更新日:2021/05/21
本稿では、環境負荷ゼロの実現に向けて、実用化がみえてきた圧倒的にクリーンかつ無尽蔵なエネルギー源を利用可能なものとする次世代エネルギー活用技術と、環境負荷の1つである二酸化炭素(CO₂)を効果的に固定し、事業活動トータルでの排出量をゼロ以下にするためのCO₂変換技術について概説します。
秋山 一也(あきやま かずや)/高谷 和宏(たかや かずひろ)
NTT宇宙環境エネルギー研究所
NTT宇宙環境エネルギー研究所次世代エネルギー技術グループでは、持続可能な社会の実現に向けて、圧倒的にクリーンかつ無尽蔵なエネルギー源であるフュージョンエナジーに関する技術と宇宙太陽光発電技術という2つのテーマに取り組んでいます。
フュージョンエナジーに関する技術は、IOWN(Innovative Opti-cal and Wireless Network)技術の活用によって核融合炉オペレーションの最適化をめざすもので、2020年5月にITER国際核融合エネルギー機構と包括連携協定を締結しました(1)。また11月には、世界に先駆けた革新的な環境エネルギー技術の創出をめざし、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構と連携協定を締結しました(2)。フュージョンエナジーとは、太陽をはじめとする宇宙の星々が生み出すエネルギーであり、軽い原子核どうしが融合してより重たい原子核になる核反応を指します。例えば、水素の同位体である重水素(D)と三重水素(T)の原子核が融合する DT核融合反応*1ではヘリウムと中性子ができますが、たった1gの重水素と三重水素の核融合反応から発生するエネルギーは、石油約8t(タンクローリー1台分)を燃やしたときと同じだけの熱に相当します。核融合炉は、まさに太陽で起きている現象を地上で再現するものであり、フュージョンエナジーを発電等に使用することをめざして進められているのがITER計画と呼ばれる超大型国際プロジェクトです(図1)。日本・欧州・米国・ロシア・韓国・中国・インドの7極により進められており、2025年の運転開始をめざして、南フランスのサン・ポール・レ・デュランスにて準備が進められています。フュージョンエナジーが実現すれば、太陽光や風力などのより分散型の再生可能エネルギーと相まって、何百万年にもわたって安全かつ確実に世界にエネルギーを供給できるようになると期待されています。
核融合実験炉ITERでは、ドーナツ状の磁場の中に燃料となる重水素と三重水素を閉じ込め、加熱し、プラズマ状態にし、さらに1億5000 万度まで加熱することで核融合反応を発生させます。この核融合炉からエネルギーを取り出すには、プラズマを長時間安定的に発生させることが重要です。そのためには、核融合炉から得られる最大で50GB/sという膨大なセンサデータをコントロールセンタに転送し、そこで最適な数値を計算し、瞬時にフィードバックしプラズマの形状を制御する必要があり、制御ネットワークの高速化・低遅延化が不可欠です。そこで、 IOWNの要素技術の1つであり、高品質・大容量、低遅延が特徴のオールフォトニクス・ネットワークに加え、データ処理の高速・高効率化を実現する新しいコンピューティングアーキテクチャであるディスアグリゲーテッドコンピューティングの活用により、実現をめざしています。加えて、核融合炉が本格的に稼動を開始すると、1日当りEB(exabyte)レベルのデータが生み出されます。このデータを世界各国のデータセンタに蓄積し、かつデータセンタ間で高速にレプリケーションを行うためにも、IOWNの技術が貢献できると考えています。また、将来的にはデジタルツインコンピューティング(DTC)の活用によって、サイバー空間上に核融合炉をリアルに再現し、非常に高度なシミュレーションや核融合炉の未来性能予測を行うことによって、さらなる制御技術の向上に寄与することをめざしています。
宇宙太陽光発電技術は、上空3万6000kmの静止衛星軌道上で太陽光発電を行い、そのエネルギーを地上にレーザやマイクロ波で送り届け、再度地上で電力などのエネルギーに変換するという技術です(図2)。静止衛星軌道上では、ほぼ24時間365日太陽からのエネルギーを受けることが可能なうえに、地球の大気によるエネルギーの吸収や散乱の影響を受けないことから、地上と比較し単位面積当りで約10倍のエネルギーを安定して受けることができます。2030年以降の実用化をめざして、宇宙航空研究開発機構などを中心に研究開発が進められており、実現すればクリーンで無尽蔵のエネルギーを利用することが可能となります。私たちはマイクロ波よりも波長が3~4桁ほど短いため、ビームの広がり角が小さく長距離を伝送させやすいという観点を重視し、レーザによるアプローチを試みています。
宇宙太陽光発電を実現するためには、大きく3つの技術領域があります。1番目は、静止衛星軌道上で太陽光をレーザに高効率で変換する技術です。私たちは、太陽電池によって発電された電力を用いてレーザ発振を行う従来の方法とは異なり、太陽光を特殊な結晶に直接照射しレーザを励起させることで、高効率でレーザ発振を行うシステムの研究を行っています。2番目は、レーザを地上のターゲットに正確に照射する技術です。レーザは長距離を伝送させやすいことが特徴ですが、3万6000km離れた静止衛星軌道上からレーザを±10mの精度で照射するためには、0.3 μrad(2×10−6度)の方向制御精度が必要となります。加えて、通過する大気の揺らぎに影響も取り除かなくてはなりません。そこで、ベッセルビーム*2等の焦点深度の深い光学系や、天文分野で大気を伝搬する光の揺らぎを取り除くために用いられている補償光学*3を活用したビーム伝送方式について研究を行っています。3番目はレーザをエネルギーに高効率で変換する技術です。レーザ光は、さまざまな波長の光が混ざり合った太陽光とは異なり単一の波長であることから、特定の波長で高い変換効率を持つ太陽電池の研究を行っています。また、太陽電池を用いてレーザを電力に変換する場合、約半分のエネルギーが熱となってしまうという問題があります。そこで、レーザを直接電気に変換するのではなく、熱化学反応を用いていったん水素やアンモニアといった違う形態にエネルギーを蓄える方法についても検討を行っています。私たちは、本技術が水素社会を実現するためのキー技術になり得ると考えています。
サステナブルシステムサステナブルシステムグループでは、地球環境の再生と持続可能な社会の実現に貢献するため、あらゆる環境負荷をゼロ以下にするサステナブルなシステムの研究開発とその社会実装に取り組んでいます。ゼロ以下にするとは、排出を減らすだけではなく、すでに存在しているものを減らすことを意味します。環境負荷といってもさまざまな要因が存在しますが、この1つにCO₂があり、パリ協定等において、CO₂排出量を削減することが求められています。そのため、当グループでは、CO₂削減のための研究開発を2つのアプロ―チにより進めています(図3)。
アプローチの1つは、通信用デバイスに用いられる半導体技術や燃料電池などに用いられる触媒技術を応用した電気化学的アプローチであり、太陽光などの光・電磁エネルギーを活用して、水(H₂O)とCO₂からメタン(CH₄)などの炭化燃料や貯蔵可能な水素キャリアであるギ酸(HCOOH)などを生成するとともに、大気中のCO₂を削減することが可能なCO₂変換技術の研究開発です。この太陽光などの光エネルギーを利用して、H₂OとCO₂から炭水化物を合成する植物の光合成を模していることから「人工光合成*4」とも呼ばれています。電気化学的アプローチの利点は、太陽光などの自然由来のエネルギーを用いて、貯蔵可能な燃料(エネルギー源)を生成できることであり、生成された燃料はさまざまな用途に活用できるほか、カーボンニュートラルなエネルギー源としても期待されています。
その一方で、実用化のためにはいくつかの課題が残されています。例えば、太陽光のエネルギーを利用して、水素イオン(H+)と電子(e-)を生成する半導体デバイス(材料)は、電極として水中に設置されることにより、その表面がイオン化(腐食)し、性能が劣化してしまうため、長時間安定して反応し続けるように長寿命化する技術が必要となります。このとき、エネルギーとして利用できる光の波長は半導体デバイスの物性に依存して限定的であるため、さまざまな波長のエネルギーを吸収できる広帯域化が求められています。同様に、CO₂を還元するための触媒も、化学反応を繰り返すことによる性能劣化を低減する長寿命化技術の確立が求められています。そのため、当グループでは、半導体デバイスや触媒に関する経験とスキルを有するNTT先端集積デバイス研究所とのコラボレーションにより、長寿命化と高効率化の実現に取り組んでいます。
また、電気化学的アプローチによるCO₂変換技術の実用化に向けては運用・安全面の課題も存在します。例えば、世の中で開発中の人工光合成システムの多くは、実験室などの比較的制御が容易な環境でその性能が評価されていますが、実環境ではいくつかの制約条件が加わります。具体的な例としては、実験室では純度の高い高濃度のCO₂をガスボンベから加えている場合が多いと考えられますが、実際は、大気中の約0.04%の濃度のCO₂に対して高効率に作用する必要があります。そのため、大気中から低濃度のCO₂を直接回収する「Direct Air Capture(DAC)」と呼ばれる技術の研究開発も進められています。ただし、DACとの組合せが必須となると、さらに高コストとなり、どちらかがボトルネックとならないような最適設計が必要となります。さらに、電気化学反応の原料となるガスや生成ガスには、水素(H₂)や一酸化炭素(CO)も含まれており、これらが有事の際にも大気中に放出されることを防ぐ強固な安全設計も必要となります。このように、電気化学的アプローチによるCO₂変換技術の実用化に向けては、単に効率を追い求めるだけでは不十分であるため、運用・安全面の課題を同時に解決する最適解を探索することが不可欠と考えています。
CO₂変換技術のもう1つのアプローチは、ゲノム編集*5や育種・生育環境の最適制御により、植物や藻類の持つ光合成機能を最大化させる生物学的アプローチです。この30年で、地球上の森林面積は増加傾向にありますが、温暖化や人為的な伐採により、その多様性や健全性は低下しているという報告があります。これは、その森林を形成する植生とそこに住む生物・微生物の共生や、共存に必要な自然界本来の役割分担が円滑でないことを示唆しているのかもしれません。そのため、生物学的アプローチによるCO₂変換技術では、ゲノム編集技術や生育環境制御技術をフルに活用し、植物が光合成機能を活発化する時期を早くすること(早期成長)や、その時期を長く維持させること(長期健全化)によって、植物1個体当りの光合成能力を最大化することをめざした研究開発を進めています。樹木1個体当りの光合成能力を高めた森林の面積を増加させることができれば、結果として、植物による長期炭素固定が実現できることになります。また、食料や工業用資源となる野菜や樹木などに特化すれば、高品質を維持しながら、早期成長を促すことで、生育期にはCO₂をより多く吸収し、収穫や伐採後は、他のカーボンサイクルで活用することが可能となります。藻類についても同様に、ゲノム編集技術や生育環境制御技術を活用し、短期間で増殖させることで、水中に溶け込んでいるCO₂の効率的な吸収が可能となり、湿地・海草藻場の環境改善に貢献することが可能と考えています。
一方、生物学的アプローチによるCO₂変換技術の課題を挙げます。例えば、炭素を長期固定することが可能で、光合成能力の高い樹木は、遺伝子数が多く、ゲノム解析や早期成長・長期健全化に作用するゲノムの特定に多大な時間を要することが知られています。また、ゲノム編集を施せたとしても、樹木の成長には長い年月を要するため、その効果を確認することも容易ではありません。藻類については、遺伝数の少なさからゲノム解析やゲノム編集が比較的容易な反面、増殖後、付加価値を高めるための資源化(加工)や有効利用できない部分の廃棄に必要なエネルギー量が課題となっています。
そこで、樹木に対するゲノム編集の効果を検証する時間短縮手段の1つとして、IOWNの要素技術の1つであるDTCの活用を検討しています。仮想空間上に植物と生育環境の解析モデルを構築し、仮想的な生育シミュレーションを行うことができれば、栽培などのリアルな検証を実施しなくても、短期間でその効果を予測することが期待できます。さらに、種や苗の段階で病害リスクの少ない遺伝特性を選定することが可能となれば、優良育種選定にも応用できます。藻類の廃棄の課題については、エサや資源として他の生物や他のカーボンサイクルに提供するなど、いくつものカーボンサイクルを効率的に連携させることが重要であると考えています。
本稿では、次世代エネルギー技術とCO₂変換技術について取り組み内容を概説しました。核融合炉オペレーションの最適化で培われた技術は、リアルタイム制御によるサイバーフィジカルシステム連携のユースケースとして、今後他産業へ展開していく予定です。宇宙太陽光発電技術については、その確立過程において、地上におけるドローンなどのモビリティへの給電による長時間運転の実現や、避難所や離島への非常用給電技術として順次切り出して、実用化していく方針です。
また、2つのCO₂変換技術については、実用化や社会実装に向けて解決すべき課題がいくつかありますが、その課題を解決した際の地球環境への貢献度は非常に大きいと考えられます。そのため、本稿で述べた課題をより早い時期に解決できるように、電気化学材料の物性探索、植物・藻類の有用ゲノム特定、仮想生育シミュレーションなど、ICTの効果が期待できる側面に重きを置いて研究開発を推進していきます。
地球環境の再生と持続可能かつ包摂的な社会の実現に向けて、次世代エネルギー技術とサステナブルシステム技術の創出をめざすとともに、環境負荷ゼロ」に貢献します。
NTT宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け、エネルギー、環境分野をはじめとして、情報科学、人文系、社会科学系を含め多様な人材を募集しています。