海洋大循環とは?わかりやすい概要とメカニズム、観測方法

      海洋では、海水が地球全体をゆっくりと循環しており、この現象は海洋大循環と呼ばれています。北大西洋のグリーンランド沖での表層から深層への沈み込みを出発点とし、数千年の周期で循環するこの海洋大循環は、地球の気候に大きな影響を与えていると考えられます。
      この記事では、海洋循環とは何かをわかりやすく解説するとともに、海洋循環のメカニズムと観測方法、海洋循環と気候変動との関係、および海洋大循環に関する近年の科学技術などについて詳しく解説していきます。(公開日:2022/02/14 更新日:2024/05/24)

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      1. 海洋大循環とは?

      海洋大循環とは、わかりやすくいえば海水が長い時間をかけて世界の海洋を大きく循環することです。
      下の図は、海洋大循環の流れを世界地図上に示したものです。

      (画像出典:北海道大学 大学院環境科学院地球圏科学専攻 大気海洋物理学・気候力学コース『塩のさじ加減で決まる海洋大循環』)
      海洋大循環の概念図。赤(暖かい表層海流)と青(冷たい深層海流)のリボンは海洋大循環を、海の部分の水色やピンクの領域は海底付近における水温の分布を表す。水温は右側にあるスケールで示される。
      (画像出典:北海道大学 大学院環境科学院地球圏科学専攻 大気海洋物理学・気候力学コース『塩のさじ加減で決まる海洋大循環』)

      海洋大循環の出発点となるのは、北大西洋のグリーンランド沖と、南極のウェッデル海の2か所とされています。ここで、大気による冷却と高塩分化により密度を高めた表層の海水が深層へと沈み込みます。
      グリーンランド沖で沈み込んだ海水は上図にあるとおり、大西洋を南下して南極海に達します。ここで、さらに沈み込んできた海水と合流した後、インド洋や太平洋へと北上します。
      北上とともに上層の海水と混合され、密度が低くなることによって上昇し、今度は表層海流としてインド洋からアフリカ大陸南端を通り、大西洋を北上して、出発点であったグリーンランド沖へ戻ります。
      グリーンランド沖を出発した海水がもとの場所へ戻るまでの周期は、数千年にもおよぶと考えられています。
      海洋大循環は地球化学者ウォーレス・ブロッカーにより、1980年代に提唱されました。上図で示される赤や青のリボンは「海洋のベルトコンベアー」と呼ばれています。
      海洋大循環は極域から低緯度域へ向けて冷たい海水を、また低緯度域から極域へ暖かい海水を運ぶため、地球の温和な気候の実現に大きな役割を果たしていると考えられています。
      ただし未解明な点が多いため、測定や研究が盛んに行われています。

      2. 海洋大循環のメカニズム

      海洋大循環は「熱塩循環」とも呼ばれ、海水の温度と塩分の変化が循環を駆動しているといわれています。海洋大循環のメカニズムについて見ていきましょう。

      2-1. 風成循環と熱塩循環

      海洋が循環するメカニズムには「風成循環」と「熱塩循環」の2通りがあるといわれています。
      風成循環とは、風が海面を引きずる作用によって起こる海洋の循環です。
      地球の自転により、低緯度では東風(貿易風)、中高緯度では西風(偏西風)が強く吹きます。そのため、緯度が高くなるほど西風が強まる(東風が弱まる)緯度15~45度の地域においては、北半球では時計回りの循環が、南半球では反時計回りの循環が海洋に形成されます。
      一方、およそ45度より高緯度側の、緯度が高くなるにつれて西風が弱まる地域においては、それとは逆向きの循環が形成されます。
      風成循環は南大洋と北極海を除く各大洋で、それぞれ閉じた循環をつくります。また、循環の深さは海面から数百mまでに限られます。日本近海の黒潮や親潮などは、この風成循環にあたります。
      それに対して熱塩循環は、温度と塩分によって決まる海水の密度の差によって駆動されます。
      海水は真水と違い(温度が低いほど、また塩分が高いほど密度が高くなるため)、水温が低く塩分濃度が高い地点(北大西洋と南極海)において深層への沈み込みが起こります。
      ※4℃で密度が最大になる真水に対して、海水は氷点(標準海水では-1.9℃)で密度が最大になります。
      深層へ沈み込んだ高密度な海水は、深層を水平に流れつつ、上層の低密度水と混ざり合うことにより密度を下げて上昇します。
      このようなメカニズムにより形成された、表層と深層とを結ぶ鉛直方向の循環を伴う全海域にわたる循環が海洋大循環です。

      2-2. 北大西洋で海水が沈み込むメカニズム

      海水の沈み込みが起こる2つの地点のうちのひとつは、北大西洋のグリーンランド沖とされます。北大西洋で沈み込みが起こるなら、北太平洋の同緯度付近でも沈み込みが生じると考えられそうですが、実際には起こっていません。
      その理由は、北大西洋の方が北太平洋より、塩分が0.2%ほど高いからと考えられています。
      この塩分の差ができる理由は、大気の循環が大きくかかわっているとされます。
      一般に海水は、暖かい低緯度の赤道域で活発に蒸発し、蒸発した水は高緯度域で雨となって海に戻ります。
      前述のとおり地球の自転の影響で、低緯度の赤道域では貿易風(東風)が、中高緯度では偏西風(西風)が強く吹きます。そのため、大西洋の赤道域で活発に蒸発した水は、貿易風により(高い山のない)パナマ地峡を抜けて太平洋へ運ばれます。
      その一方、太平洋の赤道域で蒸発した水は貿易風によって西へ運ばれてしまう上、偏西風によって東へ運ばれる中高緯度の水蒸気は、ロッキー山脈にぶつかって雨となり、太平洋へ戻ってしまうことになります。
      以上のようにして、大気によって淡水が大西洋から太平洋に運ばれることになるため、太平洋の塩分は水で薄められて低くなる一方で、大西洋は濃縮されて塩分が高くなるというわけです。

      2-3. 南極海で海水が沈み込むメカニズム

      南極海の海水は北大西洋ほど塩分が高くないため、冷やされるだけでは深層に沈み込むほどの密度をもった水はできないといわれます。それでは、海水が沈み込むもうひとつの地点である南極海では、どのようなメカニズムにより沈み込みが起こるのでしょうか?
      そのポイントは、南極海が凍ることにあるとされます。海水は凍るとき、できるだけ真水成分だけで凍ろうとする性質があるため、濃縮された高塩分水が氷の下方に吐き出されることになります。それにより、多量の海氷が形成される南極海では、塩分が高く、密度が高い海水ができるというわけです。
      南極海でつくられる高密度な海水は「南極底層水」と呼ばれます。北大西洋深層水より冷たくて重いため、全海洋の底層に広がっているとされます。
      南極底層水起源の海水は全海洋の海水の約36%を占め、北大西洋深層水起源の海水の2倍程度あることも最近の研究からわかってきました。

      2-4. 深層水が湧昇するメカニズム

      海洋大循環において、深層水がインド洋や太平洋で湧昇するメカニズムは、「赤道湧昇」と「沿岸湧昇」の2種類あるといわれます。
      赤道湧昇は貿易風が常時吹き、西向きの風によって赤道海流が流れる地域に発生します。赤道海流は地球の自転により、赤道の北側では北向きの、南側では南向きの力(転向力)が働きます。それにより、赤道地域の暖かい水は南北方向に除去されて、それを補うように底層から冷たい水が湧き上がるとされています。
      沿岸湧昇は南北アメリカやアフリカ、オーストラリアなどの大陸の、南北に伸びた海岸およびその沖合で発生します。北アメリカ西岸の場合なら、夏は海岸線に沿った北風が強まり、表層水はこの北風と転向力とによって西方の沖合に運ばれます。それによって除去された表層水を補うように、底層水が湧き上がってくるとされています。

      3. 海洋大循環と気候変動との関係

      海洋大循環は前述のとおり、低緯度の暖かい海水を高緯度に、また高緯度の冷たい海水を低緯度に運びます。北緯50度程度のオホーツク海が冬季には海氷に覆われる一方で、北緯80度にもなるノルウェー沿岸が冬季でも凍結しないのは、この海洋大循環により運ばれる膨大な熱が大きく関与しているためといわれています。
      また、海洋大循環は数千年にわたるゆっくりとした作用であるため、気候の長期かつ大規模な変動と深くかかわるといわれています。
      たとえば、およそ2万年前の最終氷期においては、大西洋の熱塩循環(大西洋子午面循環)がほぼ停止していたことが知られます。またこの停止は、北大西洋の広い領域が氷に覆われていたことと深く関係すると考えられています。

      4. 海洋大循環の観測

      海洋大循環をはじめとする海洋の状態を把握するためには、海洋表層から深層に至るまでの観測を地球規模で行うことが必要です。そこで、30か国以上の海洋研究機関が参加する、海洋観測のための国際プロジェクト「アルゴ計画」が2000年からスタートしました。ここでは、このアルゴ計画について紹介します。

      4-1. アルゴ計画の概要

      海洋の環境変動を明らかにするためには、均一の精度で万遍なく観測することが重要です。
      アルゴ計画以前に多数蓄積されてきた調査船による観測データは、空間分布や季節に大きな偏りがありました。また、1980年代からはじまった人工衛星による観測も、取得できるのは海面の情報に限定されています。
      そこで、全球海洋内部を継続的かつリアルタイムに観測するシステムを実現するため、およそ300km四方に1台、海面から水深約2,000mまでの水温や塩分を10日ごとに自動的に観測できる「アルゴフロート」を展開する、日本や米国、欧州各国が連携した「国際アルゴ計画」として2000年にスタートしました。
      2024年2月27日現在でも、下の図にあるとおり3,893個のアルゴフロートが全海洋をくまなく観測を続けています。

      (画像出典:気象庁『アルゴ計画リアルタイムデータベース』)
      (画像出典:気象庁『アルゴ計画リアルタイムデータベース』)

      4-2. アルゴフロートによる観測

      アルゴフロートによる観測のサイクルは下図に示されるとおりです。

      (画像出典:国立研究開発法人 海洋研究開発機構『全球海洋観測システム「アルゴ」で明らかになった海洋の変化』Argoフロートの観測サイクル)
      (画像出典:国立研究開発法人 海洋研究開発機構『全球海洋観測システム「アルゴ」で明らかになった海洋の変化』Argoフロートの観測サイクル)

      アルゴフロートは船舶などから投入されると、約1,000mまで降下して漂流します。10日に1度約2,000mまで降下し、海面までの水温と塩分、圧力を計測しながら浮上すると、その観測データを通信衛星経由で陸上に送信します。
      この観測サイクルは、バッテリーが持続する数年間にわたって繰り返し継続されます。
      アルゴフロートの投入は、研究機関の船舶から行われるほか、官公庁や国内外のさまざまな研究機関、教育機関、民間所有の船などがボランティアで協力しています。
      また、アルゴフロートから送信されたデータは即時の自動処理がされ、インターネットで誰もが見られるものとして公開されます。

      4-3. アルゴ計画の成果と今後

      アルゴ計画により得られるデータを利用して、主に以下のような成果が得られています。

      • 全球海洋の3次元的な水温分布とその時間変動に関する詳細な実態把握
      • アルゴフロートの軌跡データによって得られる全球2,000m以浅についての海洋循環の動態評価
      • 全球の表層塩分分布とその変化の詳細な実態を把握し、気候変動に伴う長期変化および水循環変動を解明
      • 海洋変動メカニズムの理解や気候変動予測の精度向上への貢献
      • 空間スケール100km程度の現象(中規模渦現象)などの研究領域でのデータ活用

      また、今後については以下のような計画が進行しています。

      • 気候変動に伴う熱の吸収にとって重要な、水深2,000mより深い海洋深層の実態把握のため、深海観測用アルゴフロートを全球的に展開するDeep Argo計画
        (すでに水深4,000mまで観測可能な「Deep NINJA」の実用化がJAMSTECと民間企業の共同で行われ、南大洋や南極海周辺での観測を実施)
      • 海洋酸性化、炭素循環、地球規模の生態系変化や生物多様性の実態解明にもつながると期待される、生物・地球化学センサ搭載のアルゴフロートを全球的に展開するBio Argo計画
        (溶存酸素、栄養塩、クロロフィルa、pHなどの多様な生物・地球化学センサが開発されつつあり、JAMSTECなどの国際研究機関によりこれらのセンサ搭載型フロートを展開する試験的な観測研究を実施中)
      • 季節海氷域である高緯度域や北極、南極周辺の海氷下でも観測可能な、海氷域観測用Argoフロートを広域に展開する計画
      • 黒潮などの強い暖流が流れる西岸境界域、エルニーニョ予報に重要な赤道域、大陸と大洋を結ぶ縁辺海の観測を時空間的に高密度化する計画

      ただし、このアルゴ計画でも「リアルタイムで万遍ない計測」には、まだ不十分だといえるでしょう。300km間隔で10日に1回計測するのでは、月間統計や年間統計、気候の傾向分析などには使えるものの、もっと短期の気象予測や天気予報に使うことはできません。
      そこで現在、IoT(Internet of Things)センサを海上・海中・山中のさまざまな場所に設置し、その情報を500km上空の衛星で一斉に取得した後、地上への送信を行うセンサネットワークシステムの構築も準備されているところです。

      4-4. 海洋学の将来構想

      日本海洋学会では海洋学の長期的な展望や方針を議論することを目的とし、「将来構想委員会」が設置されています。そこでまとめられた「将来構想2021」より、海洋大循環に関係した内容を紹介します。

      海底観測基地の設置

      極域観測の基盤として、従来の砕氷船や、研究専用潜水艇に加え、海底観測基地の設置が提案されています。設置場所は、南極底層水の気候変動に対する応答をモニタリング可能な海域、たとえば海洋大循環の出発点のひとつとなるケープダンレーポリニヤなどが候補として挙げられています。砕氷船や潜水艇からの補給を受けることにより、通年で安定的かつ多岐にわたる海洋モニタリングが可能になると期待されます。

      海洋大循環の湧昇の定量化

      海洋大循環がインド洋や太平洋などで湧昇する過程は未解明な部分が多くあります。そこで、前述の深海用観測フロートにより得られる水温、塩分、および漂流速度のデータを用いた、観測およびモデリング研究の必要性が強調されています。

      大気海洋相互作用の理解

      海洋大循環は海上の風速とも深く関係しています。海洋大循環モデルを作成する際は、気象庁による1958年からの55年分の風速解析データも国際的に活用されています。今後は、風速データに加えて生態系関連データも取り入れることにより、大気海洋相互作用の生物地球化学的側面の理解につなげていくことが期待されています。

      5. 海洋大循環と生態系との関係

      海洋大循環が海洋の生態系に与える影響についても、研究が盛んに進められています。
      約2万年前の最終氷期において、大気中の二酸化炭素濃度が産業革命前より低く、その原因は海洋生態系と海洋の物質循環が現在とは異なった状態にあったからと考えられています。すなわち、大気中の二酸化炭素濃度に海洋生態系が影響を与えているというわけです。
      この海洋生態系は、海洋大循環の影響を受けています。たとえば、海洋大循環の駆動力となる底層水が形成される北極域では、「ポリニア」と呼ばれる海氷が開いた海域が形成されます。ポリニアのうち「顕熱ポリニア」は、海洋大循環などの海流によって運ばれた低緯度起源の比較的暖かく、栄養塩が豊富な水が、海氷を溶かすことにより形成されます。
      この顕熱ポリニアでは、海水に太陽光が直接差し込むこと、および海水の栄養が豊富であることから、植物プランクトンの光合成と増殖が促進されます。それにより豊かな生態系が形成され、海獣類や海鳥類が群れをなすオアシスのような場所となっています。また、植物プランクトンの光合成が促進されることにより、大気中の二酸化炭素の海水への吸収も進みます。
      このように、海洋大循環と海洋の生態系、さらには大気の状態は互いに深く関係しているのです。

      6. まとめ

      • 海洋大循環とは海水が世界の海洋を長い時間をかけて大きく循環することである。
      • 北大西洋のグリーンランド沖と南極海で表層から深層への沈み込みが起こり、数千年の周期をかけて循環する。
      • 海洋大循環のメカニズムは、海水の温度が低く、塩分が高くなることで密度が高くなり、表層から深層へ沈み込む熱塩循環のことである。
      • 海洋大循環の観測のため、国際プロジェクト「アルゴ計画」が実施されている。
      • 海洋大循環と海洋の生態系は互いに深く関係している。

      参考文献

      日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
      必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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