テトラニュートロンの証拠「4個の中性子でできた原子核」を観測との研究結果

      2022年6月、理化学研究所、ダルムシュタット工科大学、東京大学大学院理学系研究科、東京工業大学からなる国際共同研究グループは、4個の中性子だけでできた原子核「テトラ中性子核」の観測に成功し、陽子を含まない複数個の中性子が原子核を構成して存在できる新たな証拠を得たことを発表しました。本研究成果は原子核や核力のモデルを大きく変える可能性があり、中性子星の理解にもつながると期待されています。
      今回観測されたテトラ中性子核を軸に、理論的に予測された4つの中性子の安定結合状態「テトラニュートロン」について解説します。

      ニュース    4個の中性子だけでできた原子核を観測 -テトラ中性子核の新たな証拠「原子番号ゼロの世界を開拓」-
      発行元   理化学研究所
      掲載URL    https://www.riken.jp/press/2022/20220623_1/index.html

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      1.中性子とニュートロニウムとは

      私たちを含め、身近にあるあらゆる物質を細かく見ていくと、最終的には陽子と中性子のいくつかの組み合わせでできた原子核にたどり着きます。この原子核の状態を科学的に記述する核物理学は多くの謎があり、そのひとつが「中性子(ニュートロン)のみでできた原子核であるニュートロニウムは存在するのか」という問題です。ニュートロニウムのひとつである4つの中性子によって構成される仮想上の安定状態「テトラニュートロン」など、これまでの研究では、そのような原子核の合成報告はあったものの、議論の余地がありました。
      ここではまず、中性子とテトラニュートロン、ニュートロニウムについて見ていきましょう。

      1-1.中性子とは

      身近な物質は原子でできており、原子は外側をとりまく電子雲と、中心にある原子核で構成されています。そして中性子は、陽子と共に原子核を構成する粒子のひとつです。

      (画像出典:独自作成)
      (画像出典:独自作成)

      中性子とは電気的な性質を表し、プラスにもマイナスにも電気を帯びていないことをさします。これに対し、陽子はプラスの電気を帯びており、電子はマイナスの電気を帯びています。中性子の存在が意識される場面は日常生活ではそうそうありませんが、しかしながら実際には重要な役割を果たしています。

      原子核は電気を帯びていない中性子と、プラスの電気を帯びた陽子でできていることから、本来なら電気的な反発で原子核は存在できないはずです。これを防ぐのが「強い相互作用」と呼ばれる力です。
      電気的な反発のもととなる「電磁相互作用」に対して、文字通りそれよりも強いことから名付けられた強い相互作用は、陽子同士が反発するのに逆らって原子核を結び付けようとします。しかし、陽子だけでは強い相互作用に対して電磁相互作用の方が勝ってしまいます。そこで中性子が登場します。
      中性子は陽子と同じく強い相互作用は働く一方で、電気を帯びていない、つまり電磁相互作用は働かない粒子なので、強い相互作用の力の強さを増やす一方で、相対的に電気的な反発力を薄めます。このように、中性子は非常に重要な存在です。

      1-2. ニュートロニウムとは

      中性子について振り返ったところで、次は原子核について見てみましょう。
      身近な物質を構成する原子核のほとんどは半永久的に安定していることがわかっています。原子核が安定する条件のひとつに、原子核に含まれる陽子と中性子の割合があります。原子核を構成する粒子の5割から6割が中性子であると、原子核は安定する傾向にあることがわかっています。たとえば炭素は陽子6個と中性子6個、金は陽子79個と中性子118個で安定します。そして陽子の数が原子番号のもととなり、元素の種類を決定します。先ほどの例でいうなら、炭素は原子番号6番の元素、金は原子番号79番の元素です。

      では仮に、陽子が0個の原子核があったとしたらどうなるでしょう。その場合、原子核は中性子のみで構成されており、陽子が0個なので原子番号0番の元素といえなくもありません。このように、中性子のみで構成された仮想の原子核のことを元素のようになぞらえて名付けた呼び名が「ニュートロニウム」です。

      今回の研究は「中性子のみでできた原子核が存在することは可能か」という問いに答えるための試みのひとつといえます。まず陽子については、先述のとおりプラスの電気を帯びている陽子同士が結びつくということは考えづらく、実際に実験的にも理論計算的にも、陽子のみが2個以上結合する可能性はほぼないことが示されています。では、中性子のみが2個以上結合したニュートロニウムが存在することは可能なのでしょうか。これについては、理論上「いいえ」 となります。一見すると電気を帯びていない中性子は単独で複数結合してもよさそうですが、実際には結合するためには電気的性質以外のさまざまな要素が複雑に絡み合っています。詳しくは割愛しますが、理論上ニュートロニウムは存在しない、というのがこれまでの理論上の結果です。

      1-3. テトラニュートロンとは

      ただし、現代の核物理学はまだまだ未完成であり、複数のモデルから近似値を出している状態です。近年の技術的進歩で、極端に陽子や中性子が多い原子核を合成し、それを詳細に観測できるようになると、理論的には予想外な結果が現れることも珍しくありません。核物理学の理論は、今でも少しずつ修正を続けているため、中性子のみで構成された原子核であるニュートロニウムが全く存在しない、という理論上の結果には検討の余地があるといえるのです。もしもほんの一瞬でもニュートロニウムが存在した場合、核物理学の主要な理論やモデルでは予測できていないものであり、少しずつどころではない大幅な修正を迫るものとなります。

      このため、ニュートロニウムが存在するにせよしないにせよ、その証拠探しを世界中の研究機関が続けています。
      ニュートロニウムを探す上では、少しでも存在する可能性の高そうな候補を探ります。そしてその最も可能性の高い候補というのが、中性子が4個結びついたニュートロニウムであるテトラニュートロンというわけです。たとえば中性子が3個の組み合わせであるトリニュートロンは存在可能性が極めて低く、テトラニュートロンが存在したとしても、トリニュートロンは存在しないといわれています。

      2. 2022年、テトラニュートロンの新たな証拠を観測

      次に、2022年に理化学研究所などの国際共同研究グループが発表した成果は、今までの研究とどのように異なるのかについて説明します。

      2-1. テトラニュートロンの過去の研究について

      テトラニュートロンの研究は何十年も行われてきましたが、テトラニュートロンの合成が最初に報告されたのは2002年です。実験ではフランス国立重イオン加速器研究所(GANIL)でベリリウム14という原子核を加速し、炭素のターゲットにぶつけました。ベリリウム14が選ばれたのは、その珍しい性質のためです。

      通常の原子核と中性子ハローを持つ原子核の比較。(画像出典:独自作成)
      通常の原子核と中性子ハローを持つ原子核の比較。通常の原子核は全ての陽子と中性子が1つの塊として強く結合しています。これに対し中性子ハローは、原子核の周りを取り巻く中性子です。この結合は弱いため、例えばヘリウム8は一塊の原子核ではなく、ヘリウム4と中性子ハローが緩く結合した原子核と見なすことができます。
      (画像出典:独自作成)

      通常の原子核は陽子と中性子すべてひとつの塊となっていますが、ベリリウム14は4つの中性子が原子核の周りを取り巻いている中性子ハローと呼ばれる状態となっています。中性子ハローは結びつきが弱いため、原子核同士をぶつけるようなことが起こると、原子核から分離してしまいます。これにより、中性子4つだけが分離した状態をテトラニュートロンの発見としているのです。
      しかしながら、この実験の再現は成功していないため、テトラニュートロンの合成報告として見るケースは少ないのが現状です。

      これとは別に、2005年にはロシアのクルチャトフ研究所におけるリチウム7同士を衝突させる実験でも、テトラニュートロンの生成が報告されています。これは中性子ハローではなく、直接核融合で余った4つの中性子がテトラニュートロンとなることを狙っています。こちらについてはドイツのミュンヘン工科大学にて2021年に同じような条件で実験が行われ、同じような結果が得られています。
      ただしこの実験の場合、検出されたテトラニュートロンの数が少ない上に、本当にテトラニュートロンなのか、つまり4つの中性子は結合しているのかのデータが少なく、こちらについても疑問符が解消していない状態です。

      さらに2015年には、日本の理化学研究所に設置されているRIビームファクトリー施設と東京大学が設置したSHARAQ磁気分析装置を利用し、中性子ハローを持つ原子核であるヘリウム8に、ターゲットとなるヘリウム4を衝突させる実験を行い、合成を報告しました。こちらはフランスの実験と似た、中性子ハローの中性子がテトラニュートロンになることを狙った研究です。
      しかし、こちらについてもテトラニュートロンがどのような状態になっているのかを示すにはデータが不足していたため、テトラニュートロンを合成したといい切るのはやや難しいものでした。テトラニュートロンの合成をはっきりとさせるためには、テトラニュートロンの性質をはっきりと示すことが欠かせませんが、2015年の実験では合成数が少ないこともあり、データが不足していたのです。

      2-2. テトラニュートロンの今回の研究について

      それでは今回の話の主題である、2022年の実験結果について詳細を解説しましょう。実験が行われたのは、2015年と同じく理化学研究所のRIビームファクトリー施設です。これに原子核衝突で生じるさまざまな種類の粒子を捉えるSAMURAIスペクトロメータを組み合わせることで、テトラニュートロンの合成に関して、より多くのシグナルを捉えることを試みました。
      実験は、過去の研究とは異なる点を複数含む手法で行われました。従来テトラニュートロンを生成するためには、これまでの過去の研究でも使われたヘリウム8の中性子ハローを使いますが、本実験では衝突ターゲットを水素1としており、その点が大きく異なります。
      これまでの実験では、中性子ハローを持つ原子核を、ほぼ同じ質量の原子核に対しぶつけることで、中性子ハローを持つ原子核がかなりの減速状態になることを利用していました。これにより、原子核に弱く結合した中性子ハローは原子核から離れ、ほとんどエネルギーを失うことなく飛び出し、これをテトラニュートロンとして観測しようとしていました。

      一方で今回の実験も、ヘリウム8の分裂を利用するという点は変わりませんが、多少の違いがあります。ヘリウム8が陽子(水素1)に衝突すると、ヘリウム8の運動方向が変化します。しかしながらこれで運動方向が変化するのは中心部のみであり、中性子ハロー=テトラニュートロンは方向が変わりません。中心部と中性子ハローの結合が弱いことと、運動方向の違いから、ヘリウム8はテトラニュートロンとヘリウム4へと分裂します。更にこの2つに加え、衝突により加速した陽子もSAMURAIスペクトロメータに向かって飛んでいくことになります。


      今回行われた実験の概要。(画像出典:Nature『Observation of a correlated free four-neutron system』Fig. 1: Schematic illustration of the quasi-elastic reaction investigated in this work. / 著者により図のトリミング及び用語の日本語化処理実施済)
      今回行われた実験の概要。中性子ハローを持つヘリウム8を陽子に衝突させるとヘリウム8はテトラニュートロンヘリウム4に分裂し、陽子は弾かれる。
      (画像出典:Nature『Observation of a correlated free four-neutron system』Fig. 1: Schematic illustration of the quasi-elastic reaction investigated in this work. / 著者により図のトリミング及び用語の日本語化処理実施済)

      一般的に粒子検出器は電気を帯びている粒子のみを観測するため、電気を帯びていない粒子である中性子を捉えることはできません。しかしながら、ヘリウム4と陽子はその運動エネルギー(質量と速度の2乗に比例する)や運動している方向を正確に捉えることができます。衝突前のヘリウム8は加速器で設定された運動エネルギーへ加速されるため、ヘリウム8の運動エネルギーや運動方向からヘリウム4と陽子を差し引けば、残った値がすべて中性子ハローを構成していた4つの中性子の分である、となるわけです。

      その結果、ヘリウム8と陽子がほぼ正面衝突した多数の事象を抜き出すことで、高い統計精度でテトラニュートロンの性質を探ることができました。今回合成されたテトラニュートロンは、普通の原子核のような束縛状態ではなく、それより弱く結合した共鳴状態であることが明らかにされました。


      今回の実験で観測されたエネルギーあたりの粒子のカウント数。(画像出典:独自作成)
      今回の実験で観測されたエネルギーあたりの粒子のカウント数。左側にありピンク色の曲線で表される幅の狭い山が、結合の弱いテトレーションの存在を示している。
      (画像出典:Nature『Observation of a correlated free four-neutron system』Fig. 3: Missing-mass spectra. / 著者により用語の日本語化処理実施済)

      実験的にテトラニュートロンの性質が詳しくわかったのは、今回の実験が非常に高精度で行われたことの証しです。実験結果がわかりにくくなってしまう余計なシグナルを排除することで、テトラニュートロンは共鳴状態であるというひとつの結論を得られるのです。
      また今回の実験で明らかになった別のデータとして、テトラニュートロンの寿命が(3.8±0.8)×10-22秒であると計算できたことが挙げられます。過去の合成報告ではこの時間が不明確であるか、精度が悪いために、ここまではっきりとした寿命が示されたことはありませんでした。

      3. テトラニュートロンの合成は何がすごいのか?

      さて、これまでテトラニュートロンについて振り返ってみましたが、テトラニュートロンを合成する研究が日本に限らず世界中で行われている理由は何でしょうか。この研究は、語弊を恐れずにいえば 「すぐに生活を便利にする研究」 ではありません。1兆分の1のさらに30億分の1秒しか存在しないテトラニュートロンを取り出しても、私たちの日常生活が便利になることに直結しづらいためです。しかしながらこれをもって 「役に立たない研究」と評することはできません。
      ここでは、具体的にテトラニュートロンの合成がどのような分野に影響を与え得るかについて見ていきましょう。

      3-1. テトラニュートロンが存在するか否かは核物理学に大きな影響を与える

      先述したとおり、テトラニュートロンのように、複数の中性子が結合した状態は、現在の主流な核物理学の理論において否定されています。もしテトラニュートロンの合成が本当であり、ほかの実験で再現されれば、テトラニュートロンという中性子の結合状態が存在することになりますので、実験結果に合わせた基礎的な理論の修正が必要になります。
      これまで、理論の修正が必要なことは知られていたものの、その修正の方向性がわからないという問題がありましたので、その方向性が定まることがまず重要です。

      3-2. 中性子の塊である中性子星の内部構造の理解にも影響を与える

      また、中性子が複数結合した状態が存在する、という点自体も重要です。私たちの身の回りには、生物を形作る炭素や酸素、地球を形作るケイ素やアルミニウムなど、さまざまな元素があります。
      一方で、宇宙が誕生したときに合成された元素は、大半が水素とヘリウムのみで、それより重い元素は無視できるほど少ない量でした。重い元素のほぼすべては、恒星の中心部で起こる核融合や、重い恒星が寿命の最期に起こす超新星爆発、あるいは中性子の大きな塊である中性子星同士の合体など、さまざまな天文現象で合成されます。

      元素合成の現場で重要なのは、原子核に陽子や中性子が衝突して発生する核融合反応です。通常の核融合反応では、原子核に衝突する粒子は陽子1個、中性子1個、重陽子 (陽子と中性子1個ずつの結合状態)と考えられますが、中性子のみでの結合状態が存在すれば、核融合反応で重い元素が生じる効率やスピードが変化します。これは最終的に、宇宙に重い元素がどのくらいのスピードで蓄積していったのか、恒星の寿命が長くなったり短くなったりしないか、ひいては惑星や生物が宇宙にどの程度のスピードで発生し得るかに関わってきます。

      3-3. 核融合炉の効率や設計方針に影響を与える

      あるいは、次世代のエネルギー源として注目されている核融合発電にも影響を与える可能性があります。
      核融合発電の要である核融合炉の仕組みは、現在の核物理学の集大成であり、実現可能性、効率、コストなどさまざまな観点から設計されています。テトラニュートロンの発見は、核融合炉の設計を根本的に変えてしまう、ということはありませんが、テトラニュートロンの発見を通じた核物理学の修正は、現在設計されている核融合炉のさらなる効率化や、次世代の核融合炉について設計の方針を定めるのに役に立つ可能性があります。

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