こちらでは、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想の発想から実現に向けて、最新の研究成果を交えて紹介します。本内容は、2022年11月16~18日に開催された「NTT R&Dフォーラム - Road to IOWN 2022」における、岡敦子NTT研究企画部門長の基調講演を基に構成したものです。
今回の「NTT R&Dフォーラム」は「Road to IOWN 2022」と題して、90を超える展示と5つの講演等の配信を行いました。展示は「IOWN Now、Evolution、Future」の3つにカテゴライズして、それぞれ今使えるIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)、2030年に向けてつくられる世界と関連技術、そしてさらにその先の技術を紹介しています。今回も新型コロナウイルス感染症対策の一環で、オンラインでの開催とさせていただきました。
オンラインでの開催は3年目ですが、たくさんある展示の中から興味のある展示を見つけるのが大変であるとか、技術の要点を端的に知りたいといった声を多くいただきました。その対策として、研究開発分野でない方に入ってもらい、視覚的に内容をイメージしやすい、分かりやすいイラストを作成しました。たくさんある展示の中から興味に近い展示をいち早く見つけることができるのではないかと思います。
今回の注目ポイントを紹介する前にIOWN構想のおさらいをしたいと思います。
肝になるのは光の技術です。高速と低消費電力を売りとする光のデバイスを用いて、ネットワークとコンピューティングの基盤を一新し、そのうえで大量のデータを処理・分析・利用するデジタルツインコンピューティングを通して、スマートでWell- beingな世界をつくり上げる構想です。
光の技術として、オールフォトニクス・ネットワーク(APN)について説明します。現在も光ファイバで通信しているではないかと思われるかもしれませんが、実はその途中途中でたくさんの電気-光変換を行っています。電車で乗り換えを行っているようなものです(図1)。これを光のダイレクトパスに変革します。すなわち、直通列車に乗るようなものです。従来よりも大容量で低遅延、かつセキュアなネットワークを形成することができます。
また光は波長、つまり光の色を変えることで、1本のファイバの中に別々のネットワークをつくることができます。あるネットワークは従来的なインターネットプロトコルによるもの、あるネットワークは医療専用プロトコルのネットワークといった、機能や役割別のネットワークをつくることもできます。そして、光の信号はコンピュータの中に入っていきます。多くの素子で回路が構成されているボードレベルを光の導波路でつなぐことでサーバの筐体が取り払われます。光の配線は距離減衰が極めて小さいので、従来よりも大規模な並列演算やメモリの共有ができるようになります。さらに、ボード内の導波路を光化することでボードの壁を撤廃し、強力なコンピューティングシステムをつくることができます。これを光ディスアグリゲーテッドコンピューティングと呼んでいます。
IOWN について、いつごろこの構想を検討されたのですか。という質問をよく受けます。その契機は2019年4月に発表した光トランジスタの実現です。そこから一気に議論が加速して発表に至りました。しかしながら光が通信だけでなく、コンピューティングにまで影響を及ぼすであろうという発想は遠い昔からありました。NTTではその実現を信じて、光の研究を1960年代から続けてきました。その経緯を振り返る中で1つの面白い記事を見つけました。私が入社した年である1988年、34年前に電気学会の100周年記念誌に当時の弊社の研究者が寄稿したものです。光インターコネクションとはまさにボード間、チップ間を光で結ぶという光ディスアグリゲーテッドコンピューティングの発想です。その中で、コヒーレント光学系は物理マシンをつくるという話でIOWN構想では最適化問題を解く、LASOLVⓇという成果につながったものといえます。そして、光のプロセッサをつくる話で、光のトランジスタの実現はこの一環です。さらに、光でニューラルネットワークを構成する話です。ニューラルネットワークベースのAI(人工知能)がこれほどの社会的インパクト与えるとは誰も知らない当時から、その発想があったわけです。正直、2019年にIOWN構想を発表したときは、NTTは何を言っているのだろう? そんなことができるの? と思った方は大勢いらっしゃると思います。しかし NTTの研究者は遠い昔からこのような時代が訪れることを予測して、研究を進めて、今ようやくその成果の発信にたどりついたのです。
次にIOWN構想の実現の核となる光電融合デバイスの開発計画について説明します。デバイスを5つの世代に分けて研究開発を進めています(図2)。
第一世代は今のネットワークの高性能化です。第二世代はデータセンタ間の伝送を想定し、取り回しの容易性を重視したデバイスになります。第三世代に入ると、いよいよコンピューティングの領域に光が介入していきます。コンピュータどうしをつなぐのではなく、パーツであるボードとボードを光でつなぐためのデバイスです。第四、第五世代はチップ間、チップ内と光がコンピュータの奥深くまで入り込んでいくデバイスになります。まだまだ越えないといけない技術的な壁はありますが、鋭意その実現に向けて取り組んでいきます。
次に研究の進捗について紹介します。いよいよ2022年度末にはAPNがサービス化されます。またIOWN構想発表から今日まで、IOWN Global Forumのメンバーをはじめとするパートナーの皆様と、ユースケースを検討し、それに必要な技術要件を議論してきました。
そして、すでにIOWNの方式に準拠した装置もメンバー企業から発売され、皆様と一緒に考えてきたアイデアがついに具現化され、本格的な実証を行うフェーズに入っていきます。
本講演には「射光」というサブタイトルをつけました。まさにIOWNの光が灯り、皆様に届けられることをイメージしてこのタイトルをつけました。続いて、最新の研究成果を交えながら、その内容を紹介します。
1番目はIOWN「データセンタ×APN」です。NTTの国内研究所とNTTグループ各社が所有するデータセンタなどの拠点をAPNで接続します。データセンタには、ディスアグリゲーテッドコンピューティングや、データの共有を可能にするDataHub、最新のセキュリティテクノロジなど、IOWNの成果を順次導入していきます。大規模かつ実践的な環境での検証を通じ、サービス開発を加速していきます。このデータセンタ×APNのねらいの1つはデータセンタの分散化です。現在のデータセンタのトレンドは大型化です。大きなデータセンタは土地の確保、電力確保が大きな課題です。特に将来的にどのようにして再生可能エネルギーだけでその大量の電力を賄うかも重要な課題です。これに対して私たちはデータセンタの分散化をねらっています。中小規模のデータセンタをAPNでつなぐことで、あたかも1つのデータセンタであるかのように、コンピュータを動作させることをめざしています。貴重な電気を遠くに送るのは非効率です。その地域で生み出したエネルギーはその地域で使い、エネルギーの地産地消を実現するうえでもデータセンタの分散化は重要になってきます。データセンタを分散化するために核となるのが、高速・大容量・低遅延な通信、すなわちAPNであり、その成果を2つ紹介します。
1つは光ファイバの伝送容量を1波長当り1.2 Tbit/sで伝送できる、デジタルコヒーレント信号処理回路の開発の成功です(図3)。現在、商用では100 Gbit/sが主流ですので、一気に12倍に拡大し、ビット当りのエネルギー効率は10倍改善します。これを2023年中に商用化します。また、2022年9月に報道発表させていただきましたが、研究室レベルでは2 Tbit/sも達成しています。まだまだ伸びしろがありますので、次世代の超大容量通信を支える基盤技術として、今後も研究を進めていきます。
もう1つの成果は、トランシーバー向けの400 Gbit/sコパッケージのプロトタイプ作成の成功です(図4)。信号処理回路に加え、光の送受信機能まで含めて、全体を集積化した小型で低消費電力なデバイスです。現在開発中ですが、こちらも2023年中に商用化する予定です。また、800 Gbit/s版も実現に向けて研究開発を進めています。データセンタのさらなる省エネ化に貢献できるものとなっています。
高速のAPNをデータセンタと接続することは、お客さまのこれからのサービス設計を大きく変えます。これまでAI × IoTのもとにメカなどの機器だけを現場に置き、AI部分はクラウド化という絵を幾度となく見てきていると思います。しかし実際はどうでしょうか。スマホアプリを除けば、多くの場合はエッジ側にもGPU等、かなり大きな計算装置を持ち込んでいるのではないでしょうか。それはネットワーク側にもたくさんの問題があったからです。APNでデータセンタ間、そして現場をつなぐことで、この問題を解決し、真の産業インフラといえる環境をつくっていきます。
AI側を進化させて、価値の高いサービスを提供し続けられるような環境をつくり、それが本当にできるということを証明していきたいと思います。
APNは単にデータセンタの基盤となるだけではありません。その価値の本質の1つはリアリティを伝えるための高い伝送能力であると考えています。リアリティを再現した先で人が振る舞うということは、その人の技能が発揮されるということであり、APNを介して技能が送られるということでもあります。リアリティを再現するために必要な情報とは、映像情報や音響情報、場合よっては言語情報や触覚情報、それらの複合的な情報の場合もあるでしょう。こうしたリアリティの再現には大容量通信と超低遅延性が極めて大切です。それを支えるのが次世代のネットワークAPNです。こうして人が技能を十分に発揮して、それを送ることができれば、新しい働き方や社会とのかかわり方が生まれて、新たな価値を創出すると考えています。こうした取り組みを積極的に行い、早期のサービス創出につなげたいと思っています。
今回のフォーラムで紹介するそのもっとも典型的なユースケースは遠隔手術です。遠隔から機器を操作する側には患者のリアルな情報が必要です。また、遠隔医療は機器を操作する側だけに医者がいるわけではなく、患者側にも医者がついています。彼らは離れていてもONE TEAMとして円滑でナチュラルなコミュニケーションを行う必要があります。音声をクリアに届けることやパノラマ映像などで、手術室全体の様子を伝える、すなわち現場環境をリアルに送り合うことが大切です。APNの大容量通信と低遅延性により、離れていてもあたかも同じ場所で作業をするかのような場をつくり出すことができます。
今回のフォーラムでは、展示を「Now、Evolution、Future」の3つに分類しており、「Now」は今使える技術を紹介しました。その中身は、まさに分散データセンタやAPNを支える技術、ユースケースを中心に紹介しています。
また、IOWNがいよいよ動き出すという趣旨の発表をしていますが、それはIOWN Global Forumのメンバーの皆様と一緒に検討してきたことです。そのメンバーから直接Global Forumの取り組みについて語っていただくパネルディスカッションを本フォーラムで配信しました。「Have your ticket ready. -IOWN is taking off NOW !-」というタイトルで今まさに飛び出そうとするIOWNの取り組みについて紹介しています。
次にその他の注目展示を紹介します。IOWNの発表以降、「光」をキーワードにさまざまな発表をしていますが、NTTでは音に関する研究も古くから注力しています。いまだに電話屋のイメージをお持ちの方もいらっしゃると思いますが、音をクリアに届けることは、現在においても価値があります。音響・音声の技術については、学会発表の観点でみても、知的財産の観点からみてもNTTはアドバンテージを有しています。そのような中から応用的な成果を2つ紹介します。加えて未来を見据えた基礎的な研究を1つ紹介します。
1番目は音響通信技術です。水中を移動するドローンがあることをご存じでしょうか。水中では大容量かつ長距離伝送可能な通信手段がないために、水中ドローンといえば、ほとんどの場合、ケーブルをつなげて遠隔制御する必要がありました。当然絡まったり、生物や環境を傷つけることがあります。私たちは音響技術を通信に応用し、300 m遠方で1 Mbit/sの通信を行うことに成功しました(図5)。つまり水中ドローンを無線で遠くまでコントロールできるようになりました。技術的には浅瀬ほど、海底からの反射や、海洋生物の影響受けて通信が難しいのですが、そうした浅瀬でも高速な通信が可能です。1 Mbit/sというのはSD画質程度の映像を送ることができます。きれいな映像を見ることができるので、水中設備の点検や養殖している貝や魚の状態確認など、さまざまな用途での利用が期待されます。
続きまして、Personalized Sound Zone(PSZ)技術です。聞きたい音だけを聞き、聞きたくない音を聞かなくて済む音空間の実現をめざしています。PSZ技術の展示では2つの成果を紹介しています。
1つは再生音を小さな空間にとどめる技術です。これを使って、新たなイヤホンをつくりました。耳に埋め込まないオープンイヤー型のイヤホンは、通常は音が周囲に漏れるのですが、それを極めて小さいレベルに抑えています。この技術を利用したイヤホンは、NTTソノリティからすでに商品化されています。それがこちらです。聞こえ方はこんな感じです。非常に好評だと聞いています。私もWeb会議で使っていますが、軽くて長時間つけても疲れず、オープンイヤーなので周囲の音にも反応できてお勧めです。フォーラムのリアル会場では、スタッフがインカムでの連絡用にこのイヤホンを装着しました。
PSZのもう1つの成果は、周辺の雑音を打ち消す技術です。耳に差し込むタイプのイヤホンでは、ANC(Active Noise Control)機能という名前で普及しています。今回のフォーラムで紹介しているのは、耳に差し込まないスピーカーでこれを実現しました。
次に、米国西海岸に拠点を構えるNTT Research, Inc.の成果で、英国の科学雑誌『Nature』に載録された研究を紹介します。
AIブームを支えているのは深層学習技術です。ニューラルネットワークを何層にも重ねて、大量のデータから学習させると、すばらしい予測ができるという技術です。これは通常、コンピュータの中での計算により実現されるのですが、あらゆる物理システムは、多層のニューラルネットワークになり得るということを示しました。この論文の中では、いくつかのシステムを紹介しているのですが、その中でマイクとスピーカーでニューラルネットワークをつくり、手書きの数字を認識するという面白いものもあります。
本稿では「Road to IOWN -射光-」と題して、IOWNの進展を紹介しました。IOWN構想は皆様にとっては、まさに構想レベルのものであったかと思います。しかし、実際にお手にとっていただけるフェーズに入り、構想計画に落とし込んでいくための準備が整ってきました。パートナーの皆様とますますコラボレーションを深め、具体的な製品づくり、サービスづくりに尽力していきます。情報通信分野にとどまらない、多くの産業分野の皆様、学術分野の皆様、政府機関の皆様にぜひご参画いただき、一緒に新たな未来を創造していきたいと考えています。これからのIOWNの発展にご期待ください。