地球再生の道筋をシミュレーションする地球環境未来予測グループ
現在、人間活動による環境負荷によって、地球の持続可能性が危ぶまれています。未来の人間の生活はどのように変わるのか? どうすれば地球は再生するのか? 地球環境未来予測技術グループは、シミュレーションによって、人類の漠然とした不安を建設的な目標につくりかえ、地球の再生に貢献することに取組んでいます。誕生したばかりのグループで新しい研究分野を切り拓くグループリーダー 久田正樹氏に話をうかがいました。
※所属は取材当時のものです。
久田 正樹 (ひさだ まさき)
NTT宇宙環境エネルギー研究所 レジリエント環境適応研究プロジェクト 地球環境未来予測技術グループ グループリーダー
奈良先端科学技術大学院大学 博士前期課程を修了し、日本電信電話株式会社に入社。以来、教育システムやインメモリDBの研究開発、OSSデータベース(PostgreSQL)のコミュニティ開発に従事。2020年、研究企画部門にて、宇宙環境エネルギー研究所の設立に参画。ESGシミュレーションの研究、環境エネルギー分野におけるプロデュース業務を経て、2021年、地球環境未来予測技術のグループを立ち上げ、グループリーダーとして、極端気象予測、衛星IoT地球観測技術、生態系予測技術など、新しい研究テーマの立ち上げを推進している。
1. 人類の豊かな未来を予測で支えるということ
地球環境未来予測技術グループのグループリーダーの仕事について教えてください。
NTT宇宙環境エネルギー研究所が誕生して2年が経過しました。まだまだ短い歴史ですが、地球環境未来予測技術グループはそのなかで最も新しいグループです。グループとしてのミッションは地球のシミュレーションを行うこと、そして私の役割は、NTTでの新しい分野の研究を立ち上げるというものです。
人類の活動が地球環境に大きな影響を与えるようになった現在、もしも今のままの地球を維持したいのならば、人間活動を変えなければなりません。たとえば、環境負荷となっている二酸化炭素の排出量を制限し、カーボンニュートラルを実現していく必要があります。そうなると、これまでの生活も変えなければなりません。しかし、これらの努力がどの程度、地球環境に影響を与え、その結果、いつ、どのように地球が再生するかがわからないとなると、私たちは単に豊かさを失ってしまうだけになってしまいます。
実は、地球は絶えず変化しています。季節が廻りまた同じ季節になっても、地球は全く同じということはありません。これは、地球の公転軌道や自転の変動の影響もありますし、太陽活動の影響もあります。さらに、火山や巨大隕石の落下など突発的な影響もあります。
そこで役に立つのが、コンピューター上の「もうひとつの地球」を使ったシミュレーションです。私たちのグループでは、地球の過去、現在の再現、そして未来をシミュレーションする「地球環境未来予測技術」を開発することで、人間社会の豊かさを保ちながら持続可能な地球への道筋を明らかにする、という課題にチャレンジしています。
地球環境未来予測技術グループにはどんな人がいるのでしょうか?
新しい分野を切り拓いていこうという気骨のある人が多いです。そもそも、これまでNTTの研究所には地球科学の分野の専門家はいなかったのです。私自身も、ソフトウェア開発が専門でした。
しかし、地球環境未来予測技術グループが立ち上がると、課題意識を共有している異分野の研究者が集まり、結果としてとても多様性のあるグループになっています。同時に外部の専門家から知見を得ることも進めており、多くの方々に支えられて研究が進められていると感じます。
2. 地球をよりよくするための「もうひとつの地球」をつくる技術
地球環境未来予測技術とは何なのでしょうか?
地球環境未来予測技術は、人間活動やその他の外部要因によって変化する地球環境を予測する技術です。
具体的には、NTT宇宙環境エネルギー研究所で開発している地球規模の観測を行うための「衛星IoT地球観測技術」、地球の物理過程、生物化学過程をモデル化する各種「モデリング技術」、地球の過去・現在・未来を予測し、人間活動によって変容した地球環境を、人為的に再生することができるかをシミュレーションする「地球再生シミュレーション技術」を統合することによって、人間社会に有用な未来予測を提供することを目的としています。
衛星IoT地球観測技術とは、どのような技術なのでしょうか?
地球全体に配置したセンサの情報を低軌道衛星で収集することで、リアルタイムで高精度な観測を実現する技術です。
気象・気候の予測の精度は、センサからのデータ(降雨、気温、湿度など)の量と質に依存します。そのため、従来の気象・気候の予報においても、衛星からのリモートセンシングや、地上のセンサからさまざまなデータを収集し、シミュレーションの精度を向上させています。
NTT宇宙環境エネルギー研究所では、これまで直接収集することのできなかった領域でのデータの収集に向けた試みを中心に進めています。それが衛星IoT地球観測技術です。
私たちが現在着目している海洋では、従来の衛星からのリモート観測では海上の大気や海表面の温度や湿度など実観測データをリアルタイムに、継続的に取得することは困難でした。そこで私たちは、ウェーブグライダーやドローンなどを使い、自律的な観測を可能とする、先進的なセンシング技術を開発しています。これによって、海上の湿度や海中の栄養塩など、より詳細かつ正確なデータを、リアルタイムで得ることが可能になってきています。
今後はこれらのデータを用いて、大規模な災害の原因となる極端気象の高精度予測や被害予測など、シミュレーションの精度向上を進めていく予定です。列になった積乱雲で大雨を降らせる線状降水帯の予測には、海上のからの湿った空気の観測が重要です。また、台風も海上で発達していくため、海域の高精度なデータはシミュレーションに有用です。
さらに、将来的にはIoTセンサや通信のコストを削減し、観測の自動化、省電力化を実現するとともに、環境負荷の低い衛星IoTセンシング技術を開発し、世界中のパートナーと協力しながら、地球規模のリアルタイムな観測を実現していきたいと考えています。
気象気候再生モデリング技術とはどのような技術なのでしょうか?
地球の気象や気候の持続・再生に向けたモデリングの技術です。特に台風や線状降水帯などの極端気象による気候変動・変化への影響評価、極端気象をシミュレーション上で再現するためのモデリング技術です。
そもそもシミュレーションとは、いわば現実を模倣した研究であり実験です。コンピューターによって与えられた観測データなどをもとに、現実で起こり得ることを再現する手法です。モデルは、データからシミュレーションコードを生成するために必要な、物理学的、数学的なプロセスが記述されたものです。
現在は、観測によるモデルの改善を通して、早期かつ高精度な極端気象予測技術の実現に向けた研究開発を進めています。実際に、台風に向けて観測機器を投入し、衛星での観測が難しい台風の下の海面や海中の観測を行います。さらに今後、衛星IoTセンサの観測網をさらに広げることで、地球全体の観測とデータの蓄積を可能とし、より長期的な5〜10年程度の気象現象の未来を予測していこうと考えています。
生態系再生モデリング技術とはどのような技術なのでしょうか?
生態系の再生プロセスをシミュレーションするためのモデリング技術です。現在は海の生態系にフォーカスしてモデルをつくっています。
海洋の生態系による炭素輸送は「生物ポンプ」と呼ばれています。大気中の二酸化炭素を海底に固定させる仕組みのひとつであり、カーボンニュートラル(温室効果ガスの排出と吸収による収支をゼロとすること)の実現において重要なものですが、詳しくわかっていません。
海洋の生態系は植物プランクトン、動物プランクトン、そして魚介類、さらに大きな動物へと連なる食物連鎖があります。この食物連鎖のなかで炭素が少しずつ海底に固定されていきます。よって、海洋の生態系の炭素固定の仕組みを明らかにし、シミュレーションができれば、海洋の炭素固定の中期〜長期的な未来予測を行うことが可能になり、持続可能な社会づくりに貢献することができます。
たとえば植物プランクトンの繁殖には、窒素、リン、ケイ素などの栄養塩や鉄が供給され、適量の日光、二酸化炭素があることが条件です。これらの物質を海洋でセンシングし、それらの数値をもとにプランクトンがどのように発生するかをシミュレーションしていきます。
海の生態系はまだわかっていないことが多く、現状ではおおまかな予測を行うモデルはありますが、より細やかな予測を行うためのモデル開発が課題となっています。
地球再生シミュレーション技術とは何でしょうか?
地球の再生に取組むための指標となる予測を行う技術です。
地球環境未来予測技術を用いて、中長期的な未来を予測したとき、人類の未来にとって良くないシナリオと直面する場合があります。その際、人類は何らかのアクションを起こす必要があります。
たとえば、二酸化炭素の排出抑制やカーボンニュートラルの実現がそうです。地球再生シミュレーション技術はそれら人類のアクションによって、地球がどのように再生していくのかという予測を行うものです。
地球環境は、過去から未来に向けて絶えず変化しています。たとえば、人類の文明が誕生した1万2,000年前から、気候が安定化し農業が可能となりました。
このように人間社会にとって良い影響をもたらす変化以外にも、たとえば大きな火山の噴火や隕石の落下など、有史以来、人類が遭遇したことのない大きな災害が発生し、地球環境が人類にとって悪い変化が起こることもあります。
災害の発生を阻止することは難しいかもしれませんが、もとに戻すことができるかということは人類の持続可能性にとって重要な知見です。そしてその知見は、シミュレーションによってでしか生み出せないものなのです。
これから未来はどのようなものになっていくのでしょうか?
少なくともわかっているのは、地球はおよそ50億年後に太陽に飲み込まれるということです。しかしながら、人間活動による環境負荷により、それよりもはるか前に、現在の多くの生物は住めない環境になってしまうでしょう。
その一方で、人間の科学技術の進展は目覚ましく、地球が住めなくなる前に、地球環境をもとに戻していくような技術が生み出されると考えられます。私たちがめざしているのは、そうした地球環境を再生する技術を予測で支え、地球によりそいながら、いつどのように使い、そして再生する過程で人類がどのように適応していくか明らかにするということです。
現実の地球はたったひとつしかなく、何かを「試しにやってみる」ということはできません。シミュレーションがなければ、未来に何か急激な環境変化が起きたときに「天変地異」としか理解できず、人類は対症療法的に対処する以外方法がないことになります。
NTT宇宙環境エネルギー研究所は、より高精度な地球のモデルを構築しシミュレーションすることで、過去・現在の地球を理解していきます。
さらに、地球環境の再生に向けたシミュレーションを行うことで、未来において人間社会の在り方を考えることができるような予測を行い、社会へとその知見を還元していきます。
3. 地球のフロンティアは、シミュレーションにある
現在の研究職に就かれた背景について教えてください。
私は、誰も知らないこと、新しいことを知りたいという、好奇心が強い子どもでした。大学では物理学を専攻していたのですが、当時、手に届く値段になったコンピューターを使ったプログラミングに興味を持ち、研究をすべく大学院へ進みました。
NTTの研究所に興味を持ったのは、誰も知らないこと、新しいことに挑戦し続けている研究所だからです。「自分が最も興味を持てることにずっと触れていられて、好奇心が刺激されそうだ」と考え、その門を叩きました。
研究の魅力・達成感とは何でしょうか?
研究には、誰もやったことのないことに挑戦できるワクワク感があります。そして研究を続けていくと、自分と似た感覚や価値観をわかち合える仲間と出会えます。これらが私にとっての研究の魅力ですね。
また達成感というより、私は研究がうまくいかないとき、悩んでいるときの充実感を大切にしています。何か新しいことにチャレンジしているときには、うまくいかないときの方が多いと思います。
つまり、悩んでいる状態というのは、少なくともチャレンジとしては間違った方向には進んでいないということです。その確認ができることが、私の充実感です。
研究グループの統括やマネジメントをされているなかでご自身が感じられている意義や達成感を教えてください。
まずグループのメンバーには、研究者としてやりたいことや磨きたい技術を大切にしてもらっています。そうすると研究者の興味関心に応じて、研究内容がさまざまな方向に深く進んでいくことになります。その上でお互いの強みを活かし、協力し合うことで、個人では達成できないゴールをグループとしてめざしています。
まだ立ち上げたばかりですが、少しずつ前に進んでいるということには達成感を感じています。今後さらに、加速できるよう精進していきたいと思っています。
今後の研究者としての目標について教えてください。
現在の地球環境シミュレーションからわかることは、科学技術の発展に伴って人間活動の影響は加速度的に大きくなっているということです。今後はESG経営科学技術グループや人間情報研究所のデジタルツインコンピューティングセンターとも協力して、人間活動を含めた地球の未来予測を行うことを通し、人類、社会の未来に有益な研究をしていきたいと思っています。
研究に興味がある方へのメッセージをお願いします。
NTT宇宙環境エネルギー研究所はまだ誕生して間もない研究所であり、目的志向型の研究を行っています。また地球環境未来予測グループは、地球環境の再生に向け、文字通り手段を選ばず、多様な技術的背景を持つメンバーで研究を行っております。
私たちは、「自分が培った技術を地球や人間社会に役立てていきたい」という強い意志を持っている方を幅広く歓迎します。ともに地球の未来を切り拓いていきましょう。
日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。
このオウンドメディアは、NTT宇宙環境エネルギー研究所がサポートしています。
宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け多様な人材を募集しています。