土壌微生物の生存メカニズムの解明が拓く持続可能な土壌環境の未来

NTT宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け多様な人材を募集しています。

今村 壮輔(いまむら そうすけ) 博士(農学)

NTT株式会社 宇宙環境エネルギー研究所
環境負荷ゼロ研究プロジェクト
サステナブルシステムグループ 上席特別研究員

2025年2月、NTT株式会社と明治大学島田研究室との共同研究により、土壌中の微生物の長期生存に関わる遺伝子を特定するという画期的な研究成果が発表されました。この発見は、土壌微生物の生存性を制御することで温室効果ガスの排出抑制に寄与し、持続可能な農業や環境保全を実現するための基盤となる重要な一歩です。今回は、この共同研究に携わったNTTの今村壮輔上席特別研究員にお話を伺い、研究の背景や技術的な難しさ、工夫、そして未来に向けた期待についてお聞きしました。

1. 共同研究の背景と今村さんの役割

まずは今回の共同研究に携わられた経緯と、現在のご担当業務についてお聞かせください。

私がこの研究に関わり始めたのは2021年のことです。当時、私が所属するサステナブルシステムグループでは、温室効果ガスの排出削減に向けて「藻類」・「土壌」・「植物」を対象とした三つの柱で研究が立ち上がり、順次研究が開始されていました。その中で、私は主に藻類を用いた海洋中の二酸化炭素(CO2)吸収量の向上に取り組むと共に、グループ全体の研究を俯瞰し、各テーマが相互に連携しながら、より効果的に展開していけるように、研究戦略の立案や方向づけにも関与する役割を担っていました。

一方、土壌に関する研究は立ち上げ初期で体制整備が必要でした。このため、明治大学の島田友裕教授と連携し、土壌中の微生物がどのように長期にわたり生存するのか、その鍵となる遺伝子を明らかにする共同研究を開始しました。

2. 土壌から発生する温室効果ガスに着目した理由

今回の共同研究の背景として、特に土壌の温室効果ガスに注目された理由について、改めて詳しくお聞かせいただけますでしょうか?

地球上の二酸化炭素(CO2)排出源を見てみると、人間活動からの排出量よりも、陸地から排出される量の方がはるかに大きく、地球全体のCO2排出量の約6割を陸地が占めていると言われています。人間活動に伴う排出削減が重要であることは言うまでもありませんが、それ以上に"陸地からの排出をいかに抑えるか"が、地球環境にとって大きな鍵になると私たちは考えています。

その中でも、森林はCO2を吸収する側である一方、土壌はむしろCO2を排出する側です。さらに厄介なのは、土壌から排出される温室効果ガスの中でも、CO2だけでなく亜酸化窒素(N2O)が深刻な問題を引き起こす点です。N2OはCO2と比べて約300倍もの温室効果を持つため、その排出を抑えることは、きわめて大きな効果をもたらします。こうした背景から、私たちは土壌そのもの、そしてその性質を特徴づける土壌中の微生物に着目し、研究を進めています。

大気中に残留するCO2
図1.大気中に残留するCO2

3. 研究アプローチ:大腸菌をモデルに土壌中の長期生存に関わる遺伝子を特定

具体的にはどのような課題があり、どのような手法で研究が進められたのでしょうか?

従来の土壌微生物の制御は、土壌の硬さといった物理的な性質や、養分などの化学的な性質を変化させる方法が主流でした。しかし、こうした手法では、特定の微生物のみを選択的に増減させることは困難でした。そこで私たちは、微生物が土壌環境で長期間生き延びるのは、生存を司る遺伝子の働きによるのではないかという仮説を立て、大腸菌をモデルとして、土壌中で特定の微生物種を個別にコントロールする新たな技術の確立をめざしました。大腸菌をモデル生物として選んだのは、大腸菌は約4,400個の遺伝子がありますが、殆どすべての遺伝子破壊株がすでに整備されていて、研究が進んでいるためです。

しかし、いきなり4,400個すべての遺伝子機能を調べるのは膨大な作業量になるため、非現実的です。そこで、島田教授の経験に基づき、遺伝子の働きを調節する「転写因子」に着目し、解析対象を約300個にしぼり込み、各遺伝子が土壌中での生存率に寄与する関係性を体系的に評価しました。その結果、最終的に長期生存に関わる14個の重要な遺伝子を特定しました。

なぜ転写因子に着目したのか
図2.なぜ転写因子に着目したのか
(画像出典:Laborify『細胞の運命はどうやって決まる?細胞運命決定の制御と数理モデル』より引用・加筆)

その手法の難しさはどういった点にありましたか?

解析の対象が4400個から300個になったとしても、最大の難関は、膨大な数の遺伝子破壊株を土壌中で数週間にわたって追跡調査し生存度を測る「数の壁」でした。300個もの多くの変異体を土壌中で生存させ長期間観察する作業負荷は非常に高く、島田研究室チームの地道な努力があればこその成果でした。

4. 研究の社会的意義と将来展望

こうした成果は、今後どのように実社会に役立つと考えられますか?

今回特定した土壌微生物の長期生存に関わる遺伝子は、大腸菌だけにとどまりません。土壌中で物質循環の重要な役割を担う多種多様な微生物に応用できる可能性があります。この遺伝子を活用することで、特定の微生物の生存率を選択的にコントロールできるようになると期待しています。その結果として、土壌からのN2Oの排出の抑制にもつながる可能性があります。

さらに、微生物の活動を制御して窒素循環を最適化することで、化学肥料の使用量を減らしたり、土壌中の有機物分解や養分循環を効率化して作物の健全な成育を促進したりと、さまざまな効果が期待されます。また、土壌中に存在する病原性細菌の生存性を制御することで、それらの拡散を抑え、食の安全性や人々の健康向上にも貢献できると考えています。

このように、今回見つけた遺伝子の情報を活用して、土壌中の特定の有用微生物の生存率や活動をピンポイントで調整できるようになれば、物質循環の効率化や温室効果ガスの削減、病害防除といった環境制御を、より的確かつ効果的に実現できると考えています。これは環境や持続可能な農業の分野において、おおきな前進となる可能性があります。

現段階では、土壌中の多様な微生物全体にこの技術を適用するには、遺伝子導入などの技術的な課題が残っており、他の微生物の遺伝子機能を改変する段階に至っていません。また、土壌の生物多様性は重要であるため、特定の微生物の生存性を変えた際、生態系全体にどのような影響が及ぶかについても、今後慎重に評価していく必要があると考えています。それでも、今回の発見を基盤として、将来的には持続可能な農業や自然環境保全に貢献する技術開発へつなげていきたいと考えています。

土壌中の微生物による窒素化合物の変換の概要
図3.土壌中の微生物による窒素化合物の変換の概要
土壌中の微生物により、アンモニア態窒素から硝酸態窒素、硝酸態窒素から窒素、亜酸化窒素(N2O)から窒素への変換が行われる。

5. 水耕栽培との関連と微生物の可能性

土壌以外の植物栽培法として注目される水耕栽培に関して、微生物の役割はどう考えられますか?

水耕栽培は、植物に必要な栄養素を水に溶かして与える方法であり、一般的には土壌中の微生物はほとんど含まれていません。しかし、自然環境下では植物の根の周囲には多様な微生物が共生していることが知られています。このため、水耕栽培の環境下においても、適切な微生物のコミュニティを形成できれば、植物の成長促進や病害予防に役立つ可能性があります。

現在のところ、この分野は土壌微生物研究に比べるとまだ発展途上ですが、将来的には土壌微生物の研究成果を活かし、水耕栽培に微生物を取り入れる新たな栽培技術の開発が期待されています。これもまた挑戦しがいのある分野です。

6. 最後に、このような研究に興味を持ち、将来、研究職に従事したいと考えている方々にメッセージをお願いします。

生物を対象とした研究において、地道な確認作業や実験の積み重ねが何よりも重要です。だからこそ、明確な課題意識をもち、手を動かし続ける姿勢が、研究を前進させる鍵になると考えています。

また、研究は決して一人で完結するものではありません。異なる分野の専門家との対話や協働を通じて、新たな視点やアイデアが生まれることも少なくありません。こうした異分野連携を実りあるものにするためには、自らの専門性や強みをしっかりと確立しておくことが不可欠です。今回の研究もまさにその好例で、大腸菌の転写因子の第一人者である島田教授と、藻類を専門とする私の知見が交差したことで、初めて実現に至りました。異なる領域の知が融合することで、単独では到達し得なかった発見や成果が生まれるのです。

これから研究の道に進まれるみなさんには、「ここだけは誰にも負けない」と胸を張って言えるような、自分自身の独自の軸や強みを意識的に育ててほしいと思います。それは特定の実験技術や解析手法と言ったスキルであってもよいですし、課題を見極める力や、粘り強く思考を深める姿勢といったスタイルでも構いません。独自の軸を持ち、それを磨き続けることは、研究の方向性に迷ったときの確かな指針となり、やがて大きな成果へとつながっていくはずです。こうした強みこそが研究者としての羅針盤となり、未知の課題に挑む際のゆるぎない支えとなるでしょう。

みなさんが、それぞれの興味や好奇心を原動力として、自らの道を切り拓き、研究の世界で活躍されることを心から期待しています。

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