「地球と食の未来をデザインする」を理念に、NTTグリーン&フード株式会社の事業がめざす新たな社会貢献とは?
日本電信電話株式会社(NTT)とリージョナルフィッシュ株式会社の合弁会社として設立され、「自然の恵みを技術で活かし、地球と食の未来をデザインする」という企業理念のもと、2023年7月から事業をスタートしたNTTグリーン&フード株式会社。同社の事業内容は、NTT宇宙環境エネルギー研究所が取り組むサステナブルシステムグループの研究と密接なかかわりを持っています。今回は同社の代表取締役社長を務める久住嘉和氏に、新たな事業の概要やNTT宇宙環境エネルギー研究所で培ってきた藻類研究の成果とその意義、また事業の未来展望などについてお話をお聞きしました。
https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/06/27/230627a.html
※所属は取材当時のものです。
目次
久住 嘉和(くすみ よしかず)
NTTグリーン&フード株式会社
代表取締役社長
1. 藻類の研究を通じた日本の水産業の再興
まず、新たにスタートしたグリーン&フード事業の概要についてお聞かせください。
現在の日本において、地域の基幹産業である農林水産業、特に水産業は就労者の減少や高齢化によって大きな過渡期を迎えています。また、日本の食料自給率も低下しており、水産生産量は30年前と比べて約60%減少するなど、かつて日本が水産王国と呼ばれた時代とは状況が大きく変わっています。
NTTグリーン&フード株式会社が新たにスタートしたグリーン&フード事業は、NTTグループが有するIoT、AIなどの情報通信技術や、藻類などの光合成機能をより多くのCO2を吸収するように強化する二酸化炭素変換技術と、リージョナルフィッシュが有する最先端の品種改良技術、完全養殖技術などを組み合わせることで、日本の水産業が直面している漁獲量の低減といった課題に加えて、食料不足、環境問題といった地球規模のさまざまな課題の解決に貢献していくことを目的としています。
具体的には、事業を以下の図にあるような3つの領域に分類し、それらを2つのステップで段階的に進めていこうと考えています。
まず、左にある「環境に配慮した藻類の生産・販売」ですが、ここではNTT宇宙環境エネルギー研究所の研究成果である藻類のCO2吸収量を画期的に向上させる品種改良技術が活かされます。これらの藻類の用途は、初期段階においては魚介類の餌としての活用を想定していますが、将来的には費用の高騰が課題になっている農業用肥料の代替や生物刺激剤(バイオスティミュラント)として活用できる可能性があります。
そして、次の領域である「環境に配慮した魚介類の生産・販売」では、餌として育てた藻類を、非常に成長が早くなるよう品種改良を施した魚介類に与えることで、養殖における消費電力量と餌料供給の総量を抑えながら高機能な魚介類を生産します。私たちは今後、地域の自治体や水産事業者のみなさまとの連携を通じて新たな陸上養殖施設を整備しながら、この魚介類の生産・販売の領域に先行して取り組んでいく考えです。
最後のステップ2にある「環境に配慮した陸上養殖システムの開発・提供」は、高機能な魚介類を生産する仕組みをIoTやAIといったNTTグループの技術を活用してシステム化していく取り組みですが、この領域は事業の展開を通じてノウハウを蓄積しながら、今後数年の間で見通しをつけたいと思っています。
今回の事業の新規性や強みはどこにありますか? NTTとリージョナルフィッシュの技術が融合することで生まれる利点についてもお聞かせください。
京都大学と近畿大学との連携によるスタートアップ企業であるリージョナルフィッシュは、魚介類の高度な品種改良技術や完全養殖技術に大きな強みを持っています。完全養殖とは、人工ふ化させた稚魚を成魚まで育て、その成魚から採卵して再び人工ふ化させるサイクルを、天然資源に頼ることなく繰り返す持続的な養殖技術です。これは世界で唯一の技術といってもよいでしょう。
一方でNTTは、宇宙環境エネルギー研究所における研究を通じて、2023年に品種改良技術を適用することで藻類のCO2吸収量の画期的な向上が期待できる遺伝子の特定に成功しました。この藻類は魚介類の餌として活用が可能で、今後さらにNTTがコア事業のなかで培ってきたIoTやAIの技術と融合させることで、陸上養殖システムの最適化につなげます。
これら両社の強みを組み合わせて、近い将来、最先端の陸上養殖システムを整備し、日本の水産業の再興、地域経済の活性化といった社会貢献を果たしていけると考えています。
2. 遺伝子編集の技術を用いた高機能な魚介類の生産
新たな事業で生産・販売する魚介類の「高機能性」とは、具体的に何を意味するのでしょうか?
最もわかりやすいのが、魚介類の成長スピードです。生物の成長にかかわる遺伝子には自動車のアクセルとブレーキをつかさどるようなものがあって、遺伝子の情報に従って生成されるタンパク質によって成長スピードが調整されています。品種改良によってこのブレーキの機能を取り除く、具体的には食欲を抑制するタンパク質を喪失させることで、通常よりも食欲が旺盛で短期間で成長する魚介類を生産することができます。
パートナーのリージョナルフィッシュの研究では、この品種改良によってフグの成長率を約1.9倍に高めることができたという報告もあります。つまり、通常の養殖期間で農業の二毛作のようなことが可能になるということです。では、そうなると餌が2倍必要になるかというと、そうではありません。飼料効率の向上によって、餌は約4割削減されると見込んでいます。現在は飼料代がかなり高騰していますので、コスト面で効果があることはもちろん、短期間で成長するということは、魚介類を育てるための養殖施設の消費電力量も削減しますので、環境負荷が減って地球にもやさしいといえます。
もうひとつ、品種改良によって魚介類の可食部が増えることも、高機能性の大きなポイントです。たとえばマダイであれば、可食部が1.2倍(最大1.6倍程度)になります。身が厚くなると、加熱したときのふっくら感も増すので、生ではなく調理する際はとてもおいしく食べられます。さらに生産は陸上養殖で行うため、寄生虫やウイルスによる食中毒、またマイクロプラスチックが混入する心配などもなく、食品の安全性が担保されます。
NTT宇宙環境エネルギー研究所における藻類の研究で用いられた「遺伝子編集」の技術についてもお聞かせください。
「遺伝子編集」には、生物が持つ遺伝子を欠失させるものと、新たに外来遺伝子を挿入するものがあり、一般的な「ゲノム編集」が前者、「遺伝子組換え」は後者です。「ゲノム編集」も「遺伝子組換えと同様の遺伝子操作ではないか?」という声をいただくことがありますが、ゲノム編集は遺伝子組換えとは全く異なるものです。
遺伝子組換えは、ほかの生物の遺伝子を組み込むことで、別の性質を発現させる技術ですが、日本ではこうした技術を用いた農林水産物の生産・販売に厳しい規制があります。
一方、私たちが行っているゲノム編集は、その生物が本来持っている機能を欠失させる「品種改良技術」のひとつであり、生物が自然環境に適応しようとして起こる突然変異を意図的に起こす技術です。具体的には、特定の遺伝子をピンポイントで欠失させることで、もとから備わっていた機能を弱めたり、強めたりする「欠失型ゲノム編集」技術を用いていますので、ほかの生物の遺伝子を取り入れる遺伝子組換えのように自然界に存在することのない新生物を作る技術ではなく、自然界でも存在し得る生物を育種し、それを生産する技術といえます。
遺伝子編集を行った食品の販売に際しては、届け出の後、厚生労働省などの関係省庁によって食品や飼料の安全性、生物多様性などの観点から厳格な審査が行われます。その結果、問題がないと判断された場合のみ、安全に関する情報が公表され、販売を行うことができます。
これまで日本では、4種類の食品がこの審査を通っています。2021年9月にはGABAを多く含むトマトが、同年の10月と11月にはリージョナルフィッシュが生産した肉厚のマダイ、成長力を高めたトラフグの販売がはじまりました。また2023年3月には、加熱するともちもちとした食感が出るトウモロコシの届け出が受理されています。
3. 環境にやさしい、サステナブルな陸上養殖システムの整備
今後、NTTグリーン&フード株式会社が生産した魚介類は、どのようにして消費者に届けられるのでしょうか?
現在、2つの販売経路を考えています。ひとつは、陸上養殖の拠点となる地域のブランド魚として、旅館などで観光客のみなさまに味わってもらったり、地元の飲食店やお土産店で販売したりするほか、ふるさと納税の返礼品としても活用しながら、地域経済の活性化につなげていければと考えています。
しかし、これだけでは限定的な販売量になりますので、いずれ大手商社や流通業者を介して全国の消費者のみなさまへもお届けしていきたいと考えています。
「藻類の生産・販売」については、どのようにお考えですか?
藻類は、太陽の光エネルギーを使って光合成を行い、CO2と水から生成した有機物を細胞に固定するため、藻類の光合成機能にかかわる遺伝子の編集を行うことで、地球温暖化の原因のひとつといわれているCO2を従来よりも多く吸収可能な品種を生産することが可能です。より多くのCO2を吸収した藻類をタンパク質やアミノ酸を多く含んだ良質の飼料として販売することを計画しています。CO2吸収機能の高い藻類を大量生産することは、より多くのCO2の固定化につながり、環境負荷を低減するなどの好循環が生まれるのです。この藻類については、まだ研究段階ではありますが、その進捗を見つつ、なるべく早い段階で事業化したいと思っています。
ステップ2の「陸上養殖システムの開発・提供」では、どのようなシステムの確立をめざしていくお考えですか?
「より多くのCO2を吸収する藻類」と「より多くのCO2が固定された藻類を食べて、短期間で成長する魚」という2つの強みを組み合わせた、環境にやさしい陸上養殖システムを確立し、広げていきたいと考えています。
このシステムは大きくわけて、魚介類を生産する養殖水槽と、その餌となる藻類を育てる藻類培養槽の2つで構成されます。そして、海から取り込んだ海水のなかで、遺伝子編集によって多くのCO2を吸収する藻類を育て、その藻類を魚介類の餌にすることで、魚介類の身や骨、貝殻などにより多くのCO2が固定され、最終的にCO2濃度の低くなった海水が再び海のなかに戻されるという仕組みです。
このシステムを、私たちは「サステナブルシステム」と呼んでいます。魚介類、藻類それぞれに品種改良を施し、これを循環型のシステムのなかで運用することで、環境にやさしく、かつ生産効率も高い陸上養殖システムを整備していこうと考えています。藻類の研究開発が終わり次第、こちらもいち早く進めていくつもりです。
4. グリーン&フード事業を通じた、NTTの食料問題、環境問題への挑戦
NTTグループがグリーン&フード事業に携わるようになった経緯について、改めてお聞かせください。
それは、やはり食料問題と環境問題への挑戦です。これら地球規模の問題の解決を通じて、私たちは世の中に少しでも貢献したいと考えています。
現在の世界全体の人口は約80億人で、しかも1日に20万人ずつ増え続けています。30年後には世界人口が100億人に達し、水と食料、資源の争奪戦になる可能性があると予測されています。そこでは、米、麦、大豆などの穀類が足りなくなるだけでなく、生活水準が上がった社会では、動物性のタンパク質が足りなくなるともいわれています。その需要は右肩上がりで、2030年には需要が供給を上回る「タンパク質クライシス(タンパク質危機)」が起こるとされています。
動物性タンパク質のなかでも特に良質なタンパク質を含む水産物の旺盛な需要に対応するために、世界の水産業における生産量はこの50年で約5倍に増えています。特に、養殖による生産量の増加が顕著に進んでいます。
約40年前、日本の水産業は世界一の生産量を誇りましたが、現在は生産量も就業者も3分の1程度に減り、直近のデータでは世界11位にまで落ち込んでしまいました。それでは輸入に頼ればいいかというと、昨今のウクライナ情勢からもわかるとおり、世界経済が不安定になると、どの国もまず自国内の需要を満たすことを最優先します。また、日本の国力の低下で円安が進み、他国に食料を買い負けることも想定されます。これから10年後、20年後も現在の食卓を維持できるかどうかは、大手流通企業の役員会議でも大きなテーマとなっており、私たちにもこの問題をなんとかしたいという想いがあります。
環境問題に関しては、実はNTTグループは日本の電力消費量の1%近い電力量を消費しているため、企業責任としてもCO2排出量の削減を非常に重要視しています。また、NTTグループは2021年に新たな環境エネルギービジョン「NTT Green Innovation toward 2040」を打ち出し、2040年度にはグループ全体でカーボンニュートラルを達成することを宣言しました。これに加えて、広く社会全体のCO2削減に貢献していかなければならないことはいうまでもありません。
NTT宇宙環境エネルギー研究所で行ってきた藻類の研究は、この事業にどのように貢献していくのでしょうか?
地球上におけるCO2の排出量と吸収量の収支は、現在187億tCO2/年排出過多だといわれており、これが地球温暖化に寄与していると考えられています。CO2は海洋、人間活動、および陸上から大気中に排出される一方、海洋と陸上では大気中のCO2を吸収します。そこで私たちは、CO2の吸収能が人間活動による排出量の約7倍もある海に着目しました。
海洋がCO2を吸収する仕組みのなかには、藻類などの植物プランクトンによる光合成も含まれていますので、CO2をより多く吸収する藻類を生産する技術は、地球環境の保全に貢献するはずです。そして、藻類を魚介類の餌とすることで、もうひとつの課題である食料問題の解決にもつながります。
それだけでなく、藻類には無限の可能性があると思っています。藻類は多くのCO2を吸収するだけでなく、農作物肥料の代替としても活用できるのです。現在、農業用肥料のメイン材料である窒素、リン、カリウムの多くはロシアなどの海外からの輸入に頼っているので、昨今の地政学的なリスクで入手が困難になり、価格が倍くらいに高騰しています。ですから、増殖の過程において、窒素、リン、カリウムも取り込む藻類を農作物の肥料にすることができれば、世界中の農業従事者の支援にもつながります。
さらに、藻類にはEPAやDHAといった今注目されている脂肪酸が豊富に含まれており、化粧品や医薬品、健康食品の分野でも活用が期待されています。将来的には、藻類から生み出される油脂を活用して、ジェット燃料の一部に代用することもできると考えています。
5. 食と環境に不安のない未来を次世代へ継承する
NTTグリーン&フード株式会社の事業の今後の見通しをお聞かせください。
まず、現在建設を進めているいくつかの陸上養殖場での魚介類の生産・販売事業を軌道に乗せることが第一です。そして、今年度中には藻類事業も立ち上げて、将来は日本の陸上養殖のトップシェアをめざしたいと思っています。
また、近い将来は海外にも陸上養殖システムを輸出して拠点を拡大し、地球温暖化によって砂漠化が進んでいる土地を救うようなことを藻類の事業で実現できたらと思っています。20年、30年といったスパンで環境を守りながら、現在の食卓を維持できる食料不足の不安のない社会を次世代につなげることに貢献していきたいです。
この事業の立ち上げに至るまでの経験や、個人的な想いなどをお聞かせください。
私が大学、大学院で専攻していたのは原子力工学で、現在の生物系の事業とは関係のない分野でした。また、社会人としてのキャリアをスタートして最初に携わったのも、この事業とは直接関係のない設備企画や構築・運用、外資系企業向けの営業などでした。ただ、私は学生時代からいずれは「水や食料、資源にかかわる仕事がしたい」という想いを抱いており、約10年前からICTを活用した食農関連の新事業立ち上げに取り組むようになったことで、食料の生産と環境への配慮は、どちらも同じくらい重要なテーマであることに気がつきました。
農林水産業は、人間が自然に働きかけて、その恵みを享受する唯一の産業ではないでしょうか。食か環境かの二者択一ではなく、これらが互いに作用しながら循環していくなかで、何ができるのかという私の漠然とした考えを、NTT宇宙エネルギー研究所の藻類の研究は、ひとつの事業として結実してくれました。
振り返ってみれば、インターネットなどの通信設備も、ある意味で食や環境と同様に私たちの暮らしや社会を支えるインフラです。一貫してこうした事業に携わりながら、未来の社会に貢献していけることには大きなやりがいを感じています。
最後に、この事業に魅力を感じている大学院生や研究者に向けてメッセージをお願いします。
現在はどのような事業を行うにしても、環境への配慮が避けて通れません。海外においては、企業経営者は「環境の問題を語ることなくして、経営を語るべからず」という時代にもなりつつあります。
とはいえ、環境の問題をビジネスとしてとらえることは、マネタイズが難しく、私たちにとっても大きなチャレンジです。こうしたビジネスはまだはじまったばかりで、何が正解なのか誰にもわかりません。そういう状況だからこそ、先ほどの遺伝子編集の技術ではありませんが、私たちはリスクを恐れてブレーキばかり踏むのではなく、困難な課題にもアクセル全開で挑んでいきたいと思います。
食料と環境に不安のない社会の実現に向けたチャレンジにおいては、志の高い、若い世代の力が不可欠です。研究を研究として終わらせるのではなく、事業を通じて研究成果を未来の社会に還元する。NTTグリーン&フード株式会社の事業は、こうした私たちの理念に賛同してくれるみなさんにとって、大きな可能性にあふれていると思います。
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