27億年前から存在する!藻類の魅力と驚くべき環境適応能力とは?

近年、健康食品やサプリメントとしても注目が集まる藻類は、実は地球上でいない場所を見つけるほうが難しいといわれるほど環境への適応能力が高い生き物です。人類が誕生する遥か昔、およそ27億年前から存在する藻類ですが、まだ十分に研究しつくされておらず未知の部分も多いといわれています。

今回は、藻類の知られざる能力や魅力について、NTT宇宙環境エネルギー研究所の今村特別研究員にうかがいました。
※所属は取材当時のものです。

NTT宇宙環境エネルギー研究所では、社会課題の解決に向け多様な人材を募集しています。

今村 壮輔(いまむら そうすけ) 博士(農学)

NTT宇宙環境エネルギー研究所 サステナブルシステムグループ 特別研究員。
東京農工大学連合農学研究科博士課程を修了後、日本学術振興会特別研究員PD、中央大学理工学部助教、東京工業大学科学技術創成研究院准教授を経て、2021年3月より現職。専門は植物分子生物学。
藻類や植物を用いた環境負荷低減技術に関する研究に携わる。

1. 「植物の原点」である藻類を理解できれば、植物の仕組みがわかる

今村特別研究員は藻類の研究をしておられますが、藻類に着目された理由や、身近な藻類の例について教えてください。

今村氏 藻類は意外に身近な存在です。たとえば、湖や池などに時折大量発生する「アオコ」や、健康食品やサプリメントとして活用されている「クロレラ」も藻類の一種です。また、多様な用途で注目されている「ミドリムシ」も広い意味で藻類の一種といえます。

藻類は、どれくらい前から地球に存在していると思いますか?実は、人類が生まれる遥か昔から存在しています。地球上に私たちホモサピエンスが誕生したのがおよそ20万年前であるのに対して、藻類の誕生はおよそ27億年前。背負ってきた歴史の長さが桁違いなのです。

途方もない歴史を生きてきた藻類は、いない場所を探す方が難しいといわれるほど、地球上のありとあらゆる場所に存在しています。藻類はそれほど環境適応能力が高い生物です。その秀でた環境適応能力で、過酷な環境に耐え抜きおよそ27億年間も存在し続けてきました。

我々が普段目にする植物の原点は、藻類だといわれています。植物をスマートフォンにたとえると、基幹となるオペレーションシステムは、藻類で出来上がったと考えられます。さらに、このオペレーションシステムに葉や茎というさまざまなアプリケーションを進化の過程で追加することで、現在の植物が誕生しました。

藻類も植物も基本的な原理は同じです。つまり、植物の原点である藻類の仕組みを研究することは、植物全般の仕組みについての理解を深めることにつながるのです。

しかし、藻類の環境適応能力については、まだ十分な研究が進められていません。そこで、私は藻類の仕組みをより深く理解し、植物の原理を明らかにするために藻類の研究に取り組んでいます。

2. オイルをつくる藻類の研究領域で、長年の課題であった二律背反の関係を打破

藻類がそれほど昔から地球に存在していたとは知りませんでした。今村特別研究員が注目しておられる藻類の環境適応能力について教えてください。

今村氏 藻類は、特殊な条件に置かれると細胞内でオイルをつくり、貯める性質があります。特殊な条件とは、藻類の周りの環境に栄養がなくなったときなどです。肥料の三大栄養素と呼ばれる窒素やリンなどがなくなった場合に、藻類は大量のオイルを細胞内に貯めるようになります。こうした環境の変化に対してエネルギーを貯蔵するという適応策をとることが、以前から知られていました。

しかし、藻類がオイルを蓄積するメカニズムについては、これまで解明されていませんでした。このメカニズムが明らかになれば、任意のタイミングで藻類にオイルをつくらせることができるようになります。オイルは燃料になりますから、再生可能エネルギーのひとつであるバイオ燃料への活用も期待できます。

藻類がオイルをつくるメカニズムが判明すれば、さまざまな活用の可能性が開けるのです。

オイルをつくる藻類の研究に至った経緯は何だったのでしょうか?

今村氏 私は学生のころから二十数年にわたって藻類の研究をしてきましたが、当初からオイルをつくる目的で藻類の研究をスタートした訳ではありませんでした。

当初は、研究内容のひとつとして「藻類が周りの環境をどのように感じ取っていて、細胞のなかでその情報をどう伝達しているのか」というテーマに取り組んでいました。このテーマに取り組むうちに、次第に藻類がオイルをつくるメカニズムの究明に結びついていきました。

私が取り組んできた「藻類が周辺環境を感じ、細胞内でその情報を伝える仕組み」の研究は、謎に包まれていた「オイルをつくるメカニズム」と関係の深いものだったのです。研究を深めるにつれて、私自身のこれまでの研究テーマとオイルの生産メカニズムが点と点がつながるように結びついていきました。

藻類によるオイルの生産性を56倍以上に高めることに成功されていますね。

今村氏 藻類がオイルを生産するメカニズムをずっと深くまで追求していくと、オイルの生産のカギを握るタンパク質が存在することがわかりました。「TOR」と呼ばれるタンパク質が、オイルの生産のON・OFFを決める「スイッチタンパク質」だったのです。また、このスイッチタンパク質の活性をオフにすると、藻類は周辺の環境にかかわらずオイルを貯めることも突き留めました。これは非常に大きな発見でした。

一方で、TORというスイッチタンパク質は、無尽蔵に増えるガン細胞で活性化しているタンパク質としても知られています。私たち人間の体内にも存在するものです。こうした特性のため、スイッチタンパク質の活性をオンにすると藻類の細胞は増殖します。逆に、活性をオフにすると細胞の増殖は止まってしまいます。

つまり、スイッチタンパク質の活性と細胞の増殖との間にはトレードオフの関係があったのです。スイッチタンパク質の活性をオンにすると細胞は増えるものの、オイルは生産しません。反対に、活性をオフにするとオイルは生産するものの、細胞は増えないのです。

オイルの生産性を考えると、細胞が増えたほうがより多くのオイルを得られますので、この二律背反の関係を解決しなければなりません。
この問題の解決は藻類を用いたオイル生産の研究分野で長年の課題でしたが、あるひとつの遺伝子の機能を強化することで、細胞の増殖をしながらオイルを生産することに成功しました。

これによって、オイルの生産性は56倍以上に飛躍しました。これは2年ほど前に発見、報告した研究成果ですが、現在でも世界トップレベルだと思います。

3. 植物の世界はワクワクする発見にあふれている

今村特別研究員にとって、研究の魅力とは何でしょうか?

今村氏 藻類の細胞の仕組みについては、先ほど申し上げたとおり不明な点が多く残されています。しかし、実は答えは目の前にあるのです。もし、藻類と話ができたり、何でも見通せるような超高分解能の顕微鏡があったりすれば、藻類の仕組みをすぐに理解できるかもしれません。数ミクロンという細胞のなかで起こっている巧みな仕組みを理解することそのものに魅力を感じています。

なかでも、藻類を理解するための根本になるような原理を発見すると、とてもワクワクします。植物の原点である藻類の根本的な原理とは、すなわち多くの生物に関係する原理ですから、我々人類が生命についてより深く理解する際の大きな助けになります。
こうした根本原理を見つけだすこと自体に、大きなやりがいを感じています。

研究のどのような点に苦労されますか?

今村氏 相手は生き物なので、やはり一筋縄ではいかないところもあります。すでに活用されている技術では、新たな発見を明らかにしていくことは難しいのです。誰にも知られていない真実を明らかにするには、新たに自身で開発した技術が必要とされます。

また、科学界の研究では、動物に比べて植物の研究規模が小さいという現状もあります。そのため、研究の試薬や解析に必要なキットなどの調達に苦労することもあります。

しかし、これは裏を返せば、植物の分野には未知の部分が多いということでもあります。藻類の世界にはワクワクする発見がたくさん隠されているのです。わからないことが多いという状況を悲観するのではなく、ポジティブに捉えています。

研究に取り組むなかで、失敗や壁にぶつかることもあるのでしょうか?

今村氏 もちろんあります。研究では、ある仮説を立てて検証することを繰り返すのですが、実際のところ、そのプロセスでは失敗がほとんどです。検証プロセスを数多く試すなかで、次のステップに進むヒントを得ることが重要なのです。この貴重な手がかりを見逃さずに検証を続けることが大発見につながります。

もちろん、検証や失敗を繰り返していると落ち込むこともありますが、悔しさをバネにして研究に取り組んでいます。特に、第三者から私の研究テーマについて「成功するわけがない」といった評価を下されたときは、ものすごく悔しい気持ちになります。この悔しさを原動力に「絶対に達成する」という強い意志で、成功するまで何年もあきらめずに取り組んだこともあります。

失敗が許されない場面もあると思いますが、研究において失敗は当たり前です。
大切なことは、失敗してあきらめるのではなく、強い意志で次に活かしていくこと。ノーベル賞をとるような大発見も、すべて失敗のプロセスを繰り返したからこその結果なのです。

もうひとつ重要なことは、失敗した先の一手を考えておくことです。失敗したら終わりではなく、二手先や三手先、あるいはもっと先の手まで用意しておくことが重要です。
私は常に、四手先や五手先までを頭に入れて研究に取り組んでいます。行き当たりばったりではなく「もし違ったら別の手を試そう」と前向きに試行錯誤を繰り返すように心がけています。

4. 藻類研究に科学ベースのブレイクスルーを

研究に対する姿勢は、いかなるシーンでも必要とされる姿勢ですね。今後の目標をお聞かせください。

今村氏 ものごとの真実を追求する科学と、それを実生活に活かす技術の発展の双方には、大きなブレイクスルーが必要です。たとえば、山中伸弥教授によるiPS細胞の発見によって、その分野が大きく発展しました。同じように、藻類の研究において科学をベースとした新境地を切り開く技術を発信していくことが、私の目標です。

具体的にいうと、藻類の環境適応能力やCO2固定能力と呼ばれる、CO2を吸収し、その炭素を細胞内に貯めておく力などを活用した未知の研究領域を開拓したいと思っています。そのために藻類が持つ仕組みをより深く理解し、その能力を最大限に引き出すことをめざして、日々研究に取り組んでいます。

NTT宇宙環境エネルギー研究所には、生命の真理を追及する科学にも、アウトプットをめざす技術にも、バランスよく取り組むことができる環境が整っています。
科学と技術は、どちらが欠けても成り立たない車輪のようなものです。ブレイクスルーを実現するには、この両輪に取り組む必要があります。

最後に、読者の方へメッセージをお願いします。

今村氏 私たちが考えている以上に、生命の仕組みには実はまだわかっていない部分が多くあります。完治可能な病気が数えるほどしかないことからも、そのことが想像できると思います。つまり、これからワクワクしながら取り組めることは、山ほどあるということです。その意味で、植物の原点である藻類の研究はとても魅力のある分野だと思います。

規模の大小にかかわらず、ものごとに取り組むにあたっては自分の幹をしっかり持つことが大切です。しっかりと自分の幹を定め、それに対して肉付けしていくためには、能動的に行動を起こす力が必要とされます。そのため、問題意識をもって主体的に動く習慣を心がけてほしいと思います。

日本電信電話株式会社外からの寄稿や発言内容は、
必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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