ブルーカーボンとは? 吸収の仕組みや量、温室効果ガス対策との関係
ブルーカーボンとは、海洋生物の作用によって、大気中から海中へ吸収された二酸化炭素由来の炭素のことです。国連環境計画(UNEP)が2009年に発行した報告書『Blue Carbon』ではじめて定義されました。
陸域生物により吸収される二酸化炭素由来の炭素「グリーンカーボン」とならんで、二酸化炭素除去技術としての活用にも期待が高まりつつあります。
この記事では、ブルーカーボンの意味や効果、二酸化炭素吸収の仕組みや量、および温室効果ガス対策との関係について詳しく解説していきます。
(公開日:2021/06/23 更新日:2023/11/15)


1. ブルーカーボンとは?
ブルーカーボンとは、海洋生物の作用により、大気中から海中へ吸収された二酸化炭素由来の炭素のことです。国連環境計画(UNEP)が2009年に発行した報告書『Blue Carbon』のなかではじめて定義されました。
それまでは、海洋・陸域を問わず、生物により吸収・貯留される炭素はすべて「グリーンカーボン」と呼ばれていました。しかし、『Blue Carbon』の発行以降、陸域生物により吸収・貯留される炭素を「グリーンカーボン」、海洋生物により吸収・貯留される炭素を「ブルーカーボン」と呼び分けるようになっています。
生物による二酸化炭素の吸収というと、多くの人はうっそうとした森林など、陸域の生物を思い浮かべることでしょう。しかし、実は海洋でも、陸域と同じように二酸化炭素が生物により吸収されています。最大の吸収源は沿岸浅海域(えんがんせんかいいき)に広がるマングローブ林や塩性湿地、海草藻場(うみくさもば)で、ここで光合成により吸収された二酸化炭素は、有機炭素として生物の体内を経て、海底に長期にわたって貯留されます。
この沿岸浅海域のブルーカーボン生態系は、近年急速に消失しています。そのために、ブルーカーボン生態系の保全および拡大が、温室効果ガス増加対策の重要な課題として注目を集めることとなっています。
2. ブルーカーボン生態系の現状
ブルーカーボン生態系が二酸化炭素を吸収・貯留し、温室効果ガス増加の緩和に貢献しているにもかかわらず、消失の危機に瀕している現状をここでは見ていきましょう。
2-1. ブルーカーボンの二酸化炭素吸収の仕組み
地球上では、大気中や海水・河川に溶けている二酸化炭素、生物体内や土壌中の有機物、あるいは化石燃料など、炭素がさまざまに形を変えながら循環しています。
下の図は、二酸化炭素の循環の概略を示したものです。

大気中の二酸化炭素は、陸域でグリーンカーボンとして、海洋でブルーカーボンとして生物により吸収されます。
ブルーカーボンの吸収源として最大なのは、マングローブ林や塩性湿地、海草藻場などの沿岸浅海域の生態系です。沿岸浅海域とは太陽の光がとどく、水深数十メートル程度までの海域のことをさします。この沿岸浅海域のブルーカーボン生態系は、面積は海洋全体のわずか0.5%以下に過ぎないにもかかわらず、貯留する炭素の量は、海洋全体が年間に貯留する量の8割近くにも上ります。
沿岸浅海域での大気中からの二酸化炭素吸収量は、これまでの測定例が少ないため未知の部分が多く残され、近年盛んに測定や研究が続けられているところです。
2-2. ブルーカーボンは長期にわたって貯留される
ブルーカーボンの重要な特徴として、二酸化炭素吸収量の大きさだけでなく、場合によっては数千年という長期にわたり、海底に貯留されることが挙げられます。
海洋植物の光合成によって有機物として取り込まれた炭素の一部は、植物自身、あるいはほかの生物・バクテリアなどの消費・分解により無機化され、海面から二酸化炭素としてふたたび大気中に放出されます。しかし、海底に沈殿した有機炭素は、長期にわたって貯留されることになります。なぜならば、海底の泥場は無酸素であるために、バクテリアによる分解が抑制されるからです。
陸域の土壌の場合は空気中の酸素に触れるため、有機炭素は数十年単位で分解が進行します。それに対して海底泥内の有機炭素は、数千年もの時間をかけて徐々に分解が進行することになります。
2-3. ブルーカーボン生態系は急速に消失している
以上のように、多くの二酸化炭素を吸収し、さらに数千年の長期にわたって有機炭素として貯留するブルーカーボン生態系は、温室効果ガスの増加を緩和する上で重要な役割を果たしています。しかし、ブルーカーボン生態系は、近年急速に消失しているのです。
『Blue Carbon』によれば、消失率は熱帯雨林の4倍以上に達すると試算され、年間で平均して約2%~7%もの割合で減少を続けています。この消失率は半世紀前の約7倍となっており、減少を食い止める対策を講じなかった場合には、ブルーカーボン生態系のほとんどは今後20年のうちに失われてしまうとされています。
このことは日本においても例外ではありません。湿地の面積は大正時代から1999年までの間に半分以下となっています。また、瀬戸内海の海草藻場は沿岸開発や水質悪化などにより、1960年~1991年の間に1万6,000haが消失しました。
このような現状に危機感を抱いたUNEPが『Blue Carbon』を発行し、その重要性を訴えたことがきっかけとなり、ブルーカーボン生態系に対する注目度が近年になって急速に高まっています。
3. ブルーカーボン生態系が二酸化炭素を吸収・貯留する仕組み
ブルーカーボン生態系が二酸化炭素を吸収し、海底に貯留する仕組みがどのようになっているかを見てみましょう。
3-1. ブルーカーボン生態系の種類
『Blue Carbon』では、ブルーカーボン生態系としてマングローブ林、塩性湿地、および海草藻場の3つを挙げています。それぞれの特徴は以下のとおりです。
【マングローブ林】

マングローブ林とは、熱帯や亜熱帯の沿岸域で、潮汐の影響により海水が侵入するような場所にみられる森林です。インドネシアやマレーシア、ミャンマーなどに多くあり、日本でも鹿児島や沖縄などにあります。草体が大気中に出ているため、大気中の二酸化炭素を直接吸収します。
【塩性湿地】

塩性湿地は、海岸部や潟などの、やはり潮汐の影響により海水が侵入する場所のことで、日本ではアツケシソウやハママツナ、ハマサジなどの植物が群生します。上述のマングローブ林は、熱帯・亜熱帯における塩性湿地の一種です。
【海草藻場】
海草藻場には、海草(うみくさ)類と海藻(かいそう)類の2種類があります。
海草類

海草類の藻場は、日本では「アマモ」が主要種で、アマモの藻場「アマモ場」は北海道から九州まで広く分布しています。アマモをはじめとする海草は、進化の過程で陸域から海洋へ回帰した被子植物です。海中で花を咲かせ、できた種子で繁殖するとともに、海底に根と地下茎を張りめぐらせ、株を増やすことで分布を広げます。
海藻類

日本における海藻類の藻場は「ガラモ場」「コンブ場」「アラメ場」が主要です。岩盤などの固くて安定した基質の上に定着します。海底が岩盤で泥がないため、以前は海藻類の藻場自体には炭素を貯留する機能はないと考えられていましたが、近年では、藻場の外への流送(堆積や深海輸送、溶存態難分解貯留)により、海藻藻場も炭素貯留が可能と考えられるようになっています。
3-2. 大気中の二酸化炭素を吸収・貯留する仕組み
沿岸浅海域の生態系が大気中の二酸化炭素を吸収し、ブルーカーボンが生成される仕組みは下の図のようになります。

まず、藻場が減らした海中の二酸化炭素の分だけ、大気中の二酸化炭素が海中へ吸収されます。海中に溶けた二酸化炭素は、以下の4つの貯留庫に貯留されます。
- ① 藻場内への堆積貯留
藻場のなかの堆積物中に、枯死した藻に含まれる有機炭素の一部が溜まる - ② 難分解貯留
大陸棚に流された枯死した藻などに含まれる難分解性の炭素が、堆積物中に溜まる - ③ 深海貯留
流れ藻になり、沖に流されていったものが、深海まで到達して溜まる - ④ 難分解性溶存態有機炭素による貯留
藻の成長過程で海中に放出された、分解されにくく、水に溶けた状態で存在する有機炭素(難分解性溶存態有機炭素)が溜まる
前述のとおり海底の泥内は無酸素状態となるため、海底に堆積した有機炭素は、数千年の時間スケールで貯留されることとなります。
4. ネガティブエミッション技術
ブルーカーボンはネガティブエミッション技術として評価されるようにもなっています。ここではネガティブエミッション技術の概要を見ていきましょう。
4-1. ネガティブエミッション技術とは
ネガティブエミッション技術とは、大気中の二酸化炭素を除去し、貯留する技術のことです。
2015年にパリで開催された「国連気候変動枠組条約締約国会議(通称COP)」で合意され、2016年11月4日に発効された「パリ協定」では、「世界の平均気温上昇を産業革命以前とくらべて2℃より十分低く保つ努力をする」という「2℃目標」が掲げられています。ところが、2℃目標を達成するために必要と見込まれる温室効果ガス削減量には、パリ協定の批准各国すべてが削減目標を達成したとしても届きません。
そこで、温室効果ガスの主要なものである二酸化炭素を、単に排出を減らすだけでなく、大気中から積極的に除去し、貯留していくネガティブエミッション技術の必要性が高まっているというわけです。
4-2. ネガティブエミッション技術の2つの方法論
ネガティブエミッション技術には、大きく分けて以下の2つの方法論があります。
(1)自然界における二酸化炭素吸収を増大させる
(2)化学工学的技術によって大気中から二酸化炭素を除去する
ブルーカーボンは、このうち(1)としての活用が期待されています。藻場や湿地などの保全・拡大により、それらによる二酸化炭素の吸収・貯留量の増加が見込めるからです。
5. ブルーカーボンに関する国内での取り組み
ブルーカーボン生態系をネガティブエミッション技術として活用するための取り組みは、国内でも進んでいます。
そのなかから、ここでは国土交通省を中心とした省庁横断での取り組み、および農林水産省(水産庁)を中心とした取り組みについてご紹介します。
5-1. 国土交通省を中心とした取り組み
国土交通省では、港湾のブルーカーボン生態系を二酸化炭素吸収源として拡大していくことをめざし、官民が連携した省庁横断の取り組みを以下のように積極的に進めています。
(1)「ブルーカーボン研究会」の支援
国土交通省は、民間が中心となりオブザーバーとして国土交通省・水産庁・環境省が参加する「ブルーカーボン研究会」を2017年から支援しています。
(2)政府主体の検討会の設置
2019年には、政府が主体となり、国土交通省港湾局が事務局を務める「地球温暖化防止に貢献するブルーカーボンの役割に関する検討会」を設置しています。この検討会からは、ブルーカーボンについての一般向けパンフレットも製作されています。

(3)技術研究組合の設立
2020年にはブルーカーボンについての研究を行う「ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)」が設立され、国土交通省が認可しました。JBEでは、藻場・干潟などの保全活動により創出された二酸化炭素吸収量について、第三者委員会による認証を経て企業とクレジット取引を行う「ブルーカーボン・オフセット制度」を試行しています。
(4)ブルーインフラ拡大プロジェクト
国土交通省は藻場や干潟、および生物共生型港湾建造物を「ブルーインフラ」と命名し、それを市民や企業の協力を得ながら全国の海へ拡大する「命を育むみなとのブルーインフラ拡大プロジェクト」を2022年よりスタートしました。
5-2. 農林水産省(水産庁)を中心とした取り組み
農林水産省(水産庁)でも、脱炭素化社会に向けた革新的技術の開発目標として、藻場・干潟などのブルーカーボン生態系による炭素固定技術などの開発を掲げています。

6. まとめ
- ブルーカーボンとは、海洋生物の作用により、大気中から海中へ吸収された二酸化炭素由来の炭素のこと。
- マングローブ林や塩性湿地、海草藻場などのブルーカーボン生態系は、海中の二酸化炭素を吸収し、海底に有機炭素として貯留する。
- 温室効果ガスの増加を緩和する上で、国連環境計画(UNEP)がブルーカーボンの保全・拡大の重要性を提唱したことによりブルーカーボンが注目されるようになった。
- ブルーカーボンは、数千年の長期にわたって貯留される。温室効果ガス増加の緩和に効果が期待できるにも関わらず、近年急速に消失している。
- ブルーカーボンのネガティブエミッション技術への活用の取り組みは、日本でも官民が連携し、省庁が横断しながらスタートしている。
参考文献
- 一般社団法人 全国水産技術協会『「ブルーカーボンとカーボンクレジット-課題と展望」開催報告』
- 国土交通省『ブルーカーボン活用によるCO2吸収源対策の検討を支援』
- 国土交通省『ブルーカーボンとは』
- 国土交通省『ジャパンブルーエコノミー(JBE)技術研究組合の認可について』
- 国土交通省『脱炭素社会の実現に向けたブルーカーボン・オフセット制度の試行について』
- 国土交通省『「命を育むみなとのブルーインフラ拡大プロジェクト」を進めます』
- 国際環境経済研究所『ブルーカーボンとは』
- 国立研究開発法人 港湾空港技術研究所『ブルーカーボン ―沿岸生態系の炭素隔離機能―』
- 国立研究開発法人 国立環境研究所『生物多様性を育むマングローブ林の現実』
- 国立研究開発法人 国立環境研究所『ネガティブ・エミッションの達成にむけた全球炭素管理』
- 国立研究開発法人 国立環境研究所 地球環境研究センター『ネガティブエミッション技術』
- 国立研究開発法人 水産研究・教育機構 水産資源研究所『ブルーカーボン生態系に基づく新たな水産業の展開』
- 資源エネルギー庁『今さら聞けない「パリ協定」 ~何が決まったのか?私たちは何をすべきか?~』
- 地人書館『ブルーカーボン』堀正和・桑江朝比呂 編著
- 日本海岸林学会『塩湿地』
- 農林水産省『ブルーカーボンとしての藻場の評価に関する最新の国内動向』
日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。