宇宙空間における太陽光発電で持続可能な社会の実現に貢献

NTT宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け多様な人材を募集しています。

落合 夏葉(おちあい なつは)

NTT宇宙環境エネルギー研究所 次世代エネルギー技術グループ 研究員
東京大学 工学部を卒業後、2021年に同大学院 工学系研究科 修士課程を修了(修士(工学))。専門は光学。2021年より宇宙太陽光発電の実現に向けてレーザエネルギー伝送の研究に携わる。エネルギー伝送技術の確立をめざし、高効率な伝送方式やビーム整形の研究開発に従事。

地球環境に負荷をかけないクリーンなエネルギーの確保は、持続可能な社会を実現する上での重要な課題です。NTT宇宙環境エネルギー研究所では、上空3万6,000kmの静止衛星で太陽光から得たエネルギーを地球に伝送し、電力や水素などに変換して利用する「宇宙太陽光発電技術」の研究に取り組んでいます。今回は、赤外線レーザを使ったエネルギー伝送など宇宙太陽光発電を支える技術要素や、将来的に期待される活用の用途について、環境負荷ゼロ研究プロジェクトの次世代エネルギー技術グループに所属する落合夏葉研究員にお話を聞きました。

1. 宇宙空間で太陽光発電を実現する新技術


まず、落合さんがNTT宇宙環境エネルギー研究所で取り組まれている研究テーマについてお聞かせください。

地球環境に負荷をかけない新たなエネルギー技術の開発を進めている「環境負荷ゼロ研究プロジェクト」の次世代エネルギー技術グループで、宇宙太陽光発電技術の研究に取り組んでいます。次世代エネルギー技術グループは、クリーンでサステナブルなエネルギーの研究をテーマに掲げており、このほかにも核融合などが研究対象となっています。

宇宙太陽光発電技術とは、どのような技術なのでしょうか?

宇宙太陽光発電技術は、太陽のエネルギーを宇宙空間で収集してレーザ光やマイクロ波に変換し、地球に伝送して利用する仕組みです。上空3万6,000kmの静止衛星では、ほぼ1年中、昼夜を問わず発電することが可能であり、地上の約10倍の太陽エネルギーが得られるとされています。

無尽蔵ともいえる太陽光エネルギーを利用できる宇宙太陽光発電は、クリーンで持続的なエネルギーの供給源として大きな可能性を秘めています。

レーザ宇宙太陽光発電コンセプト図
レーザ宇宙太陽光発電コンセプト図

宇宙太陽光発電を支えている主な技術について教えていただけますか。

NTT宇宙環境エネルギー研究所では、宇宙空間で太陽光エネルギーをレーザに変換する「太陽光励起レーザ技術」、そのレーザを地上へ高効率で伝送するための「長距離エネルギー伝送ビーム技術」、そして地上でレーザを電力などに変換する「高強度ビームエネルギー変換技術」の3つの技術を軸に研究を進めています。

太陽光励起レーザ技術では、太陽光をレーザに変換する際の高い効率性が求められます。長距離エネルギー伝送ビーム技術では、地球の大気によるエネルギーの損失を最小限に抑えながら、地上での受光に適したビームの制御を行う必要があります。また高強度ビームエネルギー変換技術では、地上に伝送されたビームを高い効率で電力などのエネルギーに変換するシステムの開発が課題となります。

宇宙太陽光発電に関する海外の研究では、マイクロ波による伝送もあります。赤外線レーザ方式に着目された理由はどこにあるのですか?

マイクロ波は給電技術としての研究は進んでいますが、レーザ光に比べて波長が長い電磁波です。波長が長い電磁波に高い指向性を持たせ、大規模なエネルギーを長距離伝送するためには、数kmにもなる巨大なアンテナを宇宙空間に設置する必要があると考えられます。

一方、レーザ光はマイクロ波と比べて波長が短い電磁波であり、指向性に優れているため、地上までの長距離伝送に向いているほか、給電システムも小型化することが可能です。現状では、数mから数十mのサイズで運用できると考えられています。システムの小型化によって、人工衛星の打ち上げコストや、宇宙空間でのメンテナンスコストを抑制できる可能性があります。

2. エネルギーの長距離伝送を支えるビーム技術


宇宙太陽光発電の3つの技術のなかで、落合さんの具体的な研究対象について教えてください。

私の主な研究対象は「長距離エネルギー伝送ビーム技術」に関連するものです。宇宙太陽光発電において利点の多いレーザ光ですが、レーザ光は伝搬によって回折が起こり、ビームが拡がる性質があります。さらに、大気が持つ屈折率の影響によってビームの強度分布にゆらぎが生じます。これを「大気擾乱」と呼んでいますが、このビームの乱れはレーザを電力に変換する際の効率を低下させます。そのため、大気擾乱に強く、より宇宙太陽光発電に適したビームをつくることは非常に重要です。

「ビームをつくる」というのは、実際にどのようにして行うのですか?

NTT宇宙環境エネルギー研究所では現在、DOE(回折光学素子:Diffractive Optical Element)と呼ばれる光学変換素子を用いて、光の位相を制御し、ビームの強度分布を整形する研究を進めています。

ビームの強度分布は通常、「ガウス分布(Gaussian distribution)」になっています。ガウス分布とは、中心のエネルギーが高く、外側に向かって低くなる不均一な分布のことです。DOEなどのビーム整形技術により光の位相制御を行うことで、この分布を変えることができます。これにより、どういったビームであればエネルギー変換効率が高くなるかといったシミュレーションを行いながら、大気擾乱に強いビームをつくることに取り組んでいます。

地球の大気の状態は変えることができないので、大気中でのビームの乱れは避けられません。

DOEなどのビーム整形技術を用いて、常に高いエネルギー変換効率を維持できるロバスト(外乱に対して強い)なシステムを開発していきたいと考えています。

太陽光のエネルギー変換効率(光電変換効率)は、現時点でどのレベルまで実現できているのですか?

現在の光電変換効率は通常のシリコン太陽電池と同レベルです。今後の開発目標としては、変換技術側でビームの余分な反射をさせないことで高効率化する「無反射コーティング」や、電極の設計の最適化によって、光電変換効率を50%程度まで向上させることをめざしています。

宇宙太陽光発電には、将来的にどのような活用が期待できるのでしょうか?電力へ変換する以外の用途もあるそうですね。

赤外線レーザ方式によって、エネルギーを必要とする特定の地点にオンデマンドでメガワット(MW)級のエネルギーを伝送することが可能になります。将来的に、ビルの屋上など特定の地点へピンポイントでエネルギーを送ることができるようになれば、この技術のメリットはさらに拡大するでしょう。また、災害時に電力網が遮断された地域に遠隔地から給電するといった災害対策としても有効な技術だと考えています。ただし、レーザエネルギー伝送には、厳格な安全基準と対策が必要ですので、今後も研究を進めていきたいと考えています。

また、宇宙太陽光発電技術は電力以外のエネルギー変換にも応用することができます。現在は太陽電池パネルによってレーザ光を電力に変換する方法が考えられていますが、この方法ではどれだけ高い変換効率を実現しても、50~60%程度が限界だとされており、もったいない面があります。そこで、レーザ光を熱源として利用して水素生成やCO2の還元を行い、燃料や化学原料をつくるなど、電力以外の形態でレーザ光を利用する方法も検討しています。

レーザ宇宙太陽光発電の活用シーン
レーザ宇宙太陽光発電の活用シーン

3. 宇宙的な視野で持続可能な社会に貢献


落合さんが研究者の道を歩むようになったきっかけは何だったのでしょうか? 科学には子ども時代から関心をお持ちでしたか?

小学生の頃は理科や算数といった理系科目が好きで、休日に博物館や日本科学未来館などに連れて行ってもらって、楽しかった思い出があります。その頃から将来は理系の仕事に就きたいという気持ちがあって、卒業アルバムにも「理科に関係する仕事がしたい」と書いていました。

その後、大学では工学部の電気電子工学科に進みました。大学時代に所属した研究室では、誘導ラマン散乱顕微鏡というレーザを使用した特殊な光学顕微鏡の研究に携わりました。レーザの整形技術を利用して、顕微鏡の機能を向上させるための研究です。

現在携わっている研究の魅力についてもお聞かせください。

「研究が楽しい」と感じるようになったきっかけは、大学院の研究室でした。電子や光子、ビームといった目には見えないものを、実験やシミュレーションによって目に見える形にすることが面白かったです。それは私にとって物理の魅力そのものでした。

宇宙太陽光発電技術についても、こうした研究を通じて実際の世の中の役に立つことができる、持続可能な社会に貢献できることが一番の魅力だと思っています。

研究者としての今後の目標について教えてください。

短期的な目標としては、研究スキルを向上するために、現在の仕事を続けながら博士号の取得をめざしていきたいと考えています。NTT宇宙環境エネルギー研究所には、博士号の取得を後押ししてくれる環境があり、私の周囲にも仕事をしながら博士号を取得した方がいます。

中長期的には、学会での発表といった対外活動を通じて、NTT宇宙環境エネルギー研究所の研究成果を積極的に発信していきたいと考えています。宇宙太陽光発電技術についても、その意義を多くの方々に知っていただき、プレイヤーを増やしながら、実用化に向けた研究をさらに加速していきたいです。

NTT宇宙環境エネルギー研究所は、落合さんにとってどんな場所ですか?また、宇宙太陽光発電技術のような研究に興味を持っている方へのメッセージをお願いします。

NTT宇宙環境エネルギー研究所は、宇宙的な視野でより良い社会を実現するための困難な課題に取り組める環境を与えてくれます。さまざまな研究テーマのなかにはチャレンジングなテーマもありますが、すべての人が新たな発想でアイデアを出しながら、その実現に向けて切磋琢磨しています。

どれだけ困難であっても、社会を大きく変える可能性がある課題の解決に没頭できる環境はとても貴重です。NTT宇宙環境エネルギー研究所は、研究を通じて社会に貢献したいと考えるすべての人にとって、とても魅力的な場所だと思います。

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