更新日:2026/03/17
ウルトラワイドバンドギャップ半導体の1つである窒化アルミニウム(AlN)は、優れた電気絶縁性に加え、高い圧電性を持ちます。さらに、他の圧電材料と比べて軽量であることから、ギガヘルツ帯の高速な弾性波を電気的に励起・検出できる圧電トランスデューサとしての利用が期待されます。本稿では、高品質なAlN圧電トランスデューサを用いたギガヘルツ弾性波素子の創出と、高速弾性波を用いた新規物理の探究に取り組むNTTの研究を紹介します。
岡本 創(おかもと はじめ)/黒子 めぐみ(くろす めぐみ)
畑中 大樹(はたなか だいき)/浅野 元紀(あさの もとき)
谷保 芳孝(たにやす よしたか)/山口 浩司(やまぐち ひろし)
NTT物性科学基礎研究所
AlN(窒化アルミニウム)は六方晶ウルツ鉱構造と呼ばれる結晶構造を持っています(図1(a))。この構造の特徴は、結晶内の原子配置に上下方向の非対称性、すなわち極性が存在する点です。この結晶に外力が加わり変形が生じると、Al原子とN原子の相対位置が変化し、内部の電荷分布が偏ることにより、電圧が発生します。これが圧電効果です。一方、結晶に電圧を印加すると、原子配置が極性軸方向に変位し、結晶が伸縮します。これは逆圧電効果と呼ばれます。このように、ウルツ鉱構造に由来する結晶の極性がAlNを優れた圧電材料としています。さらに、結晶を構成する原子が軽量であることから、弾性波が結晶中を高速に伝搬する点もAlNの特徴です(伝達速度は表面弾性波で6300 m/s、バルク弾性波で10000 m/s以上)。このため、AlNはギガヘルツ帯域で動作する高周波デバイスに適した圧電材料といえます。
図1(a)のAlN結晶に上下方向の交流電界を印加すると、結晶は同じ方向に伸縮します。この性質を利用し、AlN薄膜を上部電極と下部電極で挟んだ構造を基板上に形成することにより、厚さ方向に進行する弾性波を電気的に励起することが可能となります。例えば、図1(b)に示す構造では、圧電薄膜により励起された弾性波が基板内部へ伝搬し、基板最下部に到達したバルク弾性波が裏面で反射されて再び上部へ戻ります。この反射が繰り返される中で、波の節(振幅がゼロとなる位置)が反射面と一致する条件が満たされると、弾性波は定在波となり、安定した信号が得られます。この定在波の形成は、電極を介した反射信号測定によって検出でき、定在波が励起される際には反射強度が大きく減少します。このように電気的にバルク弾性波を励起・検出できる素子は高倍音バルク音響共振器(HBAR:High-overtone Bulk Acoustic Resonator)*1と呼ばれ、ギガヘルツ帯域の高速な弾性波を扱えるデバイスとして近年注目されています。しかしながら、図1(b)に示す従来のHBAR構造では、圧電薄膜と基板の間に金属電極層が介在するため、弾性波の反射や減衰が生じ、基板への伝搬ロスが発生するという課題がありました。この問題を解決するため、私たちの研究チームは下部金属層を必要としない新しいHBAR素子を提案・実証しました。その鍵となるのが「基板材料の工夫」です。AlNと格子整合し、かつ導電性を持つ材料を基板として用い、その上にAlN薄膜を直接形成する新しいHBAR構造を提案しました。この構造では、基板自体が下部フローティング電極として機能するとともに、格子整合によって弾性波の伝搬ロスを抑えることが可能となります(図2(a))。具体的には、窒素ドープしたn型6H-SiC*2を基板として用い、その上に有機金属気相成長法(MOCVD)により高品質なAlN薄膜をエピタキシャル成膜しました。これにより、超高速な弾性波が効率的に基板へ伝搬する、優れたインピーダンス整合特性を有したHBAR素子を実現しました(1)(図2(b))。
前述のとおり、HBAR素子では弾性波が厚さ方向に反射を繰り返し、mλ=2L(mは整数、λは弾性波の波長、Lは素子の厚さ)を満たす条件で定在波が形成されます。例えば、厚さ0.24mmのn-SiC基板上に膜厚800nmのAlN圧電薄膜を直接形成した素子では、6GHz付近を中心とするブロードなスペクトル(図2(c))と、その内部に等間隔で現れる多数の鋭いHBARモード(図2(d))が観測されます(1)。各HBARモードの周波数は fm~m×vs/2ts) (vsはSiC中の音速、tsはSiC基板の厚さ)で与えられ、Q値が103を超える高品質な共振が得られます。また、HBARモード間隔の揺らぎを評価することにより、インピーダンスの不整合が極めて小さな素子となっていることを確認できます。なお、図2(c)のブロードなスペクトルの中心周波数はAlN膜厚(tp)における弾性波の共振条件で決まり、fn~ n×vp/2tp(nは整数、vpはAlN中の音速)で与えられます*3。したがって、より高周波で動作させるためには、AlN膜厚のさらなる薄膜化が有効となります。
このようにインピーダンスが高度に整合したHBAR素子は、従来にない高性能な発振器や高周波信号フィルタとしての利用が期待されます。特に、100GHzに迫る超高周波領域で動作可能な超高速HBAR素子の実現が今後の重要な研究課題です。近年、5G(第5世代移動通信システム)に代表される無線通信技術は急速に進展しており、Beyond 5Gと呼ばれるミリ波帯域(30〜300GHz)を用いた高速通信時代が目前に迫っています。その実現には、ミリ波帯で動作可能な高品質弾性波デバイスの開発が不可欠です。これに向けた取り組みとして、私たちはAlN圧電膜の超薄膜化による素子の高周波化を進めています。図2(e)にはAlN膜厚を200nmとした場合の反射スペクトルを示しています。この場合、10GHz付近に1次のブロードなスペクトルが現れ、さらに25GHz付近に高次のブロードなスペクトルが観測されます(高次スペクトルも多数の鋭いHBARモードから構成されます)。このようにAlNの薄膜化や高次スペクトルの活用により、ミリ波帯域で利用可能なHBAR素子の実現が期待されます。
10GHzを超える超高速な弾性波の励起には前述したバルク弾性波素子が必要となりますが、10GHz未満の弾性波であれば、次に紹介する表面弾性波素子により、電気的に励起・検出することが可能です。例えば、結晶基板上に形成したAlN薄膜の上に櫛型電極を配置し、電極間に交流電圧を印加すると、表面近傍を横方向に伝搬する表面弾性波(SAW:Surface Acoustic Wave)が励起されます(図3(a))。この際の表面弾性波周波数は電極間隔とAlN中の音速によって決まり、例えば0.8μm間隔の櫛型電極を用いることにより、2.1GHzの表面弾性波を励起できます。励起された表面弾性波による振動歪はAlN薄膜より下部の基板内部へ浸透しますが、その強度は深さに対して指数関数的に減衰していきます(図3(b))。
上述した表面弾性波素子を利用することにより、基板内部に埋め込まれた機能性物質に歪を加えることが可能となります。例えば、数ミリ秒の励起電子寿命を持つ希土類元素エルビウム(Er)*4を添加した希土類酸化物結晶(Y2SiO5)基板上に、厚さ200nmのAlN薄膜をスパッタ成膜した構造(図3(a))では、2.1GHzの表面弾性波による高速歪をEr電子に与えることができます(2)(図3(b))。この歪の振動速度はErの電子寿命よりも速いため、電子状態は振動歪の影響を顕著に受け、電子とフォノン(弾性波)が相互作用したハイブリッド状態を形成します。このような従来にないハイブリッド状態を実験的に観測するため、Er電子の共鳴周波数近傍に対応する波長(約1.54μm)のレーザ光を素子中央部に照射し(図3(a))、Erの発光を介した光吸収スペクトル測定を行いました。表面弾性波を電気的に励起した状態で測定した光吸収スペクトルには、Er本来の吸収線に加えて、表面弾性波周波数の間隔で複数のサイドピークが現れます(図3(c))。これらのサイドピークは、Erの電子状態とフォノンがハイブリッド化した状態の吸収に対応します。さらに、厚さ方向の歪分布を考慮した解析を行うことにより、基板内部のどの深さにおいて、どの程度のハイブリッド化が生じているかを見積もることができます。その結果、結晶表面から12μm以上深い領域ではサイドピークが現れない一方で、歪の影響をもっとも強く受ける結晶最表面付近ではハイブリッド化の度合いが大きく、多数のサイドピークが現れていることが明らかになりました(図3(d))。この結果は、結晶表面近傍に位置するErを、サイドピークを介して光励起することにより、弾性波を用いて励起電子の数や位相を操作できる可能性を示しています(2)。
Erは、Cバンドと呼ばれる代表的な光通信波長帯に共鳴する内殻電子を有する点で、他の希土類元素とは異なる特徴を持ちます*4。内殻電子は外殻電子によって遮蔽されているため外界の影響を受けにくく、高い量子コヒーレンスを実現できることから、Erは量子光メモリへの応用が期待されています。一方で、この遮蔽効果は内殻電子の外部制御性を低下させるというトレードオフも伴います。実際、外部電界によってErの共鳴周波数を変調するには高電圧が必要であり、制御性が課題となっていました。これに対して、本研究で示した表面弾性波によるEr電子の変調手法は高い制御性を持っており、弾性波を用いて情報の書き込みや読み出しを行う新しい量子光メモリ素子の実現に道を拓くものと期待されます。
前述した表面弾性波技術は、発光材料に限らず、さまざまな物質系へ拡張することが可能です。例えば、基板に磁性材料を含む構造を用いることで、表面弾性波による歪を介してスピン波(マグノン)と弾性波(フォノン)を強結合させることができます。ガドリニウム・ガリウム・ガーネット(GGG)基板上に形成したイットリウム鉄ガーネット(YIG)単結晶薄膜では、長寿命なマグノンが励起されることが知られています。このYIG/GGG基板上にAlN圧電膜を成膜し、その上に櫛型電極を配置することにより、AlN下部に浸透した表面弾性波の振動歪をYIG中のマグノンに作用させることが可能となります。私たちは、GGG基板上に形成した厚さ5.7μm のYIG単結晶薄膜に、厚さ400nm のAlN圧電膜をスパッタ成膜し、その上に2μm間隔の櫛型金電極を配置した構造を作製しました(3)(図4(a))。この構造では0.93GHzの表面弾性波を励起することができます(図4(b))。この素子において櫛型電極に直交する方向に面内磁場を印加すると、磁場強度に応じてマグノンの共鳴周波数を連続的にチューニングすることが可能となります。そして、マグノンの共鳴周波数が表面弾性波周波数と一致したとき、マグノンとフォノンの間に強結合が生じ、表面弾性波の透過スペクトルに顕著なディップ、すなわちモード分裂が現れます。例えば、磁場を24 mTとした場合には、弾性波の透過強度がほぼゼロとなり、フォノンとマグノンが完全に結合した状態が形成されていることが分かります(図4(c))。同様の現象は、14 mT付近および10 mT付近でも観測されており、これらはそれぞれ厚さ方向にノードを持つ1次および2次の高次マグノンモードがフォノンと強結合した状態に対応しています(3)。
このようなマグノンとフォノンの強結合状態は、弾性波によるスピン波制御(音響駆動スピントロニクス)、スピン波による弾性波制御(磁性駆動フォノニクス)、弾性波を介した長距離スピン波伝搬など、幅広い応用が期待されます。また、磁性体が持つ情報保持機能を活用した従来にはないマグノフォノニックデバイスの創出も見込まれます。さらに、本稿前半で紹介したバルク弾性波構造で同様の強結合を達成できれば、ミリ波帯域で動作可能な超高速マグノフォノニックデバイスの実現も視野に入ります。
本稿では、窒化アルミニウムの優れた圧電特性を活用したギガヘルツ弾性波素子について紹介しました。窒化アルミニウム圧電薄膜を用いたギガヘルツ弾性波技術は、超高速・高品質なバルク音響共振器の実現にとどまらず、電子とフォノンのハイブリッド状態や、マグノンとフォノンの強結合といった多様な物理現象の開拓へと広がりをみせています。これらの成果は、高速通信、量子情報処理、省エネルギー信号処理などの次世代技術を支える基盤技術として、大きな可能性を秘めています。
窒化アルミニウムは、光・電子デバイスのみならず、弾性波デバイスなど多彩な応用可能性を秘めた材料です。その特長である顕著なワイドバンドギャップは、デバイスの可能性を広げるだけでなく、まさに“ワイド”な研究展開を切り拓いています。