最先端の生物学と化学で地球環境をエンジニアリングするサステナブルシステムグループ

NTT宇宙環境エネルギー研究所のプロジェクトのひとつ、環境負荷ゼロ研究プロジェクトの「サステナブルシステムグループ」では、さまざまな環境負荷を削減する持続可能なシステムの研究開発と社会実装を行っています。

グループリーダーを務める高谷和宏氏は、多彩なグループメンバーとともに、CO2を削減するサステナブルシステム「大気中CO2変換」「水中生物学的CO2変換」「土壌CO2排出制御」などに取組んでいます。

研究の醍醐味、そしてグループリーダーとしての「成長のマネジメント」について話をうかがいました。
※所属は取材当時のものです。

NTT宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け多様な人材を募集しています。

高谷 和宏 (たかや かずひろ) 博士(工学)

NTT宇宙環境エネルギー研究所 サステナブルシステムグループ 主幹研究員。
1995年に岡山大学大学院工学研究科修士課程を修了後、2019年に京都大学大学院工学研究科博士後期課程を修了、博士(工学)。専門は無線通信、環境電磁工学。2020年よりサステナブルシステムグループのリーダーを務める。無線通信システムの通信品質評価技術、屋内無線基地局設計システム、ホームエネルギーマネージメントシステムの開発、ITU-T SG5副議長として、気候変動と循環型経済の国際標準化活動に携わる。

1. CO2排出量が最も多いのは、地球の「土壌」

高谷さんの現在の役職にについて教えてください。

高谷氏 NTT宇宙環境エネルギー研究所には、次世代エネルギーやサステナブル技術を研究する「環境負荷ゼロ研究プロジェクト」と、地球環境のリスクに適応する社会のレリジエンスについて研究する「レジリエント環境適応研究プロジェクト」という2つの研究プロジェクトがあります。

  • 私は環境負荷ゼロ研究プロジェクトの中の「サステナブルシステムグループ」のグループリーダーを担当しています。
  • サステナブルシステムグループのミッションは、あらゆる環境負荷を削減する、持続可能なシステムの研究開発と社会実装です。柱となる研究開発は、温室効果ガスであるCO2の削減です。私たちは、この地球上の大気、海洋、土壌に対し、それぞれに最も有効なアプローチを研究開発しています。

大気へのCO2年間排出量を見てみると、意外に思われるかもしれませんが、大気中に残留するCO2は約2.1%です。さらに、エネルギー由来などの人間活動から排出されるCO2は、全体のわずか約4.3%にすぎません。約37.8%は海洋から、そして最も多いのが土壌からの排出で、約57.2%におよびます。

グループリーダーとしての仕事について教えてください。

高谷氏 3〜5年先の中期およびそれより先の長期的な事業計画として研究計画をつくり、実行することです。多様なバックグラウンドを持つグループメンバーの個性を尊重しながら、計画達成のためのマイルストーンを策定します。

大切なことはビジネスとしての目標をクリアしながら、サイエンスを前進させることです。時に相反するこの2つの要素をマネジメント上で調和させることが、最もやりがいであり、同時に悩まされる仕事でもありますね。

2. 人工光合成からDNA編集までを駆使。ハイレベルなサイエンスが可能にするCO2削減

大気、海洋、土壌のCO2に対し、具体的にはどのようなテクノロジーが研究開発されているのでしょうか?

大気中CO2変換

高谷氏 大気中のCO2変換はアプローチが2つにわかれており、ひとつは、半導体技術と触媒技術を応用した人工光合成デバイスによる「電気化学的アプローチ」です。もうひとつは、ゲノム編集技術を駆使することによって植物の炭素固定能力を活用する技術による「生物学的アプローチ」です。

これらのアプローチによって、CO2をほかの物質に変換する技術を研究開発しています。

まず電気化学的アプローチについてお聞きします。どのようにして植物の光合成を人工的に再現するのでしょうか?

(画像出典:NTT宇宙環境エネルギー研究所『環境負荷ゼロに貢献する次世代エネルギー活用技術とCO₂変換技術』)
(画像出典:NTT宇宙環境エネルギー研究所『環境負荷ゼロに貢献する次世代エネルギー活用技術とCO₂変換技術』)

植物は太陽の光をエネルギーとして用い、空気中からCO2を吸収し、糖などの有機化合物にして体内に固定します。これが光合成の大まかな仕組みです。これを人工的に再現するために、光触媒と半導体を用いた人工光合成デバイスを利用します。

人工光合成デバイスはまず、吸収した光を、利用可能なエネルギーとして電子に変換します。この電子を用いて水を酸化させることで酸素とプロトンを生成します。そして、空気中から取り込んだCO2をプロトンによって還元することで、ギ酸やメタンなどの有機物を生成します。

植物のように光を用いてCO2を吸収できるなんて、究極にエコなデバイスですね。

高谷氏 現在は、植物の光合成機能以上に効率を高め、デバイスの寿命を長くすることに挑戦しています。そのために、人工知能の活用を進めています。人工知能によって、膨大な化合物データを網羅的に探索し、最も有用な化合物の候補を選び出し、半導体デバイスや光触媒を最適化することなどを試みています。

続いて、生物学的アプローチについて教えてください。

高谷氏 先の試みは人工光合成でしたが、生物学的アプローチでは文字通り生物、陸上植物の光合成をゲノム編集によってフル活用することを試みています。いってみれば、「スーパー植物」をつくりだし、「スーパー光合成」を実現しようということです。

自然界において長期間にわたってCO2を吸収し、保存しているものは大木です。そこで大木にゲノム編集を施し、光合成を阻害している機能を失わせ(ノックアウト)、CO2固定に有用な機能を追加(ノックイン)します。たとえば、光合成を阻害している機能をゲノム編集によってノックアウトすることで、光合成をより強力に行って成長する「スーパー大木」を生み出すことができます。

いわゆる「遺伝子編集」ですよね? どのようにして自然に害のないものをつくるのでしょうか?

高谷氏 さまざまなゲノム編集を施し、データベース化して、遺伝子編集の負の要因がでないように最適化していくことが重要です。精度を上げるために、コンピューター・シミュレーションを利用します。

多様な育成環境と、育成データを収集し、成長シミュレーションのための解析モデルをつくっています。そしてシミュレーションによって得られた結果を現実空間にフィードバックし、ゲノム編集の効果測定に用いています。

水中生物学的CO2変換

高谷氏 海洋に対しては、水中植物である藻類の炭素固定能力を活用する技術(生物学的アプローチ)によって、海洋中のCO2を、藻類を捕食する魚介類に固定する技術の研究開発を進めています。

本来、海洋のCO2は、海中に生息するワカメなどの海洋植物に吸収され、自然に負荷のかからないバランスが保たれていました。しかし現在、地球温暖化の影響で海水温が上昇するとともに、これまでは冬を越せなかった生物などの生態系の変化の影響で水中の環境が激変し、藻類が育成できなくなってしまいました。こうして、海洋のCO2排出量が増加したのです。

そこで私たちは、藻類にゲノム編集を施し、高温や汚れた水でも生きることのできる「スーパー藻類」を作製し、それらに海洋のCO2を吸収させることで、自然界において適切なCO2バランスを取り戻そうと考えています。
しかし、藻類は寿命が短く、先の大木と比べて炭素固定が可能な期間が短い。そこで、これら藻類を餌とする魚介類に捕食させ、貝殻や骨にして固定しようと考えています。
現在は魚介類の陸上養殖にこの仕組みを応用することで、効果的にCO2を吸収しながら、藻類を、養殖する魚介類の餌とすることで陸上養殖の効率も同時に上げる手法を模索しています。

土壌CO2排出制御

高谷氏 最もCO2排出量の多い土壌に対しては、土壌内の窒素・炭素の循環メカニズムを応用した排出制御を構想しています。

植物の成長には、土壌内の窒素・炭素が不可欠です。この窒素・炭素の循環メカニズムを把握し、コントロールすることができれば、植物の成長を促進し、CO2の吸収率を向上させ、土壌からのCO2排出量を抑制することが可能です。

そうした、窒素・炭素の循環メカニズムが最適化された土壌で、有機農法のような、環境負荷の低い農法を普及させ、植物がよく育ち、CO2を効率よく固定することができれば、土壌のCO2排出は効果的に抑制されます。

現在は、窒素の循環制御によって植物の成長を促進し、炭素の循環制御によってCO2排出を抑制することを両立できるような技術を研究しています。窒素・炭素の循環を自然界で完全に制御するため、土壌中で働く微生物のメカニズムを把握する調査を進めています。

3. 研究のマネジメントは人の成長と似ている

自然の持つ有用な力を、自然に負荷をかけないように取出す。これら革新的なアプローチの根源にあるのは何でしょう?

高谷氏 私は電気工学で博士号を取得しています。つまり私の専門はICTと物理学であり、生物学ではないのです。しかし、門外漢だからといって諦めたようなことは一度もありません。全く異なるアプローチだからこそ、異なる可能性を追求できるというポジティブな考えのもと、研究開発を進めてきました。

電気工学をどのようにして生物学や化学のアプローチに結びつけているのでしょうか?

高谷氏 「目に見えないもの」を相手にしているという点では共通していて、モデルの作り方は同じものだと考えています。それゆえに、結びつけているというよりは、同じことをやっているという感覚あります。

私が電気工学で扱っていた電磁波というものは目に見えません。具体的な実験としては、1本の金属の棒であるアンテナからでてくる電波を、もう一本のアンテナにどのように伝わるかを観測するものがあります。

もちろん、意図的に電波の波長を変えたりはできますが、2本のアンテナの間を伝わっていく過程には、さまざまな反射や干渉などがあります。そうした「ごみ(雑音)」のなかから、欲しい信号だけをどのようにして効果的に取出すモデルをつくるかを考えるのが無線通信です。

生物学における遺伝子編集では、遺伝子(DNA)をまるでプログラミングするかのように書き換えることが可能になりました。しかしDNAというのは、一部の文字列を書き換えると、それに関連するさまざまな変化が連鎖的に起きてしまいます。このあたりは見えない未知の領域です。

そうした前提で、いかにして自分の欲しい変化をつくり出すモデルを構築できるかが腕の見せどころといえます。

このように、電気工学も生物学も、目に見えないところで起きている変化に対し、あるときは鋭敏に、またあるときは冗長に対応し、適切な答えを得るためのモデルをつくることが重要です。異なっているようで、実は同じことなのです。

研究の魅力や達成感を感じる瞬間はどんなときでしょうか?

高谷氏 研究の魅力は、「誰もやっていないこと」に取組めることで、よい結果が出たときが達成感を感じる瞬間ですね。

研究者という職業は、現段階では答えがわからない課題を見つけて取組み、自分の答えを出すことが職務内容です。つまり、目の前にある仕事は、自分がやらなければ誰もやらないものばかりで、それが最大の魅力であり、答えが出れば最大の達成感をもたらしてくれます。

サステナブルシステムグループのメンバーについて教えてください。

高谷氏 中途採用で大学の研究機関から来た人や、元国家公務員など、グループメンバーの4人全員が全く異なるバックグラウンドを持っています。少数ですが、非常に多様性に富んだ環境です。

グループのマネジメントで重要視しているのは、個人のオリジナリティを尊重することです。同じ課題に取組んでも、人数の分だけ違う問いと答えがある。そのことを肯定し、すべての問いと答えに意味を見出すのがマネジメントの仕事だと思っています。

グループにおける合意形成はどのようにして行うのでしょうか?

高谷氏 実際、合意に至るまでにほとんどのケースで紆余曲折があります。大切にしているのは、自由を担保しながら、コントロールできる領域にメンバーの意識を向けていくことです。

サステナブルシステムグループの最終的な目標は地球環境を良くすることです。ただ、寿命も限られている人間の私にとっては、寿命以上の長期の目標に対して自由に出てくる発想をコントロールすることが困難になります。

そこで、「では、1週間後には何ができているようにしようか?」と短期のマイルストーンを設定するということで、合意形成を行います。
長期の目標をぶらさないというビジョンの強さも重要ですが、短期で成果を出し続けるという具体性も、研究のマネジメントでは大切なことです。

最後に、メッセージをお願いします。

高谷氏 研究というのは、答えがないから楽しいものです。答えがないことを楽しめる人は、ぜひ研究の世界に足を踏み入れて欲しいと感じています。

私はマネジメントをしているので、短期のマイルストーンを適切に設定するなど、研究成果のアウトプットの帳尻を合わせていますが、あえて帳尻を合わせないようにしているところもあります。

研究とは、人の成長をマネジメントするようなものなのです。成長は、誰かに言われてするものではなく、自分で成し遂げるものです。縛らず、それぞれのやり方を自分で面白がって前進することも、研究成果と同じか、それ以上に大切です。そうした成長が自ずと成果を連れてくることを、私は経験から知っています。

サステナブルシステムグループでは、制約ではなく、自学自習を重んじています。自分で責任をとる代わりに、裁量を任されます。自分の問いをずっと持ち続け、やり遂げることに意義を持って取組める人と、ぜひいっしょに研究をしたいですね。

日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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