ゲノム編集とは?遺伝子組換えとの違いや危険性、応用の可能性を解説

      ゲノム編集とは、生物が持つゲノムDNA上の特定の塩基配列を狙って変化させる技術です。ある生物の細胞に外来の遺伝子を導入して新しい性質を付け加える遺伝子組換えに対し、自然に起こりうる遺伝子の変化を人為的に誘発することがゲノム編集の特徴です。ゲノム編集に使用される、現在主流となっているツールCRISPR-Cas9(clustered regularly interspaced short palindromic repeats-CRISPR associated protein 9:クリスパー・キャスナイン)は、日本人研究者による発見がきっかけとなって開発されました。
      この記事では、ゲノム編集の概要や遺伝子組換えとの違い、技術開発の歴史、問題点と危険性、応用の可能性について詳しく解説していきます。(公開日:2021/09/17 更新日:2023/09/27)

      このオウンドメディアは、NTT宇宙環境エネルギー研究所がサポートしています。

      1. ゲノム編集とは簡単にいえば何?

      ゲノム編集とは簡単にいえば、生物が持つゲノムDNA上の特定の塩基配列を、狙って変化させる技術です。

      ゲノムとは、生物の細胞内にあるDNA、およびそこに書き込まれた遺伝情報の全体を意味します。ヒトであれば23対の染色体に分けられて、細胞の核の中に収められています。遺伝情報はアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4種類の塩基の配列として構成され、親から子へ受け継がれます。

      ゲノム編集技術は、このゲノムDNA上の特定の場所を狙い、ハサミの役目をするツールを使って切断します。切断されたゲノムは、生物に備えられているゲノム修復機構によって修復されますが、まれに修復ミスにより突然変異が起こります。この突然変異を利用して生物の性質を変化させ、目的に合った性質を持つ生物を作り出します。

      ゲノム編集技術は、新たな治療技術の創出、創薬の加速、農作物の品種改良などによる食糧問題の解決、植物の光合成効率化・長寿命化などによる環境問題の解決など、さまざまな分野での応用が期待されています。その一方、狙った場所以外の塩基配列が変異することなどの危険性を指摘する声もあります。

      2. ゲノム編集と遺伝子組換えの違いとは?

      ゲノム編集と似た意味の言葉として「遺伝子組換え」があります。ここでは、ゲノム編集と遺伝子組換えの違いについて見ていきましょう。

      遺伝子組換えとは、ある生物に科が異なる生物由来の遺伝子を導入することにより、細胞に新たな性質を付け加える技術です。遺伝子とはゲノムの一部分を意味し、たとえば顔や皮膚、目の色など生物の形質を決定づける情報です。遺伝子を構成するDNAの配列情報は、タンパク質を構成するアミノ酸の配列情報に変換され、タンパク質の設計図としての役割を果たします。

      導入する遺伝子は、たがいに交配できない、異なる生物種のものも利用できます。たとえば植物に対し、微生物や動物の遺伝子の導入も可能です。

      それに対してゲノム編集は、前述のとおりゲノムを切断し、突然変異を起こさせることにより、その生物に元からある性質を変化させるものです。したがって、結果として得られる新しい性質が、細胞の外部から導入されたものなのか、それとも細胞内部で変化したものなのかが、遺伝子組換えとゲノム編集の違いといえます。

      ただし、植物のゲノム編集においては、ハサミの役目をするツールを発現するための遺伝子を、遺伝子組換え技術によって導入することもあるため、ゲノム編集と遺伝子組換えの違いがわかりにくくなってしまうところがあります。しかし、ゲノム編集生物から「ハサミ遺伝子」を、交配により取り除いてしまえば、導入した遺伝子が機能し続ける一般の遺伝子組換え生物とは異なるものとなります。

      (交配によってハサミ遺伝子を取り除けるのは、交配後の次の世代にはメンデルの法則に従って、ハサミ遺伝子が受け継がれない個体が4分の1の確率で出てくるからです)

      動物のゲノム編集では、ハサミの役割をする酵素などが細胞内に直接注入される場合もあります。注入された酵素は次世代には残らないため、植物のゲノム編集と比べると遺伝子組換えとの違いがはっきりとしています。

      3. ゲノム編集技術 開発の歴史

      次に、ゲノム編集技術の開発の歴史を見ていきましょう。

      ゲノムの切断による突然変異の誘発自体は、古くから行われてきています。1950年以降には、放射線による突然変異の導入が農作物に対して行われ、「ゴールド二十世紀」をはじめとする多くの品種が作られました。

      しかし、放射線などによるゲノムの切断は、ゲノム上のランダムな場所に起こります。それに対して、ゲノム上の狙った場所の切断を可能としたのがゲノム編集技術です。ゲノム編集技術で用いられるDNA切断酵素「人工ヌクレアーゼ」は、以下で見ていくとおりZFN(zinc-finger nuclease:ジンクフィンガーヌクレアーゼ)、TALEN(transcription activator-like effector nuclease:ターレン)、CRISPR-Cas9の3つに大別され、それぞれ利点・欠点を持っています。

      3-1. ZFN

      最初の人工ヌクレアーゼは、1996年に開発されたZFNです。ZFNは「制限酵素」を元にして作られました。制限酵素とは、細菌中で増殖するウィルス「ファージ」などから、細菌が身を守るための防御機構です。侵入してくるファージなどのDNAを制限酵素が切断し、不活性化します。

      多くの制限酵素は、ゲノムDNA上の4~6個の塩基の特定の配列を認識し、その場所を切断します。しかし、4~6個の塩基では、同じ配列がゲノムDNA上に多数存在することになり、制限酵素をただ使ったのではゲノムはバラバラになってしまいます。

      そこで、より多くの数の塩基配列を認識できるように人工的に作られたのが、ZFNです。 ZNFは、DNAの認識・結合を担うZFと、DNAの切断を行うFok1から構成されます。ZFは3個の塩基配列を認識でき、ZNFではこのZFを複数個連結して使用します。

      4つのZFを連結すれば12塩基、それをペアで使用することにより24塩基が認識できます。24塩基の配列は、哺乳類のゲノムであれば理論的に1カ所にしか現れないため、狙いを定めた特定の場所の切断が可能となるのです。

      ただし、ZFNは作製が難しく、作製を一部の企業に頼らざるを得ませんでした。

      3-2. TALEN

      ZFNの次に開発された人工ヌクレアーゼは、2010年に米国のグループにより発表されたTALENです。ZFNと同様に制限酵素を元に作られます。TALENのDNA認識・結合部分「TALEタンパク質」は、一組で30~40の塩基配列の認識が可能です。

      TALEタンパク質はそれ以前にすでに作製法が確立されていたため、ZFNと比べると作製が容易です。そのため、発表されるとすぐにゲノム編集技術の主役となりました。しかしそれでも、作製にはかなりの労力が必要です。

      3-3. CRISPR-Cas9

      2012年に、ZFNやTALENより、さらに簡便に作製できる人工ヌクレアーゼが開発されました。それが、CRISPR-Cas9です。作製が簡便・高効率なことに加え、基礎研究なら誰でも自由に使えるため、急速に広がって現在の主流となっています。

      CRISPR-Cas9の作製が簡便なのは、DNA認識・結合部分に酵素ではなく、RNAを用いるからです。

      RNAとは、DNAと同じ核酸です。前述のとおりDNAがA、T、G、Cの4種類の塩基から構成されるのに対し、RNAはA、U(ウラシル)、G、Cの4種類の塩基から構成され、DNAのように2本鎖ではなく1本鎖の形をとります。 DNAの塩基A、T、G、CはRNAの塩基U、A、C、Gとそれぞれ水素結合を形成します。そのため、DNAの特定の塩基配列と水素結合できる塩基配列(「相補的」な塩基配列)のRNAは、そのDNA塩基配列の認識・結合に使用できることになります。

      CRISPR-Cas9は、標的とするDNA配列と相補的な配列を持つガイドRNA(gRNA)と、DNA切断を行うタンパク質Cas9により構成されます。gRNAは化学合成により作製できるため、作製に煩雑な過程を要する酵素をDNA認識・結合のために使用するZFNやTALENと比べ、作製がはるかに簡便になるというわけです。

      【コラム:CRISPR-Cas9はもともと日本人研究者により発見された】

      CRSIPR-Cas9はもともと、1996年に石野良純 現九州大学農学研究院教授により発見されました。大腸菌のゲノムの中に、一定の長さのスペーサーをはさんだ奇妙な繰り返し配列が存在することを見つけたのです。この奇妙な繰り返し配列は他の細菌などのゲノムにも存在することがわかり、2002年にCRISPR(clustered regularly interspaced short palindromic repeats)と名付けられたものの、その意味や役割は不明でした。

      その後の研究により、CRISPRはファージなどのDNAから、細菌が身を守るための免疫システムであることが明らかになりました。侵入してきたファージなどのDNAは、Casタンパク質により断片化され、細菌のゲノムにCRISPRとして取込まれ、細胞に記憶されます。次に同じDNAが侵入すると、ゲノム中のCRISPRから相補的な塩基配列のRNAが作られます。このRNAがCasタンパク質などと複合体を形成し、侵入してきたDNAに結合して、侵入してきたDNA鎖を切断・不活性化します。

      2012年に米カリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナ博士と、独マックスプランク研究所のエマニュエル・シャルパンティエ博士のグループが、Casタンパク質のうちCas9を使用したCRISPR-Cas9により、標的DNAの切断が試験管内で行なえることを示しました。この成果により、CRISPR-Cas9がゲノム編集に用いられることとなり、ダウドナ、シャルパンティエ両博士はノーベル化学賞を2020年に受賞しました。

      4. ゲノム編集技術の問題点・危険性

      以上のようにゲノム編集は、ゲノムの中の狙った部分を切断して突然変異を誘発し、生物の性質を改変する技術です。このゲノム編集技術にどのような問題点や危険性があるのかを見てみましょう。

      4-1. 食品における問題点・危険性

      ゲノム編集された食品については、①ハサミ遺伝子が細胞内に残る、②狙った場所以外が切断される「オフターゲット変異」が起こる、の問題点が指摘されています。しかし、ハサミ遺伝子が取り除かれた場合は、健康被害などのリスクは従来の品種改良と同程度とみなされるため、遺伝子組換え食品で必要となる審査は求められず、届け出だけが必要となっています。

      ① ハサミ遺伝子が細胞内に残る

      特に植物の場合、細胞壁があることや技術的な障壁があり、CRISPR-Cas9を細胞内にそのまま導入するのは容易ではありません。そのため、前述のとおりいったん遺伝子組換えの手法でCRISPR-Cas9の遺伝子をゲノムに組込み、細胞内でCRISPR-Cas9が作られるようにすることが一般的です。

      もし、このCRISPR-Cas9の遺伝子がゲノム中に残ったままなら、その植物を食品として流通させる場合には「遺伝子組換え生物」に該当し、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(カルタヘナ法)の規制対象となります。

      しかし、このゲノムに導入されたCRISPR-Cas9遺伝子は、交配によりあとから取り除くことが可能です。そのため、CRISPR-Cas9遺伝子が取り除かれたゲノム編集植物はカルタヘナ法の規制対象外となり、所轄官庁への情報提供だけが求められることとなっています。

      ② 狙った場所以外が切断される「オフターゲット変異」が起こる

      ゲノム編集においては「オフターゲット変異」が起こる可能性があります。オフターゲット変異とは、人工ヌクレアーゼが本来狙う塩基配列と、よく似た別の塩基配列があった場合に、そちらに結合・切断して変異が生じてしまうことです。本来狙った場所と別の場所を切断してしまうオフターゲット変異により、予期しなかった危険なものが生まれてしまう可能性が全くないとはいえません。

      このオフターゲット変異についても、以前から用いられている品種改良技術で起こる突然変異と区別できないとの理由で、日本においては大きく問題視されていません。

      ゲノム編集食品は、遺伝子組換え食品が必要とされる食品安全委員会による安全性審査は求められず、利用したゲノム編集技術の方法や内容、CRISPR-Cas9遺伝子が残っていないことの確認などについての、厚生労働省への届け出だけが必要とされています。

      海外では、南米諸国やオーストラリアなどは日本と同様に、外来遺伝子が残存していないことが確認されれば規制対象外としています。EUやニュージーランドは、遺伝子組換え食品と同様の規制を受けます。

      アメリカでは、作物については日本と同様、外来遺伝子が残存していなければ規制対象外となります。その一方、動物については、遺伝子組換え生物として扱われる方針が打ち出されています。

      4-2. 人間に適用する場合の問題点・危険性

      ゲノム編集を人間の細胞に適用するケースは、①治療目的で体細胞に適用する、②生殖細胞に適用する、の2つがあります。問題点や危険性は、この2つで大きく異なります。

      ① 治療目的で体細胞に適用する

      治療目的で体細胞に対しゲノム編集を行う場合にまず懸念されるのは、オフターゲット変異が発生することによるがん化などのリスクです。オフターゲット変異により、がん遺伝子の活性化、あるいはがん抑制遺伝子の不活性化などが起こる可能性があるからです。

      また、ゲノム切断に伴いゲノムが不安定化し、ゲノムの大規模欠損や目的外配列の挿入などが起こるリスクもあります。

      ゲノム編集を治療目的で体細胞に適用する場合には以上のようなリスクがあるため、これらのリスクを最小化するための技術開発が進められています。

      ② 生殖細胞に適用する

      人間の生殖細胞に対するゲノム編集の適用は、生殖細胞の初期発生、発育などに未解明な点が多いこと、また次世代に対する予想できない影響があり得ることから、日本では「遺伝子治療等臨床研究に関する指針」により禁止されています。海外でも多くの国が、指針または法律で禁止しています。

      5. ゲノム編集応用の可能性

      ゲノム編集は幅広い応用が期待されています。応用の可能性は、実用的な側面では、①革新的治療技術の創出、②創薬の加速、③食糧問題の解決、④環境問題の解決、などがあります。

      5-1. 革新的治療技術の創出

      ゲノム編集技術を用いた遺伝子治療は、従来の遺伝子治療と比較して、異常な遺伝子の破壊や変異修復、発現調節も可能などの利点があり、従来の遺伝子治療にはできない治療が可能になると期待されます。

      筋ジストロフィーなどの遺伝子疾患への応用がすでに計画されています。

      5-2. 創薬の加速

      ゲノム編集技術により、疾患の原因とされる遺伝子変異を導入した遺伝子マウスを作製し、そのマウスによる病因の解明、予防・治療法の開発などの研究が行われています。

      このようなゲノム編集技術を利用した疾患モデル開発による、創薬の加速が期待されます。

      5-3. 食糧問題の解決

      近年では、世界的には農耕地の乾燥化や塩害の拡大、熱帯・亜熱帯地域の病害虫の北上、また国内では農業の担い手の高齢化、消費者のニーズに合わせた食品開発の必要性など、食糧に関する数多くの課題が浮上しています。

      従来は長い年月がかかっていた品種改良をゲノム編集技術によってスピードアップし、収量や環境耐性、栄養成分、食味などを高めた食品を早期に開発することによる、食糧問題の解決が期待されます。

      5-4. 環境問題の解決

      近年では、地球上の森林面積は増加傾向にあるものの、温暖化や人為的伐採により、その多様性や健全性が低下しているといわれています。そこで、ゲノム編集技術や生育環境制御技術を活用し、植物が光合成機能を活発化する時期を早め、その時期を長く維持させる、光合成機能の最大化をめざした研究が行われています。

      光合成機能を高め、植物による二酸化炭素の吸収量を増やすことで、温室効果ガスのひとつとされる二酸化炭素の削減が可能になると期待されます。

      6. まとめ

      • ゲノム編集とは、生物が持つゲノムDNA上の特定の塩基配列を、狙って変化させる技術のこと。
      • 外来の遺伝子導入により細胞に新たな性質を付け加える遺伝子組換えに対し、ゲノム編集は自然に起こりうる遺伝子の変化を人為的に誘発する点が異なる。
      • ゲノム編集技術は、使用する人工ヌクレアーゼの違いにもとづいてZFN、TALEN、CRISPR-Cas9の3つに大別される。
      • 現在主流となっているゲノム編集技術CRISPR-Cas9は、日本人研究者による発見がきっかけとなって開発された。
      • ゲノム編集は、オフターゲット変異による体細胞のがん化や生殖細胞への適用などについての危険性が懸念されている。
      • ゲノム編集は治療や創薬、食糧・環境問題の解決などへの応用が期待されている。

      参考文献

      日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
      必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

        Share

      このオウンドメディアは、NTT宇宙環境エネルギー研究所がサポートしています。

      NTT宇宙環境エネルギー研究所のサイトへ

      NTT宇宙環境エネルギー研究所の研究内容を見る