ドローンで雷を制御する!?まだ見ぬ地球の未来を形にしていく「プロアクティブ環境適応技術グループ」
未来の捉え方は、大きく2つにわけられます。それは、到来するのを待つか、自らつくるかです。プロアクティブ環境適応技術グループでグループリーダーを担当する池田高志氏が選ぶのは後者。ドローンによる落雷制御から、地球の生活をそのまま宇宙に移植するための電磁バリアまでを駆使し、まだ見ぬ地球の未来を形にしていきます。そんな池田氏の仕事、そして研究について聞きました。
※所属は取材当時のものです。
池田 高志 (いけだ たかし)
NTT宇宙環境エネルギー研究所 レジリエント環境適応研究プロジェクト プロアクティブ環境適応技術グループ グループリーダー
慶應義塾大学理工学部を卒業後、2000年に同大学院理工学研究科修士課程を修了し、日本電信電話株式会社に入社。以来、映像配信技術、コンテンツ配信技術、仮想ストレージなどの研究開発に従事。2018年より研究企画部門にて、セキュリティ分野のプロデュース、R&Dのアライアンスに携わり、2021年より宇宙環境エネルギー研究所にてプロアクティブ環境適応技術グループのグループリーダーを務める。
1. 研究に必要なのは「実現したい世界」のイメージ
現在の仕事について教えてください。
現在はレジリエント環境適応研究プロジェクトのプロアクティブ環境適応技術グループにおけるグループリーダーを務めています。グループリーダーの仕事は、グループの研究テーマを策定し、ゴールと研究計画を設定して達成に導くことです。
グループリーダーとして仕事をする上で大切にしていることは何ですか?
「こんな世界になるといいな」というイメージを大切にしていますね。
研究のテーマやゴールは、もちろん研究所として新しいことを達成することが大切ですし、持っている技術によってある程度決まります。
しかし私たちは、刻一刻と変化する社会、そして世界を相手に研究をする、という視点を大切にしています。社会の様子を観察し、人々に求められていることは何か、あるいはサイエンスとして必要なことは何かを分析します。
それらを組み合わせ、実現したい未来の世界を強くイメージしていきます。そして社会の動向を踏まえ、策定した研究計画のアップデートも定期的に行います。
NTT宇宙環境エネルギー研究所は、まだできて2年ほどの、生まれたばかりの研究所です。しかし、強いビジョンを持ちながら、各グループのテーマを深堀りし続けてきました。現在は、たとえていえば「技術の弾込め作業」が終わった段階です。
これからさまざまな結果が出ていく時期に入っていくと思うので、とても楽しみです。
プロアクティブ環境適応技術グループで取り組んでいる研究について教えてください。
グループでは、極端気象や宇宙空間まで含め、人類があんしん・安全に、プロアクティブ(先を予測して動的・積極的に対応していくこと)に環境適応していくための研究を進めています。
具体的には「落雷制御・雷充電技術」と「宇宙線電磁バリア技術」に取り組んでいるところです。
2. 雷をドローンで捕まえる 落雷制御・雷充電技術
落雷制御技術ではどのような研究をしているのでしょうか?
落雷制御は、雷が落ちてからの対処ではなく「落ちてほしくない場所に雷を落とさないようにする技術」です。
通信インフラを担うNTTグループにとって雷は大敵であり、耐雷技術には長い研究実績があります。NTTは通信ビルを数多く持っていますが、通信ビルはいってみれば精密機械の塊です。落雷によって通信ビルに大電流が流れ、これらの精密機械が壊れると、公共サービスに通信障害などの悪影響が出ることになります。これらの被害を未然に防ぐため、数十年前からさまざまな対策を行ってきました。
現在取り組んでいる技術は、ドローンを使った落雷制御です。つまり、ドローンを空中に飛ばし、雷を受けようということです。いわば「空飛ぶ避雷針」を造ろうと思っています。
ドローンに落雷しても壊れないのでしょうか?
もちろん、直撃すると通常のドローンは壊れてしまいます。そこでまず、ドローンを「ファラデーケージ」というもので囲って飛ばします。
ファラデーケージは導体(金属)でできた「かご」で、外部の電界を遮蔽する働きがあります。さらに防ぎきれなかった場合に備え、ドローン内部に特殊な回路設計を施しています。これらの技術はすべて、NTTの通信ビルで耐雷技術として使われていたものを応用しています。
どのようにしてドローンに雷を落とすのでしょうか?
雷を落ちやすくする「誘雷機構」については目下研究を進めているところです。
基本的には、雷雲の下にある一番高いところに雷が落ちる、という前提で研究を進めています。よって作戦としては、雷雲が発生したらドローンを雷雲の下に配置し、誘雷するということになります。
そこで重要なのがドローンを配置する場所です。残念ながら、雷がどこにどのように落ちるかは科学的にわかっていない部分が多いのですが、雷を落ちやすくすることはある程度可能です。そのため、雷雲の電荷量などから数分後に発雷しやすい位置を予測し、その位置にドローンを飛ばして誘雷することを考えています。そのほか、ドローンに導電性のワイヤーを搭載し、それを地面に投下することで、ドローンと雷雲との間の電位差を瞬間的に大きくして雷を落ちやすくする技術も研究しています。
現在は高度約1km程度の低い雷雲が発生しやすい、冬の北陸で誘雷実験を進めています。
先行事例はあるのでしょうか?
ドローンでは私たちだけですが、ロケットを使った「ロケット誘雷」という先行事例があります。導電性のワイヤーで地上とつないだロケットを雷雲に向けて打ち上げ、落雷させるというものです。いくつか成功例もあります。しかしながら、火薬を使用することに伴う安全管理面や、誘雷に失敗した際にワイヤーが地上に落ちてくる課題もあり、街中での実施が困難であるため、我々がめざす落雷制御には適していません。
どのように実用化されるのでしょうか?
現在はまだまだ課題が多く、実用化にはかなりの時間がかかる技術です。
実用化のイメージとしては、「母艦」である車にドローンを複数台積み、雷雲の直下まで移動し、飛行させることを考えています。ドローンは避雷針と違って可搬性・機動性が高く、建設コストもないため、その長所を活かした方法を模索しています。まずはゴルフ場程度の施設を守ることを実現し、ゆくゆくは非常に多くの数のドローンで街全体を守ることを視野に入れています。
雷充電技術について教えてください。
雷充電技術は、ドローンで雷を受け、同時にその雷をエネルギー源として充電しようという技術です。
ドローンによる落雷制御技術は、既存技術の転用などができる点が多い一方で、雷充電技術は今後革新的な技術を生み出さなければ実現は難しいと考えています。たとえば、雷のような一瞬の大きなエネルギーを瞬時に蓄えられるコンデンサなども実現に必要な技術のひとつですが、製造コストに見合った現実的な大きさのものは現時点では存在していません。
雷を受けるだけではなく、そのエネルギーを再利用して飛行できれば、広範囲を飛行して落雷制御を行う場合も非常に有用です。これからも研究開発を続けていきたいと思います。
3. 地球上の生活を宇宙でも実現させる技術
宇宙線電磁バリア技術について教えてください。
ビジョンとしては、宇宙で生活するようになった未来において、パソコンやスマートフォンなどを地球と同じように使えるようにするための技術です。
地球は大気や地磁気がバリアを形成しており、私たちは宇宙線の多くから守られています。しかし、大気や地磁気のない星では宇宙線が直接降り注ぎます。そのため、月や火星に居住基地ができても、基本的には人工的に宇宙線を遮蔽した施設内でしか過ごせないと考えられています。
もし、人工的な電磁バリアによって宇宙線から守られれば、現在の地球上の生活をそのままほかの星に持っていくことができます。それが、宇宙線電磁バリア技術で実現する究極の未来です。
現在はどのような研究が実現しているのでしょうか?
半導体ソフトエラーの研究を進めており、ソフトエラーを引き起こす中性子のエネルギー特性を測定することに成功しています。
宇宙線が地球の大気にぶつかると、中性子が発生し、それらは中性子線となって地球に降り注ぎます。この中性子線がコンピューター内部にある半導体にぶつかることで、中の情報を書き換えてしまう現象をソフトエラーといいます。
半導体ひとつでは、ソフトエラーの発生率はそれほど高くはありません。たとえば年間0.1件も起きないようなレベルです。
しかし、エレクトロニクス全盛の現代では、社会機能として大規模なコンピューターを活用しています。たとえば半導体を6つ積んだ通信装置がNTTの通信ビルにあり、日本全国の6,000台の通信装置でネットワークを構成しているとします。このレベルになると、半導体ひとつで年間0.1件のエラー発生率であれば、ネットワーク全体でエラーが1日9件発生することになります。これは無視できない数です。
そこで対策をしていくことになるのですが、そもそもソフトエラーでどの程度の故障が起きるかを算出するためには、ソフトエラーの発生率を把握しておく必要があります。難解なことに、中性子は運動エネルギーによって速度が異なるので、すべての中性子の運動エネルギーごとのソフトエラー発生率を知る必要があるのです。
そこで私たちは、粒子加速器を用いた実験でソフトエラーを再現し、世界ではじめて半導体ソフトエラーを引き起こす中性子のエネルギー特性を測定しました。
このデータを用いることで、地球上はもちろん、ほかの星でも同じようにソフトエラーを計算で予測することができます。さらには電磁バリアをつくるときも、必要とする磁力を算出することが可能です。
宇宙線の主要な粒子は陽子や重粒子です。よって、宇宙で実際に活用するためには、中性子以外のソフトエラー率も測定しなければなりません。現在はそこの研究を進めています。
4. NTT宇宙環境エネルギー研究所は「違い」が「違い」を生む場所
研究職に進まれたのはどのような理由からだったのでしょうか?
大学院の修士課程を卒業して就職した先がNTTでした。じつは研究職そのものに興味があったというよりは、インターネットが世界を変えていくことを最前線で目撃し、自分で新しい世界をつくっていくためには、通信会社に入った方がいいだろうという見立てで入社したことが、現在の研究職に就くきっかけでした。
企業系研究所を選んだのは、学術よりも、人や世の中に貢献したいという気持ちが強かったからです。また、さまざまなテーマにチャレンジできることも魅力でした。
研究の魅力や達成感は何でしょうか?
達成感はやはり、身の回りの人の笑顔をつくることでしょうか。そうして世の中をより良くできることが、研究の魅力でもあります。
身の回りの人の笑顔をつくることは、なかなか難しいものです。しかし、少しずつ近づいていく、小さな成功を重ねていくプロセスは楽しくもあります。
今後の目標について教えてください。
大きな成果を出したいと思いつつ、何よりも、チームとしてみんなで喜び合える研究をやっていきたいと思っています。また、社内のほかの研究所やほかのグループ、さらにほかの企業や大学などとも積極的に関わっていきたいと考えています。
最後に、研究に興味がある方に向けてメッセージをお願いします。
NTT宇宙環境エネルギー研究所の研究テーマの多くは、とても先鋭的です。実現するためには、いろいろな人が集まって知恵を出し合わなければなりません。目標を中心にしてさまざまな人が集まっているところが、NTT宇宙環境エネルギー研究所の魅力です。
そんな場所ですから、今はできないことに対して挑戦したい人にこそ来て欲しいと思います。もちろん個人の尖ったスキルは歓迎しますが、いろいろな人から刺激を受けたいというマインドがある方がよいと思います。
誰かと「違う」ことが、新しい「違い」を生むことを喜べる人は、きっとNTT宇宙環境エネルギー研究所を好きになると思いますし、私たちもそうした人を強く求めています。
日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。
このオウンドメディアは、NTT宇宙環境エネルギー研究所がサポートしています。
宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け多様な人材を募集しています。