社会システム変容の研究と有識者のコラム集 コラム⑫ クリエイティビティ
デジタルテクノロジーは、わたしたち一人ひとりのコミュニケーション能力を多次元に拡張し、社会にさまざまな変化を与えている。時間と空間、デジタルとリアルを超えて個人がつながり、発信しあう社会は、多様な人々による共感・共創を促進し、グローバル市場を活性化し、経済成長をもたらそうとする一方で、消費・生産量の増大が資源の枯渇を加速させ、格差の拡大が民主主義を揺るがし、社会に不安定さをもたらしている。また、収束のみえないコロナ禍は、社会の歪みや脆弱性を露呈し、不安を増大させている。わたしたちはいま、幾度もの内省と、自らが生きる意味や社会的使命の探索を重ねながら、明るい未来像を描こうとしてもがいている。
ウェルビーイングは、このように正解が存在しない、不安定な世界から脱出し、新たな世界を創造しようとするときに、わたしたちの拠りどころとなる共通目標の必要性から開発された概念なのでは、と筆者は捉えている。つまり、ウェルビーイングは創造の目的であり、創造はウェルビーイングの手段である。
そして、ウェルビーイングはすべての人にとって共有可能な目標であるにもかかわらず、多様性を内包し、個人的・主観的・多義的なものである。たとえるなら、サンタクロースからもらう「プレゼント」のようなものである。それぞれに配られた中身は違っても、手にしたものを互いに喜びあうことができるし、周囲に自分は何が欲しいのかを宣言して願いをかける行動をおこせば、それを手に入れられる可能性は高くなる。何もせず、ただ受け身で待っているだけでは、サンタクロースが袋から手探りでランダムに取り出した(もしくは彼の今年のお財布事情に合わせて選ばれた)プレゼントをもらったときくらいの喜びしか、自らの人生に見いだすことができないだろう。
このウェルビーイングという言葉の特性から、寛容社会を取り戻すヒントや、多様性への対応という課題にパーソナライズという手段で解決しようとするデジタル庁の成長戦略(1)、あるいはIOWN構想(2)で語られる世界の実現に向けた方策の糸口をつかめそうな予感がしている。そこで本稿は、「ウェルビーイングを共通目標とする社会では、どのような創造性の発揮が求められるようになるのか」、その種類や変化について検討する。さらに、そうした「創造性をエンハンスしようとするときに、どのようなデジタルテクノロジーの活用がありうるのか」について、いくつかのアイディアをまとめることにする。
ウェルビーイングを共通目標とする社会の創造性について検討を始める前に、本稿で述べる創造性の前提について、そしてきわめて概略的ではあるが、基本的な創造性のパターンを整理してみたい。
まず、創造性とは、人間が自らの感性を資源に、自然発生的に湧き出た内なるもののアウトプットがなされる可能性、として説明できる。ここでは、創造は結果であり、受け手や市場の存在を意識していない。いわば子どもが無心に絵を描くときのような創造性である。
一方、本稿で取り扱う創造性とは、アウトプットしたものを通じて、受け手や社会に何らかのポジティブな影響や価値を与えるという目的が存在し、そのアウトプットの取引あるいは共有までを含めた過程でとる行動や思考が、目的の達成に寄与する度合いを指す。もし、ゴッホやベートヴェンが、ただ描きたかったから、ただ曲を作りたかったから、という理由だけで作品を残していたとするなら前者の創造性だが、彼らがその作品を通じて鑑賞者に感動を与え、その対価で生計をたてようと意識しながら作品を創っていたとするなら、後者の創造性であり、本稿の対象となる。
したがって、本稿が取り扱う創造性とは、社会の構成員であるわたしたちの誰もが発揮しうるものである。また、そのアウトプットは、芸術作品やコンテンツなどに限らず、取引・共有可能なすべてのモノやサービス、情報を含むものである。
これらを前提に、創造性の基本パターンをまとめると、次のようになる。
例えば、エジソンの電球やベルの電話、高度経済成長期にはじめて登場した洗濯機やテレビ、そして1990年代のインターネットというように、「技術」を用いて、まったく新しい利用価値をもたらそうとすること。有形のモノに限らず、天気予報や株式市場といった無形のノウハウやアイディアも対象となる。創造性の要素のうち「新規性」に焦点があてられる。
洗濯機を開発するメーカーが多数登場し、他社や従来品と比較されるようになったときに差別化要因となる「優位性」に焦点がある創造性。「より安く・より早く・より簡単に」といった機能改善から理性に訴えるアプローチと、「より洗練された・よりかわいい」などイメージやスタイルの刷新から感性に訴えるアプローチがある。
ウォークマンや携帯電話は、外出中でも使えたら便利、という機能価値の「捉えなおし」の創造性から生まれた。iPhoneの誕生は、音楽プレイヤー×携帯電話×インターネット端末の「掛け合わせ」の創造性によるものである。2000年代以降は、オンラインバンキング、ECサイト、コンテンツ配信サービスなどが、モノやサービスをデジタル技術やインターネットと「掛け合わせ」た結果として多く登場している。
以上はとても簡単な整理ではあるが、カタチある製品を生み出す企業活動に限らず、「作り手(提供者・販売者)」と「受け手(利用者・消費者)」という関係が存在するあらゆるセクター間で取引・共有されるサービスやプロセス、モデル、システムなどに、この3パターンを適用することができるだろう。
なお、これらの創造性は、社会の成熟が進むほど、先人たちの成功や失敗に埋め尽くされてしまい、その発揮のしどころが失われていくという特徴がある。
ここからは、ウェルビーイングを共通目標として、社会の変化に適応しようとする際の創造性の要件について説明してみたい。創造性とウェルビーイングの関係を整理するうえではマズローの欲求5段階説が有益だと筆者は考えている。
ご存じの方も多いところだが、マズローは、人間の欲求は、a. 生理的欲求、b. 安全の欲求、c. 社会的欲求、d. 承認欲求、e. 自己実現欲求の順で現れるのだとする。ウェルビーイングとは何か、を説明するにはさまざまなアプローチが存在するが、ここでは、5段階の欲求がすべて満たされている状態を「個人のウェルビーイング」とし、それを支え合うことができる状態を「社会のウェルビーイング」としてこの先の検討を進める。
モノからコトへ、という言葉に代表される産業革命以降の工業化社会の進展、そして2度の大戦を挟み、高度経済成長期を経る一連のプロセスは、5段階の欲求を低次のものから高次のものへと、ひとつずつ満たそうとするものだったといえる。こうした有形から無形、物質から精神へと、欲求の対象が拡大した結果として、ウェルビーイングという「概念」を社会が必要とするようになったともいえる。
さて、ウェルビーイングを目標とする社会の特徴は、多様性を認めることが要求されるということにある。低次の欲求は、高次の欲求に比べると多様性が少なく、効率性を追求することができ、比較的「正解」を出しやすいように思われる。しかし、高次の欲求は、内的に働くものであるがゆえ、その多様性にどれだけのバリエーションがありうるのかの推定が難しく、ときに本人でさえ、自己のニーズを認識していないことがままあるといった非効率性を伴う。このため、ウェルビーイングを目標とする社会をつくるうえで発揮される創造性には、多様性を受け止めながらも、いかに生産性を維持できるか、という点に寄与することが課題となる。
例えば、マスカスタマイゼーションの事例として有名なNike By You(3)は、ナイキのスニーカーをカスタムメイドしてくれるサービスであるが、もちろん、まったくゼロからシューズのデザイン画を書き起こすわけではない。一般販売しているおよそ60のモデルからいずれかを選び、さらにあの象徴的なロゴマークになっているスウッシュ(swoosh)の部分や、ソール、靴紐など、あらゆるパーツの配色を自由に選べるようになっている。このように、テンプレート化されることを前提としたシューズをデザインする能力や、個別の発注を受けることができるウェブシステムの提供能力、さらに希望通りに1点1点を生産することができる体制など、数々の要素を見て取ることができる。
また、CreemaやEtsyなどの生産者と購入者をつなぐCtoCプラットフォームも事例として数えられるだろう。手作りした1点ものの作品を出品する人と、購入者とをマッチングすることで、結果として個別最適の商品販売を実現している。作品を並べるだけではなく、さらに細かい希望を聞いて受注生産しているクリエイターも多くいる。何を取引対象とするプラットフォームを構築するか、またその利用者ごとの細かい要望に応えるUIやUXをデザインする能力も重要となる。
マズローのいう5段階欲求を低次から高次へと満たそうとしてきた経済活動は、世界の人口爆発や消費経済の拡大などと掛け合わせられることにより、達成すべき欲求の総和量が地球の自然や資源のキャパシティをはるかに超える事態を引き起こしている。現在わたしたちが直面している数々の災害が、人間の活動が要因となっている気候変動によることも、ついに証明(4)されるようになってきている。低次の欲求が満たされていなければ、高次の欲求も満たすことはできない。まさに足場から瓦解しかねない状況に陥っているのである。
このままでは、わたしたちの欲求を満たそうとすることを止めるか、経済活動を止めるか、つまり生きるか/死ぬかではなく、死ぬか/死ぬかの選択肢しか残されないことになる。そこで、次にあげられるのがこうした苦難の選択肢にプランCをもたらす、「持続可能」な社会をつくるための創造性である。
具体的な事例をあげて考えてみよう。オランダのアムステルダムにある「MUD jeans」は、デニム・ジーンズのサブスクリプションサービスを提供している(5)。月々7.5ユーロで1年間のリース期間を終了すると、「古いジーンズを返却し新しいものと交換し、さらにリースを続ける」「古いジーンズをそのまま買い取り、自分のものにする」という、2つのオプションから選ぶことができる。回収した古いジーンズは、新しいジーンズをつくる生地にリサイクルされる。現在は40%ほどのリサイクルコットンの使用率を100%にするための研究プロジェクトが、大学機関と連携しながら進行中である。
こうした資材リサイクルや再生可能エネルギーといった新技術の開発と、それを適用するためにビジネスモデルを変革するなどして、わたしたちは資源を枯渇させることなく、ジーンズを穿いたり、電気を使う暮らしを維持することができるようになる。
ほかにも、例えば少子高齢社会の交通インフラを持続可能にするために、自動運転車を開発して取り入れたり、その自動車を製造するロボットを自動化したり、遠隔操作可能なものにするといった科学技術や生産プロセス、あるいはその実装の受容度を高める社会技術の創造性もある。また、デジタル社会の進展に伴い爆発的に増える電力消費量を抑えるために、計算時の消費電力を劇的に抑えられる量子コンピューターの技術開発や、その活用としての組み合わせ最適化問題を発見する想像力なども求められる創造性の一例である。
社会の急激な変化は、5段階の高次に位置する精神的な欲求(社会的欲求・承認欲求・自己実現欲求)を叶えるための創造性にも変化をもたらしている。
筆者は2019年3月に刊行した『創造性-デジタル社会を生き抜くための個人と組織のクリエイティビティ』(6)のイントロダクションのなかで、気候変動やリーマンショック、東日本大震災などの共通体験から、金融資本主義や消費資本主義への疑念が生まれるなど、人々の精神性に大きな転換がもたらされていることを指摘したうえで、個人の創造性と、それを発揮する場所としての組織の関係性の変化について、次のように述べた。
個人の創造性は、より長期的で人生的な観点から見た楽しさや生きがい、あるいは使命やライフワークを探索する過程の中で、自らが生きる環境である組織と社会をより善いものにしていくために発揮される社会的な自己表現能力を指している。創造性は、これからを生きるすべての個人に求められる本質であり、組織はその獲得と発揮を促す基盤として機能することを求められているのである。個人と組織は、双方が変化に対応し新たな能力と機能を発揮することによって、新しい関係性を築き、社会を変化させ、存続させることができるだろう。
これまでは、企業における価値創造の主体は組織の側にあり、従業員である個人はそのための手段としての労働力とする捉え方が一般的であったといえる。2000年代後半にワークライフバランスという言葉が登場した背景には、仕事は与えられた義務であり、個人の欲求、自己実現とは区別する考え方があったのだろう。その後、さまざまな社会変化、そして2020年のコロナ禍以降、今度はワークインライフという言葉が登場し、仕事と自己実現は統合可能なものとする考えにシフトしつつある。
自分は人生で何を実現したいのか、自らの使命を探索し、その使命のために行動し、主体性を持って社会に対する責任を果たすという「自己実現」への希求が、なぜ創造性に関係するのか。その理由には、次の2つがあげられる。まず、「仕事が楽しい」と感じている人(7)や、「自らのビジョンがあり、それが組織のビジョンとすり合っている」人(8)は、自ら(個人)の創造性に対する主観的評価が高いことが、筆者らが2018年に実施した調査(国際大学GLOCOMと株式会社イトーキによる共同研究)の結果から分かっている。こうした自己評価を持つ人々は、おそらく「自己実現」と仕事が統合している可能性が高いことが推察される。
次に、「自己実現」とは、内的に完結せず、必ず社会を巻き込み、自らが望むように社会を変えた結果、社会からその評価を受けてはじめて成立する。したがって、個人の創造性を発揮するだけではなく、それらの集積として、社会の創造性も高まることにつながると考えられる。
こうした個人と社会の関係のあり方の変化については、OECDが公表している2030年代の教育コンセプトであるEducation2030(9)にも見て取れる。このコンセプトが掲げるゴールは「個人と集団のウェルビーイング」である。そして、ゴールの実現には、一人ひとりがエージェンシーを発揮していくことを求めている。エージェンシーとは、社会参画を通じて人々や物事、環境がより良いものとなるように影響を与えるという責任感を持っていることを指す。また、エージェンシーは自らが進むべき方向性を設定する力や、目標を達成するために求められる行動を特定する力を必要とする。
つまり、個人は自らのウェルビーイングを求めて行動するとき、まずは自らが置かれた環境である社会のウェルビーイングに向け、市民としての意識を持ち行動すべきだということである。「自己実現」は社会のなかで、多様な人々と出会い、共に影響し合い、行動するうちに達成される。こうしたプロセスに求められる創造性の要素は次のようなものとなる。
例えば、キャリアと育児を両立しようとする人が、勤務時間を短縮するために仕事の生産性を高めるプロセスを自ら考案し、チームメンバーにも実践してもらいながらチーム全体の生産性をあげることも自己実現の創造性である。あるいは、筆者がいま本稿を執筆するにあたりチャレンジしている、ウェルビーイングというテーマをいただき、それを自らのテーマである創造性と掛け合わせることで、新たな地平を見いだそうとするのも自己実現の創造性である。また、クラウドファンディングを活用して、自らが共感する活動を展開しているNPOを探し当て、出資という形で活動に参加するような、多様な発想や方法で社会に寄与しようとする人も自己実現の創造性を発揮しているといってよいだろう。
このように、ウェルビーイングを目指す社会に求められる創造性とは、「①発明の創造性」「②改良・改善の創造性」「③捉えなおし・掛け合わせの創造性」の3つのパターンに、「A. 多様性への対応」「B. 持続可能性への対応」「C. 自己実現」という3つの要件が加わり発揮されるようになる、とまとめることができる。
ここまで、社会の変化と欲求5段階説とを照らし合わせながら、創造性の類型と要件について整理してきた。ここで、創造性を発揮しようとするとき、それぞれの段階で重要となるインプットがあることを付け加えておこう。まず、低次の生理的、安全の欲求の充足には、地球上の資源やエネルギーといった自然への理解が重要なインプットとなる。そして高次の精神的欲求を充足するうえでは他者を理解すること、さらに社会的な課題解決に関与し、自己実現を果たそうとするうえでは、社会や集団のダイナミクスを理解することが重要となる。
これらのインプットを効率的・効果的に得られるようなシステムが社会に実装されていれば、わたしたち一人ひとりの創造性の発揮が促され、ウェルビーイングを増幅させることができるようになるだろう。このように、創造性をエンハンスする社会システムやその機能には、ほかにどのようなものが考えられるだろうか。また、そうした社会システムの実装には、どのような課題とデジタルテクノロジーの活用可能性が存在するだろうか。筆者から見えている、いくつかの近未来のランドスケープを紹介し、本稿を締めくくることにする。
ウェルビーイングを共通目標とする社会では、都市と地方、女性と男性、個人と組織、理系と文系といったさまざまな概念を解体し、融合しなおすようなデフレーミング(10)が加速している。産学連携のオープンイノベーションや、街づくりのための市民参加型のアイデアソンやハッカソンなど、多様な人々の対話から、新たな着想を得たり、共創したりといった機会が増えている。こうした実践に付きまとう課題が、コミュニケーションコストの増大である。多様であることは、異質であるということだ。日常で使う言葉がまるで違っている、そもそも対話するときの前提が共有できていないなど、対話するには相当なカロリーを消費し、時に疲弊してしまうこともある。もちろん、こうした異質なものとのぶつかり合いから、新たな創造が起こることを狙ったものだと分かっていても、である。
そこで、例えば自然言語解析の研究者たちの知見から、対話のログを解析して多様な人が合意形成していくメカニズムを解明したり、異なる言葉を使っているようでも実は互いに同じことを言っているといったケースが判別できるアルゴリズムを開発してみてはどうだろうか。すでに、会議の会話をリアルタイム解析し、会議のテーマに対して、各自の発言が発散しているのか、収束しているのかを評価するシステム(11)も存在している。これを応用すれば、究極に中立的なファシリテーターロボットも開発できるかもしれない。筆者らが実施した組織の創造性に関する調査では、プロジェクトチームの心理的安全性が個人とチームの創造性を高める一番の要因である(12)ことが分かっている。テクノロジーによって、プロジェクトメンバーや対話する者同士の心理的安全性を助け、プロジェクトの創造性を高めることが十分に可能だと考えられる。
Netflixがデータドリブンなコンテンツ制作でヒット作を連発し大成功を収めているように、過去のヒット作品のビッグデータから歌詞や楽曲を自動生成する、小説のシナリオを提案するような技術はすでにある。しかし、既視感のあるハリウッド映画より、ミニシアター系の映像作品に人気が集まるように、わたしたちにこれまでにない斬新な驚きを与え、心動く体験を提供するような作品を創造するには、過去のデータではなく、現在や未来の社会の心象風景をデータから理解あるいは予測して表現するほうが有益だろう。
Tnavi(13)は、TVCMの字コンテ案を入力すると、放映時の好感度を予測してくれるサービスである。その要素技術開発プロジェクトに筆者も参加していたのだが、当時我々が議論していたサービスの想定利用シーンのひとつは、「好感度はあくまでも過去の視聴者の評価であるが、TVCMは常に新しい表現で視聴者のアテンションを引き付けることが目的である。このことを踏まえれば、好感度評価が低いと評価された字コンテを選ぶほうが、その意外性からインパクトが大きくなるのでは?」というものだった。もちろん、現場の担当者は好感度が高いと評価されたアイディアを採用しリスクヘッジをするのだが、あえて創造性の要素である「新規性」に勝負をかけ、逆手をとるような提案をしてくれるシステムがあっても面白い。あるいは、そうしたリスクを許容し、逆転の発想や遊び心から生まれる創造性にかけてみるようなマネジメントクラスの意思決定をサポートするようなBIツールがあってもよいかもしれない。
同じような観点から、行きすぎたパーソナライズにも留意する必要がある。過去の行動履歴から最も効率的な選択肢を最適解として与えられ続けると、創造性を発揮するときのトリガーとなるインプットを得る機会を逃してしまう。Googleマップに頼りすぎていれば哲学の道を歩くことがなくなってしまうし、Amazonに頼りすぎていれば本屋をうろうろ歩き回るうちにインスピレーションを感じさせる書籍との出会いを得る機会を失ってしまうだろう。ここにも、余白や遊びを適度にもたせるシステムの必要性がある。
冒頭に述べたサンタクロースのプレゼントのたとえ話は、「多様な人々に同じ量の幸せを与えようとすると、人それぞれに違うモノを届けることになる」ということでもある。こうした発想は不平等を超越し、単一の価値観や倫理観しか許容できない不寛容社会を乗り越えるトリガーになるかもしれない。誰に、どのプレゼントを配ると幸せの総量が最も高く、コストが安く済むかをサンタクロースに提案するアルゴリズムがあれば、子どもがいる世帯への給付金の金額設定や、クーポンか現金かの支給方法で揉める必要もなくなるだろう。
また、デジタルマーケティングでは、顧客が商品を「最も少ないクリック数で購入することを解」として、おすすめ商品のアルゴリズムを開発している。このアルゴリズムは、一見すると販売者にだけ利益がもたらされる不平等なもののように思える。しかし実は、顧客が商品選びにかけるコストを低減させているという点で、内容は違っていても、販売者と顧客の双方に価値をもたらしている。
同じことを意味する別の例では、メルカリなどのCtoCプラットフォーム上に同じモデルのルイ・ヴィトンのボストンバッグAとBが出品されており、Aは未使用品1,000円、Bは中古品5,000円だったとする。このとき、Usedの使用感がかっこいいと考える購入者と即座にマッチングするアルゴリズムがあれば、彼を満足させ、出品者Bはクローゼットのスペースが空いたことを喜び、プラットフォーマーはより高い収益を得ることができる。このように、現実にはひとつの事象であっても、それを捉える側の価値観の多様性によって、創造される価値の総量を増やすことを可能にするアルゴリズムも存在可能である。このことを応用すれば、求人情報の中からその人にとって最も創造性を発揮できそうなものを提案したり、プロジェクトの創造性を最大化するチームのメンバーを提案するようなソリューション展開も考えられる。
デジタル・サービスに搭載されるアルゴリズムは、かつてアダム・スミスが唱えた合理的な経済人にわたしたちを立ち戻らせ、見えざる手が個人主義と社会の秩序を両立させるような社会システムを再構築する可能性を与えてくれる。そしてこのような社会システムこそが、わたしたち一人ひとりの個人の創造性と、社会の創造性をともに高めてくれることに期待したい。
小林 奈穂
国際大学GLOCOM主幹研究員・研究プロデューサー。2000年よりデジタル&リアルメディアを横断したデータドリブンなコーポレートブランディングやコミュニケーション戦略企画・開発のプロデュースに従事したのち、2015年にGLOCOMに所属。産学連携プロジェクトのマネジメント、GLOCOM六本木会議の事務局長など、産官学民とともに社会の共通課題を導き、研究する各種活動の企画・プロデュースを担当。スタートアップやクリエイティブエージェンシー、大企業、そしてアカデミアと幅広い組織における多様な専門性を持つ人々とのプロジェクトを手がけた経験から、個人と組織の創造性を研究テーマとしている。2020年より経済産業省産業構造審議会臨時委員(産業技術環境分科会)。