APNが支えていくレジリエントなデータセンター HOW IOWN CHANGES THE WORLD
対談:柳 嘉起(アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社)
聞き手:海沼 義彦(NTT 研究企画部門 IOWN推進室)、井元 麻衣子(NTT 研究企画部門 IOWN推進室)
NTT IOWN Technology Report 

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APN によってネットワークのあり方が一新されるとすれば、あまねく産業に大きなインパクトが与えられることは間違いありません。APN のような新たなネットワークは既存のデータセンターやビジネスの課題をどのように解決し、どんなビジネス環境をつくっていくのでしょうか。多くの企業の事業を支えるアマゾン ウェブ サービス(AWS)ジャパン合同会社の柳 嘉起氏に、これからのネットワークとデータセンターの可能性を尋ねます。

APN_photo_a.png Photo : 柳 嘉起
アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 技術統括本部 エンタープライズソリューション本部 シニアソリューションアーキテクト。通信領域のソリューションアーキテクトとしてNTT グループ各社とさまざまなプロジェクトに取り組んでいる。

環境負荷をいかに減らせるか

井元 麻衣子(以下、井元) 現在NTT グループはAWS Direct Connect のデリバリーパートナーとしてお客さまの拠点とAWS をつなぐネットワークの提供サービスを行っており、APN をどんなユースケースに活かせるのか議論しながら実証実験も進めています。


柳 嘉起(以下、柳) 私はソリューションアーキテクトとしてお客さまの課題をテクノロジーでどう解決できるか一緒に考えさせて頂いており、その手段としてクラウドがあります。クラウドとはインターネット経由でITリソースをオンデマンドで利用することが出来るサービスのことで、クラウドを活用する上でネットワークは必要不可欠です。


海沼 義彦(以下、海沼) ネットワークとデータセンターは不可分の存在ですね。4K や8Kの映像が一般化しメタバースやIoT が広まることで、通信量もどんどん増えていき、ネットワーク機器やサーバーを増やす必要からデータセンターも肥大化していきます。消費電力も増えており、国や地域によってはデータセンターの新設が制限されるところもある。


 企業の方々から、カーボンフットプリントやサステナビリティに関するお問合せをいただく機会もかなり増えています。国立研究開発法人 科学技術振興機構配下の低炭素社会戦略センターの報告(*1) によれば、2018年のデータセンターの消費電力は国内で14テラワット、世界で190 テラワットと言われています。一方で、エネルギー効率の急速な改善により、世界の電力使用量の約1 ~1.5% を占めるデータセンターとデータ伝送ネットワークからのエネルギー需要の伸びは抑制されているとも指摘されています。とはいえ、今後10 年間のエネルギー需要と排出量の増加を抑えるためには、エネルギー効率、再生可能エネルギーの調達、研究開発に対する政府と業界の強力な取り組みが不可欠です。また、このペースで進んでいくと2030年には国内で90テラワット、世界では3,000テラワットと予測されています。電力消費量を押さえながら再生可能エネルギーへの転換を進めることは、AWS のお客様でもある多くの企業にとって喫緊の課題となっていると思います。


海沼 まさにIOWN が取り組まなければいけない課題です。


 建物をつくる際に低炭素コンクリートを使ったり、空調システムの最適化を行ったりするなど、AWS のクラウドデータセンターはインフラの設計から運用までの効率化によって消費電力の削減に取り組んでいます。例えば、S&P グローバル・マーケット・インテリジェンス傘下の調査会社である 451Research によるとAWS のクラウドへ移行することにより、日本の平均的な企業・公共機関において77% のCO2 削減が可能であるというレポートがされています。Amazonは2025 年までに、AWS を含むすべての事業における再生可能エネルギーの電力比率を100% まで到達させ、パリ協定の10 年前である2040 年までにネットゼロカーボンを達成しようとしています。NTT グループ様との取り組みでも、AWS のインフラストラクチャーで電力削減効果を確認いただいた事例がございます。代表的なものは、NTT ドコモ様による、AWS Graviton2 プロセッサでの5G コアネットワーク動作検証です。AWS Graviton とはAWS が開発したプロセッサで、コストパフォーマンスの良さと低消費電力が特徴です。第2世代にあたるGraviton2 上で動作する5G コアネットワークの消費電力の検証では、現行のアーキテクチャの CPU で動作する消費電力と比較し同等以上の性能を達成しつつ電力消費量が約7 割削減されることを確認頂いております。このように、お客様によるサステナブルなシステム構築を支援することもAWS にとって重要なことだと考えています。AWS Well-Architected というAWS を活用した設計のベストプラクティス集があるのですが、ここでもサステナビリティは大きな柱のひとつです。お客さまと話す上でもサステナビリティは重要な指標になっていると感じますね。


通信の遅延解消が意味するもの

 AWS はクラウドデータセンターにおいて、このような取り組みを進めていますが、ネットワークの部分ではNTT さんとの連携を進めています。


海沼 IOWN のAPN 活用につながる部分ですね。既存のネットワークにおいては、ルーターやスイッチなど電気的な処理によってデータの行き先を仕分ける装置群が消費電力の増加や遅延を生んでいましたが、APN はエンドツーエンドを光でつなぐことで効率化を進めます。もっとも、既存のネットワークを完全に排除するものではないため、パートナーのみなさまと相談しながら最も適切な使い方を考えています。


 今年6 月にテックカンファレンス「Interop Tokyo」で発表した取り組みは、Interop の会場である幕張メッセとAWS 東京リージョン(*2) 間の一部区間をAPN 化するというものでした。高速・低遅延、ゆらぎの少なさが確認できましたので、APN の技術によるクラウド接続でお客様と何ができるか今からワクワクしています。


海沼 距離の離れた拠点をAPN で結ぶ実験はこれまで少なかったのですが、有意義な取り組みとなりました。今後はその区間を広げていくことを想定しています。長期的にはAPN や光電融合技術を通じてAWS さんのコンピューティングインフラの低消費電力化や低遅延化に貢献できたらと思っています。


井元 大容量の映像の送受信やシビアな取引を行う際は数十ミリ秒の差異が死活問題となるため、遅延の解消は重要ですね。遅延が解消されていくことで、VR やXR の映像をクラウドから送信することも現実的になりつつあると思います。


データセンターにもっとレジリエンスを

海沼 低消費電力化が進んでいくと、データセンターのあり方も変わっていくかもしれませんね。大きなセンターを一箇所に集約させるのではなく、小さなセンターをいろいろな地域に分散させられる。小さな拠点がつながるという意味では「データセンター」から「データステーション」へ変わっていくとも言えます。



 AWS のグローバルインフラストラクチャでは、低レイテンシーと高可用性・耐障害性・拡張性を実現しています。たとえば、日本国内にある東京・大阪の2 つのリージョンがあります。東京リージョンは4 つの「アベイラビリティゾーン(AZ)」というデータセンター群で構成されています。複数のアベイラビリティゾーンを使ってシステムを構築していただくことは、お客様が高可用性・耐障害性を実現するための手段のひとつです。AWS では、アベイラビリティゾーンは、意味のある距離で物理的に隔離すると我々は明確に定義しています。意味のある、という部分を詳しくお話しします。落雷、竜巻、地震などのリスクを考えると、データセンター間の距離は離れていればいるほど良いです。ただし、距離を取り過ぎるとネットワークレイテンシの問題が出てきます。これらを両立するため、各 アベイラビリティゾーン はそれぞれ他の アベイラビリティゾーンから数キロメートルから 100 キロメートル以内に配置されるようデザインされています。海沼さんがおっしゃるとおり、ネットワークが変わっていくことでデータセンターの構成も変わってくる可能性もありそうです。


井元 よりレジリエントなネットワークをつくる上でも、日本のみなさまが使っているサービスやシステムが止まらないようAPNを発展させていきたいですね。「いつでもちゃんと使える」ってすごく大事なことですから。


海沼 日常的に使われるシステムは広域分散させることが一般的ですが、APN を使って低遅延にできればより配置の選択肢も広がってくると思います。


*1 ──情報化社会の進展がエネルギー消費に与える影響(Vol.2)https://www.jst.go.jp/lcs/pdf/fy2020-pp-03.pdf
*2 ── AWS リージョン:データセンターが集積されている地理的エリアを指す。2023 年9 月現在、世界に東京・大阪を含む32 拠点がある。AWS リージョンは、 3 つ以上のAZ(データセンター群) によって構成されており、それぞれが隔離され物理的にも分離されている。


APN_photo_b.png海沼 義彦 NTT 研究企画部門 IOWN推進室


APN は社会を最適化する

 社内でほかの業界を担当するメンバーと話しをしても、NTT 様のIOWN について尋ねられる機会が増えています。それはお客さまがIOWN とAWS を使えばこんな社会が実現できるのではないかと関心をもってくださっているからだと思います。遠隔医療や自動運転の実現といった領域への期待はもちろん大きいですが、メディアや放送業界の方からもAPN への期待が高まっている印象を受けます。たとえば放送局や電波塔からの信号のタイミングにズレが生じると、正しく映像が再生できないなどの問題が起こります。ルータホップ数などネットワーク的距離が送信局ごとに違いますのでこれは日本中で起こる可能性があり、現在はこの対応のために事業者側でさまざまな仕組み(単一周波数ネットワークによる調整、ガードインターバルなど)を取り入れています。APN で同期した信号を出力できれば、こうした問題を解決できそうですよね。IOWN は世の中の社会課題を解決する技術だと感じます。


海沼 APN はその期待に応えられるポテンシャルをもっていると思っています。医療や放送の領域ではすでにさまざまな実証実験が進んでおり、昨年のNTT R&D フォーラムでも遠隔の医療機器をAPN でつなぎほぼ遅延もなく操作できる環境を披露しました。あるいは、スタジオとスタジアムなどを直接つなぐことでリモートプロダクションを実現するような実験にも取り組んでいます。


井元 既存のサービスが改善するだけでなく、デジタルツインのような取り組みにも挑戦していきたいですね。たとえば交通や人の流れが可視化され、最適化を行えば渋滞や混雑の緩和もできるはずです。無駄な時間がなくなれば生産性が上がりますし、ウェルビーイングにもつながっていくかもしれません。


 物流の領域にもデジタルツインが広がると、モノの動きが可視化できるようになり、フードロスのような問題も解決できるのではないでしょうか。必要なものを必要な場所に届けられ、エネルギーの削減にもつながる。IOWN によって社会全体が最適化されていくのかもしれないですね。もちろん、AWS としてもお客さまの課題を解決していかなければいけません。


海沼 AWS さんと連携するなかで、単にネットワークを提供するだけではなくパートナーの方々と一緒に議論しながら新たな価値を生み出すユースケースをつくる重要性を実感しています。一社だけでなくみんなでつくっていくからこそ大きな変化が生み出せるわけですし、今後もAPN を使ってAWS さんと一緒にサステナブルな基盤をつくっていきたいですね。


 お客様のサービスの向こう側にいる最終顧客にどのような価値を届けられるのか、そのためにAWS は何ができるのか、一緒になって考えていきたいです。新しい技術でより良い社会の実現にチャレンジできると思うと、やり甲斐を感じます。


井元 デジタルツインもリモートプロダクションも、構想としては昔から存在していたわけですが、APN のような新しいネットワークによってついに実現が近づきつつあるのだと感じます。APN そのものを広げていくことももちろん必要ですが、既存のシステムを活用しながら社会実装を進めるステップを研究していくことも重要ですね。AWS さんとは今後も密に連携しながら、さまざまな課題に取り組んでいきたいです。


APN_photo_c.png井元 麻衣子 NTT 研究企画部門 IOWN推進室