「人工光合成」とは?半導体を活用して化学物質を造る、未来を変える技術

      人工光合成とは、太陽のエネルギーを使って酸素や水素、そして化学原料の生成までをめざす技術のことです。まだまだ基礎研究の段階ですが、実用化すれば人間の社会を大きく変える可能性を持っています。この記事では、人工光合成の基礎知識を解説します。

      1. 人工光合成とは何か

      人工光合成とは、端的にいえば「二酸化炭素と水」を原料に、太陽光エネルギーを利用して「水素や酸素」などの高エネルギー物質を造る技術のことです。

      植物の光合成では、太陽光を利用して大気中の二酸化炭素と水から酸素と有機物を生成します。人工光合成はこの植物の光合成を模したもので、太陽光と製造した水素を利用し、二酸化炭素と水から酸素と化学原料を合成します。

      (画像出典:資源エネルギー庁『人工光合成の概念』)
      (画像出典:資源エネルギー庁『人工光合成の概念』)

      1-1. 光合成とは「水と光」を「酸素と水素」に変えること

      「人工光合成」を理解していく前に、そのお手本である植物が行っている「光合成」についてあらためて解説します。

      「光合成の働きで、植物は二酸化炭素を吸収して酸素を放出する」と小学校で習った記憶があるかもしれません。もちろん、この理解でも大枠では間違っていませんが、ここではもう少し詳しく見ていきましょう。

      光合成は「光と水から、酸素と水素イオンと電子を作る」プロセス(明反応)と、「二酸化炭素と水から、有機物を合成する」(暗反応)プロセスの2つに分けて考えることができます。この両方のプロセスが合わさった結果として、植物は二酸化炭素を吸収し、酸素を放出しているのです。

      人工光合成で主な研究対象になっているのは、この光合成における2つの反応のうち、「明反応」に相当するプロセスです。
      植物の光合成における明反応では、光エネルギーを利用して2つの水分子(H2O)を4電子酸化し、酸素(O2)を生成します。
      化学反応式で表すと以下のように表されます。

      2H2O → O2 + 4H+ + 4e-
      (H2O:水、O2:酸素、H+:水素イオン、e-:電子)

      明反応では、水から酸素、水素イオンおよび電子を作るわけですが、「水」や「酸素」といった物質はそれぞれの化学結合に応じたエネルギーを内部に保有しています。このエネルギーのことを一般に「化学エネルギー」と呼びます。

      水はとても安定的な分子であり、内部に蓄えている化学エネルギーが小さい物質です。そのため、化学反応によって、より多くの化学エネルギーを内部に蓄える必要がある酸素、水素イオン、および電子に変換するためには、外からエネルギーを加える必要があります。

      そこで、植物は、太陽光からのエネルギーを取り込み、そのエネルギーを利用して、水から酸素、水素イオンおよび電子を作っています。このうち、「酸素」は植物の外に出ていき、人間を含む動物はその酸素を吸って生命活動を維持しています。

      残る「水素イオン」と「電子」は、光合成の過程で、植物の体内でエネルギーを運ぶ「ATP(アデノシン三リン酸)」や、電子を運ぶ「NADP(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)」という物質を作るために使われます。

      ATPは、生物体内で生命活動に利用されるとADP(アデノシン二リン酸)という物質になりますが、生物体内で蓄えられているATPは少量であるため、生命活動を維持するためには、光合成などで取り込んだエネルギーを利用し、ADPからATPを再合成する必要があります。
      このようなATPとADPの循環と働きは、生命活動に必要なエネルギーを運ぶ役割を担っています。

      一方、NADPは脱水素酵素の補酵素として機能する有機化合物です。植物の光合成における主な役割は電子の伝達で、酸化型(NADP+)と還元型(NADPH)の2つの状態を循環します。
      また、NADP+が2個の水素イオン(H+)で還元される際、1個の電子(e-)のみをNADP+に渡して、1個の水素イオン(H+)が遊離されるため、暗反応に必要なNADPH2+が生成されます。

      NADP+ + 2H++2e- ⇆ NADPH + H+ = NADPH2+

      このようにして、光合成の明反応では、水を酸化して酸素にするとともに、二酸化炭素の還元に必要なNADPH2+とATPが作り出されます。

      明反応において生成したATPとNADPH2+を用いて、二酸化炭素(CO2)から糖(GAP:グリセルアルデヒド-3-リン酸)を合成する過程は、明反応に対して「暗反応」と呼ばれます。
      化学反応式では以下のように表されます。

      3CO2 + 9ATP + 6NADPH2+→ GAP + 9ADP + 8Pi + 6NADP+
      (GAP:グリセルアルデヒド-3-リン酸、Pi:リン酸)

      グリセルアルデヒド-3-リン酸(GAP)からショ糖、デンプン、セルロース、脂肪酸、アミノ酸などが合成されます。

      1-2. 人工光合成の研究が始まった理由

      ここまで「植物の光合成」について説明してきましたが、本稿で紹介する「人工光合成」は、植物の光合成の「明反応」を人工的に再現しようという試みです。

      植物の明反応は、以下の化学反応式で表すことができます。

      2H2O → O2 + 4H+ + 4e-
      (H2O:水、O2:酸素、H+:水素イオン、e-:電子)

      一方、人工光合成は「水素イオンと電子」ではなく「気体の水素」を生成します。

      2H2O → O2 + 2H2
      (H2O:水、O2:酸素、H2:水素)

      この反応は、十分な電圧をかけて水を電気分解することでも進むことが知られています。

      1967年、二酸化チタンという半導体に光を当てると、十分な電圧がなくても上記の反応が進むということを化学者の藤嶋昭氏が大学院生のときに発見し、「本多―藤嶋効果」と呼ばれるようになりました。

      この「光を使って水から水素を作ることができる物質(光触媒)」の発見が引き金となり、世界中でこの分野の研究が始まります。

      この反応自体は、太陽光には少ししか含まれていない「紫外線」の吸収によるもので、人工光合成の実用化には障壁がありました。
      しかし、その後の研究で、太陽光をより効率よく水素と酸素に変換する光触媒の開発が進んでいます。

      2. 人工光合成に期待される役割

      ここまで見てきたように、人工光合成の直接の目的は「太陽のエネルギーを水素ガス(H2)に変換する」ことです。
      太陽光から水素ガスを製造できることで私たちにとってどんなメリットがあるか、代表的なものを見ていきましょう。

      2-1. 二次エネルギーとしての水素

      石油、石炭などのエネルギー資源が自然の形態にあるエネルギーを「一次エネルギー」といい、そこから輸送、貯蔵、最終利用に適した形態に変換したものを「二次エネルギー」といいます。
      水素は、日本にとって将来有望な二次エネルギーのひとつとして期待されています。

      日本は一次エネルギーの90%以上を海外から輸入する化石燃料に頼っています。水素は石油や天然ガスなどの化石燃料だけでなく、メタノールやエタノール、下水汚泥、廃プラスチック、さらには再生可能エネルギーなど、さまざまな資源から造ることができます。

      そのため、水素のエネルギーを利用する社会は、エネルギー調達先の多角化やエネルギー自給率の向上につながるのです。現在、基礎研究の段階にある人工光合成も、その一環として期待されています。

      また、水素には、化石資源と比較すると「使用時に二酸化炭素が発生しない」という特徴があります。

      現在、日本から排出される温室効果ガスの80%以上がエネルギー起源の二酸化炭素で、温室効果ガスの増加は、さまざまな気候変動に影響することがあると考えられています。

      化石燃料から水素を造る際、二酸化炭素が排出されることがありますが、CO2の地中貯蔵技術と組み合わせることで大気中への排出を抑えることができます。
      さらに、生ゴミや植物などのバイオマス燃料や、太陽光などの再生可能エネルギーを原料にして水素を造ることも可能です。

      日本は水素エネルギーに関する高い技術を持っており、現在、国内で実用化されている利用技術には水素を燃料にした燃料電池自動車や、電力と熱を供給できる家庭用燃料電池「エネファーム」などがあり、実社会への導入が進んでいます。

      (画像出典:資源エネルギー庁『水素エネルギー利活用の3つの視点』)
      (画像出典:資源エネルギー庁『水素エネルギー利活用の3つの視点』)

      2-2. 化学原料としての水素

      水素は化石資源に頼らない化学工業プロセスの基幹原料としても期待されています。

      たとえば、化学肥料の原料などに用いられるアンモニアは、水素と空気中の窒素から造られます。
      また、プラスチックをはじめさまざまな化学製品の原料となるオレフィンは、通常石油から精製されますが、水素と二酸化炭素を原料にして造ることも可能です。

      石油は枯渇資源と考えられていますから、石油原料を人工的に造ることができると、世界の工業は大きく変わることが予想されます。

      (画像出典:資源エネルギー庁『人工光合成によるオレフィンの製造プロセス」)
      (画像出典:資源エネルギー庁『人工光合成によるオレフィンの製造プロセス』)

      3. 「半導体」を利用した人工光合成

      人工光合成はまだまだ基礎研究の段階にあり、光合成を行う植物や微生物を遺伝子工学で改変するアプローチや、植物に倣って色素分子を利用したアプローチなど、さまざまな研究が進んでいます。
      ここでは、「半導体を使った人工光合成」を例に、人工光合成の基本的なしくみを解説します。

      3-1. そもそも「半導体」とは何か

      「半導体」という言葉は、日常では「コンピュータの部品のひとつ」を指すことが多いので、「半導体による人工光合成」と聞くと違和感があるかもしれません。
      そこで、人工光合成の話をする前に、まずは「半導体」について解説します。

      もともと「半導体」は部品や物質の名称ではなく、電気を通すかどうかという物性(物質の性質)の名称です。

      金属のように電気を通す物質を「導体」、ゴムのように電気を通さない物質を「絶縁体」と呼ぶのを聞いたことがあるかもしれません。この「電気の通りやすさ」のことを「電気伝導率」といい、「半導体」とは、一般に金属よりも電気伝導率が低く、温度などの環境によって電気伝導率が著しく変化する物質を意味します。

      3-2. 半導体で光を捉え、助触媒で水素を造る

      半導体を人工光合成の光触媒として利用できるのは、半導体が光を吸収して電子のエネルギー状態を上げることができるからです。

      半導体の中には電子がとれるエネルギーの位置が複数存在するため、半導体の電気伝導率が変動します。半導体の中で電子のとれるエネルギーは、エネルギーの位置が低く電子がつまっていて動きにくい「価電子帯」と、エネルギーが高く電子が動きやすい「伝導帯」の2種類があります。

      温度などの条件により電子のエネルギーが上がり「伝導帯」にある電子が増えると、電気が通りやすくなります。この状態を「電子が励起した」といいます。
      また、この「価電子帯」と「伝導帯」のエネルギーの差を「バンドギャップ」といいます。半導体がバンドギャップより大きいエネルギーを持った光を吸収することでも「価電子帯」にあった電子のエネルギーは「伝導帯」まで上がり、励起することができます。

      ここで、この半導体が水の中にあったとしましょう。光によって励起状態に上がった電子のエネルギーで周囲の水を分解し、水素と酸素を生成するのが「人工光合成」のしくみです。

      従って、励起状態の電子とそうでない電子のエネルギーの差、すなわちバンドギャップは、水を水素と酸素に変える化学エネルギーよりも大きい必要があります。

      この化学エネルギーを電圧で表わすと、水の電気分解により水素と酸素を生成する際に必ず必要な電圧1.23Vと等しくなります。

      また、一粒の光の粒子(光子、フォトン)の持つ光のエネルギーEの大きさは以下の式で表すことができます。hは定数、ν(ニュー)は光の振動数で、波長の逆数に比例します。

      E=hν

      光の色は波長によって決まるので、一粒の光が持つエネルギーは、色(波長)によって決まり、波長が短いほどエネルギーが大きくなります。

      水の電気分解により水素と酸素を生成するときに必ず必要な電圧1.23Vは、波長が約1,000nmの光の持つエネルギーに相当します。そのため、人工光合成に用いる半導体は「1,000nmよりも短い波長の光を効率よく吸収する」必要があるのです。

      半導体を利用した人工光合成の課題は、太陽光の吸収だけではありません。せっかく光を吸収して電子が励起しても、時間が経つと元のエネルギーに戻ってしまいます。そのため、励起した電子が元に戻る前に、水から水素と酸素を生成する必要があります。

      たとえば、半導体の表面に白金のような物質をつけることで、水から水素を生成する反応を速く進めることができます。このような触媒の働きを助ける物質「助触媒」を用いて水素と酸素の生成を促すのです。

      半導体を用いた人工光合成では、「どのような半導体で太陽光を効率よく吸収するか」という課題と「どのような助触媒で反応を促進するか」という課題があり、今日に至るまでさまざまな光触媒が開発されています。

      4. まとめ

      • 人工光合成とは、太陽光から直接水素を造り、石油製品の原料の製造までを可能にする技術のこと。
      • 人工光合成の仕組みは、光のエネルギーを使って水を酸素と水素イオン、電子に変換する、植物の光合成の「明反応」を利用している。
      • 人工光合成で生産される水素は、資源輸入国である日本では二次エネルギーとして、また、化石資源に頼らない化学プロセスの基点として期待されている。
      • 実用化半導体を利用した手法や生物を利用した方法など、人工光合成の実用化に向けて、太陽光を効率良く水素に変換する研究が進んでいる。

      参考文献

      日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
      必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

        Share

      このオウンドメディアは、NTT宇宙環境エネルギー研究所がサポートしています。
      宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け多様な人材を募集しています。

      NTT宇宙環境エネルギー研究所採用情報へ

      NTT宇宙環境エネルギー研究所の研究内容を見る