葉緑体とは?地球の生態系を支える小さな工場

      藻類※1や植物の細胞に含まれる葉緑体は、光のエネルギーを使って無機物である水と二酸化炭素から有機物である炭水化物を合成する「光合成」の場となります。炭水化物に加えて、光合成の過程で生じる酸素は、我々人間も含めた生物が生きていく上で欠かせないものです。すなわち、葉緑体は地球上の生態系を支える小さな工場だといえます。
      この記事では、葉緑体の構造や機能についての基礎知識を整理しながら、その驚くべき進化の歴史と最近の研究成果についてご紹介します。

      ※1 藻類は現在、分類学上において植物に含まれないという考え方が主流になっています。詳しくは、当サイトの記事『藻類とは?定義や分類、CO₂変換技術とのかかわりを詳しく解説』をご覧ください。

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      1. 葉緑体の構造と機能

      数㎛の大きさと色素を持つ葉緑体は、一般的な光学顕微鏡で観察することができます。葉緑体内部をより詳細に観察するためには電子顕微鏡が用いられるほか、近年では生きたままの細胞を高解像度で観察できるライブセルイメージング(生細胞イメージング)の技術も用いられています。以下では、これらの観察手法によって明らかになった葉緑体の構造と機能について解説します。

      1-1. 葉緑体の構造

      まず、葉緑体の構造の模式図を以下に示します。

      葉緑体の構造
      (画像出典:Wikimedia Commons『Chloroplast-japanese』)

      このように円盤状にふくらんだ形状は、多くの陸上植物の葉緑体に見られる形です。藻類の葉緑体は、板状や星状、らせん状など、種類によっていろいろな形をとります。また、内部構造については藻類の種類によって異なる場合もあるため、ここでは陸上植物の葉緑体の構造について説明します。

      外膜、内膜の二重の膜で包まれた葉緑体の内部には、チラコイドという扁平状の構造があり、これが密に積み重なった部分はグラナと呼ばれます。グラナ同士は、ラメラと呼ばれる細長く伸びたチラコイドによりつながっています。また、グラナの周囲を満たす液体の区画はストロマと呼ばれ、ルビスコと呼ばれるタンパク質を多く含んでいます。葉緑体はその名前からもわかるとおり緑色ですが、この色はチラコイドに含まれるクロロフィルやカロチノイドといった光合成色素によるものです。これら葉緑体内部の構造物が有機的に連携することによって、光合成は行われています。

      1-2. 葉緑体で起こる光合成の仕組み

      すでに説明したとおり、葉緑体の主要な機能として挙げられるのが光合成です。光合成の詳細については、当サイトの記事『光合成とは?化学反応の詳細や酵素、人工光合成について詳しく解説』をご参照いただき、この記事では葉緑体の構造と関連付けながら光合成の仕組みについて解説します。

      光合成の過程は、大きく「明反応」と「暗反応」の2つにわけられます。
      明反応では、光のエネルギーにより水が分解されることで生じる電子と水素イオンを用いてATP(アデノシン三リン酸)とNADPH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)という物質が生成されます。この水の分解の過程で、酸素が発生することになります。
      明反応はチラコイドの膜上で行われ、光を吸収する機能は、チラコイド膜に多量に含まれるクロロフィルなどの光合成色素が担っています。暗反応はストロマの内部で行われ、明反応で作られたATPやNADPHを利用して二酸化炭素から糖が合成されます。

      明反応と暗反応
      (画像出典:独自作成)

      1-3. 葉緑体が持つ光合成以外の機能


      光合成に加えて、葉緑体では光合成で作られた糖と無機窒素からアミノ酸・タンパク質などの有機窒素化合物を合成する窒素同化が行われます。そのほかにも、脂質や色素の合成など、葉緑体は植物の細胞内の代謝において中心的な役割を担っています。

      2. 葉緑体の起源と進化のダイナミクス

      では、葉緑体はどのようにして誕生し、進化の過程を経て現在の姿に至ったのでしょうか。ここからは、葉緑体の起源をひも解いてみることにします。

      2-1. 葉緑体の起源

      葉緑体は、最初から植物の細胞に含まれていたのではなく、ある生物が植物の祖先となる生物の細胞内に共生したことで生じたものだと考えられています。その根拠として、葉緑体は細胞の核とは異なるDNAを持ち、細胞内で自律的に分裂して増殖する性質を持つことが挙げられます。この葉緑体独自のDNAは、1963年に分子生物学者の石田政弘氏によって発見されました。

      現在、葉緑体の起源は微細藻類の一種であるシアノバクテリア(藍藻)であるという説が有力となっています。シアノバクテリアは、その祖先が30~25億年前の地球上に出現し、はじめて酸素の発生を伴う光合成を行いました。これにより、地球環境はがらりと変わることになります。シアノバクテリアの光合成が生み出す酸素によって海水から鉄が取り除かれ、大気と海洋に酸素が満ちるようになりました。このときに起こった地球環境の激変は、縞状鉄鉱層という地層に見ることができます。縞状鉄鉱層は、当時の海洋中に豊富に含まれていた鉄イオンが酸化し、沈殿してできたと考えられています。そして、ここに含まれる鉄は世界の鉄資源の90%以上におよぶほどの量です。

      そして、10億年以上前に真核生物※2(核膜によって仕切られた核構造を細胞内に持つ生物)の一種がシアノバクテリアを細胞内に共生させたことが葉緑体のはじまりとされています。興味深いことに、この真核生物自体はいまだ謎に包まれています。

      その後、葉緑体の光合成によって海洋中に溶けきらなくなった酸素は大気へと放出され、今度は大気中の酸素が増加しました。その一部が太陽からの紫外線と反応して大気上層にオゾン層を形成していきました。オゾン層は生物にとって有害な紫外線の多くを吸収する性質を持つため、生物の陸上への進出を可能にしました。こうして地球上における生命活動は活性化し、生物は進化と多様化の道を歩みはじめたのです。

      ※2 真核生物:核膜で仕切られた核を持つもつ生物。

      アメリカのミシガン州にある縞状鉄鉱層
      (画像出典:Wikimedia Commons『Jaspilite banded iron formation』)

      2-2. 細胞内共生とは

      次いで、葉緑体の誕生にかかわるとされる細胞内共生について説明します。
      細胞内共生とは、ある生物の細胞がほかの生物の細胞内に共生することを意味します。葉緑体のほかにも、真核生物が持つミトコンドリアも細胞内共生により生じたと考えられています。葉緑体やミトコンドリアは独自のDNAを持ち、細胞内で自律的に分裂して増殖する性質を持つほか、これら小器官の膜が多重構造になっている点が主な根拠とされています。

      この仮説は、1967年に細胞内共生説についての画期的な論文を発表したアメリカの生物学者であるリン・マーギュリス氏によって最初に提唱されました。当初は否定的な意見も多くありましたが、その後の研究成果を経て、現在は葉緑体が細胞内共生により生じたとする説が広く受け入れられています。

      2-3. 葉緑体と藻類のダイナミックな進化

      さまざまな植物や藻類から採取した葉緑体のDNAを比較した研究によって、葉緑体を持つ生物は共通の祖先から進化してきたことが判明しています。つまり、葉緑体の起源をたどれば、真核生物の細胞内にシアノバクテリアが取り込まれるという遠い過去にたった一度起きた現象に行き着くということです。このことは、現在の人類のミトコンドリアDNAから母方の祖先をたどっていくと、数十万年前のアフリカの女性(ミトコンドリア・イブ)に行き着くとする説を想起させます。

      そして、共通の祖先からはじまった現在の光合成生物※3への進化は、実にダイナミックなものだったこともわかっています。最初の藻類の直系の子孫は、緑色植物(緑藻と陸上植物)と紅色植物(紅藻)、そして灰色植物(灰色藻)の3つのグループだと考えられています。このような直系の子孫のことを一次植物、葉緑体の獲得に至った細胞内共生を一次共生といいます。

      さらに、ある真核生物が一次植物を細胞内に共生させる(二次共生)ことで誕生した生物は、二次植物と呼ばれます。二次植物のなかには、葉緑体の外側の膜構造が多く、また一次植物の核に由来すると思われるDNAを持つものがあります。これらの事実が、二次共生が起こったことの証拠であると考えられています。

      このように、細胞内共生によって新たな光合成生物が誕生し、植物・藻類に多様性をもたらすこととなりました。

      ※3 光合成生物:光エネルギーを生物学的に利用できる形のエネルギーに変換して生育する生物。

      葉緑体の獲得に至る一次共生と二次共生。一次植物の葉緑体は2重の膜を持つ。二次植物の葉緑体はそれに加えて二次共生の際に取り込まれた一次植物の細胞膜と真核生物が一次植物を取り込んだ時の膜(食胞膜)のいずれかもしくは両方に由来する3~4重の膜を持つ。
      (画像出典:独自作成)

      一次共生であれ二次共生であれ、細胞内共生によって獲得した葉緑体は、取り込んだ生物の細胞内で機能を維持しながら、その子孫に受け継がれます。これとは別に、葉緑体を持たない生物が、ほかの藻類の葉緑体を細胞内に取り入れて、一時的に光合成を行っているケースもあります。嚢舌目(のうぜつもく)のウミウシなどに見られる現象で、盗葉緑体現象といいます。

      最近の研究では、ほかの藻類から取り入れた葉緑体を長く自分の細胞内で制御し、光合成に利用する生物の存在も確認されています。ラパザというカナダの西海岸の潮だまりで発見された原生生物※4です。これは、細胞内共生を経て植物が誕生・進化したプロセスを理解する上で、重要な発見だといえます。

      ※4 原生生物:真核生物のうち動物・植物・菌類のどれにも属さないもの。

      2-4. 光合成色素の多様化

      光合成は光のエネルギーを利用する反応であるため、光を吸収するための色素が重要な役割を果たします。光合成色素は、光合成生物の進化の過程で多様化してきたと考えられています。光合成色素にはいろいろな種類がありますが、ここではその代表格であるクロロフィルの進化について解説します。

      光合成生物の進化とクロロフィル
      (画像出典:日本藻類学会『21世紀初頭の藻学の現況 クロロフィルの進化』藻類の進化とクロロフィルの出現をもとに作成)

      クロロフィルのはじまりは、光合成を行う細菌が持つバクテリオクロロフィルにあると考えられています。その後、シアノバクテリアの誕生に伴って、クロロフィルaという色素が出現しました。バクテリオクロロフィルがいくつかの遺伝子を失い構造が変わることで、より効率的に光のエネルギーを利用できるようになったのがクロロフィルaです。クロロフィルaの出現によって酸素を発生させる光合成がはじまり、これが地球上の環境を激変させ、生物の陸上進出を可能にしました。

      クロロフィルaの出現を皮切りに、クロロフィルの多様化がはじまりました。クロロフィルaの一部の構造が変化したクロロフィルb、クロロフィルdが出現し、シアノバクテリア以外の原核生物※5がこれらを持つようになります。シアノバクテリアの細胞内共生によって葉緑体を持つ最初の真核生物が誕生し、これがクロロフィルaとクロロフィルbを持つようになったと考えられています。その後、この生物から一次植物(緑色植物・紅色植物・灰色植物)が進化する過程ではクロロフィルの多様化は起こらなかったようですが、二次植物が誕生する過程でクロロフィルcが出現したと考えられています。

      陸上の植物は、光合成色素としてクロロフィルaとクロロフィルbを利用しますが、海洋の光合成生物は、これ以外にもクロロフィルdやクロロフィルf、フィコビリンなどのさまざまな色素を利用することが知られています。

      ※5 原核生物:細胞内に明確な核がない生物。細菌や藍藻などが含まれる。

      3. 葉緑体の研究が果たす地球環境への貢献

      ここまでの説明で、葉緑体のなかで行われる光合成の仕組みについて、少しご理解いただけたかと思います。光合成は、光エネルギーの変換という物理的過程と、酸化還元という化学的過程の両方を含むものです。そのため生物学のみならず、化学・物理学的な観点からも光合成の研究がなされてきました。

      特に近年は地球環境保全の観点から、化石燃料や原子力に頼ったエネルギー利用から再生可能エネルギー利用への転換が差し迫った課題となっています。そうしたなかで、光合成の研究は光エネルギー変換技術のモデルとして大きな注目を集めています。

      光合成を行う植物を化石燃料に代わるエネルギーとする研究は、化石燃料の枯渇が叫ばれはじめた1970年代から行われており、長い歴史があります。さらに近年では、光エネルギーの利用と二酸化炭素の固定という課題へ同時に取り組めるという利点からも研究の重要性が増しています。実用化に向けては化石燃料と比較した場合のコストの問題が残っており、光合成の効率を高め植物の生長や収穫量を向上させるための研究が行われてきました。

      すでに葉緑体の起源や進化でふれたように、光合成は藻類や植物の長い進化のなかで最適化されてきたシステムであると考えられるため、人工的にこれ以上効率化することは難しい面がありましたが、ゲノム編集技術の登場、また植物と周辺環境との関係性への理解が深まってきたことで新たな局面を迎えています。

      植物の炭素固定量を増加させるためには、時間あたりの炭素固定量を増加させたり、光合成を行う期間を長期化させたりすることが求められます。また、植物が生育する野外環境では、高温や乾燥といったストレスが頻発するため、不良環境においても炭素固定量を高く維持できるような頑健性が求められます。

      すでにNTT宇宙環境エネルギー研究所でも取り組んでいるこうした研究から生まれる成果は、地球温暖化などの課題を克服し、持続可能な社会の実現に大きく貢献してくれるはずです。かつて、太古の地球環境を微細藻類が大きく変えたように、葉緑体という小さな工場に秘められた可能性が、私たちの新たな未来を切り開いてくれるのです。

      4. まとめ

      • 葉緑体は、藻類や植物において光合成が行われる細胞小器官である。
      • 葉緑体は独自のDNAをもち、細胞内で自律的に分裂し増殖する。
      • 葉緑体は、シアノバクテリア(藍藻)が真核生物の細胞内に共生することで生じたと考えられている。
      • 葉緑体や光合成の研究は、エネルギーや気候変動といった課題の解決に関連するため注目が高まっている。

      参考文献

      日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
      必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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