更新日:2021/06/14

    体内リズムの可視化をめざしたウェアラブル深部体温センサ技術NTT物性科学基礎研究所

    体内リズムの可視化をめざしたウェアラブル深部体温センサ技術

    • 体内リズム
    • 深部体温
    • 非侵襲

    深部体温は医療現場でも用いられる重要なバイタルサインですが、近年、体内リズムを反映する指標としても注目されています。深部体温は体の核心部の温度であるため、測定を精確に行うためには体腔内にセンサを挿入する必要があり、負担が大きいことが課題です。NTT物性科学基礎研究所では、熱の流れに着目し、体にセンサを貼るだけで深部体温を測定可能とする技術の研究を行っており、本稿では現在の研究の進捗状況について紹介します。

    松永 大地(まつなが だいち)/田中 雄次郎(たなか ゆうじろう)
    田島 卓郎(たじま たくろう)/瀬山 倫子(せやま みちこ)
    NTT物性科学基礎研究所

    深部体温測定が実現する高度な健康管理

    深部体温は、図1(a)に示すように脳や臓器など体の核心部の温度を指し、これらの働きを守るため外の環境の影響を受けにくく、全身でもっとも高い温度に保たれています。深部体温は熱中症や感染症などの炎症反応の結果として上昇し、低体温治療や低体温症などの発症で下降するため、医療分野では重要なバイタルサインとして利用されています。一方で、深部体温は平熱の範囲内でも約1日周期に1℃程度の小さな変動があります。この深部体温の変動は、体内リズムと連動していることが知られています(1)。ヒトの体内リズムは睡眠や運動の質、疾患の発症等、私たちの体の状態と密接に関連していることが近年の研究から明らかとなっています。人々の生活習慣が多様化する現代社会においては、体内リズムと就寝・起床時刻をはじめとした生活時間との間でずれが生じやすく、それがさまざまな社会問題となっている疾患と関連することが知られてきています。
    個人の体内リズムを把握するために、血液を採取してホルモン成分などの時間変化を調べる方法が確立されていますが、それ以外では深部体温の測定が有効な方法です。図1(b)に示すように、体内リズムと生活時間にずれがない場合、深部体温は睡眠の数時間前から下降し始め、睡眠後半からは上昇に転じます。しかし、不規則な生活などで体内リズムと生活時間での睡眠・覚醒タイミングとのずれが生じている場合、睡眠の質が悪化します。このような状態はソーシャルジェットラグと呼ばれ、時差ボケのような状態になります。これが続くと、寝付きが悪い・眠りが浅い・朝起きるのがつらい・日中眠くなるといった睡眠障害につながり、心身の健康および社会的活動に悪影響を及ぼします(2)。一方で、体内リズムは、光照射をはじめとした外部刺激で改善されることも知られています。そこで、深部体温の測定が負担なく行え、自分自身の体内リズムを手軽に把握できるようになると、図1(c)に示すように、個人に応じたヘルスケアシステムが構築できます。その結果、体内リズムと関連した図1(d)に示す睡眠管理や、介護、労働管理などのさまざまな分野への貢献が期待されます。
    NTTでは、1日のうちで1℃程度のわずかな深部体温の変動を見逃さない、高い精度で、かつ体への負担が小さい深部体温センサデバイスの開発に取り組んできています。本稿では、まず深部体温の既存の測定方法を紹介し、NTTが取り組む非侵襲な深部体温の原理について述べ、現在の研究の進捗状況について紹介します。

    図1 深部体温とその活用方法

    既存の深部体温の測定法と課題

    深部体温の測定方法は、その侵襲性によって大きく2つに分類できます。1つは、体腔内に温度計を挿入して測定する方法です。舌下温度計は、呼吸や食事の影響を受けないよう口を閉じて保った状態を一定時間、維持することで深部体温が測定できます。鼓膜温度計は、耳穴へ挿入したセンサで鼓膜から放射される赤外線を計測して鼓膜温度を測定します。鼓膜温度は、近傍にある頸動脈の温度を反映することから、深部体温相当を測定することができます。手術中においては、厳格な深部体温の管理に向けて、センサを挿入して測定する直腸温度や、カテーテルを挿入して肺動脈温度の測定が実施されています。これらの測定法は侵襲的であるため、体温計自体は外部環境の影響を受けにくく、測定される温度には信頼性があります。一方で、体温計を体内に設置するため負担が大きく、衛生面で注意が必要にもなります。
    もう1つは、体の表面に接触させて測定する体温計です。衛生的ですが体温計自体が外部環境とも接触することから、測定面での制限が出てきます。腋窩体温計ではしっかり腕を閉じて5分程度測定することで、深部体温を反映した温度が測定できます(3)。しかし、その状態を長時間維持することは困難です。そこで、体に張り付け、外部環境に体温計が晒される状態にあっても、深部体温を推定する手法として、熱流補償法を用いたセンサが知られています。額部にセンサを張り付け、体内から表面への熱の流れ(熱流束)をキャンセルするように、センサ内のヒータで熱を加えることで深部体温を測定します。この熱流補償法のセンサは、生体の加熱を伴うため原理的に比較的大きな電力が必要です。また、利用の際の環境にも制限があり、手術中の深部体温の管理に用いられるものです。そこで、低電力で利用環境にも制限が少ない方法として、体の表面に張り付けて熱流束を測定し、加熱を伴わず深部体温を推定するセンサの技術が重要となります。しかし、熱流束を測定するセンサでは、風のような外部環境の変化や、人の発汗の状態の変化により測定誤差が生じやすい課題があります。そこでNTTでは、体の表面に貼るだけで負担が少なく、非侵襲的な測定方法で上記の課題の解決を図っています。

    非侵襲での深部体温測定とNTTセンサの特徴

    体の表面に貼るだけで、非侵襲で深部体温を測定する方法の概要を図2に示します。深部体温は、体の核心部にある深部体温領域から生体組織を経て皮膚温度として現れます。この皮膚温度は、深部体温と比較すると、通常の快適な環境下では、外気への熱の放散によって低くなっています。体の表面で測定した皮膚温度から深部体温へ換算するためには、体の中の深部体温が存在する領域から深部体温センサが貼り付けられている体の表面までの温度分布を求めます。つまり皮膚温度が深部体温からどれだけ冷えたかを算出し、深部体温の真の値を推定して測定します。この方法は、熱流束法と呼ばれます(4)。これまでの熱流束法を用いた深部体温センサ研究例では、図2(a)の従来構造の概略図とシミュレーション結果に示すように、風が全くないような実験環境下においては、深部体温を正確に推定することができます。
    一方で、実際の生活環境では無風ということはほとんどなく、対流が存在しています。体の表面に深部体温センサを設置すると、センサが被覆した部分の皮膚温度は、被覆されないセンサ周囲の皮膚温度と比べると高くなります。そのため図2(a)の矢印で示すように、熱がセンサ周辺に流出してしまう現象がおきます。この“熱損失”はセンシング部分で計測できない熱となるため、図2(a)のシミュレーションに示すように、深部体温の推定の誤差の原因となります。この“熱損失”について、あらかじめ熱流束センサで測定される熱流束と熱損失の比として事前に補正係数αを校正し、深部体温を推定する方法があります(5)。しかし、この補正係数αもまた対流状態の変化によって影響を受け、測定誤差が生じます。
    そこでNTTでは、補正係数αが対流状態の影響を受けにくいセンサ構造を考案しました(6)。その概要を図2(b)に示します。従来構造では、漏れた熱流束はセンサを介さずそのまま外気へと放散され、熱流束センサで測定される熱流束と漏れた熱流束の比である補正係数は対流状態に依存します。NTTのセンサ構造では、センサの周囲を熱が通りやすい高熱伝導材で覆うことで、漏れた熱流束は高熱伝導材を伝わり、熱流束センサで測定された熱流束と合流して外気へ放散します。これにより補正係数αは対流状態に依存せず、深部体温の推定誤差を低減することができます。この構造を熱損失抑制構造と呼んでいます。NTTでは熱損失抑制構造の形状を最適化し、熱損失自体も小さく抑えることで、センサの小型化と精度向上の両方を実現しています。この最適化したセンサを用いると、図2(b)のシミュレーション結果に示すように、エアコンの風よりも強い5 m/sの風が吹いた場合でも、深部体温の推定誤差を0.1 ℃以内に抑制できることになります。

    図2 深部体温センサの構造と推定誤差

    NTTの深部体温センサと測定結果の例

    最適化した熱損失抑制構造を有するセンサからなる深部体温センサを図3に示します。センサ部(白いプローブ)は直径30 mm、厚み5 mmで、ペットボトルの蓋の厚みを3分の1にしたものと同程度のサイズです。センサで測定された皮膚温度と熱流束は、ロガー部でデジタル変換され、Bluetoothで測定用アプリに転送、記録されます。
    この深部体温センサを用いて生体適用実験を行った測定結果の例を図4に示します。実験参加者の前額部にセンサを装着し、扇風機で風を当てる実験と、低強度の運動(自転車をこぐ)を行った実験を実施しました。どちらの場合でも、精度良く参照温度(市販の鼓膜センサの温度)へ追従することを確認しました。これらの結果から、エアコンなどで対流が存在する環境においても、高精度に深部体温を測定可能であることを実証しました。

    図3 NTTが研究開発を行う深部体温センサ
    図4 深部体温測定の例

    今後の展望

    本稿では、体の表面に貼るだけの非侵襲な深部体温計の実現に向け、熱流束を用いて深部体温を推定する技術について紹介しました。従来では困難であった、日常生活での高精度な深部体温測定が実現すると、健康管理システムへの応用や、時間薬理学といった新たな医療への応用が期待されます。さらに、深部体温の変動から体内リズムを可視化し、生活リズムとのずれを把握することができるようになると、スマートホーム等と連携した環境制御により、体内リズムを適切に保つアプリケーションの実装が期待されます。
    日常生活における長期間のモニタリングでは、装着性や連続計測等のユーザビリティや、データを収集・可視化するスマートフォンとの連携も重要です。今後はセンサとロガーを一体化したデバイスによる長期間の連続測定に向け、研究開発に取り組んでいきます。

    ■参考文献

    1. (1)A. Cagnacci, J.A. Elliott, and S.S.Yen: “Melatonin: a major regulator of the circadian rhythm of core temperature in humans,” Journal of Clin Endocrinol Metab, Vol. 75, No. 2, pp. 447-452, August 1992.
    2. (2)橋本・本間・本間:“睡眠と生体リズム,” 日薬理誌,Vol. 129, No. 6, pp. 400-403, 2007.
    3. (3)J.Y. Lefrant, L. Muller, J.E. Coussaye, M. Benbabaali, C. Lebris, N. Zeitoun, C. Mari, G. Saïssi, J. Ripart, and J.J. Eledjam: “Temperature measurement in intensive care patients: comparison of urinary bladder, oesophageal, rectal, axillary, and inguinal methods versus pulmonary artery core method,” Intensive Care Med, Vol. 29, No. 3, pp. 414-418, Feb. 2003.
    4. (4)K. Kitamura, X. Zhu, W. Chen, and T. Nemoto: “Development of a new method for the noninvasive measurement of deep body temperature without a heater,” Med. Eng. Phys., Vol. 32, No. 1, pp. 1-6, Jan. 2010.
    5. (5)J. Feng, C. Zhou, C. He, Y. Li, and X. Ye: “Development of an improved wearable device for core body temperature monitoring based on the dual heat flux principle,” Med. Eng. Phys., Vol. 38, No. 4, pp. 652-668, April 2017.
    6. (6)D. Matsunaga, Y. Tanaka, M. Seyama,and K. Nagashima: “Non-invasive and wearable thermometer for continuous monitoring of core body temperature under various convective conditions,” Proc. of EMBC, pp. 4377-4380, July 2020.
    (上段左から)松永 大地/田中 雄次郎(下段左から)田島 卓郎/瀬山 倫子
    (上段左から)松永 大地/田中 雄次郎
    (下段左から)田島 卓郎/瀬山 倫子

    今回紹介した非侵襲での深部体温測定以外にもさまざまな物理現象や生理現象に着目し、新たな生体センサの研究開発を進めています。これらのセンサを活用し、より高度な健康管理アプリケーションによる高付加価値なサービス創出をめざしていきます。

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