2024年11月25~29日の5日間にわたり、「NTT R&D FORUM 2024 - IOWN INTEGRAL」を開催しました。
光の技術を軸とした次世代情報通信基盤「IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)」 の領域はネットワークからAI(人工知能)まで着実に広がりを見せ、サステナブルな未来社会の実現に向けて進化を続けています。「NTT R&D FORUM 2024 - IOWN INTEGRAL」では、今回のテーマである「INTEGRAL」ということばには「積分」、「不可欠」という意味があり、この2つの側面からIOWNの進化を象徴する二つの思いを込めました。「積分」は、IOWNがさまざまな分野に適用され積み上がっていくこと、「不可欠」には、IOWNが地球と人類にとって「不可欠」になっていくということです。
技術展示では、エリアを「研究」「開発」「ビジネス」の3つに分け、合計122の展示を行いました。「研究」エリアではネットワーク、UI/UX(User Interface/User Experience)、サステナビリティ、セキュリティ、バイオ/メディカル、量子など多岐にわたる49件の研究成果を披露。「開発」エリアではIOWNを基軸に、注目を集める生成AIや宇宙関連の最新研究と実用化事例52件を展示しました。さらに「ビジネス」エリアでは、NTTグループ各社による21件の取り組みを案内し、IOWNの社会実装に向けた広がりをみせました。
NTTグループ会社からの完全招待制として開催した本フォーラムには延べ1万9261名と、昨年度を上回る方々にご来場をいただき、IOWNがもたらす未来への期待感とともに、大盛況のうちに幕を閉じました。
以下、本稿では「NTT R&D FORUM 2024 - IOWN INTEGRAL」開催の模様をお届けします。
KEYNOTE SPEECHとして、NTT代表取締役社長 島田明、NTT研究企画部門長 木下真吾、NTT代表取締役副社長 川添雄彦の3名が登壇しました。さらに、技術セミナーでは『次世代のAIについて』をテーマにパネルディスカッションとして、NTT、東京大学、Sakana AI、テクノロジーメディア『WIRED』日本版から有識者が集り、AIのあるべき進化の方向性について議論され「単一の大規模AIから、複数の専門的AIの掛け合わせへ」といった協働の重要性を確認し合いました。また、『光電融合技術とスーパーコンピュータの未来』をテーマに、深層学習のソフトウェア技術と計算基盤技術への探求と成果で評価を集めるPreferred Networks社代表と、NTTで光電融合デバイスを用いて社会的課題の解決を目指す研究者が、「AI時代の省電力化」を入口としてコンピュータアーキテクチャの本質まで話題が及ぶ対談が行われました。KEYNOTE SPEECH、技術セミナーともに座席数を上回る参加者を集める活況となりました。
NTT代表取締役社長 島田明によるKEYNOTE SPEECHは、生成AIの急速な普及とその影響に言及しつつ、企業におけるAI活用の現状と課題、そしてNTTが提案する新たなソリューションについて語りました。
AIの導入は米国では90パーセント以上の企業で進んでいる一方、日本ではまだ60%程度にとどまっています。また、導入している企業でも、汎用的な業務での活用が中心となっており、より専門性の高い業務への展開や、新たなサービス創出といった本質的な変革はこれからの状況です。
このような背景を踏まえ、島田社長は各業界の専門性の高い業務にAIを活用していくプラットフォームとして「インダストリー AI クラウド」構想を提案します。その具体例として、トヨタ自動車との協業による交通事故ゼロ社会の実現に向けた取り組みや、食農バリューチェーン全体の最適化に向けた農作物取引の「仮想卸売市場」創造などを紹介しました。また、2024年8月からAI技術を活用し、産業変革の実現を目指す新会社「NTT AI-CIX」を設立し、小売・流通業界におけるサプライチェーン最適化のためにスーパーマーケットを全国展開するトライアルとの協業を始め、棚割りの最適化や発注の自動化といった領域から最適化を進めています。
一方で、AIの利活用が進むことで懸念されるのが電力問題です。消費電力の増大に備えるべく、NTTでは低消費電力かつ軽量に動くAIモデル「tsuzumi」の進化と、低消費電力なコンピューティング基盤を実現する「IOWN」の推進を掲げます。
特に注目すべき点として、2025年から始動する「IOWN2.0」において、光電融合デバイスを導入したDCI(Data Centric Infrastructure)の実現を目指すことを表明しました。大阪・関西万博のNTTパビリオンでは、消費電力を8分の1に削減することをめざしたサーバーを実装し、来場者に体感していただける機会を設けることを明らかにしました。さらに、2026年の商用化、2028年のチップ間通信の光化、2032年以降の半導体チップ内の光化と、段階的な進化を経て、最終的には消費電力を100分の1にすることをめざすという意欲的なロードマップを明らかにしました。
KEYNOTE SPEECHを通じて強調されたのは、インダストリー AI クラウドとIOWNを組み合わせることで、社会課題の解決をサステナブルに進めていくというNTTのビジョンです。各産業の専門性の高い領域でAIの活用を促進しつつ、増大する電力消費という課題に対して解決策を提供するという、具体的かつ実現性の高い未来像を表しました。
NTT執行役員で研究企画部門長の木下真吾は、本フォーラムの概要やIOWNのロードマップの紹介からKEYNOTE SPEECHを始めました。特に後者については、ネットワーキング領域の「IOWN 1.0」から、コンピューティング領域への光技術の段階的な導入を示しました。続く「IOWN 2.0」ではサーバーボード間、「IOWN 3.0」ではパッケージ間、「IOWN 4.0」ではチップ内部への光配線実装と、着実な進化の道筋を提示しました。
現状の「IOWN 1.0」におけるAPN(All-Photonics Network)の進展も報告しました。2023年3月に開始したAPNサービスを進化させ、世界最高水準となる最大800Gb/sの帯域保証や、インターフェースの拡充、消費電力の大幅削減を実現したと言います。また、日本〜台湾間での約3000kmの長距離接続において、わずか17msという低遅延を達成した実証実験の成果もみせました。APNによる超高速データバックアップや、APNを通じた高効率なリモートプロダクションの実現にも言及。今後は一つのAPNの中で複数の波長を衝突させることなく共存させるための「オンデマンド光パス制御」により、圧倒的な伝送容量や電力効率を目指すことも明かしました。
さらに木下部門長は、NTT版LLM(Large Language Models)「tsuzumi」の進化についても紹介しました。軽量で1GPU/1CPUでも動作可能な特性を保ちながら、マルチモーダル対応や文脈理解の向上など、着実な性能向上を遂げていると話します。特筆すべきは、Microsoft AzureやSalesforceのプラットフォームへの採用が決定し、グローバル展開への第一歩を踏み出したことです。また、ユーザの代わりにPCを操作する「AIエージェント」機能といった実例に触れながら、複数のLLMを掛け合わせて社会課題解決を測る「AIコンステレーション」の実装など、「tsuzumi」を活用したAI共存型の社会像の一端も示しました。
KEYNOTE SPEECHの締めくくりでは、NTT研究所の初代所長・吉田五郎の言葉「知の泉を汲んで研究し実用化により世に恵みを具体的に提供しよう」を引用しながら語ります。研究・開発・社会実装の一貫した取り組みの重要性を強調し、世界最高の研究機関としての地位確立、IOWNの確実な実用化、そして価値ある社会実装の実現という三つの覚悟を掲げました。
Day311月27日(水) 10:50-11:30
川添 雄彦NTT 代表取締役副社長
NTT代表取締役副社長 川添雄彦は、グローバル企業としてのNTTの現状と主要技術について英語でプレゼンテーションを行いました。NTTグループは全世界で900社以上、従業員の45%が海外で働くグローバル企業へと進化を遂げ、17の研究所と2300人の研究者を擁して世界最先端の研究開発を推進していることを紹介しました。
特に現代社会が直面する気候変動や自然災害、世界の分断といった危機的状況に対し、「ICTの技術強化が不可欠」である一方で、インターネットトラフィックの爆発的増加による電力消費量の急増という新たな課題を指摘しました。また、2030年までにデータセンターの電力消費量が13倍になる予測も提示します。川添副社長は「この限界を打破するためのNTTの構想がIOWNであり、その鍵となるのが光技術だ」と強調します。2019年に世界初の光トランジスターの開発に成功し、この発明はIOWN構想の起源となりました。
IOWNがもたらす新たな可能性として、川添副社長はいくつかのユースケースを取り上げます。その一つには、サイバーセキュリティの新たな脅威に対抗するAIの活用があります。特に、ボットネットと高度なAIの組合による攻撃に対し、IOWNのAPN上で複数のAIが連携して即座に対応する新しい防御のかたちを提案しました。
また、トヨタ自動車との協業による交通事故ゼロ社会の実現に向けた取り組みにも触れます。リアルタイムデータ収集、分散化コンピューティングインフラによる常時接続の実現、そしてモビリティAIプラットフォームによる多様なデータの学習という3つのコア技術を組み合わせることで、安全なモビリティ社会の構築をめざすことを明らかにしました。
さらに、IOWNの可能性を地上から宇宙へと拡張する構想も披露しました。スカパーJSATとの協業により、宇宙空間に独立したネットワークシステムを構築し、観測衛星のデータを宇宙空間で即座に処理・分析できる宇宙統合コンピューティングネットワークの実現をめざすと伝えました。
KEYNOTE SPEECHの締めくくりには、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患うDJの活動支援プロジェクトを例に、IOWNが切り拓く人間の可能性について言及しました。「人間のポテンシャルは無限である」という言葉とともに、サステナブルな社会の実現への想いを聴衆へと共有しました。
竹内 亨NTT コンピュータ&データサイエンス研究所 主幹研究員
三宅 陽一郎東京大学 特任教授
伊藤 錬Sakana AI COO
松島 倫明『WIRED』日本版 編集長
『WIRED』日本版編集長の松島倫明氏をモデレーターに、東京大学特任教授の三宅陽一郎氏、Sakana AI COOの伊藤錬氏を迎え、NTTコンピュータ&データサイエンス研究所主幹研究員の竹内亨とともに、現在のLLMの限界と今後の展望について活発な議論が行われました。
セッションの冒頭、松島氏は香港出身の哲学者であるユク・ホイ氏が提唱する「技術多様性」といった言葉を背景に「複雑な世界を複雑なまま生きることはいかに可能なのか」という議論のアングルを設定しました。NTTの竹内主管研究員はそれを受け、「銀の弾丸」になる技術はおそらく存在しないという前提のもとに、計算コストや消費電力に優れる「専門知識を有したリーズナブルなLLM」と、各社のLLMを相互に議論させる「AIコンステレーション」によりNTTがAI活用の新機軸を見出す可能性に触れました。
次いで議論を展開した、伊藤氏は「AIコンステレーションのコンセプトを体現したもの」と表現する、SLM(Small Language Model)をつなぎあわせてLLMと匹敵するパフォーマンスを発揮する「進化的モデルマージ」の構築を提唱。既存モデルを組み合わせる「フランケンシュタインマージ」と呼ぶ手法では、1万通りの組み合わせから上位10個を選出し、世代を重ねていくアプローチを採用しました。驚くべきことに、わずか24時間・24ドルでGPT-3.5相当の性能を実現したといいます。それらの技術を基に人間のワークフローを自動化するテクノロジー、例えば「学術論文の執筆」といった領域での活用例を紹介しました。アイデア創出から証明、論文執筆、ピアレビューまでの全工程を自動化することに成功し、これはAIによる成果としては『Nature』誌で初めてフィーチャーされ、大きな注目を集めました。
「AIモデルの拡張」という観点から、三宅教授はゲームAIの開発経験を踏まえた3つの重要な分類が示されました。ゲーム全体を制御する「メタAI」、キャラクターの頭脳としての「キャラクターAI」、実空間認識を補助する「空間AI」です。特筆すべきは、これらの技術が単なるゲーム内での活用を超え、都市設計やスマートシティの実現に向けた示唆を含んでいることにあります。例えば、実空間の情報をデジタルツインで収集・分析し、その結果を実空間へフィードバックするという循環的なアプローチは、今後の都市開発を強く後押しするものといえます。
セッションの後半では、AIの進化の方向性について深い議論が交わされました。伊藤氏は、現在のAIの発展における重要な転換点として「リーズニング(論理的な思考や推論)」の能力向上を挙げ、これがAIどうしの対話やシミュレーションを可能にする鍵になると指摘。また、AI活用の段階として、まず業務効率化があり、次に「壁打ち相手」としての活用段階が来ると予測しました。
三宅教授からは、AIを活用した会議シミュレーションの可能性について興味深い提案がなされました。従来の会議では見落とされがちな選択肢や分岐点をAIが網羅的にシミュレーションし、より良い意思決定を支援する可能性を示唆。「会議の前にAIに一度会議をしてもらい、その結果を踏まえて人間が議論を行う」という新しいアプローチの可能性を提示しました。
竹内主幹研究員は、これからのAIと人間の関係性について、日本的な「八百万の神」の考え方との親和性を指摘。さまざまな役割を持つAIが遍在し、人間と共存する未来像を示しました。特に、生成AIの技術により、これまで理論的に語られてきたシステム連携が、より具体的かつ高度なサービスとして実現しつついあることを強調しました。
3名のパネリストによる議論を通じて浮かび上がってきたのは、次世代のAIがめざすべき姿です。それは単一の大規模AIによる支配的な未来ではなく、さまざまな専門性を持ったAIが協調しながら人間の創造性を支援し、多様な価値観や視点を包含した解決策を共に模索していく未来といえるでしょう。
松尾 慎治NTT 先端集積デバイス研究所・物性科学基礎研究所 フェロー
西川 徹Preferred Networks 代表取締役 最高経営責任者、共同創業者
NTT先端集積デバイス研究所・NTT物性科学基礎研究所フェロー 松尾慎治と、Preferred Networks代表取締役CEO 西川徹氏によるセミナーでは、増大する電力消費の課題に対する技術革新の方向性について、議論が交わされました。
まずは両氏から自社の取り組みを踏まえたプレゼンテーションが実施されました。松尾は、データセンターが世界の電力消費の2%、日本の首都圏では日本の電力消費の12%を占める現状を指摘し、NTTグループ自体が日本の総電力の約0.7パーセントを消費していることに触れ、低消費電力化の必要性を強調。その解決策として光技術の可能性を示しました。特に、チップ内の光電融合技術といった光通信技術の進展により「小型化・低消費電力化・低コスト化」をかなえ、大幅な電力削減が可能になることを解説。チップ間光インターコネクションの導入により、データ通信の高速化と低消費電力化の両立、演算への割り当て電力の確保、ハードウエアの物理的な位置に依存しない計算資源の有効利用といったメリットを、具体的かつ技術的な道筋と共に提起しました。
一方、「最先端の技術を最短路で実用化する」と掲げる西川氏は、生成AI時代における計算基盤の課題について言及。開発している「MN-Core」プロセッサーの事例を挙げながら、演算機とオンチップメモリーに特化し制御回路を最小限に抑えることで、大幅な電力効率の向上を実現した経緯を紹介しました。「MN-Core」を搭載したスーパーコンピューターが消費電力ランキングの「Green500」で計3回の世界1位を獲得していることからも、自社のアーキテクチャーへの確信を胸により一層の開発を継続中です。さらに、推論と学習で異なる最適なアーキテクチャを採用する次世代プロセッサーの開発構想も明らかにしました。高効率のAIチップだけではなく、インターコネクトやチップレットなどの様々な技術を統合し、「新しい計算機」を作る重要性を説きました。
プレゼンテーション後の対談では、AI時代のコンピューティングアーキテクチャについて、より具体的な議論を展開しました。特に耳目を集めたのは、「分散コンピューティング」の可能性と課題です。松尾フェローが「光技術を使えば2km先のメモリでも損失なくつなげる」と指摘する一方で、「絶対的な遅延は避けられない」と物理的な制約も示唆しました。現在のスーパーコンピュータが10m以内の接続にとどまっている現状を踏まえ、「データセンター全体を使ったスーパーコンピュータは本当にAIで使えるのか」という本質的な問いを投げかけました。
これに西川氏は、スーパーコンピュータのシステムが複雑化する中で、設計自体にAIを活用する新しいアプローチを提案し、人間による正確な設計が困難になってきている現状も背景にありますが、「最初から複雑な回路を設計するのは難しい」として、小規模な回路から段階的に育てていく必要性も強調しました。
また、パッケージング技術の将来についても意見が交わされました。西川氏は、次世代のプロセッサ開発においては、推論と学習を分離させた高密度・高効率な設計が求められ、特に排熱対策の課題を強調しました。
対談の最後では、両氏から若手研究者へのメッセージも贈られました。松尾フェローは「地球全体、社会全体を考えた取り組みが重要」としたうえで、今後は「AIで省エネができる世界をつくる」と熱意をみせます。西川氏は「ハードウェアとソフトウェアの両方を理解し、融合することで、単体では生まれない革新的なイノベーションが可能になる」と述べ、NTTのような総合的な研究開発の重要性を再確認して締めくくりました。
NTT R&D FORUM 2024における技術展示は「RESEARCH(研究)」「DEVELOPMENT(開発)」「BUSINESS(ビジネス実装)」の3エリアで構成されました。これらの展示は、会場の地下、1階、2階の各フロアにテーマごとに配置され、来場が体系的に見学できるよう工夫されています。RESEARCHエリアは青、DEVELOPMENTエリアは緑、BUSINESSエリアは紫と色分けされ、各エリアの関連性が一目で分かるよう配慮されました。
「RESEARCH」エリアでは、NTTの基礎研究におけるネットワーク、UI/UX、サステナビリティ、セキュリティ、バイオ・メディカル、量子の最新研究成果を示す49の展示が行われました。特に注目を集めたのは、新方式の光量子コンピュータ、非侵襲型の血糖値センサ、アクティブノイズキャンセリングなど、実用化に向けた進展がみられる技術です。
展示番号 γ08-02
従来のコンピューティング技術では計算困難な問題を解決する手法として、量子力学の現象を情報処理技術に適用した「量子コンピュータ」の研究が進んでいます。数々の方式がありますが、主流である超伝導方式や中性原子方式の量子コンピュータでは安定的な稼働のために絶対温度零度(-273
℃)付近まで冷やせる環境が必要で、冷やせるチップの大きさにも限度があるといった課題を抱えていました。
NTTは光通信技術で培った高性能な光デバイスを用いることにより、「室温」で大規模な演算を可能とする「連続量光量子コンピュータ」の実現をめざしています。連続量光量子コンピュータを構成する要素の多くは、光ファイバ通信に使われる技術から適用できること、また新たに必要になる場合においても光ファイバ通信で培った技術を発展させることで実現の見通しがなされています。光通信と光量子を融合させ、室温下であっても従来比1000倍の帯域で大規模な演算を可能にすることは、量子コンピュータの世界に新たな一手を打つ存在の誕生にほかなりません。
今回の展示では、開発で連携する東京大学大学院工学系研究科の古澤明教授が参加され、開発機のある理化学研究所とNTTを結んだデモンストレーションを初めて実施しました(図1)。連続量光量子コンピュータは、膨大な選択肢から制約条件を満たしながらも目的関数を最大化・最小化する解を見つける「最適化問題」やニューラルネットワークへの応用が期待され、特に連続的なデータやシステムを扱う問題に優位性があるといいます。また、ユーザと量子コンピュータの間にクラウドをはさみ、量子コンピュータに指示を出すパラメータを送信する役割と、量子コンピュータからのジョブ実行結果をユーザに送信する役割を担うシステムの開発にも触れ、より利便性の高い環境も提示していました。
展示番号 γ09-01
NTTではセンサやデータ収集といった技術を活かしたバイオ・メディカル分野の研究開発を推進しています。健康促進や疾病予防、治療、重症化予防、予後や介護といった1人ひとりを医療的にトータルケアできる「プレシジョン・メディシンの実現」を掲げます。
その研究成果の1つが、2028年度の実用化を目論む電波を用いたグルコースセンサです。糖尿病などにかかわり、血糖値を反映する指標の「グルコース値」を測る手段は、針を用いて使い捨てのセンサを身体に留置するのが一般的でした。しかし、痛みや不快感を伴うために利用者の負担は大きく、利用までの障壁が高くなることも課題です。
そこで、針を使わずにグルコース値を可視化すべく、身体と接触させる「ウェアラブル」なかたちで、特定の電波を利用して計測するセンサを開発中です(図2)。NTTは通信デバイスの周波数の応答を評価する機器を多く保有しており、その中からグルコースと反応しやすい無線を特定したのです。
現在は安静時の測定を実験中ですが、今後は誤差要因の抑制といった技術開発を進め、日常的かつ常態的にグルコース値の変化をより可視化できることを目標に掲げます。血糖値の上昇を防ぐための適切な食事指導や運動習慣のサポートといったサービス展開も期待されます。
展示番号 γ05-01
「聴きたい音だけが聴こえる世界、聴かせたい音だけが聴かせられる世界」を掲げて「究極のプライベート音空間」の実現に向け、NTTはさまざまな研究開発を進めています。耳を塞ぐことなく利用者にだけ音が聴こえるイヤホンやヘッドホンの開発・発売、それらを活用した騒音低減やパフォーマンス会場での価値向上など、1人ひとりに最適な音響制御技術を提供し、音を起点とした顧客体験向上を図ります。
今回の展示ではいくつもの体験型プログラムを提供しました。複数のスピーカーが設置されたドームの内部に入ると雑音が消えるノイズキャンセリング装置は、エンタテインメント施設や一般商業施設での利用を想定し(図3)、将来的には「特定のテーブルに座るだけで周囲の雑音が消えて話しやすくなる」といった未来像を描きます。
「サイバー(cyber)空間の音とリアルな実空間(Real)を組み合わせたサウンド・サイリアル(Sound SyReal)」の展示では、体験者のイヤホンに流れる音と会場内に流れる音を低遅延伝送の技術を用いてリアルタイムに調整し、体験者の後方にはスピーカーがないにもかかわらず、音が後方から「聴こえる」という人間の錯覚効果も巧みに取り込む体験を提供しました。ほかにも、前述の耳を塞がないヘッドホンを用いて、演劇鑑賞中に当人にだけ特定の効果音を流したり、舞台上のリアルな音をより明瞭に聴かせたりできる「音響クロスリアリティ」のデモンストレーションもありました。
あらゆる人と音が混在する世界で、各人が安心・安全に過ごせるだけでなく、価値向上を実現できるような「音の精緻な制御」を可能とする技術を提案しました。
展示番号 γ03-01
脳科学や脳神経科学とテクノロジーを融合し、脳の働きの物理的なメカニズムを明らかにして、それをもとに様々なアプリケーションやサービスを開発する「ブレインテック」の領域にNTTもチャレンジしています。今回展示したのは「運動能力転写技術」と銘打たれた、人それぞれで異なる「脳波」を活用した運動支援デバイスです。
ユーザーは電動車いすに座り、脳波を測定するためのヘッドギアを装着します。次に、コンピュータゲームのようなチュートリアルを用いて、ユーザーに「左右どちらかへ進む」という運動をイメージさせます。運動をイメージすることで脳波に変化が起きますが、この脳波のパターンを分析し、「運動イメージ推定AI」が制御コマンドへと変換することで、接続されたデバイスや画面上のアバターを操作できる仕組みです(図4)。これにより、身体を動かさずとも、運動をイメージした脳波を活用して電動車いすなどのデバイスを使うことが可能です。
NTTの研究では「運動イメージ推定AI」のチューニングに強みがあります。運動イメージの意図が切り替わったタイミングを考慮するパラメータを組み込んだ独自の深層学習モデルと、利用時の脳脳波に適応させながら逐次モデルを更新できる弱教師あり学習技術、推定精度の低下を防ぎます。
身体障がい者など運動に制約のある人を始め、一時的に運動ができない健常者においても、行動の自由度を上げるための試みです。さらに、メタバース空間におけるアバターの操作を滑らかに実現することができれば、デバイスやコントローラーを不要にし、従来よりも多くの人々がメタバース空間で生活することを可能にします。
脳において運動指令の中枢を担っている脳部位「運動野」は、その指令に応じて対応する箇所である「脳機能マッピング」が細かく分かれていることで知られており、今後はより細かく脳波を測定することで「運動イメージ推定AI」の精度向上も臨めるといいます。あるいは、筋肉が収縮する際に発生する微弱な電場の変化である「筋電」といった、異なるデータを掛け合わせることも精度向上に貢献できる見通しです。
展示番号 γ01-01
これまで利き手や利き足の調査は特殊かつ高価な器具を用いるため、手足の運動スキルを簡便に測定することが困難でした。そこでNTTが開発したのが、「手足の器用さ」をスマートフォンを活用することで簡便に評価するための技術です。
測定は、専用アプリを立ち上げたスマートフォンを片手に持つ、または片足にベルト等で装着し、別紙に描かれた円を空中でなぞるように動かすだけです(図5)。スマートフォンを用いた短時間の繰り返し運動を評価するNTT独自のアルゴリズムにより、加速度センサーの軌道を測定し、回転動作のばらつきを定量化して「ばらつき度」として算出します。ばらつき度を同年齢層内の比較を通じて評価することで、ユーザーの「手足の器用さ」を簡易的に定量化することができます。
今まで困難であった大規模な「手足の器用さ」に関するデータ取得を通じて、年齢に応じた「手足の器用さ」の変化を見たり、利き手の矯正が与える影響に影響について大規模的に調査したりといった活用が可能です。代表的なユースケースとしてはトレーニングやリハビリの現場が想定され、手足の回復度合いを「ばらつき度」を定期的に測ることで「見える化」できるのです。すでにスポーツ用品メーカーとの共同実験から、「ばらつき度」は10代半ばまでに減少し、年齢を重ねると共に増大していくというデータも見えています。今後もスポーツや医療、介護産業などにおける応用が期待できます。
展示番号 γ06-01
SDGsと共に全世界的な関心事となったWell-being(身体的、精神的に健康な状態であるだけでなく、社会的、経済的に良好で満たされている状態)は、個々人の生活だけではなく、企業や学校といった現場でも重要視されてきています。持続可能な社会を実現するためには、Well-beingの実現度合いを継続的に測定することが必要ではありますが、これまで低コストかつ高精度に実行することはできませんでした。
また、NTTでは「従業員体験の高度化」を推進しており、その実現に向けて,集団の調和と個人の自律のバランスを重視する「Social Well-being(ソーシャル・ウェルビーイング)」というコンセプトを提唱、研究しています。また,Social Well-beingを考える上では、個人のWell-beingに加え、個人が属する集団とのかかわりが重要であり、集団の状態の健全性を判定することも欠かせません。
まず、NTTは金沢工業大学との共同研究において、社会心理学と教育心理学の知見を融合し、Well-beingに生きるための実践的資質や能力を「ウェルビーイング・コンピテンシー」を策定しました。これにより個人としてWell-beingを高めるためのステップを主観的に捉えることができるようになります。また、その一助となるような客観的な情報を掛け合わせる技術も開発しました。例えば、「テキストリスク評価技術」は、記載した文章が他人に対してどれほど威圧的に感じられるのかを判定・評価する技術です。この技術を用いることで、メール等の文面が他者へ与える影響だけでなく、議事録から発言内容をハイライトして客観的に評価することも考えられます。また、集団に対する測定技術も同様に開発しました(図6)。
Well-being測定と支援の技術とそれらをつなぐ実践的なノウハウを確立させ、主観と客観の両面から個人と集団のWell-beingを支援することで、持続可能な社会の実現に寄与することをめざします。
展示番号 γ04-03
光通信があらゆる現場での通信におけるスタンダードになった一方で、それらを駆動させるコンピューティングにおける回路は電気で実装されてきました。しかし、その全てを光で実装することができれば、電気回路に比べて大幅な低遅延性や省電力性を実現することができます。
その試みの一つとして、NTTが開発に取り組むのが、光で暗号演算を実現する光暗号回路技術です。今回の展示では、電気入力されたビット値を光アドレス値に変換する「符号化回路」を暗号演算に導入することによって低遅延性を実現するアルゴリズムを開発すると共に、NTTが有する光集積化技術を用いて暗号回路そのものを光回路化する道筋を示しました。世界で初めて、共通鍵暗号の暗号演算1ラウンド分の演算を光回路で実現するなど、この領域においてはNTTは特筆すべき成果をあげています。
さらに、全てを光回路化したチップの開発も進んでいます(図7)。現在はスイッチング素子を減らすことによって発熱を抑える研究をするなど、改良の道半ばではありますが、サーバーなどに導入することでより低遅延かつ省電力の通信の確立をめざします。日本の半導体産業においても、NTTが取り組む「光半導体」が導入されることで大きな前進が望めるでしょう。
展示番号 γ10-13
大規模なNW(ネットワーク)の故障対応においては、複数のNWの管理情報を用いた分析が欠かせません。しかし、管理がそれぞれの区で分かれており、従来はNWをまたいだ故障の影響を把握することや、迅速な対処方法を見出すことが困難でした。
NTTが開発したNW故障の影響把握・対処ナビゲーション技術は、この困難さを乗り越え、より早く復旧させることを可能にします。まずはNW設備の故障が発生した際に、故障と影響の特定をするためにRAN・伝送・コアなど複数NWをまたぐ一元管理・可視化を実現する汎用データモデル「NOIM」によって情報を収集します。また、故障箇所の推定技術(Konon)も活用し、通信サービスの故障も自動的に分析をかけることができます(図8)。それにより、故障箇所の特定や影響を把握したうえで、シナリオ作作成自律型LLMエージェントに故障情報を連携します。LLMエージェントは機器の運用手順書やマニュアル等を参照し、適宜リアルタイムに処理・復旧作業を実行していきます。事前の処理フローを定義するのではなく、状況に即した情報を収集・活用して対処を実行しますが、NTTのLLMエージェントは一般的なそれと比較して、高い精度のナビゲーションを実現することができています。
従来は、過去のアラーム事例や措置履歴などからベテラン社員が故障箇所を推定したり、必要な作業マニュアルを探しだして参照したりといった対応がとられてきましたが、これらの技術によって故障の特定からLLMエージェントによる復旧までを自動化することが可能になります。
今後は社会サービスを支える重層的なNW基盤においても、故障の影響可視化と対処ナビゲーションといった作業を的確かつ自律的に行う技術を持って、30分以内にサービス影響の初報発出、60分以内の回復対処をめざします。
「DEVELOPMENT」エリアでは、IOWN、生成AI、宇宙関連の最新研究と実用化事例など52の展示が行われました。進化し続けるNTT版LLM「tsuzumi」による人とAIの協働事例、IOWNに関連して映像制作設備のネットワーク化・共有化・クラウド化を実現する「映像プロダクションデジタルトランスフォーメーション(DX)」、NTTグループの宇宙ビジネスブランド「NTT C89」の取り組みなど革新的な技術開発が展開されています。
展示番号 δ01-01
キーメッセージに「tsuzumiの力で、ビジネスと日常に新たな快適さを」と掲げたことからも分かるように、昨年の展示との大きな差分として「tsuzumi」をより現場で活かすための技術が追加されました。それが「視覚読解アダプタ」です(図9)。WebページやPDFといった文書はテキストだけでなく画像や図表、それらの配置が意味を持ちますが、こうした文書全体の意味を理解するために視覚的に読解する技術を搭載しました。
今回の展示では社内向け発注システムの作業を例として、「tsuzumi」に希望商品の発注伝票をオートメーションに起票させるデモンストレーションを実施しました。「tsuzumi」は作業マニュアルを参照しながら実際のシステム画面を操作し、無事に起票を終えていました。
人間用につくられたデータやITシステムであっても、つくられた年代や技術によって複雑で扱いづらいものは多く、生活や業務の負担になることは少なくありません。特に、大企業や官公庁など大規模システム改修に期間や資金を要するところでは、レガシーな技術を延命しながら使う現状も見受けられます。従来ならばシステム改修に着眼するところ、「tsuzumi」であれば現行のシステムを理解しながら作業できるため、新たな業務改善アプローチの道筋も示せるでしょう。そのほかにも人間の自然な対話や応答、文書を理解しての情報入手や投入を通じ、「tsuzumi」は人とAIの協働を促しながら、さらなる進化を続けています。
展示番号 δ03-07
近年、ネット系メディアによる映像コンテンツ事業の競争が激化しています。より高品質なコンテンツを、より効率的に制作することが求められる中で、IOWN APNを活用した「映像プロダクションDX」はその一助となります。
多数の撮影現場と制作拠点を「大容量・低遅延・遅延揺らぎなし」のIOWN APNでつなぐことにより、多拠点間の広域接続ネットワークを実装します。例えば、スポーツイベントの中継映像を放送するためには、従来ならば制作機材を積んだ中継車やスタッフを手配することが一般的でした。しかし、IOWN APNを活用すれば、イベント会場の映像ソースをプライベートクラウドへ直接送り込み、その映像をまた別のスタジオからリアルタイムで編集することが可能です。
今回の展示では、実際にTBSテレビの情報番組を武蔵野研究開発センタから画像切替やミキシングをして放送したり(図10)、台湾の中華電信と協力して3000 kmにわたる国際APNをつないだりと、映像コンテンツ制作における新たなスタンダードとなり得る環境を提示していました。
展示番号 δ05-09
NTTグループは、宇宙ビジネス・産業向けブランド「NTT C89(シー・エイティ・ナイン)」を立ち上げ、サービス創出や気候変動といった地球課題の解決に取り組んでいます。近年は衛星やロケットの打ち上げコストの低減などを背景に、宇宙空間を活用したビジネスやサービスが増加しています。
その1つが、宇宙探査に欠かせない存在である惑星探査車「ローバー」による調査です。自動あるいは遠隔操作によって広範囲の調査が可能であり、月面探査を進めるための大切なパートナーともいえます。しかしながら、月面は太陽が当たる「昼間」側の表面温度は約110 ℃まで上がる一方で「夜間」側は約-180 ℃といったように環境の変化が激しいことが、ローバーの活用においても障壁となっています。動力源となるバッテリの利用が困難であり、また送電ケーブルを地球から運ぶことにも多大なコストがかかります。
そこで温度や日照に影響されない安定した電力をワイヤレスに供給する手段として、NTTが開発したのは、月面で調達可能な資材を使った高効率・非接触なエネルギー伝送方法です。強力な電界の波を発生させる独自開発の電界共振アンテナを含む「送電器」から発生させた表面波を、レゴリスと呼ばれる「月の砂」を伝送路として、「受電器」を取り付けたローバーへ届けることで給電を可能にします(図11)。従来型の「磁界共振」やマイクロ波を用いる方法に比べると、伝送可能な面積を100倍以上に拡張でき、10倍以上の伝送効率を実現します。いわば、レゴリスを活用した「月面電力伝送網」の構築といえます。将来的には月にとどまらずに、2050年以降には宇宙エレベータの昇降機への給電にも適用させることをめざしています。
展示番号 δ02-02
既存のサーバではGPU制御・通信に大量のCPUパワーを消費するうえ、通信が通信してしまうために遠隔地へGPUを集約することも困難でした。そこでNTTでは、DCI(Data Center Interconnection)においてアクセラレータの効率的な活用と低遅延接続技術を開発し、データセンタの電力削減に貢献します。今回の展示では、開発したDCIコントローラソフトを用いたサーバシステムを例示しました(図12)。このコントローラソフトにより、光電融合スイッチへの制御指示と、コンポーザブルサーバへの割当てを実行します。光電融合スイッチではアクセラレータ同士が自律的かつ直接的に高速通信をし合う一方で、コンポーザブルサーバでは負荷の変動に応じてリソースプール中のアクセラレータを柔軟に割り当てることを可能にしました。実験ではDCI適用により映像を用いたAI分析においても34〜62%の消費電力削減に貢献しています。
また、APN上で遠隔地へのメモリ間データコピー(RDMA) を実現する「低遅延遠隔接続」に関する技術を用いて、「データ集約拠点」と「データ分析拠点」が数百km離れていても情報を処理できる環境を構築しました。これによりCPUのオーバーヘッドを削減すると共に、通信遅延や消費電力を最大で約60%削減することもできました。今後は、スマートシティやデジタルツインの実現に必要となる、多数の拠点にまたがる複数のカメラ映像を用いたセキュリティ監視・行動分析などを行うユースケースを想定しています。将来的には、遠隔地に集約したGPUを効率的に利用することにより、さらなるコストダウンと省電力化につなげていく見通しです。
展示番号 δ01-10,δ01-11
ビジネスの現場だけでなく、個人や自治体においても生成AIの活用が図られています。文章データを学習して、人間の言葉を高度に理解して新しい文章を作り出せるLLMは、各企業がしのぎを削ってサービス提供に努めています。しかし、出力結果はそれぞれの学習データとアルゴリズムによるところが大きく、結果が一般的な解になってしまったり、一面的な観点からしか成されなかったりするケースもあります。そこでNTTは「AIコンステレーション」という考えのもと、単一・巨大なLLMに依存するのではなく、専門性や個性を持った複数・小型のLLMを連携させて、結果における多様性を向上させるための技術開発に取り組んでいます。多様なAIがつながり、相互に作用していくアーキテクチャを、星がつながり星座になっていくイメージをもって「AIコンステレーション」と名付けました。
それを実現させる技術の一つが、LLMを連携させ、議論を進めるための「ファシリテータAI」です。ファシリテータとは、会議やグループワークで中立的な立場から議論を促し、参加者の相互理解や合意形成を支援する人のことを指しますが、まさにこの役割を担うAIです。
例えば、福岡県大牟田市で行われたAIコンステレーションを活用した市民参加型ワークショップでは、「大牟田市における介護予防の方法のアイデア出し」を複数のLLMとファシリテータAIによって実践しました(図13)。LLMにはそれぞれ内科医師、作業療法士、社会疫学者、歯科医師、民生委員といった役割を与え、各自が自らの専門性から必要と思われるアイデアを発表します。それらの内容をファシリテータAIが調整しながら、観点が多様になりつつも、少数意見も尊重した議論になるように導いていきました。ワークショップでは、LLMによる会話をベースに、さらに同様に専門性を持つ人間がディスカッションすることによって議論を発展させることを体験しました。
また、LLM同士の会話からAIエージェントが知識を獲得し、自律的に成長するような技術の開発も進めています。自律成長するAIと人間が協調することで、より高精度で複合的なタスクについてもこなせるように発展していく未来像を描きました。
展示番号 δ01-13
人間からの指示があって動くのではなく、ロボットが自ら業務や状況を理解し、柔軟に活動してくれるような、言わば「気の利いたロボット」は作れるのでしょうか?
その問いを発展させ、生成AIを組み合わせたサービスロボットの制御技術の開発が進んでいます。既存のルールやアルゴリズムをベースにして駆動させるのではなく、LLMに「役割と業務知識」「とボットとしての自身の身体」「周囲の状況」といった観点を掛け合わせた結果を導き出し、自発的にタスクを実行させることを目指しています。
今回の展示では、とある介護施設を想定したデモンストレーションを実施しました。LLMには「介護施設での生活援助」が役割として与えられています。座っている男性が近くの冷蔵庫から飲み物を取り出すも、冷蔵庫のドアを閉めずに去ってしまいます。その様子を見ていたサービスロボットは、男性に対して「冷蔵庫のドアが開いていますよ」と合成音声で呼びかけますが、男性が戻って来る様子が無いことを判断すると、自ら冷蔵庫に歩み寄ってドアを閉める、という流れが紹介されました(図14)。
LLMは、ユーザーの行動履歴を「飲み物を飲んでいるようです」や「缶を開けようとしている」など一つずつ把握し、そこから「念頭に置くべきこと」や「やるべきことの候補」を推論します。そして、候補から導き出せる「やるべきこと」を決め、サービスロボットが実行するのです。
労働人口の減少や高齢者生活支援といった社会課題に対する解決策としても、こうした「おもてなし」ができるロボットが貢献する余地は大きいといえるでしょう。
展示番号 δ04-03
特にコロナ禍以降、ニーズが高まるライブ配信事業において、これまでの光伝送NWではニーズに応じた柔軟なリソースの提供や、遅延を感じさせないようなリアルタイム性の実現に課題がありました。さらに、ビジネスツールとしても注目度が高まるライブ映像配信において、AI処理などを用いたリッチコンテンツの実現には、専用装置や専門スタッフの配備も伴います。
たとえば、異なる映像拠点から人間の動きをカメラで撮影し、その映像に対してリアルタイムにアバターを合成処理したものを、一つの画面に合成して配信するケースです。伝送や処理の遅延によってアバターの動きが揃わなかったり、あるいは不自然になってしまったりと、クオリティが伴わないことがあったのです。
NTTが開発したのは、こういった映像をNW内でリアルタイムに処理する技術と、分散型DCを実現するSCX(subchannel circuit exchange)技術です。今回の展示では、NW実装された映像処理機能と撮影拠点とを大容量・低遅延のAPNで接続することにより、簡易な設備で高品質な映像を配信する様子をデモンストレーションしました。
複数拠点からの映像を入力し、AIなどを用いた高度な映像処理を施しても、SCX技術があることで確定通信パスを自由に構築できたり、映像サービスで必要となる冗長性を実現したり、帯域変更(ヒットレスリサイジング)に対応したりすることで、配信映像の同期性を確保できていました(図15)。これらのAPNを活用したエンド・ツー・エンド光映像配信アーキテクチャによって、今後も多地点をオンデマンドに結ぶ低遅延なライブ配信が実現されていくでしょう。
「BUSINESS」では21の展示を通じて、研究開発の成果が実際のビジネスでどのように活用されているかを、コミュニケーション&コンピューティング,CX(Customer Experience)&DX、セキュリティ&プライバシーの3つの観点から、NTTグループ各社の取り組みを通して紹介しています。「4Dデジタル基盤®」を利用した「交通整流化」で社会負荷低減への試みや、生成AIとのかかわりも深い「声の権利保護」技術といった商用化と直結しながら社会実装される技術が案内されました。
展示番号 β01-10
現実世界にある物体や状況を仮想空間上に再現し、モニタリングやシミュレーションを行うことで現実世界の問題へアプローチする手法として「デジタルツイン」の活用が広がっています。NTTはIOWN構想においても「デジタルツインコンピューティング(DTC)」を組み込んでおり、それを支える技術として「4Dデジタル基盤®」の開発や活用を進めています。高精度で豊富な意味情報を持つ「高度地理空間情報データベース」上に、高精度な位置・時刻を持つセンシングデータをリアルタイムに統合し、高速に分析処理・未来予測を行います。
4Dデジタル基盤®技術の活用手段として注目されているのが「交通整流化」です。そのためのTDM(Transportation Demand Management)においては利用者個々の行動が交通全体へ与える影響を予測・評価することが欠かせません。現在はNTTグループ各社と阪神高速道路が連携し、都市の道路交通の整流化につながる有効性を実証中です。例えば、多様な時空間データを連携させる統計技術から交通シミュレーションを行い、該当ユーザに対してスマホアプリを通じた交通レコメンド情報を提供しました。その行動結果を基にレコメンドの価値を高める学習までを一貫して行うデモンストレーションも予定されています(図16)。
交通整流化にとどまらず、多様な時空間データの連携や統合、活用を促進する技術群を向上させることにより、モビリティサービスやマーケティングの分野における展開が期待できます。
展示番号 β03-06
生成AIにおける音声分野の活用は、記載したテキストを自然なトーンや声音で読ませる「テキスト・トゥ・スピーチ」技術や、実在人物の音声をサンプリングして音声合成へ活かす技術などが進展しています。一方で、俳優や著作権者の許諾無しに生成AIへキャラクターの音声を学習させ、異なるコンテンツを生み出す行為が問題視され、声優らが加入する日本俳優連合がルールづくりの必要性を訴える啓発動画を公開するといった事態も起きています。適正な利用を促すだけでなく、公正な収益配分を実現するシステムへの対応が求められているのです。
NTTが開発した「多言語音声合成技術」と「トラスト技術」の組合せは、それらの問題に対処する手法となり得ます。まず、多言語音声合成技術では,最短で数分から10分程度の話者音声と音声合成のベースモデルを学習することにより、オーダーメイドの音声合成モデルが構築可能です。また、そのモデルを用いて日本語、英語、中国語、韓国語へ音声を変化できるクロスリンガル音声合成技術も備えています。「トラスト技術」においては、暗号通貨に活用されるデータの透明性と改ざん防止機能をブロックチェーン技術に応用し、音声データ・音声モデル・合成音声のそれぞれにタグを付与して紐付けることで、データの真正性を確認できるようになります。また、使用データの履歴をたどることによってレベニューシェア(事業収益の分配)も容易です。
今回の展示では、実在のアイドルやアナウンサーの声を学習した生成AIが来場者からの質問に本人のような音声で答えたり、多言語に回答したりするデモンストレーションを実施していました(図17)。
NTTは、自らの声をIP(Intellectual Property)化したい供給者と、AI音声をサービスやグッズに活用したい需要者を結ぶ役割を担うことにより、グローバルにおいて音声コンテンツの利用機会の創出を図ります。