更新日:2021/06/14
※記事本文中の研究所名が、執筆・取材時の旧研究所名の場合がございます。
医療費削減などの社会課題に対して、生活習慣改善などによる健康増進が解決策の1つとなっています。本稿では、生活習慣改善をユースケースとしたその人らしさに合わせたアドバイス提示による行動変容支援技術について紹介します。
阿部 直人(あべ なおと)/佐藤 妙(さとう たえ)/有賀 玲子(あるが れいこ)
NTTサービスエボリューション研究所
医療費削減などの社会課題の解決に向け、生活習慣改善や社会環境整備、予防医療等による健康増進が求められています。また、長寿社会に突入し、人生100年といわれる時代において、マルチステージな人生設計が今後必要になるといわれており、仕事や人間関係においても多様性が求められると同時に、いかに健康で過ごせるかが重要となります。そのために、私たちは1人ひとりのその人らしさに合わせたプラスな心的変化をもたらす行動変容支援が重要と考えており、1人ひとりの持つ価値観や大事にしていることといったより深い部分まで理解し、その人に寄り添う行動変容支援技術をめざしています。行動変容支援技術は、日常利用可能な健康アドバイス提示システムへの導入やソーシャルサポートサービス*1などの支援システムへの導入が可能となるでしょう。
本稿では、これまでの取り組みと、新たに立上げたナラティヴ型行動変容支援技術について紹介します。
まず、これまでの取り組みである、健康アドバイス提示による生活改善のための行動変容研究について紹介します。現在、スマートフォンやスマートウォッチを介して、健康のための行動を促すアドバイスを通知するサービスが提供されています。例えば、強いストレス状態が続いたタイミングをとらえ、深呼吸を促すサービス(1)や、座った状態が続くと立ち上がって体を動かすようにメッセージを通知するサービス(2)があります。しかし、メッセージを受け取った本人においては、タイミングが合わない、内容が具体性に欠ける等、さまざまな理由で取り組む意欲が湧かない場合、運動等の行動を実施する可能性は低下します。そのため、メッセージを受け取り、行動を起こすためには、通知内容やタイミング・表現をその人に合わせることが重要であると考えられます。
そこで、食事や運動、休憩に関する具体的なアドバイスをオフィスワーカに提示する実験を実施しました。具体的にはスマートウォッチアプリからさまざまなメッセージを通知し、実際に実施したかどうかを実験期間中に記録し、実験終了後に各メッセージに関して実施率を算出しました(表1)。表1の結果から、簡単に実践できる内容であれば、実施率が高いことが分かりました。一方で、アドバイスを実施できなかった理由としてもっとも多かったのが、打合せ中にアドバイスが送られてきた等による「実施できる場面・環境がなかった」でした(図1)。この結果から、ユーザの生活パターンを事前に把握し、かつコンテキストに合わせた提示を行えば、その人に時間があるから試してみようという心的変化をもたらし、行動変容につながると考えられます。
また、メッセージの表現に関する検討も行いました。同じ行動をアドバイスするにしても、やってみようという心的変化をもたらす表現はどのような表現か、という問いを立て、メッセージを受け取ったときに健康行動への動機付けが行われるパターンとして、図2の4つの基準があると考えました。これらは、フェスティンガーによって提唱された認知的不協和という心理現象(3)と将来の健康に関する時間選好(4)、(5)に着目し、健康行動の心理的価値を高めるための介入メッセージパターンを考案したものです。実験では、ある基本メッセージに対し、4つの基準によって表現を変えたもの用意しました。対象の被験者は30~60歳代の過去に生活習慣病の治療のための指導歴がなく、体重を減らす意志があり、運動や食生活に関する行動変容ステージ(6)が維持期ではない人としました。さらに、被験者集団が性格特性(big5)*2、思考特性(時間選好)の観点でおおよそ均等になるようにスクリーニングを行い、162名を抽出しました。アンケート調査では、被験者に「自宅で半日程度の時間を持て余していて、目的なくTVを見ている。また、体調にも問題はなく、30分程度の運動(その準備時間も含む)であればその後の予定があったとしても影響はない」という場面を想定してもらい、「あなたは、[介入メッセージ]と伝えられたとき、あなたが行いやすいと答えた運動について、実施してみようと思いますか?」と質問し、6件法(1点:全くそう思わない~6点:非常にそう思う)で回答を得ました。点数の高いメッセージを調べたところ、将来健康価値向上に関するメッセージの点数が高いことが分かりました(表2)。
このように、推奨行動に関するメッセージについて内容やタイミング、表現を変えることで、受け取った人への影響度合いが変わり、行動変容につながる可能性があると考えられます。
前述の取り組みは、ユーザが行動できそうな場面で「できそうだ」「やってみよう」という気持ちを引き出して行動に移すため行動変容支援、すなわちナッジ(直訳では「肘をつつく」であり、そっと背中を押すアーキテクチャ)(7)に基づく行動変容支援と呼べます。一方、冒頭で述べた「1人ひとりの持つ価値観や大事にしていることといったより深い部分まで理解して寄り添う行動変容支援」を確立するためには、これまでの行動変容支援に加えて、1人ひとりをより深く理解することが重要になります。そこで、私たちは、医療や福祉で実践されているナラティヴに着目しました。ナラティヴとはその人の「語り」であり、ある出来事をその人の視点でとらえた語りです。その語りの中にはその人の出来事への解釈が含まれ、その人が大事にしていること、嫌なこと等が見出せると考えられます。また、その人が語っている間の表情や身振りといった非言語的な情報も、その人の感情や価値観の強弱を反映していると考えられます。以上のことから、1人ひとりから「語り」を引き出し、引き出された「語り」について、言語情報、非言語情報を総合してとらえ、それらの情報からその人らしさを理解し、行動変容支援に活かそうと考えています。私たちは、このようなアプローチからもたらされる行動変容支援をナラティヴ型行動変容支援技術と呼んでいます。
現在、保健指導における保健師とクライアントの間での面談において、クライアントの語りをナラティヴとしてとらえ、行動変容支援に役立つその人らしさを抽出できるか試みています。具体的には、クライアントの行動変容をうまく引き出すことに長けた保健師の面談の中で、保健師がどのように語りを引き出していくのか、また、健診・問診データや面談中のクライアントからの回答(語り)の内容・表情等に対してどのような着眼点によりクライアントをとらえているか、とらえたクライアントの特徴を踏まえてどのようなアドバイスを提示するのか、について仮説を立て検証を進めています。今後の予定として、整理した着眼点を保健師とともに精密化し、オンラインも含めた保健指導の中でその人らしさをとらえたアドバイス提示により、行動変容を引き起こすことやソーシャルサポートへの適用が可能か検証する予定です。
行動変容やナラティヴ・アプローチ等に興味、関心があれば是非ご意見をお寄せください。長寿社会における人のWellbeingへの貢献に向けて研究に邁進します。