更新日:2026/03/17
深紫外レーザダイオードは、ウイルス不活化や分光分析、次世代通信などへの応用が期待されている光源です。本稿では、深紫外発光に適したAlN(窒化アルミニウム)系半導体に着目し、当該材料をレーザダイオードへ適用する際に顕在化する技術課題を整理します。さらに、n型コンタクト層の形成による電子注入特性の改善を目的としたNTTの技術的取り組みについて紹介し、深紫外レーザ発振の実証を通じて、深紫外光源の性能向上に向けた方向性を示します。
江端 一晃(えばた かずあき)/舘野 功太(たての こうた)
平間 一行(ひらま かずゆき)/谷保 芳孝(たにやす よしたか)
NTT物性科学基礎研究所
深紫外(波長200〜300nm)光源は、医療・衛生、環境浄化、化学分析、産業プロセスなど、幅広い分野で重要性が高まっています。図1に深紫外光の波長領域とその応用例について示します。深紫外光はDNAやRNAといった核酸が強く吸収する波長帯に位置しています。深紫外光の照射によって核酸塩基に光化学反応が誘起され、細菌やウイルスは増殖や感染に必要な機能を失い、不活化します。この性質は、水処理、環境浄化、医療施設や公共空間における感染対策など、衛生管理が重視される用途において高い有効性を示します。また、深紫外域のうち280nm未満の波長帯は「ソーラーブラインド領域」と呼ばれており、大気中のオゾンによって太陽光がほぼ完全に吸収されます。そのため、屋外環境下においても背景光雑音が極めて小さく、安定した光通信が可能となります。ソーラーブラインド光通信は、防災・インフラ監視用センサーネットワークや秘匿性の高い短距離通信などへの応用が期待されています。
従来、深紫外光源としては水銀ランプやエキシマレーザが用いられてきましたが、大型・高消費電力・短寿命、さらには環境負荷の観点から課題が多く、代替技術が求められてきました。このような背景のもと、小型・高効率・長寿命を特長とする窒化物半導体を用いたレーザダイオードが、次世代の深紫外光源として期待されています。レーザダイオードは、自然放出光*1を利用する発光ダイオード(LED)と比べて、高い指向性と高出力を持ち、波長幅の狭いコヒーレント光*2を得られる点に特徴があります。窒化物半導体では、図1に示すようにGaN(窒化ガリウム)が365nmの近紫外域に対応するバンドギャップエネルギー3.4 eVを持つのに対し、AlN(窒化アルミニウム)は210nmの深紫外域に対応する大きなバンドギャップエネルギー6.0 eVを持っています。AlNを基盤としたAlGaN(窒化アルミニウムガリウム)混晶材料では、組成を調整することで発光波長を広い範囲で制御できます。特に300nm未満の深紫外波長域を実現するためには、高いAl組成を持つAlGaNを含むAlN系材料の利用が不可欠です。
NTTでは、AlNの材料ポテンシャルに早期から着目し、半導体の紫外光応用の開拓をめざした材料やデバイス研究に取り組んできました。2006年には世界初となる最短波長210nmの深紫外AlN LED動作に成功し、深紫外デバイス材料としてAlN系半導体の有望性を実証しました(1)(2)。本稿では、深紫外レーザダイオードの実用化に向けた技術課題を整理するとともに、NTTにおける最新の研究成果について紹介します。
深紫外半導体レーザは、技術的難易度が極めて高く、長年にわたり実現が困難と考えられてきました。それでも、2000年代以降、AlNの物性研究、高品質AlN基板の開発、AlGaNエピタキシャル成長やドーピング技術が着実に進展し、これら研究分野における長年の蓄積により、近年、深紫外波長域(271.8nmや298nm)におけるレーザ発振の成功が報告されました(3)(4)。
一方で、短波長化に伴い、レーザ発振に必要なしきい値電流の増大、直列抵抗の増加に起因する自己発熱といった課題が顕在化してきました。特にUV-C(波長280nm未満)領域に近づくにつれて、材料物性、光学構造、電流輸送の各要素が相互に強く制約し合い、デバイス設計の自由度は低下します。このため、深紫外レーザダイオードの実用化には、複数の技術課題を総合的にとらえる視点が重要となっています。
図2(a)は、AlN系深紫外レーザダイオードを構成する各層に対する主な要求項目を整理したものです。また、表に深紫外レーザダイオードの課題を、材料物性、光学構造、電流輸送の観点からまとめました。以下、深紫外レーザダイオードの各課題を説明します。
AlN系深紫外レーザダイオードの短波長化には、高いAl組成を持つAlGaNが不可欠です。一方で、Al組成の増加に伴い、材料物性に起因する制約が顕著となります。代表的な課題として、p型導電性の低下、分極電荷*3に起因する内部電場による発光再結合の低下、ならびに結晶中に存在する転位や点欠陥などの結晶欠陥に起因する非発光再結合の増大が挙げられます。p型AlGaNにおいては、Al組成の増加とともにMgアクセプタのイオン化エネルギーが大きくなり、イオン化率が低下するため、正孔濃度が低下します。同様に、n型AlGaNにおいても、高Al組成化に伴いSiドナーのイオン化率の低下が生じ、電子濃度の低下が問題となります。このようなp型およびn型層におけるキャリア濃度の低下は、発光層へのキャリア供給を制限し、レーザダイオードのキャリア注入効率を低下させます。
光学構造の観点では、AlN系深紫外レーザダイオードにおいて、光閉じ込めのための導波路構造の屈折率差はAlGaN層の組成設計によって制御可能であるものの、レーザ発振波長における結晶品質および電気特性との両立という制約から、組成を大きく変えることはできません。波長280nm帯の深紫外レーザダイオードにおいて、光閉じ込め係数は数%程度確保可能ですが十分ではなく、さらに、光モード分布の制御が難しいためクラッド層にドープされたドナーやアクセプタ不純物に起因する散乱・吸収の影響を受けやすくなります。その結果、内部光学損失が顕在化し、しきい値電流の増大や発光効率を制約する要因となります。このため、AlN系レーザダイオードでは、光閉じ込めの確保に加えて、光学損失を抑制する観点からの光学構造設計が重要です。
電流輸送は、材料物性に加えてデバイス構造に強く依存します。メサ構造*4を採用したレーザダイオード構造では、電極配置や電流経路が電気的損失に影響します。AlN系深紫外レーザダイオードのn型側では、メサ構造により電流がn型クラッド層内を面内方向に流れ、この横方向抵抗が直列抵抗を増大させます。横方向抵抗は電流経路の有効断面積に反比例することから、n型クラッド層の厚みや電流経路の設計が重要となります。また、電極の接触抵抗は半導体との界面特性に依存します。このように、電流輸送に関する課題は、接触抵抗を含めてデバイス構造と密接に関係しています。
NTTでは、これらの課題を踏まえ、材料物性、光学構造、電流輸送を総合的に考慮し、深紫外レーザダイオードの研究開発を進めています。本稿では、その中から電流輸送、特にn型AlGaNコンタクト層に関する最新の取り組みを紹介します。
図2(b)は、本研究で作製したAlN系深紫外レーザダイオード構造を模式的に示したものです。本デバイスはAlN基板上にAlNバッファ層を介して成長しており、高い結晶品質を確保しています。発光層にはAlGaN多重量子井戸構造を採用し、その上下にAlGaN光ガイド層およびクラッド層を配置することで、深紫外光の発生と光閉じ込めを実現しています。p型側にはAlGaNからなるクラッド層およびGaNコンタクト層を形成しています。n型側には、SiドープAlN/AlGaN超格子からなる約3μm厚のクラッド層を用いています。本超格子構造を用いることにより、従来のAlGaN単層からなるn型クラッド層よりも厚くすることが可能になり、デバイスの横方向抵抗の低減と光閉じ込めを両立しています(5)。さらに本構造では、NTT独自のアプローチとして、n型クラッド層表面の電極形成領域にn型コンタクト層としてAl組成を徐々に減らしたSiドープ組成傾斜AlGaN構造を導入しており、電極との接触抵抗の低減を図っています。レーザ共振器は、AlN基板を結晶方位に沿って劈開することで形成した端面ミラーにより構成しています。
上述のNTT独自のn型コンタクト層の詳細について説明します。従来のAlN系深紫外レーザダイオードでは、図2(a)のように、高Al組成AlGaNのn型クラッド層の表面に直接電極を形成する構造が一般的でした。この場合、電極とn型クラッド層の界面に大きなエネルギー障壁が形成され、電極からn型クラッド層への電子の注入が妨げられたため、低抵抗なオーミック接触*5を得ることが困難でした。これに対し、本研究では、電極とn型クラッド層の間に、n型コンタクト層としてAl組成を徐々に低下させたSiドープ組成傾斜AlGaN層を導入することで、電極はAl組成の低いAlGaNと界面を形成します。本構造により、界面のエネルギー障壁は低下し、電極からn型クラッド層への電子注入が円滑に行われるようになります。さらに、本構造では高濃度のSiドーピングを併用することで、十分なn型キャリア濃度を確保するとともに、ドープ層をコンタクト層に限定することで、光学特性や結晶品質への影響を抑制しています。材料組成とドーピングの同時最適化により、深紫外域におけるn型コンタクトの低抵抗化が可能であることを示している点が、本アプローチの特長です。
図3は、本研究のn型コンタクト層を形成したレーザダイオード(図2(b))と、同層を形成していない従来構造のレーザダイオード(図2(a))について、電流-電圧特性を比較した結果を示しています。n型コンタクト層を導入したデバイスのほうが、同一電流条件における動作電圧が低く、すなわち素子抵抗が低いことが分かります。これは、n型コンタクト層を導入することで、電極とn型クラッド層との間のエネルギー障壁が低下し、オーミック接触抵抗が低減されたためです。一方、n型コンタクト層を導入していないデバイスでは、電極と半導体界面における非オーミック(ショットキー的)接触特性に起因する抵抗が、動作電圧の増加に影響していることが分かります。以上より、n型コンタクト層を用いた形成技術は、非オーミック接触に起因する電圧上昇の抑制に寄与し、デバイスの低消費電力化に有効であることを示しています。
図4は、本研究のn型コンタクト層を形成したレーザダイオードについて、室温・パルス電流注入条件下で測定した発光スペクトルを示しています。注入電流の増加に伴い、深紫外域に発光ピークが現れ、高電流領域では284.1nm付近に鋭いピークが観測されました。低電流領域では自然放出光が支配的な広いスペクトルを示しますが、電流増加に伴って特定の波長成分が急激に強まり、スペクトル幅が著しく狭くなることが確認されます。この挙動は、共振器内での光増幅が進み、誘導放出*6が支配的な状態へ移行したことを示しています。図5は、本研究で作製した深紫外レーザダイオードが実際に動作している様子を示した写真です。通電するとデバイス端面から発光していることが確認できます。これらの結果は、n型コンタクト層の導入によって電子注入効率が向上し、図3で示した動作電圧低減の効果が光学特性にも反映されていることを示しています。以上のことから、n型コンタクト層の最適化が、深紫外レーザダイオードにおいて安定したレーザ発振を実現するうえで重要であることが分かります。
深紫外レーザダイオードの性能向上、そして実用化に向けて、今後は電極界面や電流経路に関する設計のさらなる最適化に加え、発光層へのキャリア注入効率および内部光学損失の低減を含めた設計が重要であると考えられます。深紫外レーザダイオードでは、高Al組織AlGaNにおけるMgアクセプタの低いイオン化率に起因して正孔注入効率が低下しやすく、また結晶欠陥やドープ層に起因する内部光学損失がしきい値電流の増大や効率低下の要因となります。従来のMgドーピングに加え、分極電荷を利用したドーピング手法や超格子構造を活用したキャリア制御など、正孔注入特性の改善に向けた材料・構造設計が重要となります(6)。これと併せて、発光層内でのキャリア閉じ込めや高効率発光のため、量子井戸構造や障壁層の設計最適化も有効なアプローチの1つと考えられます。また、光モードと散乱・吸収源との重なりに起因する内部光学損失を低減するための構造設計、結晶成長およびプロセス技術の高度化を通じた欠陥低減も不可欠です。一連の検討を通じて、深紫外レーザダイオードの性能が向上し、深紫外光源の社会実装と応用分野の拡大が期待されます。
深紫外光は、人々の安全や環境を支える分野を中心に、幅広い応用への展開が期待されています。本稿で紹介した技術的知見が、深紫外光源の社会実装や応用領域の拡大に向けた議論の一助となれば幸いです。