リモートワークが浸透し多様なワークスタイルが広がったが、そうした仕事や生活を支えるのはスマホやPCをはじめとしたデジタルツールやそれらをつなぐネットワークだ。しかし、デジタル社会の進展に伴い消費電力量は拡大を続け、カーボンニュートラルの実現に悪影響を与えている。
日常に欠かせないスマホやPCなどのネットワーク通信によって、あらゆる膨大な情報が流れ込み、それらは日々拡大を続けている。
経済産業省の調査では2006年比で25年までにインターネットの情報流通量は190倍になるとされる。さらに、それと同時にIT機器の電力消費量も25年までに5倍、50年には12倍になると推定されている。
社会基盤を支えるデジタル環境が進展することで、確実に社会的課題として浮上しつつあるのが消費電力の増大だ。情報量の拡大はネットワークの負荷を高めると同時に、エネルギー消費にも大きな懸念を生むだろう。
この問題は、カーボンニュートラルが提唱される中で、ITサービスを提供する企業にとっても大きな課題となっている。そうした中で積極的に対応する姿勢を示したのが日本最大の通信インフラ事業を担うNTTだ。NTT研究企画部門の八木美典氏は、次のように語る。
NTT 研究企画部門 R&D推進担当兼環境エネルギー推進室担当課長 八木 美典氏
「リモートワークが浸透する以前から、データ量の増大によって消費電力が増えることは予想されていました。それは同時にCO2の増加につながるものです。今、いかに事業活動をしながらCO2削減につなげていくのか。環境負荷を低減していく試みを積極的に推進しているところです」
実際、日本最大の通信インフラを支えるNTTグループの年間電力消費量は日本全体の1%(※1)にも及ぶ。皆が日頃利用している通信インフラを維持、向上するために、それだけ膨大な電力量が費やされている。これを受け止め、NTTグループ全体でカーボンニュートラルの実現に向けて大きく貢献することを自らの責務としている。
2021年、NTTグループでは新環境エネルギービジョン「NTT Green Innovation toward 2040-環境負荷ゼロと経済成長の同時実現-」を掲げた。新たな具体目標として「環境課題の解決」と「経済成長」の両立を目指すものだと八木氏は説明する。
「私たちはインフラを担う企業として、CO2削減への取り組みだけでなく、その先のさらなる経済成長を見据えています。いわば、一見矛盾するように見える環境課題の解決と、経済成長を同時に進めたいんです。二律背反する概念をつなげることを英語でパラコンシステントと言いますが、文字どおり『パラコンシステント・ワールド』を目指すためのビジョンを推し進めています」
パラコンシステントな課題の解決にはNTT独自の技術を活用する必要がある
同ビジョンは主に30年までに温室効果ガス排出量を80%削減(13年度比)、40年までにカーボンニュートラルを実現することが目標。実現に、2つの方策を掲げている。1つが再生可能エネルギー利用を拡大すること、そして、もう1つが「IOWN(アイオン)」導入によって電力消費量を削減するというものだ。
大企業をはじめとして活用が進む再生可能エネルギーはわかるとしても、「IOWN」とはいったい何か。
IOWNは「Innovative Optical and Wireless Network」の頭文字を取った構想の名称。26年までの商用導入を目指し、研究開発を進めている情報処理の仕組みだ。これまでのインフラの限界を超え、革新的技術を活用し、高速大容量通信や膨大な計算リソースなどを提供可能にする。
これはNTTが、イノベーションによって生み出した世界初(※2)の最新鋭技術「光トランジスタ」と呼ばれるものがあるからこそ実現できる構想だ。光技術による「伝送」と電子技術による「処理」を融合したもので、将来的にはネットワーク・コンピューティング・端末に至るまで光を活用し、電力消費量を100分の1に削減するとともに、これまでの125倍の大容量の情報を遅延なく処理することが可能になる。
このIOWN構想によって、通信ネットワークで増加する情報流通量に対応しながら、劇的に消費電力を抑制・削減し、情報処理能力を拡大する想定だ。
2040年までには、IOWNの取り組みにより45%のCO2排出量を削減できる見通し
このIOWN構想の実現は脱炭素社会を実現するだけでなく、ビジネスのイノベーションにも貢献できると八木氏は語る。
「夢物語のように聞こえるかもしれませんが、理論上"充電を意識せずに使い続けられるスマホ"も将来的には不可能ではありません。
IOWN構想による超低消費電力が実現されたチップを搭載し、また世界中で研究開発が進む無線給電に加えることで、どんな場所でもエネルギーの消費と供給のバランスを保ち、使い続けられるのです。
私たちは今、そうした未来のユースケースをイメージしながら、研究を進めているんです」
IOWN構想は、現状のICT技術を変革すると同時に、その限界を超えた新たな情報通信基盤の実現を目指しアナログから発展してきた"デジタルをナチュラルへ"変革するものだという。
「現在のデジタル技術は人間に少なからずストレスを与えています。例えば、家族でお出かけをするにしても、目的地の気候や電車の経路・乗車時間を調べたり、おすすめのレストランを探したりしますよね。
スマホでそれらを調べようとした場合、それに見合った知識・技術・リテラシーが必要とされてしまうんです。こうしたストレスすら感じることなく、技術を自然に享受できる心地いい状態を"ナチュラル"と捉えています。
あらゆる科学の知見を基に、私たちはデジタルからナチュラルを追求していきたいと考えているんです」(八木氏)
IOWN構想の実現は、このほかにも将来的に、センサーデータをリアルタイム分析し、未来を予測することで信号のない道路を実現したり、スポーツ中継などの大容量の映像を遅延なく伝送し、遠隔地での臨場感のある観戦や応援を可能にしたりする。また、ヘルスケア領域においても体温や血圧、心拍数などのバイオデータを活用して、いつ頃、どんな病気にかかりやすいのか、高度な未来予測もできるようになるだろう。
「私たちはこれから、IOWN構想で人とエネルギーのよりよい関係をつくりだし、カーボンニュートラルを実現していきます。また、スマート社会の実現に向けた研究開発にも注力していきたいと考えています」
IOWN構想で新たな可能性を追求するNTTグループ。今後も同社は世界トップクラスの研究開発力を駆使しながら、これからのデジタル社会の進化に貢献していくだろう。
※1 2020年度電力消費量:NTTグループ電力使用量:82.8億kWh (NTTグループでの使用分および、ほかの通信事業者やデータセンター事業者の使用分を含む購入電力量)[NTTグループ サステナビリティレポート2021より]/国内需要電力量:8638億kWh [資源エネルギー庁 電力調査統計データより]
※2 世界初の最新鋭技術...同社調べ(https://group.ntt/jp/newsrelease/2019/04/16/190416a.html)
※本記事は、東洋経済ONLINEに掲載された記事の転載です。(制作:東洋経済ブランドスタジオ)
参考動画:NTT Green Innovation toward 2040