エルニーニョ現象とは?世界の天候に影響をおよぼす大気と海洋の相互作用 -研究の歴史編-
エルニーニョ現象は、世界各地に干ばつや冷夏などを引き起こし、農作物や水産物の収量の減少や水不足など、地域によっては命にかかわる被害をもたらす場合があります。直接・間接的に波及した影響は世界中を巡り、経済活動にも打撃を与えます。
この地球上で自然に生じる最も大きい気候の変動現象といわれる、エルニーニョ現象の解明に、これまで多くの研究者が挑んできました。
本記事は、前記事「エルニーニョ現象とは?世界の天候に影響をおよぼす大気と海洋の相互作用 -仕組み編- 」に続き、エルニーニョ現象と関連する事象について、専門的な内容と研究者の情熱を含む少し掘り下げた研究の歴史をお伝えします。エルニーニョ研究の歴史は、科学が地球の課題に立ち向かうことができるという希望を与えてくれます。


1. エルニーニョ現象の研究の歴史
エルニーニョ現象の研究は、地球の大気と海洋の研究者たちが、複雑な自然のパズルに挑み、謎をひとつずつ解き明かしてきた知の探検の物語といえます。なかなか知る機会のない研究の歴史をひも解いてみましょう。
1-1. 研究のはじまり、2つの気象災害
1891年、大規模なエルニーニョ現象の発生によって、ペルー北部の砂漠の海岸地帯に大雨が降り、市街地や港に大きな洪水被害をもたらしました。当時、ペルーの首都リマで創立されたばかりの地理学会会長ルイス・カランザ氏は、エルニーニョ現象の研究の重要性を指摘しました。これが、エルニーニョ現象が科学の研究領域に入ったはじまりとされています。
イギリス数理物理学者のギルバート・ウォーカー氏はインドに渡り、1904年からインド気象局でモンスーン予報の研究をはじめました。1877年にモンスーンの影響でインドでは大干ばつが起こり、何万人もが飢饉で死亡していたことがこの背景としてありました(1877年はペルーで降水量が多くエルニーニョ現象が発生していたと記録されています)。ウォーカー氏は、気象現象は複雑で自分の武器である解析的な手法での研究は難しいと考え、世界各地の気象データを統計的に扱いました。結果として、熱帯太平洋の西と東の海面気圧に数年周期のシーソーのような変動があり、それが地球規模の気候の変化と相関が高いことを見つけました。1924年に、ウォーカー氏はこの気圧差の変動を「南方振動(SO:Southern Oscillation)」と名付けました。

下図の細線は南方振動指数の1か月平均値。太線は5か月の移動平均をかけたもの。図中赤い領域はエルニーニョ現象の発生期間、青い領域はラニーニャ現象の発生期間を示す。
(画像出典:気象庁『エルニーニョ監視速報(No.366) <監視・予測資料>』エルニーニョ現象等監視海域より抜粋)
風は気圧の高い方から低い方に吹くので、気圧差の変動である南方振動は、貿易風の強弱の変動を表しているといえます。つまり、ウォーカー氏は海面水温の変化であるエルニーニョ現象と表裏一体をなす大気側の変動を見つけていたのです。ウォーカー氏自身は大気の現象である南方振動が、海洋の現象であるエルニーニョ現象と関連しているとは気づいていませんでした。
1-2. 寒い国から来た気象学者と南の島の海洋学者
エルニーニョ現象を南方振動と結び付け、赤道太平洋の大気と海洋の相互作用によるものであるという現象の理解への決定的なアイデアは、1960年代終わりにノルウェー出身の気象学者ヤコブ・ビヤークネス氏らの研究によってもたらされました。国際気象観測年の1957~1958年に発生したエルニーニョ現象が研究対象でした。ビヤークネス氏は1969年の論文で、南方振動がその強弱を表している大気の東西方向の循環を、南方振動を発見したウォーカー氏にちなみ「ウォーカー循環」と名付けました。そして、「赤道の貿易風が弱まると海洋の冷水の沸き上がりが弱められて太平洋の東側が高温になり、海面が大気に熱を与えることでウォーカー循環が弱まり、貿易風が弱まる」というエルニーニョ現象の正のフィードバックについて指摘しました。具体的には、「赤道域では大気と海洋の相互作用によってエルニーニョと反エルニーニョ(原文に忠実に翻訳)が繰り返されると考えるに十分な根拠がある」ということを述べています。しかし、エルニーニョ現象からラニーニャ現象へ、そしてまたエルニーニョ現象へと転じる負のフィードバックのメカニズムはわからず、解明には海洋の力学の発展が必要であると述べています。
海洋側の力学の解明は1972~1973年に発生した非常に大きなエルニーニョ現象の研究からはじまりました。ハワイ大学の海洋学者のクラウス・ウィルツキー氏は、熱帯太平洋の島の潮位記録などから海域の暖水の厚さを推定した長期間の膨大なデータを作り、こちらも苦労して集めた貿易風のデータと比較しました。すると、非常に強い貿易風によって西側に厚くためられた暖水が、貿易風が弱まることで太平洋を横断し、東側のペルー沖に移動していく様子が捉えられました。この暖水の移動がエルニーニョ現象を発生させており、暖水は赤道上を波動として伝わることを突き止めたのです。
エルニーニョ現象が大気と海洋の相互作用であることが研究者に広く認識されたのは、1980年代に入ってからです。1982~1983年には史上最悪とも呼ばれた大きなエルニーニョ現象が発生しました。現在の海洋学や気象学、気候学の研究者が垣根を越えて、エルニーニョ/ラニーニャ現象、およびそれと連動した熱帯域の大気の循環をまとめて表現する「エルニーニョ・南方振動(El Niño Southern Oscillation:ENSO)」という専門用語もその頃に生まれました。
1-3. 周期性解明へ、理論の登場
ビヤークネス氏が宿題としていたエルニーニョ現象とラニーニャ現象の周期性のメカニズムについて、1988年にポール・ショフ氏とマックス・スアレス氏によって遅延振動子という理論が提案されました。
遅延振動子理論は、赤道海洋という東西に幅広い領域で暖水や冷水を東西に運ぶ波動の進む速度の違いによって、周期性を説明する理論です。はじめは速く伝わる東向きの波動によって、現象を維持する正のフィードバックが働き、その後ゆっくり伝わる西向きの波動を介して現象を終わらせようとする負のフィードバックが遅れて働く、という風に、エルニーニョ現象とラニーニャ現象の入れ替わりをうまく説明しています。
しかし、この理論で起こる周期性は波動の速度によって決まり、2年程度になります。そのため遅延振動子理論は、現実のエルニーニョ/ラニーニャ現象の周期(3~7年ほど)よりも短いという点が課題として残りました。
ほぼ10年後の1997年、周期性を作るのに波動による効果を含まない、遅延振動子の周期の問題が生じない「再充填‐放出振動子」という理論がフェイフェイ・ジン氏によって提案されます。
再充填‐放出振動子というこの理論は、エルニーニョ現象によって生じる貿易風の弱まりは、暖水を東に移動させる正のフィードバックとして働くとともに少しずつ熱を赤道から極向きに放出する効果も持つため、いずれ後者の効果が勝って、エルニーニョ現象を終わらせラニーニャ現象の状態へ向かわせるというものです。また、ラニーニャ現象の場合は、逆に少しずつ極方向から赤道に向けて熱量を集める効果によって、ラニーニャ現象が終わりエルニーニョ現象の状態へ向かわせます。
ここでは代表的な理論を2つ紹介しましたが、海洋も大気も赤道上だけで閉じているわけではなく、ほかの領域からの影響も受けているため、どういった理論が現象の本質をいい当てているのか、現在まで結論は出ていません。
1-4. エルニーニョ現象に兄弟とニセモノが! 日本の研究チームの発見
まるでワイドショーの見出しのようですが、1999年に地球フロンティア研究システムのハミード・サジ氏、山形俊男氏らによってインド洋にもエルニーニョ現象によく似た現象があることが発見されました。
インド洋は熱帯太平洋とは違いモンスーンの影響で、季節で風向が変わりますが、平均すると弱い西風が吹いています。そのため、通常、暖水はインド洋の東側に厚く分布しています。しかし、何らかの原因で風向が弱い東風となると暖水は西のアフリカ大陸の方へ運ばれ、インド洋西側の水温が暖かくなります。逆に西風が強まると、暖水がより東側に運ばれ、インド洋西側の水温が低下しているというのです。この赤道太平洋とは東西逆の変化を、研究リーダーの山形氏は「エルニーニョの弟」と表現しました。
「インド洋ダイポールモード現象」と名付けられたこの現象は、周辺地域の天候だけでなく、近年の研究では、日本を含むアジアの気候に影響を与えていることがわかってきました。
エルニーニョ現象の弟が見つかってから5年ほどたった2004年、赤道太平洋でエルニーニョ現象と見られる海面水温の変動が見られました。エルニーニョ現象のため日本の夏は冷涼になると予想されていましたが、実際は記録的な猛暑となりました。この謎に再び日本の研究チームが挑みます。そして、この年は、赤道太平洋の中央部までしか暖水が移動せず、東部の海面水温は低いままであったため、大気の循環がエルニーニョ現象時とは大きく違っていたことがわかりました。この現象は「エルニーニョモドキ現象」と名付けられました。


(画像出典:気象庁『太平洋の海面水温に見られる年~数年規模の変動』図1、図2を抜粋)
このような研究者たちの努力によって、エルニーニョ/ラニーニャ現象の解明は進み、現在は大気や海洋のデータや数値解析モデルを用いて現象の発生や持続、終息を6か月前から予測できるようになりました。
2. エルニーニョ/ラニーニャ現象の過去と未来
気象や海洋の観測や研究の進歩によって明らかとなったエルニーニョ/ラニーニャ現象ですが、この現象は一体いつから存在し、気候変動の時代といわれるこれからの時代にはどうなっていくと考えられているのでしょうか。この章ではそういった研究をいくつか紹介します。
2-1. 消えた湖に残された古の記憶
現時点で最も古いとされるエルニーニョの記録は、アメリカ北東部、ニューイングランドのかつては湖の底だった泥の堆積層から見つかりました。この地層は最終氷期のピークである1万7,500年前までさかのぼる古いもので、そこから氷期の末期の1万3,500年前まで、約4,000年分の地層になっています。1年に堆積する層の厚さでその年の気候がわかり、エルニーニョ現象の発生と同じような周期で層厚の変化が見られることから、エルニーニョ現象の痕跡を留めたものと考えられています。
地層の厚さを調べてみると、比較的古い方の地層ではとても強いエルニーニョ/ラニーニャ現象が発生していた痕跡があり、一方で比較的新しい地層である氷河期の末期には、弱い痕跡しか残っていませんでした。
このことから、氷河期にもエルニーニョ/ラニーニャ現象があり、4,000年の間でエルニーニョ/ラニーニャ現象に強弱があったと考えられています。
2-2. 歴史資料に残るエルニーニョ/ラニーニャ現象
人間の記録が残る世界史の時代でのエルニーニョ/ラニーニャ現象については、航海日誌や探検家の日記、宣教師の日記、港湾当局の記録、海軍の報告といった、世界各地の当時の気候記録をつなぎ合わせるような研究が行われています。
またこうした研究から、1789~1793年には非常に大規模なエルニーニョ現象が発生したことが予想されています。数あるエルニーニョ現象の証拠のなかには、フランス革命に先立つ穀物の不作の原因となったと考えられる、西ヨーロッパの寒冬と夏の干ばつも挙げられています。エルニーニョ現象がフランス革命に影響を与えたのではないか、という可能性を感じられる話といえるでしょう。
さらに日本史でいうと、1860年の桜田門外の変の際もエルニーニョが起こっていたようだという説があります。
ただし、このような手法の研究は、書き手の主観と読み手の主観に左右されるため不確実性が高いともいわれています。エルニーニョ現象の影響が最も顕著なペルーには、フランシスコ・ピサロがインカ帝国を征服した1531~1532年には、普段は砂漠であった場所に、馬の餌となる植物が生えていたおかげで騎馬がやすやすと進軍できたというピサロの秘書官の記録が残っていました。

(画像出典:Wikimedia Commons『Inca-Spanish confrontation』)
これを証拠に、エルニーニョ現象によって砂漠地帯に雨が降ったと考える研究がありました。「エルニーニョがピサロに味方した」というのはとても印象に残るストーリーです。しかし、別の研究者はピサロの進軍経路を精査してこれを否定しています。
また、あえて資料をエルニーニョ現象の影響を直接受けるペルー北部の文書に絞って、1550~1900年までのエルニーニョ現象発生年について予測した研究もあります。研究対象とした文書が残されていたペルー北部は、エルニーニョ現象発生時以外ではほとんど雨が降らないため、平常時とラニーニャ現象時については区別できず分析できませんでしたが、合計59回エルニーニョ現象の発生があったと予測されました。そして、この期間のエルニーニョ現象は、発生頻度が高い期間と低い期間が、50年周期で繰り返されていた可能性があるほか、1600年代の半ばにエルニーニョ現象の発生が非常に少ない時期があった可能性などがわかりました。
2-3. 気候変動の時代のエルニーニョ/ラニーニャ現象
視点を未来に移してみましょう。気候変動の時代といわれているこれから先はどうなっていくのでしょうか。
研究が示す結果はさまざまで、まだ予想がつかない状況にあるようです。これまで紹介した研究から、最終氷期にもエルニーニョ/ラニーニャ現象が発生していたことや、氷河期のピークから末期に向かって現象の強さが変わっていたこと、1550~1900年までの文書記録からは50年の周期で発生頻度が変わった可能性などが示されています。また、日本の研究チームが発見した、エルニーニョ/ラニーニャモドキ現象に関しては、気候変動の影響が顕在化してきたといわれる近年頻発しているという報告があります。
こうしたことから、エルニーニョ/ラニーニャ現象はほかの気候変動要素の影響を受けているのではないかと考えられています。そして、気候変動の影響を受けて変化しつつも、現象自体がなくなることはないと予想されています。
3. NTT宇宙環境エネルギー研究所の取組み
本記事では、エルニーニョ/ラニーニャ現象の研究の歴史を紹介しました。研究の歴史は、エルニーニョ/ラニーニャ現象による被害の歴史とともにありました。
NTT宇宙環境エネルギー研究所では、現実世界とそっくりな仮想世界でシミュレーションを行うデジタルツインコンピューティングを活用して、極端気象をはじめとする被災を予測し最適な行動を割り出すことで、自然環境にしなやかに適応する社会の実現をめざしています。
エルニーニョ/ラニーニャ現象は、歴史的に見て経済や政治的不安につながるものでした。「ESG経営科学技術」では自然環境の変化に伴って社会や経済がどのように変化するのか、複雑な因果関係を考慮した未来予測シミュレーションを行っています。このような研究を通して、企業の価値向上につながる予報や未来シナリオを提示することをめざしています。
そのほかにも、エルニーニョ/ラニーニャ現象の影響を受けることが明らかとなっている、台風のような極端気象現象に対する研究を行っています。「極端気象予測技術」では、台風が発生そして発達する海域での観測手法を構築し、極端気象現象の解明やモデル化を進めています。
4. まとめ
- 地球の大気と海洋の研究者たちが、複雑な自然のパズルに挑み、エルニーニョ/ラニーニャ現象の謎をひとつずつ解き明かしてきた。
- 研究が進み、エルニーニョ/ラニーニャ現象は予測ができるようになった。
- エルニーニョ/ラニーニャ現象は少なくとも最終氷期から存在していた。ほかの気候変動要素の影響を受ける可能性が高い。
- 地球温暖化でエルニーニョ/ラニーニャ現象がどう変化するかは、まだはっきりとはわかっていない。
- NTT宇宙環境エネルギー研究所では、エルニーニョ/ラニーニャ現象に関連して生じる災害だけでなく、経済や政治的不安にしなやかに適応する社会の実現をめざしている。
参考文献
- American Meteorological Society Journals『A Chronology of El Niño Events from Primary Documentary Sources in Northern Peru』R. Garcia-Herrera, et.al
- Nature『Global impact of the 1789-93 El Niño』Richard H. Grove
- Nature『Ice ages looked like El Niño』Philip Ball
- NOAA Climate.gov『El Niño & La Niña (El Niño-Southern Oscillation)』
- UNESCO Digital Library『El Niño: fact and fiction』
- 気象庁『エルニーニョ/ラニーニャ現象』
- 公益財団法人東レ科学振興会 第48回 科学講演会記録『エルニーニョの科学』山形俊男
- 日本気象学会 "天気" 58巻3号『エルニーニョモドキ』山形俊男
- 日本気象学会 "天気" 45巻5号『BjerknesとWalker循環』都田菊朗