核融合が「現実のエネルギー」になる日

NTT宇宙環境エネルギー研究所のプロジェクトのひとつ、環境負荷ゼロ研究プロジェクトの「次世代エネルギー技術グループ」では、核融合発電を実現する未来のための研究を進めています。このグループでリサーチプロフェッサーを務める牛草健吉氏は、核融合研究の黎明期から国際的な核融合実験炉の開発をめざす「ITER(イーター)計画」にも関わっています。

高レベル放射性廃棄物を発生させず、海から燃料が無限にとれ、1グラムの燃料で石油約8トン分のエネルギーを取り出すことができる核融合エネルギーの研究開発は、「地上に太陽をつくる」研究ともいわれ、「夢のエネルギー」として注目されてきました。

核融合エネルギーが「現実のエネルギー」となる日はいつ到来するのか? そのとき、日本はどのような関わり方をしていくのか? 核融合のこれまでと未来についてうかがいました。
※所属は取材当時のものです。

牛草 健吉 (うしぐさ けんきち) 工学博士

NTT宇宙環境エネルギー研究所 次世代エネルギー技術グループ リサーチプロフェッサー。
徳島大学工学部を卒業後、1984年に名古屋大学工学研究科博士課程を修了。専門は核融合エネルギー研究開発。1985年から日本原子力研究所の臨界プラズマ試験装置JT-60の実験研究に従事。2011年に核融合研究開発部門副部門長、2014年に六ヶ所核融合研究所長、2018年に核融合研究開発部門長として研究開発全体を指揮。2021年にNTT宇宙環境エネルギー研究所リサーチプロフェッサー。

1. 核融合の夢と現実

そもそも、核融合発電はどの程度実現する見込みがある技術なのでしょうか?

牛草氏 核融合はもはや夢などではなく、国際的に実現しようとしている、極めて現実的な段階にあります。それこそが、人類初の核融合実験炉をつくる国際プロジェクト「ITER(イーター)計画」です。実験炉自体はフランスのサン・ポール・レ・デュランスにつくられますが、日本は茨城県那珂市にある世界最大(2021年8月時点)の核融合実験装置「JT-60SA」で実験炉ITERにおける基盤技術の確立を行うことで、プロジェクトの実現を支援します。

現在、長年の研究成果によって核融合反応を起こす条件をつくることには成功しています。核融合発電実現の要となる実験炉確立への課題は、起きた核融合反応を維持することです。

核融合反応を起こす「条件」とはどのようなものでしょうか?

牛草氏 そもそも核融合反応というのは、原子核同士が衝突して融合し、重い原子核となる反応のことです。そして融合する際に得られる大きなエネルギーを電気に変換するのが、核融合発電です。
物質の温度を上げていくと、固体、液体、気体と物質の状態が変化しますが、1万度以上になると物質の第4の状態、「プラズマ」になり、電子とイオン(原子核)がバラバラに飛び交う状態になります。原子核というのは、プラスの電気を帯びているため、通常は反発しあって原子核同士が直接衝突することができません。核融合を起こすためには、さらに温度を上げて、1億度、2億度の超高温状態を生み出し、原子核同士をその反発力に打ち勝って衝突させる必要があります。私たちはすでに実験でそのような超高温を達成しているため、核融合反応を起こす条件をつくることには成功しているといえます。

核融合反応を維持する上で重要になることとは何でしょうか?

牛草氏 プラズマの性能を良好に保ちながら、1億度、2億度の高温状態を維持することです。核融合炉は一度火をつけると、超高温で高放射線環境下のため一切近づけず、外から手を入れることもできません。それゆえ、反応にともなって生じるさまざまな現象を内部でコントロールする必要があります。

たとえば現状でうまく利用できているのは、副産物であるヘリウムの働きを炉の温度の維持に使うということです。実際の核融合反応は、重水素の原子核と三重水素(トリチウム)の原子核を衝突させて起こすのですが、その際、ヘリウムが副産物として生成されます。核融合炉は、生まれたヘリウムが持つ運動エネルギーを利用し、炉内のプラズマの高温状態を保つように設計されています。

しかし、このヘリウムが運動エネルギーを失うと不純物として炉内に蓄積します。これが出力低下を招く問題となるのです。これからのチャレンジは、不純物となったヘリウムをどう排出するかです。すでに模擬的な実験研究で見通しが立っているので、実証を行わなければなりません。

現在の見通しとしては、核融合発電はいつ頃実現するのでしょうか??

牛草氏 2035年には、実際の核融合発電と同様の、重水素・三重水素を実験炉ITERの炉内に入れて約50万キロワットの核融合出力を出す実験がはじまります。その成功をもとに、2050年頃に核融合の原型炉による発電実証を行うことが想定されています。

2. 核融合「3つのブレイクスルー」

ITER計画の実現に至るまでに、核融合にはどのようなブレイクスルーがあったのでしょうか?

牛草氏 ブレイクスルーは大きくわけて3つあります。まずは、プラズマを閉じ込めて維持するための装置「トカマク」の開発です。核融合自体は1920年代に発見されます。そして1940年代になると初期の実験装置が生み出され、実験が進められます。しかし、実際に超高温のプラズマをつくると不安定になって制御できないことがわかりました。そこでプラズマを閉じ込めて反応を維持するための新しい「閉じ込め装置」の開発が必要でした。

アメリカやイギリスなどでさまざまな閉じ込め装置が開発されますが、とびきり性能が良かったものが、1950年代終わりの旧ソ連が開発した「トカマク方式」です。トカマク方式は、電磁石の輪(トロイダル磁場コイル)が連なったドーナツ型の装置で捩れた磁力線によってプラズマを制御します。

トカマクは、プラズマ中の電子と原子核は「磁力線」に巻き付いて進むという特徴を利用しています。まず、トロイダル磁場コイルに通電することで、ドーナツ状の磁力線「トロイダル磁場」をつくり出すことができる。これに加え、電磁誘導の働きによってプラズマに電流を流し、かごのように編まれた強い磁力線「ポロイダル磁場」を形成することでプラズマを制御するという仕組みです。当時の実験では、誰もが目を疑うほどのよい結果を出していました。そうして世界中でトカマクがつくられるようになり、日本でもトカマク方式の「JFT-2」がつくられました。

第2のブレイクスルーとは何でしょうか?

牛草氏 1970年代以前はプラズマに電流を流し、プラズマの電気抵抗で加熱する方法をとっていました(ジュール加熱)。しかし、この方法は温度が高くなるにつれてプラズマの電気抵抗が下がり、最高でも100万度や1,000万度程度にとどまり、核融合にとって理想的な条件をつくることができません。そこで、1970年代半ばから外から加熱する技術が開発されました。

炉の外から高いエネルギーのビームを注入する「中性粒子ビーム加熱」や、電子レンジの要領で高周波を照射する「高周波加熱」でプラズマを加熱する研究が行われました。温度が上がるのはよいのですが、そうしてプラズマに蓄えられるエネルギーが大きくなるほど、プラズマと接している炉内の壁との間で相互作用(つまり炉壁が損傷するなど)が起きます。

ここで日本が「ダイバーター」という装置を発明しました。これはプラズマの磁場に特殊な作用をおよぼすことで、プラズマを炉の壁から浮かして制御する技術です。1980年代はじめまでに2,000〜3,000万度までの高温に達することができました。ダイバーターは、いまや核融合炉の「常識」になっています。

第3のブレイクスルーについても教えてください。

牛草氏 炉心のプラズマの性能を適切に測り、コントロールすることで、超高温のプラズマを実現したことです。
そもそも、1990年代までには1億度の超高温は実現していました。しかし、特殊な条件でしか超高温ができない状況を打破する必要があったのです。問題はJT-60の実験でわかったのですが、ある一定の温度に達すると突然プラズマが不安定な状況になる(温度勾配が崩れる)現象にありました。原因を究明するためにプラズマの性能を詳細に分析していくと、プラズマ内部の特定の場所で特殊な「渦」が生まれることで、内部の熱が外へ漏れて温度の上昇が抑えられているのがわかりました。

この対応策として、プラズマ内部の電流の分布やプラズマの回転速度を制御し、この渦を消すように調整しました。すると内部からの熱漏れが堰き止められ、温度勾配が増加する現象「内部輸送障壁」が現れ、プラズマの性能が格段に向上し、1億度、2億度に達するようになったのです。

このようにしてプラズマを計測し、診断・制御する手法が確立し、超高温を安定的につくり出せたことで「ITER計画」の実現に至ったのです。

3. 日本は、核融合発電の「頭脳」になる

JT-60SAの運転開始および六ケ所村での原型炉開発、さらに広くは日本の核融合研究はITER計画の実現をどのようにして補完していくのでしょうか?

牛草氏 核融合で一番大事なのは人材です。そして日本の那珂市のJT-60SAは、ITER実現のための人材育成を行う場所として機能していくことが期待されています。

実験炉ITERは7つの国々の研究者が集まって実現するものです。しかしITERは非常に大きいため、実験に莫大な費用がかかります。そこで重要な役割を占めるのが日本のJT-60SAです。実験炉ITERに比べれば小型で、実験と解析、改善のサイクルを素早く回すことができます。ITERの命運を左右する研究開発ができる施設は、この世界でJT-60SAだけです。

そこで重要になるのが人材育成のための環境です。ヨーロッパの主要な大学や研究所は、研究開発のために若くて優秀な人材をJT-60SAに派遣したいと考えています。そして日本の大学や研究所にいる優秀な人材も彼らと交流し、意見を交換することがまたとない学びの機会になる。そうしてJT-60SA自体を大学のような教育と研究ができる場にし、学位も取得できるようにしていくことが重要です。

核融合研究はいま、いわゆる現象の解明の段階は終え、実際の発電に向けてITERを実現していくフェーズです。そのために必要なことは、チームとしてITERを実現できる人材の育成なのです。

NTT宇宙環境エネルギー研究所の果たす役割を教えてください。

牛草氏 NTTのような民間企業にこそ、このプロジェクトへの積極的な参加が必要です。国の研究機関だけでは人も技術も足りません。

例を挙げると、高速の大容量データ転送の重要性です。ITERでは、膨大な量のデータを早く世界規模で送受信する必要があります。たとえば、フランスの実験炉ITERで行った実験データを六ケ所村に送り、解析し、改善策を盛り込んだデータを再びITER実験炉に送信し、実験するといったことがスムーズにできなければならないのです。

日本を核にして、世界中の研究者の知識や能力をリアルタイムで結集することができる環境をつくる、これが実験炉ITERの成功につながるのです。実社会でこのような領域で活躍しているNTTが果たす役割は大きいと思います。

そして、実験解析に必要なビッグデータ解析やAIの活用についても、まさにNTT宇宙環境エネルギー研究所の力が発揮できる領域だと思います。

これらが実現すれば、核融合炉自体はフランスにあるけれど、頭脳は日本にある、という状況をつくることができる。これこそ、日本が核融合で世界をリーダーシップとっていくために必要なことです。そうして、核融合が「現実のエネルギー」になる日を迎えたいですね。

4. いつも物理に驚いていたい

核融合の研究に進まれたのはどのような理由からだったのでしょうか?

牛草氏 僕が小学校の頃、少年マガジンや少年サンデーなどの漫画雑誌の最後のページに、いろいろな科学の解説記事があったんですよ。そこで出会ったのが核融合でした。当時は手塚治虫原作の『鉄腕アトム』全盛の時代です。当時の日本は、原子爆弾が落とされた国とは思えないほど、みな原子力にポジティブな未来を見ていた。

でも僕は、原子力とは違う未来を核融合に見ていた。原料は海から無限に取れる。無尽蔵にエネルギーを生み出すことができて、さらに安全だ。核融合が実現したら、何でもできるし、何でもつくれる。ものの価値が変わり、世の中が大きく変わるだろうと考えたことが、研究者をめざしたきっかけでした。

研究の魅力や達成感は何でしょうか?

牛草氏 こっそり自分が気がついたことから、物理現象の理解につながったようなとき、でしょうか。それで特許をとり事業化するといった大げさなことではなくて、自分が見つけ出した素朴な現象から新しい物理が見えた、そんな瞬間が一番達成感がありますね。

今後の研究者としての目標について教えてください。

牛草氏 今のITERや原型炉の進歩を見ていると、僕たちが素朴に研究していた時代とはずいぶん違うものになっていると感じます。核融合の研究も、個人ではなくチームで成果を上げるフェーズに来ているように思います。短距離走のような個人プレーではなく、サッカーのように連携してゴールするような研究に変わりつつあるということです。IT技術を発展させて、世界規模の連携チームでね。僕たちは短距離走だった頃を知っている研究者として、これから核融合に携わる人たちに自分の知見を提供していきたいと思っています。

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