中性子線とは?性質から応用まで解説

中性子線とは、中性子が原子核を飛び出してひとつの方向に運動している状態をさします。粒子加速器から人工的に生み出された中性子線は物質の構造解析や材料開発などに社会活用される一方、太陽フレアや宇宙線の地球の大気との衝突により自然に生じた中性子線が地表へ照射されると電子部品に悪影響を与えます。
(公開日:2022/06/08  更新日:2023/06/23)

中性子線とは、中性子が原子核を飛び出してひとつの方向に運動している状態をさします。粒子加速器によって中性子線を生み出すこともでき、物質の構造解析や材料開発などに幅広く社会活用されています。
一方、中性子線は自然に発生しており、太陽の核融合反応によって生み出される「太陽フレア」に伴うもの、宇宙線が地球の大気に衝突することによって生じるものなどがあります。また、中性子線が地表へ照射されると地上の電子部品に悪影響を与えることが知られています。
本記事では、私たちにとって身近で遠い、目に見えない中性子線について、その性質から応用まで解説します。

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1. 中性子線と中性子の関係


はじめに、中性子線の特徴を、中性子の持つ性質から説明します。

1-1. 中性子線とは?

中性子は、原子核を構成している粒子です。しかし原子核が核分裂したりするとき、原子核の外へ運動エネルギーを持ちながら中性子が飛び出してしまいます。これが、一方向に運動をしている中性子であり、中性子線と呼ばれます。

1-2. 中性子の大まかな性質

図1

中性子の質量は陽子よりもわずか0.14%大きく、電荷を持ちません。また陽子と同様に、素粒子であるクオークでできています。そのため、中性子および陽子はクオークよりも後で宇宙に生まれており、その時間は宇宙が誕生して1万分の1秒後頃だと考えられています。また、電子、陽子、中性子はともに磁石の性質を持っています(スピン)。

中性子は1920年頃からその存在が予測されていました。しかし、電荷を持たないという特徴から検出することが難しく、発見されることはありませんでした。

中性子の発見は、ジョリオ・キュリー夫妻の功績に端を発します。ジョリオ・キュリー夫妻が、「アルファ線」という放射線を金属の一種ベリリウムに照射したところ、別の放射線が発生することを実験で発見しました。この放射線は、水素を含む物質に吸収されるという特殊な性質を持っていたのです。

1932年、イギリスの物理学者 ジェームズ・チャドウィックはこの放射線が電気的に中性であり、陽子と似た質量の粒子であると説明し、ここに中性子を発見しました。

2. 中性子線の特徴

ここでは、放射線である中性子線の特徴を解説します。

2-1. 放射線の種類と能力

放射線はまず、物質に電離作用をおよぼす「電離放射線」とおよぼさない「非電離放射線」にわけられます。一般的な放射線は、これらのうち電離放射線をさします。そして電離放射線は「電磁波」と「粒子線」にわけられます。電磁波には「X線」と「γ線」があります。粒子線はさらに「α線」や「β線」などの「荷電粒子線」と、非電荷中間子線そして中性子線などの「非荷電粒子線」にわけられます。

図2

これらの放射線は、それぞれに異なった物質を透過する能力を持ちます。放射線を特定の目的で使用する場合、人体への被爆を防ぐためにも、有効な「遮へい物」を用いて適切に透過する能力を制限しなければなりません。たとえば、α線は紙程度でも遮へいが可能ですが、β線はアルミニウムなどの薄い金属板でなければ遮へいできません。中性子線は水やコンクリートなど水素を多く含む物質でなければ遮ることはできません。
中性子線は、このように電荷を持たないこと、水素以外の物質を透過することなどの特長から、ほかの放射線と比べて幅広い利用用途が期待されています。

2-2. 中性子線の人体への影響

中性子線は「電離放射線」のうち、非荷電粒子線に分離される、いわゆる放射線です。中性子線は、原子核が2つ以上の原子核へ分裂する「核分裂」によって発生し、平均 200万電子ボルトの非常に大きなエネルギーを持ち、速さは光速の10分の1程度と非常に高速です。
前述のとおり、中性子は水素に吸収されるため、約60%が水分である人体への影響は大きなものがあります。被爆することで人体が受ける影響は、同じく放射線であるガンマ線と比べ、約3〜200倍の腫瘍誘発、15〜45倍ほどの寿命短縮など有害なものであるといわれています。

2-3. 電子機器にソフトエラーを発生させる

私たちの社会機能は、スマートフォンやタブレットデバイスをはじめとしたコンピューターによって支えられています。これらの電子機器に含まれる半導体に中性子が照射されると、内部の情報が書き換えられてしまう「ソフトエラー」が生じます。

中性子は人工的に発生させることもできますが、宇宙線が地球の大気に照射されることで自然に生じ、地上に降り注いでいるため、私たちの電子機器は常にソフトエラーのリスクがあると考えられているのです。

3. 中性子線の有用性

中性子線は、その性質を活かし、構造解析などに使われています。ここでは、中性子線の有用性に着目し、解説します。

3-1. 構造解析に有利な波の性質を持つ

中性子の大きさは0.000000000000001(1,000兆分の1)mであり、粒子でありながら、波のような性質を持ちます。波は何らかの障害物があるとき、その障害物の前方にぶつかっても後方へと回り込み、伝播していく性質を持ちます(回折)。音波などが、障害物によって音源が妨げられても、障害物後方で聞こえるのはこの性質によるものです。

中性子の波の性質を利用した「中性子回折法」を用いることで、物質の非常に詳細な結晶構造の解析が可能です。物質の結晶構造を調べる場合、X線なども利用が可能ですが、X線は軽い元素(水素、リチウム、炭素、酸素など)の観測が難しいとされています。
一方の中性子は、元素の種類に関係なく、詳細な観測が可能です。特に生物の身体は軽い元素である水素を多分に含むため、中性子による解析が有用だとされています。

また、同じ元素で化学的特性が酷似する「同位体」に応じて散乱の度合いが異なることから、同位体を識別しやすいことも中性子の特徴です。

3-2. 電荷を持たず、高い透過力を持つ

中性子は電荷を持たないため、物質を透過しやすい特徴を持っています。X線などは、物質内にある原子核の周りにある電子と反応し、散乱・吸収されてしまうことで透過しにくくなってしまいます。
そもそも電子を持たない中性子は電子と反応しないため、高い透過率で物質を通り抜けることができるのです。

3-3. 磁石の性質を持つ

中性子は自ら自転することで磁石の性質を持っています(スピン)。この特徴を利用し、中性子線を照射することで、物質の磁気的性質を観測することに使われます。

半導体など、電子の働きを応用した技術を開発する分野を「エレクトロニクス」といいますが、磁気のスピンの働きをエレクトロニクスに応用する分野は「スピントロニクス」と呼ばれ、省エネや磁気情報の高効率な読み書きなどへの応用が注目されているところです。
また、スピントロニクスにおいて中性子ビームは、微視的な観測手段として活用が進められています。

3-4. 原子・分子の構造や運動を調べることに役立つ

低エネルギーの中性子(熱中性子領域)は原子の格子間隔と同程度の波長を持っています。「中性子回折法」によって解析することで、物質内の原子の並び方を観測することができます。分子の構造なども詳細に観測することが可能です。

物質の中で原子や分子は一定の状態でいるわけではなく、動き回っています。これらに中性子を照射することで生じるエネルギーのやりとりを通じて変化する原子や分子の速度を測定することで、物質内の原子や分子の運動を評価することができます。

4. 中性子線の社会応用

中性子線を粒子加速器によって人工的に発生させ、さまざまなことに応用する試みが進められています。
ここでは、がん治療をはじめとした中性子線の社会応用について解説します。

4-1. 中性子線の医療応用

がんの治療では、外科療法や化学療法とともに「放射線治療」が行われます。体外から放射線を照射し、体内の腫瘍に物理的なダメージを与えることができるため、外科的手法を伴わない、体への負担が比較的少ない低侵襲な治療法とされています。

放射線治療にも中性子線が使われており、画期的なものに「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」があります。「ホウ素薬剤BPA(p-boronophenylalanine)」を体内の腫瘍細胞へと注入し、そこに中性子を照射することで体内に局所的な核反応を起こすという手法です。

ホウ素薬剤BPAは中性子とともに、通常の生体内元素の数千倍もの核反応を起こすことから、従来の放射線治療よりも高い線量を腫瘍細胞へ集中させることができます。従来の方法では治療不可能な腫瘍に対しても、より大きなダメージを与えることができる画期的な治療法として注目されています。

4-2. 核融合炉の構造材開発

原子核同士が衝突し、融合する反応によって得られるエネルギーで発電を行う「核融合発電」は、「地上に太陽をつくる」研究ともいわれており、環境負荷が低く大容量の発電が可能であることから、夢のエネルギーとして期待されています。現在、NTT宇宙環境エネルギー研究所も研究開発を進めています。

人類初の核融合実験炉をつくる国際プロジェクト「ITER(イーター)計画」も推進されており、現実のエネルギーになるまであと一歩です。核融合発電のためには、核融合による高エネルギーを安全に閉じ込め、発電に活かすための「核融合炉」が必要不可欠です。核融合炉に必要な耐久性能としては、核融合反応で生じる高速中性子(1,400万電子ボルト)の照射に耐えられることが求められます。

その核融合炉の構造材開発に使われているのが、加速器によって発生させた高速中性子です。「国際核融合材料照射施設(International Fusion Materials Irradiation Facility:IFMIF)」では、「重陽子線形加速器」を2基用いて、4,000万電子ボルトの重陽子をリチウムに衝突させ、核融合炉と同等のエネルギー分布を持つ中性子を発生させることが可能だとされています。

中性子は、夢のエネルギーを現実のエネルギーにすることにも役立っているのです。

4-3. 半導体ソフトエラーを引き起こす中性子のエネルギー特性を測定する

宇宙線が地球の大気に衝突することで発生する中性子が、地上の電子機器に照射されることで半導体内部の情報を書き換える現象を「ソフトエラー」といいます。

今後私たちの社会はますます電子機器が活用されるとともに、半導体はさらなる高集積化・微細化が進められるでしょう。そのためソフトエラーを未然に防ぐことは、社会的な急務であると考えられます。

半導体や電子機器を設計する際には、時間あたりのソフトエラーによる故障数を計算し、その影響を考慮して設計する必要があります。そこで必要になるのが、異なる中性子エネルギーごとのソフトエラー発生率のデータです。
NTT、名古屋大学、北海道大学の共同研究では、世界ではじめてソフトエラーを起こす中性子のエネルギー特性を測定することに成功しています。

異なる中性子エネルギーごとのソフトエラー発生率のデータを取得するためには、エネルギーによって速度が異なる中性子を時間的に分離し、エネルギー毎にソフトエラーを測定しなければなりません。そこで利用されているのが、米国ロスアラモス国立研究所の高出力800万電子ボルト陽子線形加速器施設です。この大型加速器は、陽子を光速の約90%まで加速し、自然界とほぼ同じエネルギー分布の中性子を照射することができます。

このデータは、上空・宇宙・他惑星を含むさまざまな環境下における中性子に起因するソフトエラーの故障数を算出する上で重要なものです。

5. 中性子線を生み出す粒子加速器

世界各国はもちろん、日本にも粒子加速器などの中性子源(中性子を生み出す装置)があります。

5-1. ロスアラモス中性子科学センター(LANSCE)

アメリカ合衆国ニューメキシコ州にある「ロスアラモス中性子科学センター(LANSCE)」は粒子加速器を用いた学際的な研究施設で、研究用途などに大強度の陽子線および中性子源を提供しています。

LANSCEの加速器は、800万電子ボルトの「大強度線形加速器(リニアック)」で、陽子を光速の約84%まで加速させることができます。リニアックによって生まれる陽子ビームは、スポレーションと呼ばれるプロセスを経て中性子を発生させます。
この陽子ビームは、兵器中性子研究(WNR)、ルハン中性子散乱センター(ルハンセンター)、陽子ラジオグラフィー(pRad)、超低温中性子、アイソトープ生産施設へと供給されています。

5-2. 国際核融合材料照射施設(IFMIF)

「国際核融合材料照射施設(IFMIF)」は、青森県六ヶ所村にある「量子科学技術研究開発機構 量子エネルギー部門 六ヶ所研究所」で行われている、核融合炉の材料を試験するための国際的プログラムです。

中性子発生装置により、核融合発電における超高温プラズマを閉じ込めるための材料の試験を目的としています。国際協力プロジェクトであり、日本と欧州各国(フランス、イタリア、スペイン、ベルギー)の協力のもとで加速器の設計制作や試験を行うことになっています。

5-3. 北海道大学中性子源(Hokkaido University Neutron Source, HUNS)

「北海道大学中性子源(Hokkaido University Neutron Source, HUNS)」は北海道大学内にある中性子源で、40年以上にわたって小型加速器パルス中性子源を中性子研究に提供してきたという実績があります。

KENS(KEKの中性子科学研究施設)やJSNS(日本中性子科学会)などの大型核破砕中性子源の研究開発を行っており、中性子源としては蒸発中性子を利用しています。
電子線形加速器によって生み出される約34万電子ボルトのパルス電子ビームを、タングステンと鉛でできたターゲットに照射することで発生する中性子です。

6. まとめ

  • 中性子線とは、原子を構成する基本的な素粒子のひとつである中性子が粒子線化したもの。
  • 放射線としての特徴を持ち、高い透過力や磁石の性質などを併せ持つ。
  • 中性子が電子機器に照射されることによって起きる「ソフトエラー」は社会問題である。
  • がん治療や核融合炉の構造材開発などに応用されている。

参考文献

日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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