回折光学素子とは?原理や作製法、応用例を詳しく解説

      回折光学素子(DOE:Diffractive Optical Element)とは、光の回折現象(「2. 回折光学素子の原理」に詳述)を利用した光学素子です。光学素子として、従来は、レンズやプリズムなど、光の屈折現象を利用したものが多く使われてきました。しかし、近年では微細加工技術の進展や、小型軽量化・薄型化へのニーズの高まりなどを反映し、回折光学素子が多く使われるようになっています。
      この記事では、回折光学素子の原理と応用、作製法をわかりやすく解説します。
      (公開日:2021/10/28 更新日:2024/02/08)

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      1. 回折光学素子(DOE)とは

      回折光学素子とは、光の回折現象を利用して機能する光学素子です。
      光には「波」の性質が備わっており、回折現象とは光の波としての性質が表れたものです。
      波としての性質には、狭い穴を通り抜けると広がること、あるいは広がった複数の波が重なり合うと「干渉」を起こし、互いに強め合ったり弱め合ったりすることなどが挙げられます。「回折」と呼ばれるこの現象を利用する回折光学素子により、光の屈折を利用した素子である「屈折光学素子」を複雑に組み合わせたようなさまざまな光の操作が可能になります。
      回折光学素子は、微細加工技術の発展により作製が容易になりました。屈折光学素子より小型化・軽量化が可能なため、CD/DVD用光ピックアップや撮影レンズ、ディスプレイ用素子、あるいはレーザーを利用した宇宙太陽光発電など、さまざまな技術に応用されるようになっています。

      2. 回折光学素子の原理

      それでは、回折光学素子の原理を見ていきましょう。
      回折光学素子は、光の回折現象を利用した回折格子により、光の進行方向をさまざまに変化させるものです。格子の配置を適切に設計すれば、球面レンズのように光を1点に集めたり、あるいは複数に分岐させたりすることもできます。

      2-1. 回折とは?

      回折とは、直進する光が小さな穴(小孔)を通り抜けると広がることです。
      下図は、回折の原理を示したものです。

      上図で、光は小孔の左から右へ向けて直進してきています。グレーの線は、光の波の山を示しています。この直進する光は、小孔を通り抜けると広がります。
      上図では、光が広がる角度は180度として描いています。しかし、実際には、光が広がる角度は光の波の間隔(波長)に比例し、小孔の大きさに反比例します。
      すなわち、波長が長いほど、また小孔が小さいほど、小孔を通り抜けた光は大きく広がることになります。

      2-2. 回折格子とは?

      上図では、小孔の数はひとつだけでした。この小孔を複数にして、小孔をガラスの溝で再現したものが回折格子です。
      下図は、簡単のために小孔を2つだけ作った回折格子を、直進する光が通り抜ける際に何が起こるか示したものです。

      上図において、2つの小孔を通り抜けた光の波は、それぞれ回折によって広がります。広がった2つの光の波は、互いに干渉して強め合ったり弱め合ったりすることになります。
      波の山が重なるところでは、それぞれの波は足し合わされて強まります。逆に、波の山と谷が重なるところでは、それぞれの波は打ち消し合って弱まります。

      上図で回折格子の右側にある3本の矢印は、2つの波が足し合わされる場所を示しています。また、矢印と矢印の中間には、逆に2つの波が打ち消し合う場所があります。
      この干渉の結果として、回折格子の右側にスクリーンを置けば、光が強め合って明るい部分と、打ち消し合って暗い部分が交互に続くことになります。
      すなわちこれは、直進してくる光の方向を、上下に分岐させたことになります。
      光の方向が変化する角度は、波長が大きいほど、また小孔の間隔(ピッチ)が小さいほど大きくなります。配置が適切に設計された多数の小孔がある回折格子に光を通せば、光の方向をさまざまに変化させることができます。

      2-3. 回折光学素子はレンズの作用も

      回折光学素子は、レンズなどの屈折光学素子と同様の作用をもたせることもできます。
      下図は、球面レンズと回折光学素子を比較したものです。

      (画像出典:愛媛大学工学部 電子工学科 市川研究室『研究室訪問』)
      (画像出典:愛媛大学工学部 電気電子工学科 市川研究室『研究室訪問』)

      レンズは屈折現象を利用して光の方向を変化させます。上図にある通り、球面レンズは直進してくる光を1点に集めます。
      上図の回折光学素子1は、球面レンズと同様に光を1点に集めるものです。回折格子を通り抜けたときに変化する光の方向は、前述のとおりピッチが小さいほど大きくなります。従って、外側へ行くほどピッチが小さくなる回折格子を使えば、このように光を1点に集めることもできるわけです。
      また、小孔の間隔を適切に設計することにより、上図の回折光学素子2のように、複数の点に光を集める回折光学素子も作れます。

      3. 回折光学素子の応用例

      以上のように、光の進む方向を自由に変えられる回折光学素子は、さまざまなシーンで応用されています。どのような応用例があるか見てみましょう。

      3-1. CD/DVD用光ピックアップ

      回折光学素子の最も広い応用例として挙げられるのは、CDやDVDの光ピックアップです。
      プラスチック板の表面に極小の凹凸としてデータが記録されたCD/DVDは、レーザー光をプラスチック板に当て、その反射光からデータを読み取ります。このデータを読み取る装置である光ピックアップには、回折光学素子が多く用いられています。
      従来の屈折光学素子を回折光学素子に置き換えることにより、装置の小型軽量化が図れます。
      また、単に屈折光学素子を置き換えるだけでなく、屈折光学素子の問題点を克服した、回折光学素子ならではの新しい方式を試みたものもあります。

      3-2. 撮影レンズ

      上述のCD用光ピックアップなど、レーザー光を使用する装置の光学素子として広く用いられる回折光学素子ですが、撮影レンズなど自然光(白色光)が使用される装置に用いるのは、以前は困難と考えられていました。その理由は、白色光の場合には回折光学素子で不要な回折光が発生しやすく、それがフレア光となって写真に写り込んでしまうからです。
      しかし、同心円状の格子をもつ2枚の回折光学素子を向かい合わせて配置した「積層型回折光学素子」が開発され、不要な回折光の発生を抑えることに成功しました。
      この積層型回折光学素子を従来のレンズと組み合わせて使用することにより、撮影レンズの大幅な小型・軽量化が達成されています。

      3-3. ディスプレイ用素子

      回折光学素子のディスプレイ用素子としての応用には、カラーフィルターが例に挙げられます。
      カラーフィルターは、デジタルカメラなどのイメージセンサに使用されます。イメージセンサでは赤、緑、および青の光のみを透過させるカラーフィルターによって、赤、緑、青の各画素にそれぞれ光を集めます。
      しかし、従来のカラーフィルターは、入射光の50~70%の光量が失われるため、撮影した画像が暗くなるのが大きな課題となっていました。
      回折光学素子は、前述のとおり光の波長により、光が進む方向が変わります。この性質を積極的に利用して、波長が異なる赤、緑、青の成分をそれぞれ異なった方向へ回折し、それぞれの画素に集光します。
      パナソニック『マイクロ分光素子を用いたイメージセンサの高感度化技術を開発』によれば、回折による色分離は回折光と非回折光を100%透過するため、従来のカラーフィルターと比較して約2倍の感度を実現するとしています。

      3-4. 能動型DOE

      能動型DOEとは、電圧を加えることなどにより性質が変化する回折光学素子のことで、「光学チョッパ」として利用されます。
      従来型の光学チョッパは回転する羽根のことです。この羽根が1秒に1回などの所定の周期で、入射してくる光を遮ります。
      回折型の光学チョッパは、電圧のON・OFFにより回折光学素子が変形し、回折光をON・OFFできる性質を用いています。回転する羽根を用いる従来型の光学チョッパと比較して、装置の大幅な小型化が可能となります。
      光学チョッパは、たとえば赤外線センサなどに用いられます。「焦電型」といわれる赤外線センサは、赤外線の光量の時間変化を感知します。そのため、静止した人体の検知や温度計測のためには、人体から発する赤外線を光学チョッパで周期的に遮ることにより、センサの温度変化を人工的に作り出すというわけです。

      3-5. 光メタサーフェス

      光メタサーフェスとは、光の中に隠れた情報を可視化する技術です。
      光の中には、人間の目やイメージセンサで見えるもの以外にも、さまざまな情報が隠れています。回折光学素子を用いて光の波を操作することにより、隠されているすべての情報を取り出すことが可能となります。
      下図は、光メタサーフェスの概要を示したものです。

      (画像出典:NTT研究開発『光メタサーフェス』)
      (画像出典:NTT研究開発『光メタサーフェス』)

      上図にあるとおり、光のなかには強度や色など目で識別できる情報のほかにも、波長や偏光、距離などの情報が隠れています。これらの情報を回折光学素子(光メタサーフェス)により分離し、多様な情報をもつ画像として取得します。
      この画像から、排気ガスの有害物質の有害分布表示による可視化や、植物の生育状況の成分分布表示による可視化、高感度化による夜間での撮影などが可能になります。

      4. 回折光学素子の作製法

      回折光学素子の作製法を見ていきましょう。回折光学素子は、光の波長程度の回折格子を石英などの基板に刻み込むため、超微細加工が求められます。
      下の写真は、回折光学素子の電子顕微鏡写真の一例です。

      (画像出典:NTTAT『ハイパワーレーザ用ビームシェイパ』)
      (画像出典:NTTAT『ハイパワーレーザ用ビームシェイパ』)

      このような超微細加工を行う方法には、以下の通り大きくわけて「フォトエッチング法」「ホログラフィック法」「電子ビーム直接描画法」「超精密旋盤法」の4つがあります。

      4-1. フォトエッチング法

      フォトエッチング法は、大規模集積回路(LSI)製造で使われている最も一般的な方法です。
      まず、回折光学素子の格子パターンを約10倍に拡大した「フォトマスク」を作製します。それとともに、格子パターンを刻み込む石英などの基板表面に、光を照射すると性質が変化する「露光剤」を塗布します。露光剤には、たとえば光が照射されると水溶性になるもの、あるいは非水溶性になるものなどがあります。
      次に、フォトマスクを1/10に縮小露光して、露光剤を塗布した基盤表面に光を照射します。すると、フォトマスクの働きで、光が照射される箇所と照射されない箇所とが基板表面にでき、照射された部分のみ、露光剤の性質が変化します。
      最後に、酸などの基板を侵す物質を基板表面に塗布すれば、露光剤の性質が変化しなかったフォトマスクで描かれた部分のみが侵食され、フォトマスクのパターンが基板に刻み込まれることになります。

      4-2. ホログラフィック法

      ホログラフィック法は、上のフォトエッチング法で用いられるフォトマスクの代わりに、レーザー光の干渉縞を利用する方法です。
      干渉縞により格子パターンが描かれたレーザー光を、露光剤を表面に塗布した基板上に直接照射します。レーザー光が照射された部分のみ露光剤の性質が変質するため、その後はフォトエッチング法と同じ手順で基板に格子パターンを刻み込みます。

      4-3. 電子ビーム直接描画法

      電子ビーム直接描画法は、格子パターンを電子ビームで直接描画するものです。基板表面には、電子ビームが照射されると変質する露光剤を塗布しておきます。
      電子ビームは、かつてテレビなどの画面に使用されていたブラウン管内の電子銃と同様に、電圧の変化により電子を照射する方向を自由自在に変えられるため、フォトマスクを使用しなくても任意の格子パターンを刻み込めます。
      ただし、電子ビーム直接描画法には、以下の欠点があります。

      1. 電子による微細な点を大量に集めて格子パターンを描画するため、複雑な格子パターンの場合には描画に長時間かかる。
      2. 電子ビームが照射されると、基板表面からその電子ビームに励起された電子が飛び出す「2次電子」が発生し、描画パターンがぼやけるため、微細な格子パターンを作製するのが難しい。

      4-4. 超精密旋盤法

      超精密旋盤法は、ダイヤモンドの工具とレーザーによる超精密測定技術を使用して、0.01μmの精度で旋盤加工を行うものです。格子パターンが円対称の場合に使用できます。
      超精密旋盤法は非球面レンズの作製などにも使われるため、レンズ作製の装置や技術を回折光学素子の作製に流用できるのがメリットです。

      5. 宇宙太陽光発電技術への応用

      最後に、現在研究が進んでいる宇宙太陽光発電技術への回折光学素子の応用について紹介します。
      宇宙太陽光発電とは、上空3万6,000kmの静止衛星で太陽光発電を行い、その電力をレーザー光やマイクロ波で地球に送り届ける技術です。静止衛星軌道上では、地球上とは異なりほぼ24時間、365日の発電が可能です。また、地球の大気により太陽光のエネルギーが吸収・散乱されることもありません。そのため、地球上の約10倍の太陽光エネルギーを安定して受けられます。

      静止衛星から電力をレーザー光で地上へ送る場合、レーザー光の精密な方向制御が必要です。地上で10m程度の大きさの太陽光パネルで受ける場合、1/100万度レベルの角度で方向を制御しなくてはなりません。
      また、レーザー光のビームは「ほとんど広がらない」と思う人が多いのではないでしょうか。しかし、レーザー光も一般のものは、回折現象により広がってしまいます。たとえば、波長が1μm(100万分の1m)、ビームの直径が1mのレーザー光を3万6,000km飛ばした場合、直径は約23mにも広がってしまいます。直径10m程度の太陽光パネルでこのレーザー光を受光しようと思えば、ビームの広がりをさらに抑えることが必要です。
      そのため、回折現象により広がらない「ベッセルビーム」などの非回折ビームの利用も検討されています。ベッセルビームは円錐形の光学レンズ(アキシコンレンズ)によって生成されます。「2-3. 回折光学素子はレンズの作用も」で見たように、回折光学素子は光学レンズと同様の作用をもたせることもできるため、回折光学素子を用いたベッセルビーム生成法が研究されています。

      6. まとめ

      • 回折光学素子とは、光の回折現象を利用した光学素子のこと。微細加工技術の進展や小型軽量化・薄型化へのニーズの高まりなどを背景に、近年では多く使われるようになっている。
      • 回折現象とは、回折格子を通り抜けた光の波が互いに干渉することにより、光の進行方向を変化させること。
      • 回折光学素子は、屈折光学素子であるレンズなどの作用もさせられる。
      • 回折光学素子の応用例は、CD/DVD用光ピックアップや撮影レンズ、ディスプレイ用素子、能動型DOE(回折光学素子)、光メタサーフェスなどが挙げられる。
      • 宇宙太陽光発電技術にも、回折光学素子の利用が検討されている。

      参考文献

      日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
      必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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