社会システム変容の研究と有識者のコラム集 コラム⑨ まちづくり
いま、世界中の都市がスマートシティの実装に挑戦している。デジタルテクノロジーを活用しながら都市インフラなどの最適化を行い、都市全体を効率良い方向に持っていこうというのが基本方針だ。しかし最新テクノロジーを実装しさえすればスマートな都市が実現できるかというと、そうでもない。また、そもそもなぜ我々はスマートシティを構築したいのかという目的を忘れる きではない。スマートシティで目指したいのは、市民生活の質の向上と、そこで生活する人々のウェルビーイングの達成である。そのためのテクノロジーであり、ビッグデータの活用だ。決して逆ではない。本稿ではデジタルテクノロジーやビッグデータを活用したまちづくりの具体例を示しながら、そこにウェルビーイングの定量データをレイヤーとして載せていくとどんなことが分かりそうなのかという見取り図を描き出すことを目的とする。AIやビッグデータを用いた建築、都市計画、まちづくり、そしてウェルビーイングへの取り組みの可能性を感じてもらいたい(Yoshimura [2021a])。
都市とは様々な考え方を持つ人々が集まって住む共同体である。そのなかでは一人ひとりが考える幸せを追求しているのだが、個人にとっての幸福やそれを目指した行為が社会全体にとって良い状態になるとは限らない。例を示そう。
筆者は2010年からルーヴル美術館とビッグデータによる来館者の行動分析のコラボレーションを展開している(Yoshimura et al. [2014])。独自に開発したBluetoothセンサーを館内に配置することによって、広大な美術館のなかで来館者がどのような移動軌跡を通ってきたのかをデータによって明らかにしながら人流パターンを浮かび上がらせる試みだ。また、各作品を何人ぐらいが何秒間見ていたのかということもビッグデータとして収集できる。それらのデータを用いて、横軸に各作品周りにおける来館者の密度を、縦軸に来館者一人ひとりの鑑賞時間をプロットしたものがFigure1である。これによると、密度が低い時(例えば開館直後のミロのビーナスの周りなど)は作品を見ている来館者が少ないため、ストレスなく作品を鑑賞することができる(作品を独り占めすることも可能だ)。しかし昼頃になるにつれ来館者の数が増えてくると、各作品の周りには4重5重の人垣が出来てくる。すると横の人とぶつかったり、前の人によって作品がよく見えなかったりとストレスを感じ始めるために鑑賞時間が減少する。これらの関係性を定量的に示したのがFigure 1の図である。この現象は特定の作品だけではなく、どの作品においても同じ法則が発見された(詳しくはYoshimura et al. [2017]を参照)。
芸術作品の鑑賞において、個々人はなるべく良い環境で、そしてできるだけ長い時間をかけて鑑賞することを理想とすると思われる。しかし個人単位における最適解の積み重ねとその総和が、「集団としての良い環境とその状態」とイコールとは限らない。
このような観点に立った時、共同体として「みんなが満足できる良い状態」を達成できるような都市空間や公共空間のあり方とはいったいどのようなものなのだろうか? この論考では「多様性が高い都市空間では住民のウェルビーイングも高いのでは?」という仮説を設定し、まずはそのような都市多様性を定量化する手法を紹介する。
多様性は我々の社会を斬るキーワードのひとつになった。画一的ではないモノの見方が推奨され、多様な考え方や価値観が歓迎される社会だ。それは我々の都市の創り方、まちづくりの考え方にも必須となってきている。
いつから建築や都市計画、まちづくりに多様性という考え方が導入され始めたのだろうか? それを歴史的に検証するのは難しいが、そのひとつの源流をジェイン・ジェイコブズの『アメリカ大都市の死と生』(Jacobs [1961/2010])に見い出すのはあながち間違いではないだろう。世界中の建築家やプランナーに多大なる影響を与えたこの書籍のなかでジェイコブズは、まちづくりにおけるコミュニティの大切さや多様性の必要性を説いた。これ以降、建築家やプランナーは都市における多様性を声高に叫ぶようになった。
その一方で、「都市における多様性とはいったいなにか?」という疑問に答えられる建築家やプランナーは少ないと思われる。それは一概に多様性という概念の抽象度の高さに起因する。多様性とは捉え方によっていかようにも語られるコンセプトであり、だからこそこれだけ現代社会の様々な側面を捉えることができるキーワードとして浸透していったという側面もある。例えば上述したように建築家やプランナーは都市への多様性の必要性を説いている一方で、都市にとっての多様性が引き起こす具体的な影響(ポジティブな影響)については科学的にはほとんど答えられていないという側面を強調しておく必要がある。都市計画やまちづくりに関していえば、多様性の定義がはっきりしないがために、その街への影響も明確ではない。そういう状況のなか、我々は都市への多様性の必要性や重要性を訴えているという状況が続いているのが現状だ。
このような問題意識から、筆者の研究グループでは、都市の多様性を定義してそれを定量化する試みを始めた。都市の活気を生み出しているものを、街路レベルにおける小売店の種類と数、それらの集積と定義することによって、「種類」と「数」という2変数の定量化を目指した。そのために生物学で確立されている生物多様性指数の都市への適用を考えた。生物学の分野では特定エリアの多様性を分析・比較するために数式を用いた幾つかの指標が提案されている。我々はその指標を近隣住民スケールでの多様性を比較することに応用した(Yoshimura et al. [2021b])。
具体的には都市全域を200mグリッドで区切っていき、そのグリッド内で小売店が何軒存在するのか、そしてそれらの小売店は何種類(職種)で構成されているのかという2つのファクターをShannon-Weaver指数で定量化した。さらに「多様性が高いエリアは経済的に豊かなのか?」という問題に定量的に答えるために、スペイン大手銀行との共同研究の枠組み内で集計された消費指数にアクセスすることで定量分析を行った(1)。
誌面の関係で結論だけ記しておくと、都市多様性と経済的な売上には正の相関関係があることが判明した。1つのエリアに1種類だけの小売店が集積しているエリアよりも、様々な種類の店舗で構成されているエリアのほうが売上が高くなるということが実証されたかたちだ。この結果は、今から約60年前にジェイン・ジェイコブズが提唱した仮説を、都市のビッグデータで実証したものと捉えることもできる(2)。
その一方で、そのような都市多様性が高いエリアや地区において「人々は幸せなのか?」という問いにはまだ答えられていない。
「幸せとはなにか?」は難しい問題である。それは主観的で個人的な経験によるところが大きいし、文化や時代によっても違ってくる。そもそも何に幸せを感じるのかは個人によって異なる(内田[2020]を参照)。
我々はここにウェルビーイングというコンセプトに着目しながら、「ウェルビーイングが高い都市空間とはいったいどのようなものか?」という視点を入れてみたい。その地域のウェルビーイングは果たして都市デザインに影響されるのだろうか? もしくはされないのだろうか? また、都市のどんな要素が集団としての都市住民のウェルビーイングの向上を導くのだろうか?
京都大学の内田由紀子教授を代表とする我々の研究グループでは、「個と場の共創的Well-beingプロジェクト(代表:内田由紀子)」において、まさにそのような場が作り出す可能性を心理学、コンピュータサイエンス、建築・都市計画・まちづくりの分野から定量分析することを試みている(3)。
また、データを用いた都市空間や建築空間の提案を行うコンペ(新建築住宅設計競技)も募集している。1966年から毎年、世界的に著名な建築家などを審査員に招き、行われている伝統的なもので、過去には丹下健三、槇文彦、安藤忠雄などプリツカー賞受賞者が名を連ねる。今年は縁あって筆者が審査員を務めさせてもらうことになった。具体・架空は問わず、なにかしらのデータを用いながらウェルビーイングを高めるような都市空間、建築空間のデザインをテーマに設定した。データ分析結果をデザインに落とし込む、そのロジックを評価したいと思っている。
歴史的に建築家やプランナーは、美しい都市や心躍る都市、そして「みんなが幸せになれる都市」を想像しながら建築や都市空間を創造してきた。近代以降の建築の職能である、「その地域に住む人々が心のなかで感じていながらもなかなか形にできなかったものを、一撃のもとに表す行為」が機能していた時代にはそれで良かったのかもしれない。しかしこれだけ社会が多様になり、様々な考え方を持った人々がSNSという個人メディアで様々な意見を発信できる世の中においては、建築家の主観的な思いや想像力だけでは大多数の市民を納得させることは難しいのではないだろうか。このような状況下では、データを活用しながらもそれらを分析し、さらに視覚化することによって専門・非専門を問わず、幅広い市民全体を巻き込んだ議論と「その地域におけるウェルビーイングとはなにか?」をみんなで議論していく土台を作ること、土壌を作ることが大切であると思われる。
我々のプロジェクトは正にそのような方向性を目指している。ここで展開される方法論や人々の心の動きと建造環境との関係性、さらにはデータを用いたデザイン手法などが明らかになってくると、これまでの都市の創り方や都市のデザインの仕方、都市計画やまちづくりが根本から変わる可能性がある。
吉村 有司
東京大学 先端科学技術研究センター 特任准教授。愛知県生まれ、建築家。2001年より渡西。ポンペウ・ファブラ大学情報通信工学部博士課程修了(Ph.D. in Computer Science)。バルセロナ現代文化センター、バルセロナ都市生態学庁、カタルーニャ先進交通センター、マサチューセッツ工科大学研究員などを経て2019年より現職。ルーヴル美術館アドバイザー、バルセロナ市役所情報局アドバイザー。