ドローンの標識となるミリ波RFIDタグを活用した気象予測や災害対応の高度化
日本電信電話株式会社(NTT)は国立大学法人東京大学との共同研究を通じて、社会のさまざまな分野で活用が期待されるドローンの新たな標識として機能するミリ波RFIDタグを開発しました。現在、ドローンの着陸地点の標識としてはバーコードなどのタグが用いられていますが、可視光に比べて天候の影響を受けにくいミリ波※1 で情報を読み取るミリ波RFIDタグ※2 によって、暗闇や悪天候といった視界不良下でもドローンの優れた航法精度を維持することができます。この新たな技術は、海域での大気観測や線状降水帯、台風などの極端気象の予測のほか、災害の被災地への救援物資の輸送などでの貢献が期待されます。
今回は、このプロジェクトで中心的な役割を担った地球環境未来予測技術グループの飯塚達哉氏に、ミリ波RFIDタグとタグの情報を読み取るミリ波レーダの開発の経緯、また社会実装を含めた今後の展望についてお話を聞きました。
※1 ミリ波:周波数が30GHz-300Gの電波をさす。指向性や透過性が高く、車に搭載される車間距離センサとしても使用されている。
※2 RFIDタグ:Radio Frequency Identificationの略で、タグに埋め込まれた情報を電波によって読み取ることができるシステムの総称。
https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/10/02/231002a.html
※所属は取材当時のものです。
飯塚 達哉(いいづか たつや)
NTT宇宙環境エネルギー研究所
レジリエント環境適応研究プロジェクト
地球環境未来予測技術グループ 研究員
1. 暗闇や悪天候下でも稼働する新たなドローン技術の開発
まず、東京大学との共同研究プロジェクトがスタートした経緯についてお聞かせください。
飯塚氏 近年、勢力を増す台風や線状降水帯がもたらす豪雨など、極端気象による災害が私たちの社会や生活に大きな影響を与えるようになっています。こうしたなか、これらの現象の予測精度を高め、レジリエントな社会環境を整備していくことは、これまで以上に重要な課題です。NTT宇宙環境エネルギー研究所では、気象予測の高度化に向けたさまざまな取り組みを進めていますが、現状では海域での大気観測データが不足しているほか、衛星リモートセンシングによる広域観測においても、空間解像度が十分でないことや、雲で遮蔽される台風直下のデータは収集が難しいなどの課題があります。
私が所属する地球環境未来予測技術グループでは、IoTセンサネットワーク技術を活用することで、これらの課題の解決をめざしてきました。しかし、IoTセンサを海域に投入しようとしても、そもそも遠い海域に行くだけでも大きなコストが発生することに加えて、センサをどのようにして固定するのか、また帯域幅が限られた衛星通信でどれだけのデータを収集できるかといった問題がありました。
東京大学との共同研究プロジェクトがスタートしたのは2020年頃です。NTT宇宙環境エネルギー研究所が設立されたのもこの時期で、私はドローンを使った大気観測技術とミリ波レーダの信号処理の高度化に取り組んでいました。
一方、未来社会への貢献をミッションに掲げる東京大学の川原研究室はIoTの分野で最先端の研究室で、導電性インクで電子回路を印刷してセンサにするデジタルファブリケーション技術を持っています。川原教授が私の学生時代の指導教官だったご縁もあり、さまざまな意見交換をするなかで行き着いたのが、ドローンの標識として機能するミリ波RFIDタグを使った大気観測でした。
現在、活用が広がっているドローンの航法について教えていただけますか。また、NTT宇宙環境エネルギー研究所がめざす大気観測用ドローンには、どのような航法が求められるのでしょうか。
飯塚氏 ドローンは物流やインフラの保守点検、空撮など、さまざまな分野で活用されるようになっています。航法としては、GPSで位置情報を取得するとともに、カメラの画像認識で周囲の情報を読み取って3次元地図化し、状況を判断しながら飛行するのが主流になっています。カメラによる画像認識は、着陸する場所に設置したバーコードなどのタグを読み取る際にも使われますが、船やトラックのように着陸場所が移動する場合には特に有効です。しかし、この画像認識の技術では、夜間などの暗闇や雨、霧などの悪天候下ではタグの情報を読み取ることができません。
一方、NTT宇宙環境エネルギー研究所は気圧計、温湿度計などのセンサを搭載したドローンを船で海域に運び、その周辺で大気観測を行うことをめざしています。ここでは当然ながら、暗闇でも悪天候下でもドローンが船に戻ってこられなければいけません。そこで、画像認識で使われる可視光に比べて天候などの影響を受けにくいミリ波に着目しました。ドローンにミリ波レーダを搭載し、ミリ波で情報を読み取れるRFIDタグを標識にしようと考えたのです。
今回の共同研究プロジェクトでは、NTT宇宙環境エネルギー研究所はミリ波レーダの読み取り技術の開発、東京大学の川原研究室はミリ波RFIDタグの開発を担当することで、当初想定した以上の成果を生み出すことができました。
2. ミリ波RFIDタグとミリ波レーダの仕組み
今回のプロジェクトで東京大学が開発したRFIDタグには、どのような工夫がなされているのでしょうか。
飯塚氏 平面型のアンテナを使用していた従来のRFIDタグは、電波の反射範囲が狭く、空中から読み取れる範囲が限られていました。ドローンはタグの情報を読み取るために上空を動き回らなければならず、効率性の点で改善の余地がありました。そこで、今回開発したRFIDタグでは3次元の再帰性反射(どこから照射しても光源に向かってそのまま反射する反射方法)を有するコーナリフレクタ構造を採用することで、電波の反射範囲を広げることに成功しました。
タグを設置する際には、コーナリフレクタを横に8個並べたものを1ビットとし、バーコードのように縦に8ビットを並べました。コーナリフレクタがあるものが1、ないものが0となり、以下の写真の例では手前から11000101という信号になります。横に並べるコーナリフレクタの数を増やせば反射強度が高まり、読み取りの距離も延びますが、今回の用途はドローンの着陸なので、15m離れた位置から読み取れることを条件に8個としました。読み取り部分のサイズは横292mm、縦600mmで、素材はミリ波を反射する金属であれば何でも問題ありませんが、今回は安価なアルミニウムを使用しています。
3次元的に反射するRFIDタグについては、これまでも研究は行われていましたが、屋外での実証実験に成功したのは今回がはじめてです。このタグをミリ波レーダで読み取ると、タグの距離と反射の強度を簡単に把握することができます。また、これまでは電池を使ってタグの回路を制御することで、長距離からの読み取りにも対応していましたが、今回開発したタグは電池が不要なので、メンテナンスコストがかからず、アクセスが難しい場所でも使用が可能です。
実際にどれくらいの範囲で情報の読み取りが可能になったのでしょうか。
飯塚氏 実験では仰角(水平からの角度)が30度以上、方位角(北を0度とした角度)が20度以上の範囲の場合、読み取りの成功率は90%以上でした。これにより、3次元空間の読み取り可能な範囲は従来の7.8倍になることがわかりました。
NTT宇宙環境エネルギー研究所が開発を担当したミリ波レーダについて、まずレーダの信号処理の仕組みを教えてください。
飯塚氏 今回のミリ波レーダは、FMCW(周波数連続変調)というミリ波ではよく用いられる方式のレーダです。送信開始時から終了時まで周波数が増加していくチャープ信号を送り、反射された信号をフーリエ変換※3すると、どの周波数にどれぐらいの信号強度があるのかがわかります。距離と周波数の間には対応関係があるので、物体までの距離も把握できるうえ、さらに細かく解析すると角度を含めた空間情報が得られるという仕組みです。
※3 フーリエ変換:時系列の信号の周波数解析を行う手法としてよく利用される。
今回のプロジェクトでは、リフレクタの構造に合わせた信号処理方法も開発されています。ここではどのような工夫をされたのですか。
飯塚氏 信号は固有値解析という手法で処理されます。これは信号を受け取ったとき、時系列の信号のなかに特徴的な点(固有値)を高精度に見つける手法です。
実証実験では、実際にドローンからタグにチャープ信号を送って、反射信号の周波数解析を行いました。周波数は距離に変換できるので、横軸で距離、縦軸で受信強度の分布が得られます(下図を参照)。今回用いたのは先ほどの写真のタグで、11000101と1が4つあるので、強く反射する点が4つあるはずですが、従来のフーリエ変換(青い線)では山の位置で判別するため、どれが山なのかを判別しにくいものもあり、精度が落ちます。一方、固有値解析では赤い点を4つ見つけることができました。また、強い反射を表す1が信号11000101のとおりの間隔で検出されており、ビットの配置をきちんと読み取れていることもわかります。
今回開発した信号処理では、点群クラスタリングの技術も用いていますね。
飯塚氏 はい。クラスタリングは類似性のあるデータをグループ分けする技術です。ミリ波レーダでは、タグ以外にも自動車や階段などの反射体から信号が返ってくる可能性があります。固有値解析では、そうした反射信号も算出してしまい、ノイズとなります。そこで、得られた点を空間内の位置と反射強度の強さでクラスタリングすることで、タグからの点群を自動的に検出できるようにしました。
現実の空間内で強い信号の点がまとまって存在しているのはタグだけだと考えられるため、こうした点群を自動的に見つけるクラスタリング手法を開発したのです。実際に自動車や階段の近くにタグを置いて実験しましたが、タグからの信号をきれいに見分けることができました。今回は信号処理を外部のPCで行っていますが、この処理はレーダのチップ内でも可能です。
3. 海域での大気観測に応用し、線状降水帯や台風など極端気象の予測精度を向上
今後、この技術をどのように社会実装していこうとお考えですか。
飯塚氏 現在は、この技術を海域での大気観測に応用していくことをめざしています。NTT宇宙環境エネルギー研究所では、2021年11月に沖縄の海域で小型船からドローンを離発着させて、海域の大気を観測する実証実験を行いました。将来的には、高度1~5kmに流れ込む水蒸気の量をドローンで観測することで、線状降水帯の予測精度を高めていく構想があり、この技術を応用できないかと考えています。
実際にミリ波レーダを搭載したドローンを実現するためには、外部の企業との協力が必要になりますが、NTT宇宙環境エネルギー研究所の技術をさらに確実なものにしながら、社会実装につなげていければと思っています。
技術的な継続課題などはありますか。
飯塚氏 動く船やブイに着陸できるようになれば、ドローンの移動範囲をさらに拡張できますが、一番の課題は波で着陸面が揺れてしまうことです。揺れていてもドローンがぴたっと着陸できる技術を確立することが今後の継続課題です。
この技術は、災害の現場でも応用できるのでしょうか。
飯塚氏 タグはどのような場所でも組み上げられますので、夜間でも雨が降っていても、災害の現場に救援物資などを運ぶことができます。災害の現場では人手も不足していますので、ドローンのメンテナンスが簡単である点もメリットではないでしょうか。さらに、今回開発した技術によってドローンが自律的にトラックや船と連携して飛行できますので、さまざまな用途が期待できます。
2023年10月に開催された「ACM MobiCom 2023」で、この技術を発表されたそうですが、反響はいかがでしたか。
飯塚氏 ミリ波でドローンを誘導するというコンセプトの新しさと、アプリケーションの可能性について高く評価していただき、大きな反響がありました。MobiComはIoT・ユビキタスコンピューティング分野の最難関国際会議のひとつであり、NTTの発表は日本のグループとしては21年ぶりだったそうです。そこで高い評価を得られたことで、今後はもっと大きなテーマにも取り組めるのではないかという自信につながりました。
今回のプロジェクトで素晴らしい成果を生み出すことができたポイントはどこにあったのでしょうか。
飯塚氏 今回の成果は、タグの設計技術とミリ波レーダの信号処理技術のどちらか一方だけでは成り立ちません。両方の技術を見渡すバランス感覚が重要だったと思っています。全体としてどういった性能を実現するかのゴールを明確にして、コーナリフレクタの形状や信号の処理方法の研究を深めていくなかで、タグがコンパクトになり、障害物の影響も受けにくくなるなど、実用性が高まっていきました。
当初は手探りの状態でスタートしましたが、ミリ波でドローンを誘導するというコンセプトで実証実験を行い、一定の成果が証明されました。既存の技術ではできなかったことが、新しい2つの技術の組み合わせで実現したことは、すべてのプロジェクト関係者にとって感慨深いものがあります。
今後はどのような方向で研究を進めていかれますか。
NTT宇宙環境エネルギー研究所が取り組む地球環境のセンサネットワークの構築において、ドローンはあくまでネットワークを構成するノードのひとつです。私自身の研究としては、今後もさまざまなIoTセンサを取り入れていくことで、よりレジリエントな社会の実現に貢献していきたいと思っています。
最後に、このような研究に興味を持ち、将来、研究職に従事したいと考えている方々にメッセージをお願いします。
飯塚氏 NTT宇宙環境エネルギー研究所には、常にチャレンジを後押ししてくれる風土があります。ミリ波の研究には約3年かかりましたが、周囲の応援とすべてのプロジェクト関係者の努力があって今回の成果につながったと思います。
今後、こうした研究に携わってみたいと考えている方々には、自分の考えをためらうことなく周囲に伝えていってほしいと思います。新しい未来を創造する技術に対する自分の興味・関心を大切にしていくことが、社会に貢献する大きな成果を生み出すのだと私は信じています。
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