礎に、これまでとは全く新しい価値の創出に挑んでいるのが雷制御・充電技術です。

研究のステップとしては、まず雷の大電流と強磁界に耐えるドローン(耐雷化技術)を実現し、このドローンで「空飛ぶ避雷針」のごとく雷を捕捉して意図的に安全な場所に落とすことをめざします(誘雷技術)。雷を捕捉するためには、いつどこで雷が発生するかを事前に予測する技術(発雷予測技術)も必要です。そして最終的には、雷被害を未然に防ぎながら、雷のエネルギーを蓄積・利用するところまでいきたいと思っています(雷充電技術)。
試行錯誤の末、世界初となる耐雷化ドローン(実験用)が完成し、2021年からは冬の雷銀座で知られる石川県で、耐雷化ドローンの自然雷検証を兼ねた誘雷のフィールド実験を実施しています。

(めざす将来像:雷制御・充電)
(めざす将来像:雷制御・充電)

宇宙線対策・電磁バリア技術も「古くて新しい」研究なのでしょうか?

そうです。雷ほど知られてはいませんが、実は宇宙線(※)も地上の電子機器の誤作動を引き起こします。宇宙線が半導体に当たると内部の情報が書き換わる「ソフトエラー」などが発生するためです。NTTの伝送装置も例外ではなく、安定した通信サービスを提供するため、NTT研究所では宇宙線起因のソフトエラー対策の研究を進めてきました。最近の成果としては、中性子に起因するソフトエラーについて、その全エネルギー帯にわたる特性を明らかにしています(NTTニュースリリース「世界初、中性子が引き起こす半導体ソフトエラー特性の全貌を解明~全電子機器に起こりうる、宇宙線起因の誤動作対策による安全な社会インフラの構築~」(2023年3月16日))。

※正確には、地球上に入ってきた宇宙線が大気と衝突して作る中性子、ミュー粒子などの二次宇宙線

人類が進出を狙う宇宙空間における宇宙線の環境は地上よりもずっと過酷です。我々は、地上での宇宙線対策で培ってきた技術を礎に、宇宙空間でも宇宙線から人体や機器を保護できる電磁バリア技術の創出をめざしています。現在は、宇宙空間で特に対策が必要となる陽子・重粒子の特性の評価をしつつ、強磁界による電磁バリアを効率的に実現する方法を検討しています。

(めざす将来像:宇宙線対策・電磁バリア)
(めざす将来像:宇宙線対策・電磁バリア)

3. 環境適応の土台となる地球環境・人間活動の未来予測技術


地球環境・人間活動の未来予測に関する研究について教えてください。

未来に先回りして適切な対応をするためには、まず何が起こるかを事前に詳細に把握する必要があります。地球規模の視野でそれを実現しようとしているのが、地球環境未来予測です。

たとえば、台風や線状降水帯などの極端で急激な気象現象は、避難などの対策に必要な時間的猶予を持って、ピンポイントで被害が出る地域を予測することが現状困難です。予測が正確でなければ、人命にかかわる被害や大きな経済損失を未然に防ぐことはできません。そのために、まずは高精度な予測を実現していくための取り組みをしています。

台風情報は天気予報などではおなじみですが、正確に予測することはどうして難しいのでしょうか?

極端気象の発生・成長メカニズム自体の解明、予測モデルの正確さなど、克服すべき課題はいくつもありますが、我々は特に観測データが不十分であることに着目しています。

台風や線状降水帯をより高精度に予測するためには、現在はほとんど直接観測ができていない海域のデータ、たとえば洋上の大気、海表面の気圧や水蒸気量、海中の海水温などが必要といわれています。
そこで我々は、海域において超広域で常時リアルタイムに直接観測ができる観測プラットフォームを作る取り組みからはじめています。過酷な海洋環境でも動作可能なIoTセンサを多数ばらまき、衛星IoT通信などを利用して観測データを収集する仕組みです。

(めざす将来像:地球環境未来予測)
(めざす将来像:地球環境未来予測)

NTTにとって未踏の海域の直接観測の取り組みはまだ途についたばかりですが、昨年度はカテゴリ5の猛烈な台風直下の大気・海洋の直接観測に挑戦し、成功しました。この取り組みは外部機関(OIST(沖縄科学技術大学院大学))と共同の試みで、観測装置を搭載した「ウェーブグライダー」を海に流し、台風の強度や進路の予測精度向上に有用なデータを収集できるかを確認しました(NTTニュースリリース「世界初、NTTとOISTが北西太平洋で、カテゴリ5の猛烈な台風直下の大気・海洋の同時観測に成功」(2023年5月23日))。

このような地球環境の変化には人間の活動も大きく影響していますよね。

はい。最近では特に実感することが多いと思いますが、気候変動などの地球環境の変化と人間の社会活動や経済活動は、長期にわたり相互に大きな影響を及ぼし合っています。人間が流した工場廃液で生態系を壊すこともあれば、それらの積み重ねで砂漠化が進めば、人間自身が住む場所を追われたりもします。

地球環境の変化と人間の社会活動や経済活動との相互影響の予測は非常に複雑で難しい課題ですが、このプロジェクトではいくつかの切り口から研究を進めています。たとえば、海洋生態系の循環をモデリングし養殖などの人間の活動による変化を予測する研究や、気候などの長期的な外部環境変化のシナリオを予測し、それによるリスク・機会を加味したサステナブルな企業戦略・政策の立案を支援する研究などに取り組んでいます。
また2023年10月には新たなチームが加わり、資源循環モデルと経済モデルなどの複数のモデルを組み合わせて、より長期的で複雑な地球環境と人間活動の循環をシミュレーション・予測する研究にもチャレンジしています。

冒頭では「先回りの適応」で人間社会が環境の影響を受容できるようにしたいというゴールイメージをお伝えしましたが、それにとどまらず、人間社会と地球環境の双方にとってよりよい状態に導くための、より長期的な視点での「先回りの適応」に資する研究も、今後ますます加速させていきたいと考えています。

4. 限界打破の技術で世の中の当たり前を変えていくために


どうして研究の世界に進まれたのでしょうか?

先進的な技術開発には興味がありましたが、研究への執着は実はもともとあまりありませんでした。何かの事象の解明ができたら満足、というタイプではなく、技術は世の中で使われてなんぼ、と思っています。企業の研究所を選んだ理由はそこにありました。

入社後の私の経歴は非常に多様です。入社当初は遠隔コミュニケーションの研究をしていましたが、その後は事業経験を経て、医療情報流通基盤、データセキュリティ、サイバーセキュリティ、Well-beingなどいくつかの異なる領域で業務経験をさせていただきました。

我ながらなんてとっ散らかった経歴なのかしらと思っていましたが(笑)、今になってみると、研究の進め方や本質的な課題については領域が違っても意外なほど共通することが多く、過去の経験や考え方が転用できることが多いと感じています。何事もやってみるものですね。

専門領域だけに固執する時代ではなくなってきているのかもしれませんね。

はい。解くべき課題が複雑化し、一つの専門領域だけで最終目標に到達することはますます困難になっていると思います。理系や文系といった枠を超えた学際的な取り組みも盛んですし、上流工程の課題探索からビジネス現場とタッグを組み、実ユーザとともに検証していくなど、研究のやり方も多様化しています。理工学分野における「技術」や「研究」といった言葉の定義も過去よりも広がっていっているように思います。

NTT宇宙環境エネルギー研究所にも、理論好きの研究者やエンジニアリング志向の技術者、事業経験豊富なメンバーまで、さまざまな経験・興味を持つ多彩な人財が結集しています。これらの方々の持つ多彩な能力と多角的な視点が絡み合うことで、ワクワクするような技術の創出、さらには社会実装へ進めていけるのでは、と楽しみにしています。

最後に、研究に興味がある方に向けてメッセージをお願いします。

「異常」が「常」になりつつある時代に、しなやかに生きていくためには何が必要でしょう?
私は変化への受容性が大切だと思っています。我々はしなやかな社会をめざして研究しているわけですが、まずは人自身に「しなやかさ」が求められているのではないでしょうか。

それは研究の世界においても同様です。領域や専門知識、価値観が異なっていても、それらに対して尊敬の念を持ちながら受容し、協力し、自らの考えを進化させていくことが、これからの研究者にとっては必須要件であると思います。

また研究では、一見関係のない事柄が予想外の価値を生み出すことがあります。直面する新しさ、奇妙さに臆することなく、きっと価値を生み出すことができると信じて真摯に向き合えること。それが研究者の資質ではないでしょうか。

しなやかさは研究者として生きる人にとって、そしてこの困難な時代を生きるすべての人にとって、とても大切なことだと私は思います。

日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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