『ジョブ理論』アイデアをイノベーションに変える判断基準|NTT研究員がすすめる一冊

NTT宇宙環境エネルギー研究所にて、レジリエント環境適応研究プロジェクト ESG経営科学技術グループに所属する田中氏は、社会や環境のさまざまなデータ分析と未来予測に取組む同グループで、環境、社会と企業に関わる未来を予測するという新領域の研究に携わっています。同氏は学生時代に電磁波工学を専攻していましたが、自らの仕事として環境問題の研究に取組むべきだと考え、NTT研究所へ入所。以降、通信ビルやデータセンタの省エネに関する研究、国際標準化、ビル電力設備や太陽光発電などのハードウェアに関わる実務、スマートエネルギー研究、NTTグループの環境マネジメントを経て、現在はデータ分析の領域である未来予測の研究を進めています。

今回は『イノベーションのジレンマ』によって破壊的イノベーションの理論を提唱し、企業におけるイノベーションの研究における第一人者となったクレイトン・M・クリステンセン氏の書籍『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』を紹介していただきました。
※所属は取材当時のものです。

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田中 憲光(たなか としみつ)博士(工学)

NTT宇宙環境エネルギー研究所 ESG経営科学技術グループ 主任研究員
千葉大学工学部を卒業後、2007年に同大学院自然科学研究科博士課程を修了。専門は電磁波工学と電力システム工学。2007年にNTT研究所入所以来、通信ビル、データセンタの省電力化に関する研究開発、国際標準化、電力設備の仕様書主管担当、NTTグループの環境マネジメント業務などに広く携わる。2022年よりESG経営科学技術グループに加わり、現在、テキストや統計などのオープンデータをもとにした未来予測の研究開発に携わる。

1. アイデアの言語化という悩みを解決してくれた書籍

今回紹介していただく『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』は、イノベーションが起こる背景にある要素を理論立てて説明する書籍です。どのようなきっかけで読んだのでしょうか。

以前勤務していた株式会社NTTファシリティーズの先輩から勧められたことが、この書籍を読んだきっかけです。
当時、私は自分の考えやアイデアをうまく言語化できず、自信も持てないという悩みを抱えていました。何かを思いついても、感覚的に「こうだったらいいのではないか」と思うだけで、「なぜ問題を解決すべきなのか、解決することが誰のためになるのか」と論理的に考え、説明することができなかったのです。そんなときにこの書籍を読み、「ジョブ(片付けるべき仕事)」という基準が問題の整理にとても有用だと感じました。

書中の冒頭では、多くの企業がイノベーションを起こそうとしながらも簡単には実現できず、時に運任せになってしまう状況が取り上げられています。そのような状況に対してこれからのイノベーションを予測し、生み出すための方法として示されるのがジョブ理論です。
ジョブ理論は「その人が商品Aを選択して購入する」=「その人が片づけるべき仕事(ジョブ)のために商品Aを雇用する」という考え方に基づいています。書籍のなかではさまざまな商品やサービスの事例を挙げながら、ジョブ理論のレンズを通してイノベーションの仕組みが説明されています。顧客が商品を雇用する因果関係のメカニズムを把握することで、イノベーションを成功させるヒントを得られる一冊です。

2. 「ジョブ理論」とは、意思決定の判断基準となるもの

今回この書籍を選んだ理由を聞かせてください。

新しいアイデアを思いついたときは、実行すべきかを論理的に判断することが重要です。この書籍に書かれている「片付けるべき仕事(ジョブ)のために何を採用(ハイア)すべきか」というジョブ理論の視点を持つことで、論理的に判断する助けになると思います。
私自身もこの本を読んだことで、進むべき道の選択に根拠と自信を持てるようになったと感じており、同じ課題を抱える人の参考になるのではないかと考え、この書籍を選びました。

本当のジョブを見極めるためのものの見方

書籍を通じてさまざまな視点で物事を考えられるようになりましたが、「お客さまの解決したいジョブ目線で見る」という視点は、特に仕事に役立っていると感じます。

たとえば、NTTファシリティーズに勤務していた際のことですが、通信ビルの電気設備の仕様を企画する仕事で、私は「高機能で見栄えのいいもの」を提供しようとしたところ、保守の担当者から「操作方法がすぐにわかって絶対に間違わない、確実に使えるものにして欲しい」と指摘をいただいたこともありました。
当時、私は見栄えがよく高機能の製品が良いものだと思っていましたが、今振り返ると、大切なことは、災害などのときにも頼れる装置の信頼性と使いやすさでした。通信ビルの場合、通信を使うお客さまが欲しいものは「つながり続ける通信」なので、停電などの際に電力を止めないために、製品と運用する人間を一体に考えることが、「解決したいジョブ」につながっていたことがわかります。
また、NTT研究所にて省エネに関する国際標準化に携わっていた際に、直接国際規格の本文を執筆する仕事を任されました。この際も、私は国際規格の本文に多くの仕様を記載しなければならないと考えてパンクしそうになっていましたが、一緒に仕事をしていたフランスとスウェーデンのメンバーから、「各国の状況に合わせて使えるように、規格で指定する内容は最低限にして、自由度を残すことが重要」という点を教えていただきました。たとえば、国ごとに電源コンセントの形や電圧が異なるように、国によって事情がいろいろとあります。正直とても複雑で高度な話ですが、各国が持つ共通の解決したい省エネという『ジョブ』のなかには『さまざまな国で導入しやすい』という点が含まれていました。安全性などの考慮すべき点もあり難しい課題ですが、これらを良いバランスで実現することが国際規格の理想だと考えることができます。

データの奥にある特定の状況と特定の感情を捉える

ほかにも「ジョブとは、顧客が『特定の状況』と『特定の感情』を経てプロダクトを雇用すること」という説明もあります。
たとえば書中ではミルクシェイクを例に挙げ、朝は、通勤中に車を運転しながら飲め、ほどよく空腹を満たす商品であり、夜は、1日の終わりにいろいろな我慢をさせた子どもに買い与えて、良い親(のような雰囲気)になるために選ばれる商品でもあるとしています。
私はこの事例を通じて「ミルクシェイクは朝と夜に売れる」というデータは、「状況」と「感情」を捉えなければ意味がないということに気づかされました。

現在取組んでいる未来予測の研究にも、環境や社会に関わる統計値、文章などの多くの社会的なデータを取扱いますが、これらを単なる統計的な視点だけで分析しないことが大切だと考えています。数値やグラフにしてしまうと、分析結果は正しそうな印象をまとうのですが、特に人が関わるデータは、特定の状況、因果、感情が介在した結果である前提を忘れないようにしています。定量的という言葉を妄信せず、データの背景や因果に着目し続ける必要があると考えさせられました。

ジョブ理論が根付き、イノベーションを起こせる組織をめざして

イノベーションを起こすためにはジョブ理論を組織で活用し、メンバー各自が「これは本当に解決すべきジョブか」という視点を持たなければなりません。
また、組織が新しい感性を受け入れる意識を持つことや、新しい世代はこれまでの世代の人たちに打ち勝つ力を身につけることも求められます。イノベーションのアイデアはもちろん必要ですが、それをどう拾って育てていくのかを各世代で考えていく必要もあるでしょう。現実には、想いや情熱だけでは解決できないことが多くあると思います。その際にもジョブ理論は、自分の考えを論理的に説明し、周囲の理解と協力を得る手助けとなるのです。

3. イノベーションの種になる新しい感性を助ける一冊

今回の書籍はどのような方に読んでもらいたいですか。

自分の想いや考えをうまく説明できないことに悩んでいる方に読んでもらいたいです。特に、社会に貢献したいと考える学生や新しい世代にとっては、力になる学びが詰まっていると思います。
情熱と新しい感性によって思いついたアイデアに、論理的な根拠を築き、本当に実行すべきか、具体的に何をすればいいか、といったことを判断する際にジョブ理論が役立ち、新しい時代のイノベーションへと昇華させてくれることでしょう。

紹介書籍

タイトル 『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』
著者   クレイトン・M・クリステンセン (訳)依田 光江
出版社  ハーパーコリンズ・ジャパン, 2017年

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