2024年11月25~29日の5日間にわたり、「NTT R&D FORUM 2024 - IOWN INTEGRAL」を開催しました。
光の技術を軸とした次世代情報通信基盤「IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)」 の領域はネットワークからAI(人工知能)まで着実に広がりを見せ、サステナブルな未来社会の実現に向けて進化を続けています。「NTT R&D FORUM 2024 - IOWN INTEGRAL」では、今回のテーマである「INTEGRAL」ということばには「積分」、「不可欠」という意味があり、この2つの側面からIOWNの進化を象徴する二つの思いを込めました。「積分」は、IOWNがさまざまな分野に適用され積み上がっていくこと、「不可欠」には、IOWNが地球と人類にとって「不可欠」になっていくということです。
技術展示では、エリアを「研究」「開発」「ビジネス」の3つに分け、合計122の展示を行いました。「研究」エリアではネットワーク、UI/UX(User Interface/User Experience)、サステナビリティ、セキュリティ、バイオ/メディカル、量子など多岐にわたる49件の研究成果を披露。「開発」エリアではIOWNを基軸に、注目を集める生成AIや宇宙関連の最新研究と実用化事例52件を展示しました。さらに「ビジネス」エリアでは、NTTグループ各社による21件の取り組みを案内し、IOWNの社会実装に向けた広がりをみせました。
NTTグループ会社からの完全招待制として開催した本フォーラムには延べ1万9261名と、昨年度を上回る方々にご来場をいただき、IOWNがもたらす未来への期待感とともに、大盛況のうちに幕を閉じました。
以下、本稿では「NTT R&D FORUM 2024 - IOWN INTEGRAL」開催の模様をお届けします。
KEYNOTE SPEECHとして、NTT代表取締役社長 島田明、NTT研究部門長 木下真吾、NTT代表取締役副社長 川添雄彦の3名が登壇しました。さらに、技術セミナーでは『次世代のAIについて』をテーマにパネルディスカッションとして、NTT、東京大学、Sakana AI、テクノロジーメディア『WIRED』日本版から有識者が集り、AIのあるべき進化の方向性について議論され「単一の大規模AIから、複数の専門的AIの掛け合わせへ」といった協働の重要性を確認し合いました。また、『光電融合技術とスーパーコンピュータの未来』をテーマに、深層学習のソフトウェア技術と計算基盤技術への探求と成果で評価を集めるPreferred Networks社代表と、NTTで光電融合デバイスを用いて社会的課題の解決を目指す研究者が、「AI時代の省電力化」を入口としてコンピュータアーキテクチャの本質まで話題が及ぶ対談が行われました。KEYNOTE SPEECH、技術セミナーともに座席数を上回る参加者を集める活況となりました。
NTT代表取締役社長 島田明によるKEYNOTE SPEECHは、生成AIの急速な普及とその影響に言及しつつ、企業におけるAI活用の現状と課題、そしてNTTが提案する新たなソリューションについて語りました。
AIの導入は米国では90パーセント以上の企業で進んでいる一方、日本ではまだ60%程度にとどまっています。また、導入している企業でも、汎用的な業務での活用が中心となっており、より専門性の高い業務への展開や、新たなサービス創出といった本質的な変革はこれからの状況です。
このような背景を踏まえ、島田社長は各業界の専門性の高い業務にAIを活用していくプラットフォームとして「インダストリー AI クラウド」構想を提案します。その具体例として、トヨタ自動車との協業による交通事故ゼロ社会の実現に向けた取り組みや、食農バリューチェーン全体の最適化に向けた農作物取引の「仮想卸売市場」創造などを紹介しました。また、2024年8月からAI技術を活用し、産業変革の実現を目指す新会社「NTT AI-CIX」を設立し、小売・流通業界におけるサプライチェーン最適化のためにスーパーマーケットを全国展開するトライアルとの協業を始め、棚割りの最適化や発注の自動化といった領域から最適化を進めています。
一方で、AIの利活用が進むことで懸念されるのが電力問題です。消費電力の増大に備えるべく、NTTでは低消費電力かつ軽量に動くAIモデル「tsuzumi」の進化と、低消費電力なコンピューティング基盤を実現する「IOWN」の推進を掲げます。
特に注目すべき点として、2025年から始動する「IOWN2.0」において、光電融合デバイスを導入したDCI(Data Centric Infrastructure)の実現を目指すことを表明しました。大阪・関西万博のNTTパビリオンでは、消費電力を8分の1に削減することをめざしたサーバーを実装し、来場者に体感していただける機会を設けることを明らかにしました。さらに、2026年の商用化、2028年のチップ間通信の光化、2032年以降の半導体チップ内の光化と、段階的な進化を経て、最終的には消費電力を100分の1にすることをめざすという意欲的なロードマップを明らかにしました。
KEYNOTE SPEECHを通じて強調されたのは、インダストリー AI クラウドとIOWNを組み合わせることで、社会課題の解決をサステナブルに進めていくというNTTのビジョンです。各産業の専門性の高い領域でAIの活用を促進しつつ、増大する電力消費という課題に対して解決策を提供するという、具体的かつ実現性の高い未来像を表しました。
NTT執行役員で研究企画部門長の木下真吾は、本フォーラムの概要やIOWNのロードマップの紹介からKEYNOTE SPEECHを始めました。特に後者については、ネットワーキング領域の「IOWN 1.0」から、コンピューティング領域への光技術の段階的な導入を示しました。続く「IOWN 2.0」ではサーバーボード間、「IOWN 3.0」ではパッケージ間、「IOWN 4.0」ではチップ内部への光配線実装と、着実な進化の道筋を提示しました。
現状の「IOWN 1.0」におけるAPN(All-Photonics Network)の進展も報告しました。2023年3月に開始したAPNサービスを進化させ、世界最高水準となる最大800Gb/sの帯域保証や、インターフェースの拡充、消費電力の大幅削減を実現したと言います。また、日本〜台湾間での約3000kmの長距離接続において、わずか17msという低遅延を達成した実証実験の成果もみせました。APNによる超高速データバックアップや、APNを通じた高効率なリモートプロダクションの実現にも言及。今後は一つのAPNの中で複数の波長を衝突させることなく共存させるための「オンデマンド光パス制御」により、圧倒的な伝送容量や電力効率を目指すことも明かしました。
さらに木下部門長は、NTT版LLM(Large Language Models)「tsuzumi」の進化についても紹介しました。軽量で1GPU/1CPUでも動作可能な特性を保ちながら、マルチモーダル対応や文脈理解の向上など、着実な性能向上を遂げていると話します。特筆すべきは、Microsoft AzureやSalesforceのプラットフォームへの採用が決定し、グローバル展開への第一歩を踏み出したことです。また、ユーザの代わりにPCを操作する「AIエージェント」機能といった実例に触れながら、複数のLLMを掛け合わせて社会課題解決を測る「AIコンステレーション」の実装など、「tsuzumi」を活用したAI共存型の社会像の一端も示しました。
KEYNOTE SPEECHの締めくくりでは、NTT研究所の初代所長・吉田五郎の言葉「知の泉を汲んで研究し実用化により世に恵みを具体的に提供しよう」を引用しながら語ります。研究・開発・社会実装の一貫した取り組みの重要性を強調し、世界最高の研究機関としての地位確立、IOWNの確実な実用化、そして価値ある社会実装の実現という三つの覚悟を掲げました。
Day311月27日(水) 10:50-11:30
川添 雄彦NTT 代表取締役副社長
NTT代表取締役副社長 川添雄彦は、グローバル企業としてのNTTの現状と主要技術について英語でプレゼンテーションを行いました。NTTグループは全世界で900社以上、従業員の45%が海外で働くグローバル企業へと進化を遂げ、17の研究所と2300人の研究者を擁して世界最先端の研究開発を推進していることを紹介しました。
特に現代社会が直面する気候変動や自然災害、世界の分断といった危機的状況に対し、「ICTの技術強化が不可欠」である一方で、インターネットトラフィックの爆発的増加による電力消費量の急増という新たな課題を指摘しました。また、2030年までにデータセンターの電力消費量が13倍になる予測も提示します。川添副社長は「この限界を打破するためのNTTの構想がIOWNであり、その鍵となるのが光技術だ」と強調します。2019年に世界初の光トランジスターの開発に成功し、この発明はIOWN構想の起源となりました。
IOWNがもたらす新たな可能性として、川添副社長はいくつかのユースケースを取り上げます。その一つには、サイバーセキュリティの新たな脅威に対抗するAIの活用があります。特に、ボットネットと高度なAIの組合による攻撃に対し、IOWNのAPN上で複数のAIが連携して即座に対応する新しい防御のかたちを提案しました。
また、トヨタ自動車との協業による交通事故ゼロ社会の実現に向けた取り組みにも触れます。リアルタイムデータ収集、分散化コンピューティングインフラによる常時接続の実現、そしてモビリティAIプラットフォームによる多様なデータの学習という3つのコア技術を組み合わせることで、安全なモビリティ社会の構築をめざすことを明らかにしました。
さらに、IOWNの可能性を地上から宇宙へと拡張する構想も披露しました。スカパーJSATとの協業により、宇宙空間に独立したネットワークシステムを構築し、観測衛星のデータを宇宙空間で即座に処理・分析できる宇宙統合コンピューティングネットワークの実現をめざすと伝えました。
KEYNOTE SPEECHの締めくくりには、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患うDJの活動支援プロジェクトを例に、IOWNが切り拓く人間の可能性について言及しました。「人間のポテンシャルは無限である」という言葉とともに、サステナブルな社会の実現への想いを聴衆へと共有しました。
竹内 亨NTT コンピュータ&データサイエンス研究所 主幹研究員
三宅 陽一郎東京大学 特任教授
伊藤 錬Sakana AI COO
松島 倫明『WIRED』日本版 編集長
『WIRED』日本版編集長の松島倫明氏をモデレーターに、東京大学特任教授の三宅陽一郎氏、Sakana AI COOの伊藤錬氏を迎え、NTTコンピュータ&データサイエンス研究所主幹研究員の竹内亨とともに、現在のLLMの限界と今後の展望について活発な議論が行われました。
セッションの冒頭、松島氏は香港出身の哲学者であるユク・ホイ氏が提唱する「技術多様性」といった言葉を背景に「複雑な世界を複雑なまま生きることはいかに可能なのか」という議論のアングルを設定しました。NTTの竹内主管研究員はそれを受け、「銀の弾丸」になる技術はおそらく存在しないという前提のもとに、計算コストや消費電力に優れる「専門知識を有したリーズナブルなLLM」と、各社のLLMを相互に議論させる「AIコンステレーション」によりNTTがAI活用の新機軸を見出す可能性に触れました。
次いで議論を展開した、伊藤氏は「AIコンステレーションのコンセプトを体現したもの」と表現する、SLM(Small Language Model)をつなぎあわせてLLMと匹敵するパフォーマンスを発揮する「進化的モデルマージ」の構築を提唱。既存モデルを組み合わせる「フランケンシュタインマージ」と呼ぶ手法では、1万通りの組み合わせから上位10個を選出し、世代を重ねていくアプローチを採用しました。驚くべきことに、わずか24時間・24ドルでGPT-3.5相当の性能を実現したといいます。それらの技術を基に人間のワークフローを自動化するテクノロジー、例えば「学術論文の執筆」といった領域での活用例を紹介しました。アイデア創出から証明、論文執筆、ピアレビューまでの全工程を自動化することに成功し、これはAIによる成果としては『Nature』誌で初めてフィーチャーされ、大きな注目を集めました。
「AIモデルの拡張」という観点から、三宅教授はゲームAIの開発経験を踏まえた3つの重要な分類が示されました。ゲーム全体を制御する「メタAI」、キャラクターの頭脳としての「キャラクターAI」、実空間認識を補助する「空間AI」です。特筆すべきは、これらの技術が単なるゲーム内での活用を超え、都市設計やスマートシティの実現に向けた示唆を含んでいることにあります。例えば、実空間の情報をデジタルツインで収集・分析し、その結果を実空間へフィードバックするという循環的なアプローチは、今後の都市開発を強く後押しするものといえます。
セッションの後半では、AIの進化の方向性について深い議論が交わされました。伊藤氏は、現在のAIの発展における重要な転換点として「リーズニング(論理的な思考や推論)」の能力向上を挙げ、これがAIどうしの対話やシミュレーションを可能にする鍵になると指摘。また、AI活用の段階として、まず業務効率化があり、次に「壁打ち相手」としての活用段階が来ると予測しました。
三宅教授からは、AIを活用した会議シミュレーションの可能性について興味深い提案がなされました。従来の会議では見落とされがちな選択肢や分岐点をAIが網羅的にシミュレーションし、より良い意思決定を支援する可能性を示唆。「会議の前にAIに一度会議をしてもらい、その結果を踏まえて人間が議論を行う」という新しいアプローチの可能性を提示しました。
竹内主幹研究員は、これからのAIと人間の関係性について、日本的な「八百万の神」の考え方との親和性を指摘。さまざまな役割を持つAIが遍在し、人間と共存する未来像を示しました。特に、生成AIの技術により、これまで理論的に語られてきたシステム連携が、より具体的かつ高度なサービスとして実現しつついあることを強調しました。
3名のパネリストによる議論を通じて浮かび上がってきたのは、次世代のAIがめざすべき姿です。それは単一の大規模AIによる支配的な未来ではなく、さまざまな専門性を持ったAIが協調しながら人間の創造性を支援し、多様な価値観や視点を包含した解決策を共に模索していく未来といえるでしょう。
松尾 慎治NTT 先端集積デバイス研究所・物性科学基礎研究所 フェロー
西川 徹Preferred Networks 代表取締役 最高経営責任者、共同創業者
NTT先端集積デバイス研究所・NTT物性科学基礎研究所フェロー 松尾慎治と、Preferred Networks代表取締役CEO 西川徹氏によるセミナーでは、増大する電力消費の課題に対する技術革新の方向性について、議論が交わされました。
まずは両氏から自社の取り組みを踏まえたプレゼンテーションが実施されました。松尾は、データセンターが世界の電力消費の2%、日本の首都圏では日本の電力消費の12%を占める現状を指摘し、NTTグループ自体が日本の総電力の約0.7パーセントを消費していることに触れ、低消費電力化の必要性を強調。その解決策として光技術の可能性を示しました。特に、チップ内の光電融合技術といった光通信技術の進展により「小型化・低消費電力化・低コスト化」をかなえ、大幅な電力削減が可能になることを解説。チップ間光インターコネクションの導入により、データ通信の高速化と低消費電力化の両立、演算への割り当て電力の確保、ハードウエアの物理的な位置に依存しない計算資源の有効利用といったメリットを、具体的かつ技術的な道筋と共に提起しました。
一方、「最先端の技術を最短路で実用化する」と掲げる西川氏は、生成AI時代における計算基盤の課題について言及。開発している「MN-Core」プロセッサーの事例を挙げながら、演算機とオンチップメモリーに特化し制御回路を最小限に抑えることで、大幅な電力効率の向上を実現した経緯を紹介しました。「MN-Core」を搭載したスーパーコンピューターが消費電力ランキングの「Green500」で計3回の世界1位を獲得していることからも、自社のアーキテクチャーへの確信を胸により一層の開発を継続中です。さらに、推論と学習で異なる最適なアーキテクチャを採用する次世代プロセッサーの開発構想も明らかにしました。高効率のAIチップだけではなく、インターコネクトやチップレットなどの様々な技術を統合し、「新しい計算機」を作る重要性を説きました。
プレゼンテーション後の対談では、AI時代のコンピューティングアーキテクチャについて、より具体的な議論を展開しました。特に耳目を集めたのは、「分散コンピューティング」の可能性と課題です。松尾フェローが「光技術を使えば2km先のメモリでも損失なくつなげる」と指摘する一方で、「絶対的な遅延は避けられない」と物理的な制約も示唆しました。現在のスーパーコンピュータが10m以内の接続にとどまっている現状を踏まえ、「データセンター全体を使ったスーパーコンピュータは本当にAIで使えるのか」という本質的な問いを投げかけました。
これに西川氏は、スーパーコンピュータのシステムが複雑化する中で、設計自体にAIを活用する新しいアプローチを提案し、人間による正確な設計が困難になってきている現状も背景にありますが、「最初から複雑な回路を設計するのは難しい」として、小規模な回路から段階的に育てていく必要性も強調しました。
また、パッケージング技術の将来についても意見が交わされました。西川氏は、次世代のプロセッサ開発においては、推論と学習を分離させた高密度・高効率な設計が求められ、特に排熱対策の課題を強調しました。
対談の最後では、両氏から若手研究者へのメッセージも贈られました。松尾フェローは「地球全体、社会全体を考えた取り組みが重要」としたうえで、今後は「AIで省エネができる世界をつくる」と熱意をみせます。西川氏は「ハードウェアとソフトウェアの両方を理解し、融合することで、単体では生まれない革新的なイノベーションが可能になる」と述べ、NTTのような総合的な研究開発の重要性を再確認して締めくくりました。