宇宙線とは?発生の仕組みや観測方法、宇宙飛行士の健康や人工衛星の電子機器におよぼす影響
宇宙線とは、宇宙空間を飛び交う放射線(アルファ線、ベータ線、中性子線、陽子線などの粒子放射線とガンマ線やX線のような高エネルギー電磁放射線の総称であり、原子や分子から電子を剥ぎ取る電離作用を持っている)です。この記事では、宇宙線の起源と人類の宇宙進出・社会活動との関係について詳しく解説します。(公開日:2021/09/17 更新日:2023/09/19)
宇宙線とは、宇宙空間を飛び交う放射線(アルファ線、ベータ線、中性子線、陽子線などの粒子放射線とガンマ線やX線のような高エネルギー電磁放射線の総称であり、原子や分子から電子を剥ぎ取る電離作用を持っている)です。1912年に、オーストリアの科学者ヘスが気球に乗って発見して以来、100年以上にわたってさまざまな研究がなされてきました。
現在では、未知の天体・物理現象を理解する手がかりとすべく、高エネルギーの宇宙線が研究されている一方、 人類の宇宙進出などに脅威となるため、放射線防護や宇宙天気予報の観点から、量の多い低エネルギー宇宙線の研究が行われています。
この記事では、宇宙線の起源と人類の宇宙進出・社会活動との関係について詳しく解説していきます。
1. 宇宙線とは
宇宙線は狭義には、陽子やヘリウムなどの原子核や電子を意味します。広義にはミュー粒子や中性子などのように、地球上に入ってきた宇宙線が大気と衝突して作る二次宇宙線や、太陽を含む天体から生み出されるニュートリノや高エネルギーガンマ線(短波長の電磁波)なども含むことがあります。
ただやはり、一般に宇宙線といえば、陽子とその10%程度の量のヘリウム、そしてごく少数の炭素、鉄、さらに稀ではあるがウランなどの原子核成分と電子が主だと考えることが多いです。
宇宙線はとても大きなエネルギーを持っています。わかりやすくいえば、地球上の加速器でも簡単には作り出せないほどの速度で動いています。
たとえば、高エネルギー加速器研究機構による解説「CERNの概要」によると、欧州原子核研究機構(CERN)にある人類最大の加速器LHCは、1012 eV(電子ボルト)というエネルギーまで陽子を加速できますが、宇宙線はそのエネルギーを優に超えるのが普通で、1020 eVを持つものまであります。
こうした宇宙線は、日本原子力学会誌「宇宙環境の放射線」やJAXA宇宙教育センター「宇宙放射線」に見られるように、その発生源やエネルギーの違いから、「銀河宇宙線」「太陽宇宙線」「放射線帯粒子」の3つに分類して考えられています。放射線帯粒子は、 地球の磁場に捉われた宇宙線が拡散し、地球の赤道を囲むように大強度の放射線帯を形成しています。銀河宇宙線や太陽宇宙線を起源とするので、本稿では銀河宇宙線・太陽宇宙線に含めています。
1-1. 銀河宇宙線について
銀河宇宙線は、太陽系を超えて、銀河系内のどこかで発生する宇宙線のことです。
発生源は、超新星爆発を起こした星の残骸からの衝撃波によって初期的な加速が行われ、その後、銀河系内の磁場によって継続的な加速が行われていると考えられています。宇宙線の超新星爆発起源説は、早くから提唱されていましたが、観測によって加速の証拠が確認されたのは、2013年のことです。
銀河宇宙線のなかでも超高エネルギーの宇宙線 (> 1015 eV)は、エネルギーが高すぎて銀河系の磁場では閉じ込めることができないため、銀河系外の銀河からやってきていると考えられています。
こうした銀河宇宙線の研究は、超高エネルギー天体現象(超新星爆発やガンマ線バースト、巨大ブラックホール)の研究に役立つため、多くの宇宙科学者がその発生機構に興味を持っています。
1-2. 太陽宇宙線と太陽フレアについて
太陽を起源とする比較的エネルギーの低い宇宙線を、太陽宇宙線と呼んでいます。
太陽宇宙線は、 11年周期で起こる太陽活動最大期に多く見られます。そのような時期には、太陽表面の爆発現象(太陽フレア)が多く起こり、大量の宇宙線が地球に飛来します。このため、太陽粒子、あるいは太陽粒子現象とも呼ばれています。
太陽フレアは陽子などの粒子だけでなく、X線などの電磁波も放射し、人類の社会生活に大きな影響を与えます。
一例として、大きな爆発に伴う太陽フレアからのX線は、地球大気に侵入し、原子や分子と相互作用を起こして、強力な電磁波(電磁パルス)の原因となることがあります。
電磁パルスは、地上の電気・電子機器に影響を与え、停電の原因となるなど、社会に大きな影響を与えるので、遮蔽(電磁シールド)による対策が大きな課題となります。
また、太陽でフレアが発生してから地球までの到達時間が短いため、発生してから対策するだけでなく、現況把握および予測を行う「宇宙天気予報」の発展も待たれています。
2. 宇宙線の発見と人類への影響
宇宙線の研究は、宇宙線の起源や加速機構の研究だけでなく、初期には素粒子物理学と、現在では宇宙物理におけるさまざまな分野(ダークマター、宇宙の起源)と密接に関わっています。
宇宙進出がますます盛んになる現在では、宇宙線からの防護や電子機器への影響を防ぐための技術的な分野でも影響が大きい研究分野になってきています。
2-1. 宇宙線の発見と歴史
宇宙線は、1912年にオーストリアの科学者ヘスが気球から観測することによって発見しました。それ以前にも、どこから来るのか正体不明の放射線の存在として、霧箱と呼ばれる蒸気の凝結作用を用いて荷電粒子の飛跡を検出するための装置を使った観測によって知られていました。
ヘスは、気球に観測装置を積み込み、放射線の計測率が高度とともに上がることを示し、宇宙由来の放射線が存在することをはじめて示しました。ただし、この時点では、その放射線の正体が何なのか、たとえば陽子なのか、電子なのか、あるいは未知の粒子なのかは不明なままでした。
その後の研究で、宇宙線が地球上の西側でより多く観測されること(東西効果)がわかり、主に+の電荷を持っていることがわかりました。
さらに、写真乾板などの検出器に残された宇宙線の軌跡から、原子核が破砕されて新たな粒子の生成があることが見つかりました。こうして、地球上で観測された宇宙線の大半は、宇宙線陽子と大気(窒素や酸素)の衝突で作られたパイ中間子、そしてそれが崩壊して作られるミュー粒子であることが突き止められました。
ちなみに、このような高エネルギーの核反応を研究する装置は当時の1940-1950年代にはまだなく、初期の宇宙線研究は、その後の素粒子研究の幕開けの役割も果たしました。たとえば、湯川秀樹博士のノーベル賞受賞は、パイ中間子が宇宙線中から発見されたことがきっかけです。
そのほかの宇宙線の特徴として、地球内で観測される二次宇宙線の量は、遮蔽の役割を担う地球の磁場(の方向)に左右されるので、磁場の影響を受けにくい高緯度で多く、赤道付近で少なくなります。
また、宇宙線は、エネルギーが高くなるほど少なくなる傾向にあることが観測結果からわかっています。
2-2. 宇宙線が人類の活動に与える影響
人類が宇宙進出を果たすようになると、宇宙線の人体に与える影響が本格的に議論されるようになりました。日本原子力学会誌「宇宙環境の放射線」によると、1960年代から1970年代にアポロ計画で宇宙に行った飛行士は、わずか数週間のフライトで、地上で浴びる自然放射線の約30年分に当たる被ばくがあったと考えられています。
また、宇宙までいかなくとも、常に高高度を飛ぶ国際線のパイロットや乗務員には、こうした対策のためのガイドラインなどが制定されています。
宇宙進出初期と比べると、現代では放射線防護への対策が飛躍的に向上していますが、火星への有人着陸計画など、宇宙滞在のさらなる長期化や、宇宙線のより多い環境下での活動が現実的になってきた現在、宇宙線防護研究への期待はますます高まっています。
放射線が人体に与える悪影響は、初期の研究から知られていて、キュリー夫人として有名なマリ・キュリーやエンリコ・フェルミなどの著名な研究者の多くが、研究中での過度の被ばくが原因の病気で亡くなったとされています。
陽子や炭素などの放射線は、現在ではがん細胞の破壊など治療にも使われていますが、量やエネルギーのコントロールされていない環境下での被ばくは、容易に人体に悪影響を生み出します。
また、宇宙空間上では、宇宙船に持ち込まれた電子機器(半導体が使われている機器)が宇宙線により誤作動を起こすことも知られています。こうした問題に対する対策を講じるためにも、宇宙放射線防護の研究は重要な意味を持っています。
2-3. 社会生活への影響
太陽フレアなどで生成されるX線と、地球大気の酸素や窒素が相互作用し、大量の電子が空中に発生します。
電子は容易に電磁波を生み出す原因となるので、大強度の電磁波(電磁パルス)が発生し 、帯電した大気とともに、地球と衛星の電波通信の妨げとなります。特に強力な電磁パルスが発生した場合、地球上の電気・電子機器などの故障につながり、交通や電力などの制御機能が失われ、社会に大きな障害を与える可能性があります。
こうした影響に対して、電磁シールドやノイズフィルタによる防護装置の開発・設置が対策になります。そのため昨今においては、科学的・経済的に効果的な防護効果を作り出すために、電磁パルスの機器への影響のより正確な理解と評価や、より耐性の高い機器の開発なども要求されています。
3. 宇宙線の観測方法
現在、多くの宇宙線観測・研究は、宇宙空間上で行われています。地球大気で生成される二次宇宙線による観測への影響をなくすことができるからです。
一方で、宇宙空間で観測を行う場合、ロケットの打ち上げ重量の問題などで観測機器を大きくできないという制約があります。また宇宙線は、エネルギーが高くなるにつれて急激に量が減る傾向にあるため、比較的量の多い宇宙線の観測には宇宙空間での観測が向いていますが、極端にエネルギーの高い宇宙線の研究には、より大面積をカバーした観測装置が設置できる地上実験に利点があります。
こうしたように最適な観測環境は、コストや実現性に加え、観測する宇宙線のエネルギーや存在量によって異なります。
3-1. 宇宙での観測
これまでNASA、JAXA、ESA(欧州宇宙機関)などが独自に、あるいは共同で製作した人工衛星に検出器を搭載して測定を行うことが多く行われています。それ以外の方法では、国際宇宙ステーションに検出器を搭載して観測を行うこともあります。
宇宙での観測は、打ち上げに膨大なコストと準備期間を要することなどから、実験目的はひとつではなく宇宙線の精密測定とダークマター、宇宙の起源や重力波の研究など、多岐にわたる形で行われています。
3-2. 地上での観測
地上での観測は、宇宙線が地球大気となだれ的に核反応を起こして作る、二次宇宙線による空気シャワーの観測で行われます。
シャワーの規模や形状から、宇宙線のエネルギーや成分(粒子か電磁波かなど)を知ることができます。気球を使って観測する場合もあり、二次宇宙線ではなく、直接宇宙からやってきた宇宙線を観測することができます。地上での観測に比べ搭載できる検出器の大きさ・重さに制限があることがひとつのデメリットです。
上の画像はアルゼンチンのピエール・オージェ観測所で観測される空気シャワーのイメージと地上に設置された検出器群です。実際に肉眼でシャワーを見ることはできません。
また、下の画像は南極で打ち上げられた気球に搭載されたSuper-TIGER 検出器です。
4. 人体・半導体デバイス・社会生活のための宇宙線防護研究について
宇宙飛行士の宇宙船内外での活動において、軽量化などによる効果的な宇宙線防護の方法がますます重要となっています。
さらに、宇宙空間だけでなく、地球上で使われている精密機器においても宇宙線による誤作動を考慮する必要があります。特に、装置の制御や記憶装置(メモリ)に使われている半導体デバイスは、宇宙線に晒されることで、誤作動の発生が起こる可能性が高まります。
これは、宇宙線陽子やミュー粒子、中性子などが半導体中に入ると、内部のシリコンなどと核反応や電離作用を起こし、たくさんの電子を作り出し、これらが予期せぬ電流となり、誤作動の原因となるためです。
また、将来、強力な太陽フレアが起こった場合に備えて、太陽宇宙線による社会生活への影響も研究されています。強力な太陽フレアによって発生する大強度の電磁波(電磁パルス)が、地球の電気・電子機器へ与える影響・被害は甚大となる可能性が高く、電磁シールドの開発などの対策研究が行われています。ここでは、こうした社会生活への影響に対する研究ついて解説します。
4-1. 制御・記憶装置の誤作動(シングル・イベント・アプセット)
一般に半導体を使ったデジタルデバイスでは、出力結果を0か1として扱いますが、これらは回路中の電圧やコンデンサに蓄えられた電荷量の多いか少ないかによって決められます。
宇宙線がデバイス中を通過する際に、たくさんの電子を生み出すため、これらが出力結果を変える誤作動(シングルイベントアップセットによるソフトエラー)の原因となります。
誤作動は、地球上では主に中性子が原因で起こり、宇宙空間では高エネルギーの陽子が主な原因となって起こります。こうした誤作動に対する主な取り組みはこれらの影響をより正確に評価することと、対策となる技術を確立することです。
影響の評価の取り組みは、粒子加速器を利用して行われており、たとえば、米国ロスアラモス国立研究所や我が国のJ-PARC加速器施設で利用できる大強度中性子ビームや、各大学加速器施設で実験が行われています。
近年では、これらのソフトエラー頻度が中性子のエネルギーによって大きく変化することが確認され、話題になりました。NASAやJAXAなどもこれらの施設で積極的に実験を行っています。
4-2. 宇宙放射線からの防護
宇宙船に搭載される電子機器を正常に動作させるだけでなく、宇宙飛行士の放射線被ばくの観点からも、宇宙線防護の研究は重要です。
宇宙での被ばく量は地球上での100倍以上になります。一方で、宇宙船内に搭載されるためには、打ち上げコストの観点から、軽量で遮蔽効果の高い遮蔽材が必要とされます。
最近では水を染み込ませたウェットタオルなどによる放射線の大幅な低減が報告され、話題となりました。
一方で、上記のような遮蔽材に頼る防護ではなく、磁気シールド装置などを開発し、能動的に放射線を除去して防護を行う方法も研究されています。
今後、有人活動の拠点が月・火星などに広がるに連れて、宇宙飛行士の宇宙滞在が長期間になることからも、こうした研究の進展がますます望まれています。また、太陽フレアは突発的に起こることが多いため、直接大量の放射線にさらされる宇宙飛行士の健康被害は甚大となることから、宇宙天気予報の研究の進展も課題とされています。
5. まとめ
- 宇宙線とは、宇宙空間を飛び交う高エネルギーの放射線のこと。一般的には、陽子などの原子核や、電子(陽電子含む)を意味するが、宇宙観測が多様化した現在では、ニュートリノやガンマ線も含むことがある。
- 宇宙線の持つエネルギーは巨大で、人類が加速器で生成し得るエネルギーをはるかに超える。このようなエネルギーを生み出す、宇宙空間での発生機構の研究は宇宙線研究のメインテーマである。
- 宇宙線の観測は、現在では宇宙空間で行われるのが主流である。特に、国際宇宙ステーションに検出器を搭載し、観測が行われている。極端に高エネルギーの宇宙線や、まれな天体現象を検出するために、検出器の大面積化の容易な地上で行われている場合もある。
- 宇宙進出がますます盛んになる現代では、宇宙飛行士や装置の宇宙放射線から防護が重要であるため、この分野の研究の進展も著しい。
- 太陽活動が活発となることで起こるフレアなどで 電磁パルスが地球内に発生する。ITや情報通信への依存がますます進む現在では、強力な電磁パルスの通信機器や社会生活への影響も、研究が急がれている。
参考文献
- FASTプロジェクト『宇宙線を知る』
- IEEE 『Energy-Resolved Soft-Error Rate Measurements for 1-800 MeV Neutrons by the Time-of-Flight Technique at LANSCE』
- JAXA宇宙教育センター『宇宙放射線』
- NASA External Radiation Test Facilities for Testing of Electronics『NASA Overview with Emphasis on Single Event Effects (SEE)』
- Texas A&M University Cyclotron Institute『Single Event Effect Microchip Testing at the Texas A&M University』
- 宇宙科学に関する室内実験シンポジウム『宇宙放射線防御と推進力発生機構を兼ね備えた磁気プラズマシールドの性能評価』
- 高エネルギー加速器研究機構『CERNの概要』
- 国立研究開発法人情報通信研究機構『太陽フレアなど宇宙天気による社会への影響を評価』
- 桜井邦朋『宇宙線はどこで生まれたか』
- 低温工学『重粒子線がん治療装置 (HIMAC)の現状と展望』
- 東京大学宇宙線研究所『宇宙線とは』
- 名古屋大学『宇宙線50のなぜ』
- 名古屋大学宇宙地球環境研究所『科学提言のための宇宙天気現象の社会への影響評価』
- 日本原子力学会誌『宇宙環境の放射線』
- 日本天文学会『天文学辞典』
- 日本物理学会『超高エネルギー宇宙線の起源は?』
- 日本物理学会『超新星残骸は宇宙線の起源か?』
- 放射線総合研究所『航空機と宇宙線のあらまし』
- 文部科学省 科学技術・学術政策局 放射線安全規制検討会『航空機乗務員等の宇宙線被ばくに関する検討について』
- 量子科学技術研究開発機構『宇宙滞在中の宇宙放射線被ばく線量の大幅な低減法を初めて検証』
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