エルニーニョ現象とは?世界の天候に影響をおよぼす大気と海洋の相互作用 -仕組み編-
エルニーニョ現象とは、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけての海面水温が平年より高い状態が1年ほど続く現象のことです。エルニーニョ現象が起こると、世界各地に干ばつや冷夏などを引き起こし、農作物や水産物の収量の減少や水不足など、地域によっては命にかかわる被害をもたらす場合があります。直接・間接的に波及した影響は世界中を巡り、経済活動にも打撃を与えるため、報道などで目にすることも多い言葉です。また、近年はエルニーニョ現象とは逆に、海面水温が低くなるラニーニャ現象も注目されるようになりました。
赤道太平洋上の出来事が世界的な天候の変化と、どう関連付けられているのでしょうか。そして、日本への影響にはどのようなものがあるのでしょう。
本記事は、エルニーニョ現象の発生と影響、その仕組みについて、誰かに話したくなるトリビア的な内容を含めてお伝えします。


1. エルニーニョ現象とは?
エルニーニョ現象とは、赤道近くの熱帯太平洋の東側、日付変更線から南米のペルー沖辺りまでの海域で、海面水温が平年より高くなった状態が半年からそれ以上続くことをいいます。地球上で自然に生じる最も大きい気候の変動現象といわれています。
「エルニーニョ(El Niño)」という言葉はスペイン語(ペル―の公用語)で「幼子(男児)」という意味です。17世紀に南米の漁師たちがクリスマスの頃をピークにこの海域の水温が高くなることに気づき、 "El Niño de Navidad" と名付けまたことにはじまります。"Navidad" とはクリスマスという意味で、直訳するとクリスマスの男の子、つまり神の幼子イエスという意味です。
本来のエルニーニョは地域の季節的なもので、乾燥地帯の耕作地に雨をもたらし、漁師にとってはいつもとは異なる熱帯の貴重な魚種をもたらす恵みでした。しかし、これが数年に1度、長期間続くことがあります。この長期間続くものが世界的に注目されるエルニーニョ現象です。気象庁などでは季節的なエルニーニョと区別するために、「エルニーニョ現象」と「現象」をつけています。本記事もそれにならい、エルニーニョ現象とします。また、エルニーニョ現象の観測と研究が進んだことで発見された、エルニーニョ現象とは逆の局面の現象についてもラニーニャ現象としています。
1-1. エルニーニョ現象の発生の仕組み
エルニーニョ現象はどのように発生するのでしょうか。
赤道近くの太平洋上には通常、東から西に向かう風である貿易風が吹いています。貿易風は海面近くの暖かい海水を風下の西側へと吹き寄せるため、通常、赤道近くの太平洋では西側に暖かい水がたまります。暖水プールと呼ばれるこの海域は世界で最も海水温が高く、この上の大気へ熱と水蒸気を供給することで対流活動を活発にし、積乱雲を発生させ大量の雨が降ります。一方東側では、貿易風によって運ばれてしまった海面近くの海水を補うために深いところの冷たい水が湧き上がっています。このため東側の海域は西側よりも水温が低くなっています。

しかし、何らかの理由で貿易風が弱まると西側にたまっていた暖かい海水が東側に戻ってきます。結果として、東側の海水温は通常よりも高くなり、その上の大気を暖めます。これは貿易風をさらに弱めるように働きます。このような、貿易風が弱く東側の海水温が高い状態を強め維持しようとする正のフィードバックが起きることで、海面水温が上昇した状態が長期間持続しエルニーニョ現象となるのです。

研究が進んだ現在、エルニーニョ現象は3~7年ほどの周期で繰り返される、大気と海洋の相互作用で生じる気候変動の温暖な局面であると認識されています。
1-2. ラニーニャ現象の発見と発生の仕組み
「ラニーニャ(La Niña)」は、スペイン語で「女の子」という意味です。エルニーニョ現象とは反対に、同海域で海面水温が平年より低くなった状態が半年からそれ以上続くことをラニーニャ現象といいます。エルニーニョとは違い、こちらは歴史的ないわれのある名前ではありません。エルニーニョ現象の研究が大きく進んだ1980年代に、通常状態を挟んでエルニーニョ現象とは逆の局面にある現象として研究者に認識されるようになった現象です。
ラニーニャ現象では、通常よりも強い貿易風により多くの海水が西側へと吹き寄せられるため、深いところからの冷たい水の湧き上がりも強まります。すると、東側の海面水温が下がり、それがさらに貿易風を強めるのです。

過去には「反エルニーニョ(anti-El Niño)」や「エルビエホ(El Viejo、スペイン語で老人という意味)」と表現することもありました。前者には幼子イエスに反するものと、とれる表現があまりふさわしくないということや、後者はアピール力に欠けたためか一般化しませんでした。アメリカの海洋学者フィランダーが1985年にラニーニャという名前を提案し、これが今では定着しています。
ラニーニャ現象はエルニーニョ現象に対して逆のフェーズ、大気と海洋の相互作用で生じる気候変動の寒冷な局面といわれますが、正確に鏡合わせのようにはなっていません。
たとえば、熱帯太平洋東部でのエルニーニョ現象による海面水温の上昇はラニーニャ現象による低下よりも大きいことが多く、継続期間はラニーニャ現象の方が長いケースが多く見られるなど、2つの現象は非対称性を持っています。
1-3. エルニーニョ/ラニーニャ現象の監視と予測、判定方法
エルニーニョ/ラニーニャ現象は、地球上で自然に生じる最も大きい気候の変動現象であるため、世界の気象機関が海域を監視しています。しかし今のところ、エルニーニョ/ラニーニャ現象の発生を判断する世界共通の定義のようなものはありません。
日本の気象庁では下図でNINO3と記されたエルニーニョ監視海域(南緯5度~北緯5度、西経150度~西経90度で囲まれる範囲)の海面水温で判断しています。この海域は貿易風が強い場所であるとともに、海面近くの海水が西へ運ばれた際に下の冷たい水が湧き上がってくる様子がよくわかる場所です。

各現象発生の判定方法を簡単に説明すると、監視海域の海面水温の各月の基準値(前年までの30年間の各月平均値)と、その月平均値の差の5か月移動平均値(該当する月平均値を中央に、前後2か月を含めた5か月で平均をとった値)が6か月以上続けて+0.5度以上となった場合をエルニーニョ現象としています。一方、-0.5度以下となった場合は、ラニーニャ現象としています。
これはさまざまな論文やデータを参考に定められたもので、過去のエルニーニョ現象を網羅できるように客観的に決められたものです。
気象庁では、毎月監視海域の水温の変動傾向と数値モデルによる6か月先までのエルニーニョ/ラニーニャ現象の発生確率をエルニーニョ監視速報という予測情報として発表しています。エルニーニョ/ラニーニャ現象は6か月前から予測が可能な現象ということができます。
2. エルニーニョ/ラニーニャ現象の影響
エルニーニョ/ラニーニャ現象と世界各地での天候変化との間には、直接的あるいは間接的に因果関係がはっきりしているものや、長期間の気象データ解析から統計的に意味があるとされるものなどがあります。世界と日本、それぞれについてどのような影響があるといわれているのかを見ていきましょう。
2-1. 世界への影響
長期間の気象データ解析によるエルニーニョ/ラニーニャ現象発生時の、世界の天候の特徴(気温と降水量)は、四季ごとにまとめられています。下図は、夏季と冬季の特徴です。こちらは気象庁による解析結果ですが、世界のほかの気象機関による結果と分布は大まかに一致しています。

(画像出典:気象庁『エルニーニョ現象発生時の世界の天候の特徴』図1~4を抜粋)
いくつか知られている天候変化の例を挙げてみましょう。
オーストラリアやインドネシアの一部では、エルニーニョ現象で干ばつになりやすく、ラニーニャ現象では通常よりも雨が多くなることが知られています。
アメリカの北西部やカナダは冬に影響が大きく、エルニーニョ現象発生時には温暖で南部は湿潤な冬となる傾向があり、ラニーニャ現象発生時には全くの正反対ではないものの、逆の傾向になります。
また、赤道太平洋からずっと離れたアフリカの特に東側でエルニーニョ/ラニーニャ現象発生時には干ばつや洪水を起こすような天候の変化が見られます。
2-2. 日本への影響
日本でのエルニーニョ/ラニーニャ現象発生時の天候の特徴についても、統計的に詳しい解析がされています。大まかにいうと、エルニーニョ現象は日本の気候の季節変化を小さくする傾向があり、ラニーニャ現象は大きくする傾向があります。
気象庁の解析結果から、統計的に意味があると判定されたものの代表例を以下に紹介します。
エルニーニョ現象発生時の天候の特徴
冬(12~2月)は、東日本で気温が高い傾向があり、東日本の太平洋側で日照時間が平年並み~少ない傾向が見られます。
夏(6~8月)は、西日本で気温が低い傾向が、北日本でも平年並み~低い傾向があります。西日本、日本海側では、降水量が多い傾向があります。梅雨明けの時期は遅い傾向があります。
ラニーニャ現象発生時の天候の特徴
冬(12~2月)は、北日本太平洋側で日照時間が平年並み~多い傾向が見られます。 夏(6~8月)は、沖縄・奄美で降水量が多い傾向があります。
台風への影響
日本に暮らす上で避けて通ることができない、大雨や暴風などで大きな災害を数多く引き起こす台風も、エルニーニョ/ラニーニャ現象の影響を受けています。
エルニーニョ現象が発生している期間は、台風の発生数は少ない傾向があります。また、発生場所は通常よりも夏に南、秋に南東にずれ、夏に台風が最も発達した際の中心気圧が低くなり、秋に寿命が長くなる傾向があります。
ラニーニャ現象発生時には台風の数には違いが見られませんが、発生場所は西にずれ、秋に寿命が短くなる傾向が見られます。
2-3. 赤道太平洋上の現象がなぜ地球全体に影響を与えるのか
エルニーニョ/ラニーニャ現象の地球規模の影響について、「テレコネクション」という言葉が使われます。これは遠く離れた大気や海洋の変動に結びつきがあるということをさす言葉です。なぜ天候変化に統計的に意味のある相関関係があるのか、結びつきの全容は解明されていません。そのため、同時期に起こった災害を、なんでもエルニーニョ/ラニーニャ現象に関連付けることは、本当の原因をわからなくする恐れがあります。しかし、なかには研究によって解明された説明可能な影響もあります。
熱帯太平洋への作用
エルニーニョ/ラニーニャ現象の現場といえる熱帯太平洋では、海水温分布の変化によって上昇気流が発生する場所が変わるために、雨の降る場所や降る量に大きな変化が起こります。
中緯度への伝搬
上記の熱帯太平洋での上昇気流を発生させる場所の変化は、熱帯から中緯度へと熱を運ぶ大気の循環を乱し、ジェット気流を変化させることで中緯度の天候へ影響を与えると考えられています。
隣接する大洋へ波及
エルニーニョ/ラニーニャ現象が発生すると、インド洋熱帯域の大気の状態にも変化が起きて海洋の状態も変化します。この変化はエルニーニョ現象やラニーニャ現象の発生と終息に対して、ほぼ3か月のタイムラグがあることがわかっています。
2-4. エルニーニョ/ラニーニャ現象の被害事例
エルニーニョ/ラニーニャ現象に関連して生じた実際の被害について知ると、自然変動が災害となり、複雑な因果関係で影響を世界に与えてきたことがわかります。
気象や海洋の観測データの存在する時代に発生した、非常に大きいといわれるエルニーニョ現象は、1972~1973年、1982~1983年、1997~1998年、2014~2016年に発生しています(気象庁による定義)。このときの影響と被害のいくつかを紹介します。
1972~1973年のエルニーニョ現象
ペルー沿岸でカタクチイワシが不漁となり、それを餌とする海鳥も大量死しました。カタクチイワシは主に畜産飼料の原料となっていたためその代用となる大豆の価格が高騰し、日本では大豆ショックと呼ばれ豆腐などの値段が上がりました。
1982~1983年のエルニーニョ現象
この現象は、ほぼすべての大陸で気象災害を引き起こしたと考えられています。オーストラリア、アフリカ、インドネシアは干ばつや山火事に見舞われました。反対にペルーでは観測史上最大の降雨に見舞われ、通常は年間150mmの降雨量であった地域に3,400mmもの雨が降りました。
気候の変化はアメリカ東海岸で脳炎を発生させたり、アラスカやカナダ北西部でのサケの漁獲量を減少させたりしたとする研究もあります。直接被害ということではありませんが、影響の長さということでいえば、このエルニーニョ現象でペルー沖にたまった暖水の一部は、アメリカの西海岸を北へ進むとともにゆっくりと太平洋を西へ横断しました。そしてほぼ10年後に日本の南岸を流れる黒潮の領域に到達し、黒潮によってさらに北へ運ばれてさらに1年以上存在していたことが観測されています。
1997~1998年のエルニーニョ現象
インドネシアで干ばつと山火事が起こり、穀物が不足しました。食料品の価格が、多くの国民にとっては買うことができないほど高騰し、経済的・政治的な不安を助長することになりました。
2014~2016年のエルニーニョ現象
大規模なエルニーニョ現象発生によると考えられる干ばつと洪水が起こりました。それによって、アフリカ東部などの熱帯の途上国で食糧不足や感染症が発生し、少なくとも6,000万人が健康被害の危機にあるとして、国際的な緊急支援が実施されました。
3. NTT宇宙環境エネルギー研究所の取組み
エルニーニョ/ラニーニャ現象は、世界の気象機関が動向を監視する地球上で自然に生じる最も大きい気候の変動現象です。大きな脅威になり得る現象ですが、研究が進み、高い精度で予測ができるようになりました。エルニーニョ/ラニーニャ現象を制御することはできませんが、備えることができるようになったのです。
NTT宇宙環境エネルギー研究所では、エルニーニョ/ラニーニャ現象の影響を受けることが明らかとなっている、台風のような極端気象現象に対する研究を行っています。「極端気象予測技術」では、発生そして発達する海域での観測手法を構築し、極端気象現象の解明やモデル化をめざしています。
そのほかにも、現実世界とそっくりな仮想世界でシミュレーションを行う、デジタルツインコンピューティングを用いて被災の予測を行い、これに基づいて最適な行動を割り出す、自然環境にしなやかに適応する社会の実現をめざしています。
さらに、エルニーニョ/ラニーニャ現象の影響は経済や政治的不安につながり得るものでもあるため、「ESG経営科学技術」では自然環境の変化に伴って社会や経済がどのように変化するか、複雑な因果関係を考慮した未来予測シミュレーションを行っています。このような研究を通して、企業の価値向上につながる予報や未来シナリオを提示することをめざしています。
本記事では、エルニーニョ現象の仕組みを紹介しました。複雑な現象の仕組みが解明されたのは、地球の大気と海洋の研究者たちのたゆまぬ努力の結果です。本記事に続く「―研究の歴史編―」では、研究者たちの知の探検の歴史を紹介します。
4. まとめ
- エルニーニョ/ラニーニャ現象は、大気と海洋の相互作用により熱帯太平洋で生じる地球上で自然に生じる最も大きい気候の変動現象で、3~7年ほどの周期で繰り返される。
- エルニーニョ/ラニーニャ現象は、海域を世界の気象機関が監視しており、半年前からの予測が可能である。
- エルニーニョ/ラニーニャ現象は、赤道太平洋上で発生するが、影響はテレコネクションによって地球全体におよぶ。
- NTT宇宙環境エネルギー研究所では、エルニーニョ/ラニーニャ現象で起こり得る災害にしなやかに適応する社会の実現をめざしている。
参考文献
- American Meteorological Society Journals『Asymmetry in the Duration of El Niño and La Niña』Yuko M. Okumura and Clara Deser
- NOAA Climate.gov『El Niño & La Niña (El Niño-Southern Oscillation)』
- unicef『史上最大級のエルニーニョ現象 食糧や水不足など 影響が深刻COP21で集うリーダーたちへの警鐘』
- 気象庁『エルニーニョ監視海域』
- 気象庁『エルニーニョ/ラニーニャ現象』
- 気象庁『2 エルニーニョ/ラニーニャ現象と日本の天候』
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