更新日:2021/05/21
地球における環境の変化は、私たちの社会生活に大きな影響を及ぼすことが想定されます。本稿では、さまざまな影響を予測し、プロアクティブに対応し、人類が適応・受容することでレジリエントな社会を実現するための環境適応技術(地球情報分析基盤技術、気象予測・制御、雷制御・充電、電磁バリアなど)について紹介します。
加藤 潤(かとう じゅん)
NTT宇宙環境エネルギー研究所
近年、国内外で極端気象*1の発生頻度が高くなっています(1)。特に日本において、豪雨や台風が極端気象の特徴事象となっていますが、豪雨や台風は観測・予測が難しく、予期しない災害をもたらします。このため高精度な気象予測が重要となっており、予測技術はかつての予報技術者の経験や主観などに基づいた技術から、気象レーダー等の観測技術、スーパーコンピュータによる数値解析技術などにより著しく進歩しました。しかし、台風の予測、特に勢力予測では現在でも衛星写真による予測が行われています。
気象観測は、地球規模での陸域と海域、そして宇宙からの観測データを基礎とする観測・予報システムのもとで定常的に行われていますが、局地的大雨などの激しい気象現象は発生から成熟期までわずか15分程度かつ数km単位(2)の空間内での急激な変動となるため、人工衛星やアメダス(自動気象データ収集システム)などの観測では、時間的、空間的に対応できない場合があります。
また、温暖化に伴う海面水温の上昇による台風への水蒸気供給量の増大や中緯度偏西風の蛇行など、全球的な気候変動による影響が指摘されています(3)。気候変動は、長期的な地球の自然気候変動があるものの、人間活動による影響もあるという指摘がなされています(4)。地球の気候の状態を調べ、理解し、診断することが長期的な気候変動の予測および人為起源の影響を抑制する政策を実施するうえで極めて重要です。地球の気候の状態を評価するためには広域な観測を実施する必要があります。人工衛星によってその観測を実施することができますが、観測精度(大気の鉛直成分や海水面下の観測など)に課題があると考えます。
そこで私たちは、極端気象や気候変動などの地球環境変化について高精細に予測し、事前に対策を実施することで影響を受容可能とすることを目的とし、後述する技術開発に取り組んでいます。
今までほとんど観測されていない海上、海中および山中の情報を幅広く活用し、気象予測や被災予測をリアルタイムかつ高精度に行うための検討を進めています。現在、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)によって、2020年5月に革新的衛星技術実証テーマとして採択された「衛星MIMO技術を活用した920 MHz帯衛星IoTプラットフォームの軌道上実証」(5)をベースとし、地上通信インフラでは情報を収集できないエリアをカバーすることを検討しています。このシステムは、500 km上空の衛星で地上のさまざまなIoT(Internet of Things)センサの情報を一斉に取得し、地上に束ねて情報を送信し、地上で分析する新たなセンサネットワークシステムです。
本ネットワークを用い、IoTセンサを所望の位置に設置することできめ細かい気象観測を実施し、変化の激しい局所豪雨や台風などの極端気象の予測に資するデータ取得・データ同化*2が可能となります(図1)。
地球情報分析基盤技術を活用して気象情報を収集し、そのデータよって地球全体の気象現象のデジタルツイン*3を構築し、デジタルツイン上での気象予測と気象制御のシミュレーションの実現をめざします。
気象予測では高精細な気象観測に取り組みます。特に極端気象である台風に関する気象データを海洋や空中から観測するシステムの設計と実測を行っています。また台風の気象モデルについても大学等と連携して検討を進めます。
気象制御の例として、台風と雷について説明します。台風の制御については、深海と浅海の水を入れ替える水塊交替によって近海の温度を下げて台風の勢力を弱くする技術や、台風のエネルギーを電力に変える技術などについて検討しています(図2)。
次に、雷制御については図3に示すように飛行体を利用して落雷を安全な場所に導く技術の開発をめざし、ドローンなどの飛行体に雷撃を受けても飛行を維持するための装備や機能を検討しています。図4にドローンに格子状のファラデーケージ*4(Faraday cage)を取り付けたものに雷撃を当てた瞬間の写真を示します。同型のドローンは雷撃後にコントロールを失い墜落しましたが、ファラデーケージを取り付けたものは雷撃を受けた後も飛行を継続し、耐雷撃性能が高いことが確認されました。
さらに雷のエネルギーを取得・利用する手法についても検討し、雷のエネルギーのみで自律運行する落雷制御システムを構築し、安心・安全な社会を実現します。
また当グループでは、宇宙視点で人類の社会、環境の未来を革新させる技術の創出をめざした研究開発にも取り組んでいます。
将来、人類が宇宙に進出し、居住空間を形成し長期間居住するためには、太陽や銀河から到来する強力な宇宙
線*5による人体と精密機器への影響を低減させることが大きな課題となることから、宇宙線の評価および宇宙線を防ぐバリア技術の確立に取り組んでいます。
地上での宇宙線の影響は主に中性子由来ですが、宇宙空間では陽子が主となります。陽子は電荷を持つため強力な磁界や電界、遮蔽シールドによって宇宙線を遮断・屈折させる電磁バリア(図5)を形成できます。
この技術を検討するために宇宙空間での検証が必要となりますが、宇宙へ実験資材を搬送することは容易ではありません。そこで、宇宙船や宇宙ステーション、月面基地をサイバー空間上にデジタルツイン化し、仮想空間で電磁バリアを設計可能とする技術の確立をめざしています。
本検討では、私たちが有する地上での中性子線による影響評価技術(6)をベースに陽子による影響評価技術を確立するため、宇宙空間での事象を再現可能な陽子加速器での試験や簡易なシミュレーションを行います。
本研究が進めば長期間宇宙で生活できるようになるばかりか、有人惑星探査や月面基地も夢ではなくなります。また宇宙空間に超高セキュリティ、高信頼なデータセンタを構築することもできます。
私たちは、今後より影響が大きくなると予想される極端気象や気候変動に対し、高精細に予測し、事前に対策を実施するため、新しいネットワークプラットフォームを用い、現在よりきめ細かい気象観測を実施しつつ、デジタルツインによる解析を活用した気象予測技術を確立し、影響を受容可能とすることを目標に取り組みます。また宇宙線を遮断・屈折させる電磁バリアの検討を進め、人類の社会、環境の未来を革新させる技術の創出をめざします。
極端気象や気候変動の予測の実現に必要な研究要素を引き上げるだけでなく、世のため人のためにどのように新たな価値を提供できるのかも併せて考え続けていきたいと思っています。
NTT宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け、エネルギー、環境分野をはじめとして、情報科学、人文系、社会科学系を含め多様な人材を募集しています。