NTT R&Dフォーラム — Road to IOWN 2022 開催報告

2022年11月16〜18日の3日間にわたり開催しました
NTT R&Dフォーラム — Road to IOWN 2022 の模様をご紹介します。

フォーラム概要

IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)1.0サービスの商用化を目前に控え開催された今回の「NTT R&D フォーラム」は、「大容量」「低遅延」「低消費電力」のさらなる通信技術の進化へ向けて、島田社長・岡部門長による基調講演、そしてIOWN Global Forum のメンバーなどによる3つの特別セッション、さらには90を超える研究展示で、最新の研究成果を皆様にご紹介しました。昨年までに考えてきた技術ロードマップはついに具現化され、まさに今、IOWNの光は灯ろうとしています。本記事では、オンライン開催で盛況を博した「Road to IOWN 2022」フォーラム開催の模様を皆様にお届けします。

基調講演

基調講演1 テーマ:IOWN 1.0 ―「IOWNサービス」スタート― 島田 明 NTT 代表取締役社長

島田明NTT代表取締役社長が「IOWN1.0 ―「IOWNサービス」スタート―」のテーマで、2022年度末からサービス開始となるIOWNサービスを中心に講演を行いました。
はじめに、さまざまな機器のIoT化によって、データに基づくアクションが求められる「データドリブン社会」での、データ容量・電力消費量の大幅増加や通信遅延などの課題について言及しました。これらを解決するための、IOWNサービス第一弾として「オールフォトニクス・ネットワーク(APN)」サービスを2023年3月までに商用化することを発表しました。APNサービスは、IOWNの目標性能である遅延200分の1と揺らぎのない通信を達成することで、遠隔医療・スマートファクトリ・遠隔地どうしでのeスポーツ対戦など、さまざまなサービスへの適応が可能になると説明し、またデータセンタ間を大容量・低遅延で接続することにより、複数のデータセンタを1つのデータセンタとして扱うことができる可能性を示しました。
次にIOWNの最大の特徴である電力効率のキーデバイスとして、光回路と電気回路を融合させた「光電融合デバイス」を挙げ、これをネットワークのみならずコンピューティングへ適用して大幅な電力削減を実現する計画を明示しました。光電融合デバイスをAPNサービスおよびサーバなどに適用・拡大させながら、2029年のIOWN3.0では通信容量125倍、それ以降のIOWN4.0では電力効率100倍の目標性能を達成するといった、サービス展開の詳細な計画を発表しました。
最後に、現実空間のさまざまなデジタルコピーをサイバー空間で表現し、データ分析や未来予測などのシミュレーションを行う「デジタルツインコンピューティング(DTC)」の例として、アーバンネット名古屋ネクスタビルの街づくりを紹介しました。空調制御・フードロス削減を2023年度中に商用化として実現し、サービスの拡充・展開を進めながら「個人にも地球にも優しい街づくりに貢献」していくと述べました。また2025年の大阪・関西万博に向けて、パビリオンの出展とIOWN2.0サービスの商用化発表を行うと宣言しました。

基調講演2 テーマ:Road to IOWN ―射光― 岡 敦子 NTT 常務執行役員 研究企画部門長

岡敦子 NTT 常務執行役員 研究企画部門長による講演は、IOWNが今年度末から実際にサービス提供開始され、IOWNの光が灯りユーザに届けられることから、テーマを「Road to IOWN ―射光―」として行われました。
構想レベルであったIOWNが、これから実際に実用化のフェーズに入るという状況の中、IOWN構想の研究成果第一弾としてさまざまな研究の具体的な進捗状況を公開しました。
最初のトークテーマである「IOWN データセンタ×APN」では、NTTのデータセンタをAPNで接続し大規模かつ実践的な環境でサービス開発を加速すること、そして現在のデータセンタのトレンドである「大型化」に対応するため、データセンタの分散化を行いながらAPNによって効率的な対応を行う計画を表明しました。これにより土地や電力の確保といった課題が解決可能になります。またそれに関連したAPNの2つの成果として、光ファイバーの伝送容量を1波長当り1.2 Tbit/sで伝送できるデジタルコヒーレント信号処理回路の開発と、トランシーバ向けの400 Gbit/sコパッケージのプロトタイプ作成の事例を紹介しました。この技術は2023年中に商用化するとともに、次世代の超大容量通信を支える基盤技術として今後も研究を進める考えを明らかにしました。
そして「現在のAIとIoTを組み合わせた環境にはネットワークの問題がある」と掲示し、この問題をAPNでデータセンタ間をつなぐことで解決し、「真の産業インフラ」環境を創出することを宣言しました。
さらにAPNの本質の1つは「リアリティを伝えるための高い伝送能力」であるとし、リアリティ再現に不可欠な映像・音響・言語・触覚などの情報伝送を支えるAPNの適用例である遠隔医療のユースケースを取り上げました。またNTTが古くより研究を進めてきたさまざまな音響音声技術の成果の中から、音響技術を応用して無線で水中ドローンをコントロールする先進技術や、聞きたい音だけを再生し不要なノイズを遮断するPSZ(パーソナライズドサウンドゾーン)技術を利用した世界初のイヤホンやスピーカーなどを発表しました。

特別セッション

特別セッション1 量子コンピュータでも解けない暗号を作るには

特別セッション1「量子コンピュータでも解けない暗号を作るには」では、NTT Research, Inc.から2名、CIS研究所Brent Waters博士と代表取締役社長五味和洋氏によるセッションが行われました。
Brent氏は現在使われている暗号方式の1つである公開鍵暗号が、量子コンピュータによって解読されてしまうという問題について議論はスタートしました。内積の計算時に誤差を加える「誤差を伴う学習(LWE)」は、量子コンピュータの計算にも耐え得る格子暗号であるとし、耐量子以外でのさまざまなメリットなども説明しました。
そして次の「悪質な行為を防止するために公開鍵暗号を守れるか」という問いに対しては、Brent氏の答えはイエス。それを証明する例の1つとして、Craig Gentryが2009年に提唱した「送られてきたデータが何なのか全く分からないにもかかわらず演算を実行できる」という完全準同型暗号(FHE)の暗号化技術を引用し、セキュリティ侵害などのリスクを回避する方法に触れました。そのほかの興味深い暗号化技術としては、Brent氏自身が発明した「アクセスポリシーに沿った暗号化」を行う属性ベース暗号(ABE)と、研究者たちがこの機能を利用して次々に開発したさらに高度なバージョンの事例をピックアップし、セッション後半ではNTT Belgiumのチームが、プライバシー性の高い情報が含まれる画像の一部分を属性ベース暗号で保護するという活用手法を紹介しました。
最後にBrent氏は、耐量子暗号におけるリスクについて、何年後に大規模な量子コンピュータが登場するかは分からないが「事前に対策を講じる必要がある」と、リスクに対する警戒の重要性を強調しました。

特別セッション2 Have your ticket ready.―IOWN is taking off NOW !―

「Have your ticket ready.―IOWN is taking off NOW !―」と題した特別セッション2では、Marketing Steering CommitteeチェアのGonzalo Camarillo氏をモデレータとして、2030年ビジョン白書編集者のAndres Arjona氏、Red Hat社のIan A. Hood氏、Use Case Working Groupチェアの伊東克俊氏、Technology Working Groupチェアの川島正久IOWN推進室室長の計5名、IOWN Global ForumメンバーがPoCの取り組みを中心にセッションを行いました。
はじめにAndres氏からビジョンの共有、伊東氏から昨年来実施してきたユースケースの紹介、川島室長からAPN・DCI(データセントリック・インフラストラクチャ)といったIOWN主要技術の紹介と、それがPoC活動にどのように役立つか報告がありました。モデレータの Gonzalo氏は「PoCの実施を踏まえて、ペーパー上の仕様とユースケースをどう開発し、さらに進化させるかを反復することが重要である」と周知して議論が開始しました。
1番目の議題「PoC活動での検討課題と注力している活動」では、IOWN Global Forumが今年から開始する具体的なPoCの取り組みについて各パネリストによる報告が行われました。昨年来議論してきた技術仕様は、本年からいよいよ実装のフェーズに突入します。
Ian氏は、自社プラットフォームでのユースケース実現とAPNの優位性実証を行うPoCの取り組み、その実現に必要な技術ギャップを解決するRDMA(リモートダイレクトメモリアクセス)・リモート情報管理のセキュリティ技術における活用事例を紹介しました。またモバイル分野において、APN実現のメリットを実証して新サービス導入を加速させる計画を打ち出しました。Andres氏は、モバイルフロントホールのためのAPNにおける、実証に向けたPoC開発計画を明示し、伊東氏は、エンタテインメント領域や産業マネジメントの分野でのセンシングとロボットのソリューション能力を活用した取り組みについて、最後に川島室長は、NTTが現在大都市のデータセンタをAPNで結ぶIOWNテストベッドを構築中であること、来年から実現性・通用性を検証してユースケースを開発実施することを報告しました。
2番目の議題である「PoC後の取り組み」として、Andres氏は光通信の新たな地平を拓くために他の標準化団体とグローバルな連携をして協力を促進する考えを訴え、Ian氏は標準化団体やオープンソース・プロジェクトにて目標を達成する計画を発表、伊東氏はサービス提供者をオープンなエコシステムへ呼び込むための取り組みの報告を行いました。最後にGonzalo氏は今後の展望として「IOWN実現・普及の取り組みを続け、前年にどのような進化を遂げたか説明することをフォーラムの伝統にしたい」と締めくくりました。

特別セッション3 宇宙大航海時代 ―未来を切り開く羅針盤―

特別セッション3は「宇宙大航海時代 ―未来を切り開く羅針盤―」と題して、MCにタレントのハリー杉山氏、スピーカーに株式会社Space Compassから2人の代表取締役Co-CEO松藤浩一郎氏と堀茂弘氏を迎え、これからの宇宙産業の展望についてセッションを行いました。
Space Compass社が掲げる宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想とは、「地上・海上・空・宇宙にある、あらゆる人やモノに光の通信で高速につなぐ」という計画。NTTがめざすBeyond5G/6Gのモバイルネットワークを実現するために、成層圏や低軌道の空から地上通信帯を全国土でカバーする新たな飛行型通信基地局をつくり、地球のリアルタイムな観測をめざしています。松藤氏はこの構想のメリットを「宇宙から見ることで、地球の本当の現状や姿を客観的にとらえることができる」と説明しました。
次に宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想の3つの柱「宇宙センシング事業」「宇宙データセンタ事業」「宇宙RAN事業」について、宇宙統合コンピューティング・ネットワークが実現した未来では、人間の目に見えないデータを宇宙から観測することで、従来は不可能であった「正確な災害対策・経済情報の伝達・安全保障」などが可能になると解説しました。その中でも、特に期待されているのが非地上型インフラ(飛行機型)HAPSで、2025年の実用化通信に向けて実験が進んでいることを紹介しました。
最後に未来に向けたビジョンとして、堀氏は「新たな時代を開拓し宇宙大航海時代の道しるべとなるための事業やチャレンジ」を、松藤氏は「これからの高齢化社会に向けたロボット・ドローン・自動化運転といった技術を支えるネットワーク構築」を標榜しました。

研究成果展示

NTTの最新技術、研究成果を6つの技術分野に分類し紹介しました。
その中から、特に注目された研究を以下にピックアップしてレポートします。

技術分野1 Network

技術分野「Network」では、2023年3月よりサービス提供されるIOWNのAPNサービスを中心に、さまざまな光・無線ネットワーク技術を紹介しました。
IOWN APNを活用した手術ロボットの遠隔利用」で紹介したのは、2023年よりサービスが提供開始されるAPNの適用例の手術支援ロボットを支える技術です(図1)。APNによって低遅延で揺らぎのないロボット操作・映像伝達を実現し、さらに暗号化技術を加えた高セキュリティな手術環境を実装することによって、より離れた遠隔地からの医療が可能になります。
また「オールフォトニクス・ネットワークを支える光・電子デバイス技術」では、APN高速大容量の光パスを支えるさまざまな先端機能デバイスを紹介しました(図2)。世界最大容量となる「毎秒1.2テラビット」の伝送を可能にする光デバイスや、新世代の高密度インタフェースなどでIOWNの目標性能「大容量」「低遅延」「低消費電力」に貢献します。

図1 IOWN APNを活用した手術ロボットの遠隔利用 図2 オールフォトニクス・ネットワークを支える光・電子デバイス技術

技術分野2 XR (UI/UX)

技術分野「XR(UI/UX)」では、リアルとサイバーが融合する世界や、リアル環境を超える体験を可能とするリモートワールドを支える技術を公開しました。
パーソナライズドサウンドゾーン」では、周囲の音空間を制御しユーザに適した音空間をつくり出すための研究を紹介しました(図3)。周囲の音を遮断する技術と必要な音を聞き取る技術を用いて、快適・安全な車内空間の例や世界初のオープンイヤー型イヤホンの展示を行いました。
IOWN時代のメタバース」では、リアルな空間を実現する「3D空間メディア処理技術」と本人性を持ったアバターがサイバー空間で自律的に行動する「Another Me技術」を用いて、リアルとバーチャルが交錯する未来のコミュニケーションのデモンストレーションを展示しました(図4)。人と社会のつながりを高め、多様性を受容できる持続可能な社会を創出します。

図3 パーソナライズドサウンドゾーン 図4 IOWN時代のメタバース

技術分野3 Security

技術分野「Security」では、暗号技術を応用して安全な通信を実現する技術などを展示しました。
量子コンピュータ時代を見据えたセキュア光トランスポート技術」は、2030年以降実現される量子コンピュータの到来に向けた、セキュアな暗号技術を紹介しました(図5)。複数のアルゴリズムや鍵共有プロトコルを組み合わせた「Elastic Key Control技術」により、暗号通信・電子署名・認証認可などのセキュリティ被害を解消します。
また「AIのプロフィールによる同一性検証」では、今後AIが普及した場合に発生するAIのなりすましなどの被害を防ぐ技術を紹介しました(図6)。AIが注目した個所や出力結果に着目することで、不適切なAIの判別が可能になり、これによってAIの安全なビジネス利用を促し、人とAIの共存・共栄をめざします。

図5 量子コンピュータ時代を見据えたセキュア光トランスポート技術 図6 AIのプロフィールによる同一性検証

技術分野4 AI/Computing

技術分野「AI/Computing」では、さまざまな分野におけるAIを使ったサービス紹介やAI活用の展示が行われました。
ビジネス現場でコトバの壁を飛び越えるリアルタイム翻訳技術」においては、通訳に取って代わる高精度な日英同時翻訳技術を紹介しました(図7)。文意伝達に不要な言葉や言い淀みなどの自動除去技術、文区切り位置の自動推定技術、機械翻訳エンジンを組み合わせることで、リアルタイムの会話の自然翻訳を実現しています。
また「シグナルフリーモビリティ:信号機を使わない分散型交通制御」では、デジタルツインにおける取り組みとして、信号機のない街で車が衝突せずに走行する「シグナルフリーモビリティ」をデモンストレーションとともに発表しました(図8)。仮想世界のデジタルツインと実世界にあるミニチュアの車が、相互にフィードバックしながら全体最適な交通制御を実現することで、信号待ち渋滞などの従来の交通課題に終止符を打ちます。

図7 ビジネス現場でコトバの壁を飛び越えるリアルタイム翻訳技術 図8 シグナルフリーモビリティ:信号機を使わない分散型交通制御

技術分野5 Environment and Energy

技術分野「Environment and Energy」では、持続発展可能な目標やカーボンニュートラルといった課題に向け、快適な地球環境を実現する技術を展示しました。「レーザを用いた二酸化炭素ガスセンシング技術」においては、半導体レーザを用いて二酸化炭素の状態を正確に測定するセンシング技術について説明しました(図9)。従来のレーザでは不可能であった火力発電などの状態変化の大きい環境下でも、二酸化炭素濃度をリアルタイムに計測することができ、環境破壊ガスの削減や地球温暖化抑制の実現に寄与します。
また「海洋中のCO₂を削減する生物学的変換技術」では、海洋中のCO₂を吸収する藻類と魚介類の、炭素固定量を向上させるゲノム編集技術と、年間当りの炭素固定量を評価する技術について紹介しました(図10)。海洋中におけるCO₂を削減することによって、海洋生態系への影響を少なくし、さまざまな地球環境問題解決やカーボンニュートラルの実現へつながります。

図9 レーザを用いた二酸化炭素ガスセンシング技術 図10 海洋中のCO₂を削減する生物学的変換技術

技術分野6 Basic Research

技術分野「Basic Research」では、物理ニューラルネットワークの取り組み、バイオデジタルツインへ向けた研究開発など、社会に変革をもたらすさまざまな分野の基礎研究を紹介しました。「EXを高めCXを創出するSocial Well-being」は、経済合理性だけによらない価値「Well-being」に着目した研究を展示しました(図11)。東アジアの思想伝統を踏まえた自己観「Self-as-We」をキー概念に、個人と集団のかかわりを「支援する」「測る」技術と方法論を確立することで、個々人のWell-being(EX)と集団での成果創出(CX)を両立します。
また「モバイルセンシングと生体情報処理による身体機能の評価」では、生体データから身体や心の状態をサイバー空間に生成したバイオデジタルツインを活用して、年々患者数が増加している心血管疾患を予防する研究について発表しました(図12)。簡単な検査での心肺機能測定と有効なリハビリ提案が、多くの人の健康維持増進や重症化予防に貢献し、明日へ希望をつなぎます。

図11 EXを高めCXを創出するSocial Well-being 図12 モバイルセンシングと生体情報処理による身体機能の評価

フォーラムを終えて

オンライン開催3年目となった今回のフォーラムは、視覚的により分かりやすい展示にするために、内容をイメージしやすいイラストや技術のポイントが一目で分かるパネルなどを使用して、さまざまな研究を紹介しました。IOWNのサービス開始に向けて、具体的なシステムや取り組み事例から、先の未来を明るく照らす多彩で最先端の技術を皆様にお伝えしました。 今後もNTTグループは多くの社会課題を解決する技術開発の営みを続け、新たな体験と感動をお届けし、皆様と一緒に新たな未来を創造していきたいと考えています。これからのIOWNの発展にご期待ください。