更新日:2023/01/20

バイオデジタルツイン™を実現する技術と医療系事業NTT研究企画部門
NTT物性科学基礎研究所

バイオデジタルツインを実現する技術と医療系事業

   
  • バイオデジタルツイン
  • 医療
  • ヘルスケア

新型コロナウイルス感染症の拡大は、いかに迅速に検査や治療にかかわるデータを収集・解析することに課題があることを改めて人々が認識する機会となりました。また、ICT等の技術の積極的導入による医療現場での生産性向上にもまだまだ課題が存在することが再認識されるに至りました。これらの課題の解決の1つとして、NTTグループでは、人それぞれの身体および心理を精緻にデジタルデータとして写像する「バイオデジタルツイン™」を実現し、現在の人の心身の状態を知る、さらには未来を予測する取り組みを進めています。本特集では、NTTグループにおけるバイオデジタルツインの実現のうえで、要素技術となる生体情報取得の最新技術、また、迅速に医療データを収集・解析するサービスの最新動向について紹介します。

渡辺 啓(わたなべ けい)†1/中島 寛(なかしま ひろし)†2
熊倉 一英(くまくら かずひで)†3
NTT研究企画部門†1
NTT物性科学基礎研究所†2
NTT物性科学基礎研究所 所長†3

はじめに

新型コロナウイルス感染症の拡大は、リモートワーク、リモート授業、そしてリモート診療と大きく人々の生活を変貌させました。特に病院など医療機関では、新型コロナウイルス感染症の患者数が増大するにつれ、医療現場のひっ迫が叫ばれ、ICT等の技術の積極的導入による医療現場における生産性向上がより見直されるに至っています。これらの教訓を活かし、次なるパンデミック時に同じ課題に直面しないように準備を進めなければなりません。
この準備すべき技術としてNTTは「バイオデジタルツイン」を提唱しています(1)。このコンセプトは、病院で用いられるカルテは無論のこと、各種の受診データ、また個人が日常生活を通じて得られる各種の身体データをデジタルデータとしてコンピュータ内に取り込み、デジタルツインコンピューティング技術によってサイバー空間上に緻密な写像を実現するものです。バイオデジタルツインの一連の流れを図1に示します。まず、多種多様で膨大なデータを収集し、生体機能のモデリングを行い、AI(人工知能)を活用した高度な生体情報処理を行い、結果的に、個人の特徴をとらえたリスク予想・要因分析、診断や治療方針を出力として得るというものです。もしこのようなバイオデジタルツイン技術を利用することが可能になれば、次なるパンデミックが人類に襲い掛かったとしても、速やかに対処法を見出すことも実現できるようになります。データ蓄積が進めば、早い段階から重症化しやすい方、軽症で済む方を判定でき、医療現場のひっ迫を緩和することもできるようになります。また、投薬においても、この薬は効きやすい、この薬は効きにくいというような各個人への適用可否や効能を事前に理解することができれば、治療を効率良く行うことも可能となります。
このバイオデジタルツインを実現するうえでは、まだまだ多くの課題があります。まず、多種多様で膨大なデータをいかに集めるかということが重要な課題点として挙げられます。身体データは大きく分けて2種類に分類されます。1つは、Personal Health Record(PHR)です。これはスマートウォッチに代表されるように、身に着けて運動量を計測する機器により得られる歩数・走行距離・深部体温(2)等が該当します。しかし、日常的に得られるといってもすべての生体データが得られるわけではありません。重要なのは、これまで十分に計測できていなかった身体データを取得し、集めることができるかがバイオデジタルツインを実現するうえで鍵となっています。もう1つは、Electric Health Rec­ord (EHR)であり、主に医療機関および薬局で取り扱われるデータになります。皆さんが病院に行って診察や人間ドックで検査したデータの蓄積が該当します。しかし、実際に医療機関や薬局から得られるデータは、各機関により異なるデータフォーマットで保存されている場合もあり課題となっています。近年は、統一化を推し進めることも進んでいますが、いかに迅速にこれらの医療データを情報処理可能なように収集し、解析するかが鍵となっています。
バイオデジタルツインのコンセプトを完全に実現するには、まだまだ多くの研究開発が必要です。図1中の情報処理から個人の特徴をとらえた出力をする部分にも多数の重要な課題があります。例えば、昨今、グルメサイトにおける飲食店の評価点が、アルゴリズムの変更により変わるということが世間を騒がせました。医療にかかわるバイオデジタルツインにおいては、より厳密にアルゴリズムの変更等に対して説明責任、透明性が求められるといった課題もあります。これらについては解決すべき重要な課題となっています。このように多様な解くべき課題があり、バイオデジタルツインのコンセプトを完全に実現するのは少し先の将来の話になるかもしれません。しかしNTTグループでは、すでにこれら医療にかかわる一部データを収集し、それを情報処理することでサービスの展開を開始しています。バイオデジタルツインはすでに始まっているのです。



図1 バイオデジタルツインの構成
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バイオデジタルツイン実現のキー技術とサービス・システム

バイオデジタルツインの実現に向けた具体的な研究開発や、すでに実施している医療ヘルスケアビジネスの一部になりますが、本特集にて紹介します。詳細な内容は各記事を参照いただき、ここでは各テーマの概略を紹介します。

これまで見えなかった生体情報の可視化

本稿読者の方も、一度はダイエットの経験がある方も多いのではないでしょうか。日常的に行うダイエットにおいても、食事を摂ったときの血糖値の上がり方は実は無関係ではありません。血糖値の急上昇により引き起こされるインスリンの過剰分泌は、糖質を脂肪として溜め込むことにつながります。それを防ぐため、食物繊維やたんぱく質の多い食物から摂取する食べ方に工夫をすると、同じ物を食しても消化吸収をゆるやかにでき血糖値の上昇が抑えられるといわれています。しかし、実生活では、血糖値(グルコース濃度)が可視化されているわけではなく、実感を持ちながら食事法の工夫をすることは難しいもので、その結果、ダイエットは多くの方にとって継続することが難しい要因の1つになっています。
しかし、体内のグルコース濃度が手軽に常時計測できればどうでしょうか。実感を持って食事方法を工夫することもできるようになります。我慢が付き物であるダイエットでも好きな物を我慢せず、無理なく自然な健康的食事を続けることができます。現在、グルコース濃度を常時計測することは可能ではありますが、「侵襲性」といって、痛みはあまり感じないものの、針を体に刺すセンサが主に用いられています。針を刺す行為は、体に大きな負担を強いるだけでなく、精神的に人々を計測から遠ざけてしまいます。そこでNTT研究所では、体に負担にならない、非侵襲グルコースセンサの研究開発を行っています(図2)。研究開発の知見を積み重ね、測定精度の向上とともに、実用化をめざして取り組みを加速しています。NTT研究所では、非侵襲グルコースセンサ以外にも、これまで見えなかった生体情報を簡便に可視化できるリアルタイムバイオモニタリングセンサ類の研究開発を進めています。



図2 試作中の非侵襲グルコースセンサを腕に装着した様子
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体内に埋め込んだ電極からの生体情報取得

サイバー空間で心身の状態を構築するバイオデジタルツインの実現には、あらゆる身体データを取得する生体インタフェースが必要になります。そこで2020年に設立されたNTT Research,Inc.、Medical & Health Informatics Laboratories(3)のドイツ支部では、将来必要になる技術として生体情報をとらえる体内埋め込み電極の研究をしています。心身のデジタルツインを実現するにはあらゆる人体の生命活動により発生する信号を計測したり、電気的な刺激を加えて生体組織の機能を調整したりする必要があります。現在、それらの計測や刺激には、体の外に設置されたセンサや電極、例えばスマートウォッチに内蔵されたセンサ等を利用しています。しかし、体外設置のセンサだけでは、より緻密な写像をデジタル空間に写像することは限界があると考えられます。そこで、より多くの生命活動における信号を計測するため、体内にセンサの電極そのものを埋め込んでしまうアプローチがあります。しかし、体内に無機物質からなる硬い電極を埋め込むというと身体への負荷が大きく、またアレルギー等の問題も生じる要因になってしまいます。そのため、体にやさしいセンサデバイスが求められています。NTT Research,Inc.では、体にやさしいセンサ電極を実現するため、シリコーン樹脂やバイオマスナノファイバ、ハイドロゲルなどを主成分とした基板を用いて柔らかい電極を実現しています。それらを用いて神経に電気刺激を加えて行動を制御し、神経から電気信号を長期間計測できることを、昆虫を用いた実験で検証しています。


ゲノム解析結果を基にした病気の早期発見に向けたサービス

「ゲノム」という単語を一度は耳にされたことがあるのではないでしょうか。ゲノムとは、生物の持つ遺伝子(遺伝情報)を示す単語です。現在、遺伝子情報(DNAの塩基配列)はコンピュータを使い自動的に解析できるようになっています。ヒトゲノムの解明は、病気の予防や診断・治療に役立てられると注目されています。健康診断や人間ドックでは、「現時点での健康状態」を検査し調べます。それに加え、ゲノム解析は「未来のリスク」や「自分の体質」について検査し調べます。多くの未来のリスクとなる病気は、遺伝子検査の結果をベースに生活習慣を改善することで対処が可能といわれており、遺伝子情報を知っておくことが未来のリスクに対応するため重要となっているのです。NTTライフサイエンスでは、この遺伝子検査を人間ドックなどを通じて実施し、検査結果を個人に通知するサービスを展開しています(4)(図3)。これまでは、検査で取得した、遺伝的情報から個人の体質にどのような傾向があるかの結果をお知らせする営みでした。最近では一歩踏み込み、医師から遺伝的情報を基に「未来のリスクに備えるため、こんな検査をしませんか」と推奨するところまでをカバーするサービスの構築に着手しています。推奨された検査を受診することで、自身の生活の見直しや健康への意識を高めるきっかけになるだけではなく、今以上に病気の早期発見と早期治療が可能となります。このようにNTTグループでは、バイオデジタルツインのコンセプトの下、ゲノム情報を含む生体情報を情報処理し、リスク予測から早期発見、治療につなげるサービスを今後も事業として展開していきます。


図3 疾患リスクと予防法がわかる遺伝子検査サービス
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異なる電子カルテのデータも統合できるデータベースシステム

バイオデジタルツインを実現するうえで収集するデータとして、スマートウォッチ、スマートフォンや専用のセンサによる日常生活から得られる生体情報の収集にかかわる研究について前述しました。一方、医療機関および薬局で得られるカルテをはじめ、CT等の画像データ、ゲノムデータ、診断報酬を計算するDPC(Diagno­sis Procedure Combina­tion)データ等の各種データも重要です。特にこれらの医療機関から得られるデータは、医学的価値が高く、患者の健康管理に用いるだけでなく、医療技術の向上、医薬品の開発、医療研究の推進等にも役立つ重要なデータです。新医療リアルワールドデータ研究機構では、診療支援のための統合データベースシステムCyberOncology®を提供しています(5)(図4)。異なる電子カルテ等のデータも統合できるシステムで医療現場における情報処理の課題解決に役立てることができます。すでに40を超える医療機関で採用されているだけでなく、製薬会社の研究支援にも貢献しています。NTTグループでは、これまで通信産業で培ったICTを基に、医療機関における支援システムを今後も提供していきます。



図4 新医療リアルワールドデータ研究機構の事業イメージ
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今後の展開

本稿では、NTTグループで取り組んでいるバイオデジタルツインの実現のうえで要素技術となる生体情報取得の最新技術、また迅速に医療データを収集・解析するサービスおよびシステムの最新動向について紹介しました。今後も、バイオデジタルツインの実現に向け、医療分野をはじめとするさまざまな分野のパートナーの方々や、医師を含む専門家の方々とコラボレーションを推進していきます。加えて、必要な要素技術を確立するとともに、医療およびヘルスケアにかかわるデータを収集・解析するサービスを展開していきます。

(左から)渡辺 啓/中島 寛/熊倉 一英
(左から)渡辺 啓/中島 寛/熊倉 一英

今後も、NTTグループでこれまで培ったICTを基に医療およびヘルスケアにかかわる社会課題を解決する研究開発ならびにサービス・システムの展開を進めていきます。

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