今、私たちが暮らす情報化社会には、映像やWeb・携帯コンテンツといった、大量の情報があふれています。しかし、実際にはいまだに情報化されていない実世界で起きている現象が数多く存在しています。 これら実世界の状況をセンサで捉えて情報化することで、人間社会に様々な利便性をもたらせられると考えています。さまざまな環境にセンサを数多く配置し、情報を収集することで、人に必要な情報を導き出し提供することが可能になります。
そのための基盤技術として、試行錯誤を繰り返しながらセンシングシステムを作り上げていくアジャイル環境センシングを提案し、藤沢市においてゴミ収集車にセンサを搭載して街のセンシングに取り組んだり、近畿大学と共同実験で絶滅危惧種の魚の済む池の環境のセンシングに取り組むといった実証実験を行ってきました。さらにこのようにして得られたさまざまなデータに対し効率よくラベルを付与して学習データセットとするための技術として、Webブラウザ上でユーザ参加型でデータを付与するWWW横断型ヒューマンコンピュテーションを提案しています。
さまざまな場所にセンサを配置し、実際に環境センシングシステムを構築しようとすると、 実験室環境とは異なりセンシングがうまく行えなかったり、センサを置いてデータを取ってみなければわからない問題点が出てきたり、センサデータを解析してみて初めて判明するニーズがあったりと、システム構築には試行錯誤が必須となります。そこでとにかく早くセンシングを開始し、試行錯誤しながらセンシングシステムを構築していくアジャイル環境センシングを提案しています。
アジャイル環境センシングを実現する上で要となるのは、無線センサノード用汎用小型仮想マシンCILIXです。 CILIXは複数の高級言語でソフトウェアを開発することができ、 少ない導入コストでセンシングをスタートできます。さらにCILIXは遠隔からの無線プログラム更新に対応しており、 遠隔からセンシングシステムのチューニングを可能にします。
街で起きているさまざまなイベントをデータ化し、分析、情報提示などに活用できるようになれば、さまざまなサービスにつながると考えられます。しかし街をどのようにして効率よくセンシングすればよいでしょうか? 本研究グループでは、ゴミ収集車に注目し、藤沢市で実際にゴミ収集に携わる車にセンサを搭載して 様々なデータを収集する実験を行いました。
ゴミ収集車は、荷物の配達車などと異なり、人が住んでゴミを出す場所すべてに、ほぼ毎日定期的に走り回る車です。そこでこの車にセンサを搭載すれば、人が住む場所をくまなく定期的にセンシングできると考えました。大気センサを搭載して街の大気の状況をセンシングしたり、ゴミ収集業務自体に注目して地区別のごみ量を推定する技術を開発し、地区統計量とごみ量の関係について分析を行いました。
このように、都市のイベントを収集・解析することにより、より効率的な都市運用、詳細な予測に基づく都市計画立案が可能となります。
(本研究の一部は、NICT受託研究として慶應義塾大学などと共同研究で実施しました。)
これまでの魚類の生態の観測は、定期的に研究者が現場に通って観測する手法が多かったのですが、本研究では絶滅危惧種(ニッポンバラタナゴ)の生息する池にセンサを設置し、CILIXを用いて24時間連続的にセンシングできるシステムを構築しました。これにより溶存酸素量や水温の累積値や日較差などの詳細な検証が可能となりました。またその後、水中の魚の画像も取得して近畿大学の学生と協力して解析を進めたところ、日中の日差しの強い時期を避けて産卵している可能性があること、時期によって産卵行動をよく行う時間に差があることなど、新しい生態が示唆されました。
本研究により、今までは計測できなかった生態に関する環境要因を解明し、さまざまな環境での生物多様性の保護や、効果的な育成方法の実現に貢献できると考えられます。
(本研究は近畿大学農学部との共同実験で実施しました。)
ここまで紹介した技術は、環境センシングを実現するための技術でしたが、このようなセンシングを行い、データが大量に収集されるようになると、次にどのようにしてこれらのデータにラベルデータを付与して、機械学習用のデータとして使えるようにするか、という課題も生まれてきます。そこで、WWW上のリソースを活用することで、機械学習用のデータを作成する手法についても研究を進めています。
教師あり機械学習は、あらかじめ大量のデータに正解ラベルを付け、それをもとに機械学習を行うことで、データが何のデータであるかを推定する技術です。教師あり機械学習により、正確に推定を行うためには、 大量かつ高品質な正解ラベル付きのデータが必要となりますが、このようなデータセットを作成するには、通常膨大な人的、金銭的リソースが必要となります。これに対して既存のWebブラウザにラベリング機能を組み込むことで、 WWW上の素材データに対してWWWの利用者に自発的にラベリングしてもらうというアプローチによって、効率よく機械学習用のデータセットが生成できるのではないかと考えました。
本研究では、複数のアプリケーションを実装し、このアプローチを検証しています。 これにより、機械学習を活用したさまざまなサービスがより安価に創出できるようになるのではないかと考えています。
公共の場所でのコロナウイルスの対策としては、個人がマスク等を使ってウイルスを避けるほか、把手や手すりなどを定期的に消毒することが有効とされています。一方で、多くの場所を定期的に消毒するには大きな労力が必要となります。そこで本研究では、サーモグラフィカメラを用いて取得した熱痕跡を用いて、人が触った個所を特定し、その部分だけを可視化する手法を提案しています。ウイルスが付着した可能性のある場所を提示することで、個人に注意を促したり、消毒作業の効率化つながると考えています。