気候データから日本の永久凍土を探る-さまざまな地域で候補地発見も温暖化で消滅の危機-との研究結果

国立研究開発法人国立環境研究所、北海道大学北極域研究センター、国立研究開発法人海洋研究開発機構などの共同研究チームは、気候情報を用いて日本の現在確認されている場所以外で永久凍土が存在する可能性がある場所を推定し、さらに今後の気候変動による永久凍土領域の変化を予測しました。今回はこの研究について紹介します。

ニュース    日本の永久凍土分布を気温条件から推定:将来大幅に消失することを予測
発行元        国立研究開発法人 海洋研究開発機構
掲載URL    https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20220802/

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1. 日本の永久凍土領域は将来、気候変動で大幅に消失する

永久凍土は、少なくとも二年以上連続して温度が0°C以下になる地面のことをいいます。シベリアやアラスカのツンドラ気候で形成されるものとして知られていますが、日本でも高緯度の大雪山や標高の高い富士山、北アルプスの立山などに存在が確認されています。今回の1930年頃から現在までの気候情報を用いた研究で、日本国内には9つの領域(大雪山、富士山、北・南アルプス、日高山脈、知床岳、焼岳、赤岳、羊蹄山)に永久凍土が存在する可能性が示唆されました。
さらに、将来の気候変動によって永久凍土の領域がどのように変化するかの予測を行ったところ、大雪山や富士山を除いた多くの領域で永久凍土を維持できる環境は急激に減少していくという結果になりました。今回はこの研究について紹介します。

1-1. 日本で永久凍土領域を評価・予測することの大切さ

気候変動による永久凍土の現状評価や将来予測は、これまでヨーロッパやチベット高原において行われてきました。しかし、日本を含む東アジアではほとんど研究例がない状況でした。
本研究では、これまでに前例のない広さ(日本全体)と細かさ(縦横1 kmの範囲)で永久凍土の現状評価と将来予測を行いました。現在の日本は地球全体で見た場合に、北半球の永久凍土が存在する南限に近く、最も気候変動の影響が現れやすい場所、いわゆる「ホットスポット」を対象にしているといえます。この点においても、本研究は気候変動による永久凍土の変化を理解する上で重要なものと考えられます。

1-2. 全体像の把握が困難な永久凍土を探る

永久凍土は地中での現象であるため、観測することが簡単ではありません。直接的に観測するには地面に観測用のボーリングを行って地中深くに温度センサーを設置し、長期間地温を測定しなくてはなりません。日本で永久凍土を継続的に現地観測している地点としては、大雪山があります。2005年から北海道大学とアラスカ大学の研究チームが観測を始めており、2018年からは国立環境研究所が加わり共同調査を行っています。日本の永久凍土は高い山の上にあるため、重い機材を人力で運んで険しい地形の観測地へ赴く必要があります。そうして観測した地点が仮に永久凍土だったとして、どのくらいの範囲が同じように永久凍土なのかについて確かなことはわからないため、日本に存在する永久凍土の全体像を把握することは大変困難な問題でした。

そこで本研究では、先行研究で開発された、気温データから土壌の状態を診断する手法を用いて、1kmの分解能で永久凍土を維持できる気温環境にある場所を日本全体で調べることにしました。
診断手法を開発した先行研究では、ある地点での1年間の気温が0℃より低い日の気温を合計したものを「凍結指数」、0℃より高い日の気温を合計したものを「融解指数」としてその地点の熱量の指標としました。そして、その指標を持つ地点の実際の土壌が永久凍土であるか、夏には融けてしまう場所なのかといったことを多くの地点で照合し、2つの指数を使った関係式を作りました。これによって、気温から指数を求めて式に入れたときに、条件に当てはまるかどうかで永久凍土であるかを診断できるのです。

縦横1 kmの範囲での気候情報には、日本1 km気候予測情報を利用しています。これは、最新の気候モデルの予測にダウンスケーリングという手法で1 kmの範囲ごとの値を計算した上で、モデル固有の傾向を持った誤差を補正する技術(バイアス補正)を使用して精度高く作成されたものです。1地点につき9つの気候モデルで計算した9通りのデータがあります。予測は不確かさを持つものですが、9つのデータのばらつきを示すことで、確率の幅を持って結果を見ることができます。予測というと未来のことだけに使われるように思われますが、気候モデルで過去を再現し、過去から現在までの気象情報データを作ることができるのです。

もちろん、モデルの計算時間を先に延ばすことで未来のデータも作られています。未来に関しては、温室効果ガスの排出量による温暖化の3つのシナリオ(シナリオについては図2を参照)でそれぞれについて予測しています。
このようにして作られた気候情報と診断手法によって、永久凍土のある場所を推定するとともに、過去から未来への時間の経過とともにどのように変化するかを追うことが可能になりました。

1-3. さまざまな地域に、まだ確認されていない永久凍土が存在する可能性が

研究によって推定された現在の日本の永久凍土領域のマップを図1に示します。

図1

図1:気象情報から推定された現在永久凍土があると推定される領域。過去20年間(1999年から2018年)の平均像。赤い部分は実際に永久凍土が確認されている場所。

(画像出典:国立環境研究所 『日本の永久凍土分布を気温条件から推定:将来大幅に消失することを予測』)
※より詳細な永久凍土領域のマップはこちらからご覧になれます(国立環境研究所のサイトへのリンク)。
リンク先URL: https://nies.maps.arcgis.com/apps/instant/basic/index.html?appid=7dcb10dd38b649f49ced52e1b4a36d0f


これまで日本で永久凍土は、大雪山、富士山、北アルプスの立山で確認されていました。しかし本研究では、この場所以外にも、日高山脈、知床岳、斜里岳、阿寒岳、羊蹄山と、立山以外の北アルプス・南アルプスに永久凍土が存在している可能性のある場所を見つけました。
また、今回永久凍土領域であると推定された場所の緯度と高度の分布から、現在の気候条件で日本の山岳で永久凍土が存在できる高度の下限は、
下限の高度 = 2,997 - (緯度 - 35)× 177 (m)
で概算できることがわかりました。

1-4. 気候変動によって失われていく日本の永久凍土

過去から将来へわたって推定された永久凍土領域の面積の変化のグラフを図2に示します。

図2

図2:永久凍土と推定される領域の面積の変化。9つの気候予測情報を利用した結果の平均値を太線で示す。灰色の部分は気候モデルの違いによるばらつき。黒=過去再現実験(2018年まで)、赤=将来にわたって温室効果ガス濃度が増加するシナリオ(RCP8.5)、青=2100年時点での全球平均気温変化を産業革命前に比べて2℃程度に安定させるシナリオ(RCP2.6)、緑=中庸シナリオ(RCP4.5)の結果。
(画像出典:国立環境研究所 『日本の永久凍土分布を気温条件から推定:将来大幅に消失することを予測』


気候予測情報の違いによってばらつきが大きいものの、線で描かれた平均の傾向を見ると、2000年以降はどの地点でも永久凍土の面積が大きく減少傾向にあることがわかります。
将来予測の着色部分を見ると、日本の永久凍土は以下の3タイプに分類できることがわかりました。

長期維持型: 大雪山系、富士山
境界型: 日高山脈、北アルプス
危機型: 知床岳、斜里岳、南アルプス、阿寒岳、羊蹄山

長期維持型の2つの山は、永久凍土の下限の高度に対して山頂が高く、気候変動下でも長い期間永久凍土が残るという結果になりました。しかし、今以上の温室効果ガス排出削減努力を行わないシナリオ(RCP8.5)では、大雪山で2070年、富士山で2100年には永久凍土が消滅すると予測されました。
境界型の日高山脈、北アルプスは、排出シナリオによらず、今後20~30年ほどで永久凍土がなくなってしまうという結果でした。
さらに、危機型の山岳では、実際に観測した場合には現在すでに消失している可能性さえあるという結果になりました。

2. 本研究をより理解するために

2-1. 永久凍土と山岳生態系

永久凍土は冒頭でも触れたように、2年以上連続して温度が0℃以下の土壌や地盤と定義されています。この定義に当てはまる陸地は、シベリア、アラスカ、カナダ、南極大陸やヒマラヤ山脈などに広く存在し、地球上の陸地面積のおよそ14%~25%(研究によって諸説あるようです)が永久凍土であると推定されています。
永久凍土と同じように寒冷な場所に見られるものとして氷河がありますが、2つは大きく違います。永久凍土は地面の中が凍結しているのに対して、氷河は雪が融けきることなく積り、圧縮されて氷のようになったもので、地面の上にのっている氷です。今回紹介した研究では日本に存在する永久凍土についてのものでしたが、実は永久凍土の存在が確認されている北アルプスの立山には氷河も存在しています。
永久凍土の中には、大量の有機物が冷凍保存されており、氷漬けのマンモスが見つかったというニュースを聞いたことがあるかもしれません。マンモス以外にも40万年以上前の微生物も見つかっています。そのため、永久凍土が融けてしまうと、凍結していた有機物が分解され、未知のウイルスが大気中に放出される可能性もあると考えられています。気候変動への影響としては、大気中にメタンや二酸化炭素などの温室効果ガスが放出され、温暖化がさらに加速する「正のフィードバック」が生じることが懸念されています。しかし、この過程はまだ不明なことが多く、気候予測の不確実性のひとつとなっています。

また、永久凍土は地盤を凍結によって非常に固くし、かつ水分を保持します。日本にあるような山岳の永久凍土は山の斜面が崩れることを防いでいます。永久凍土の中には夏の間に地表部分が融解するものもあり、融解部分は活動層と呼ばれます。活動層の下の土壌が凍結していると染みこみにくいため地表部分は水分を保ち、花が咲くような高山植物が育ちやすい環境を作るといわれています。
山岳は低温・強風・積雪などの環境ストレスが強いため、その生態系には生理的、形態的にそのような環境に強い希少な種が生育します。そういう生存戦略であるということは、裏を返すとほかの種が入り込む余地のある環境にかわってしまうと、侵入してきた種に簡単に負けてしまうという面も持っているのです。山岳生態系は環境の変化に弱く、また、一度失われると回復が遅いという特徴があります。

2-2. 気候予測情報のダウンスケーリングとバイアス補正とは

気候予測は主に全球気候モデルというモデルを使って行っています。計算は地球の表面を格子状に区切って行っていますが、現在の計算機の能力では、格子の大きさを数十 kmから数百 kmで区切って計算することになるため、今回のような細かさで永久凍土の領域を調べることができません。そのため、格子を注目したい領域に限って、もっと細かく区切る手法がとられます。これを「ダウンスケーリング」といいます。

気候モデルは完璧に自然を再現できるわけではないので、得られた気候情報には誤差が含まれています。実際に観測で得られた気候情報との間にある、ある傾向を持った誤差を「バイアス」といい、これを補正することを「バイアス補正」といいます。観測値のある期間での補正は、未来にまで反映させて将来予測の精度を上げています。

3. NTT宇宙環境エネルギー研究所の地球環境未来予測技術

気候変動による永久凍土融解の問題は、単なる土壌の融解にとどまらず、土壌からの温室効果ガスの放出や植生をはじめとする生態系の変化も伴うものです。そして、その結果がさらに気候を変えるように作用し続けます。
NTT宇宙環境エネルギー研究所が研究を進める地球環境未来予測技術は、高分解能の観測データ取得と物理過程だけでなく生物化学過程を含めた地球のモデル化によって、このような気候変動に関わる複雑な相互作用を表現できる、より高精度な地球の未来予測をめざしています。

参考資料

日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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