研究紹介

オンチップ生体モデル

研究テーマ・ビジョン

オンチップ生体モデル研究[KH2.1][AT2.2]は、生体の構造や動作、情報伝達の一部をチップ上で再現し、複雑な生命機能を理解することを目的としています。生体にやさしいソフトマテリアルと独自の微細加工技術、生体分子操作技術を融合することで、臓器・組織・細胞・生体分子といった多階層の生命現象の再構築に取り組んでいます[KH3.1][AT3.2]。さらに、本技術を基盤として疾患モデルの構築にも取り組んでおり、生命現象の再現にとどまらず、疾患の発症や進行に関わるメカニズムの解明への貢献も目指しています。従来は捉えることが困難であった微細スケールの生命現象を観察・理解し、さらには直接操作するための実験基盤を提供することで、バイオデジタルツインの実現に貢献していきます。

社会的課題と解決のインパクト

生体内の微小空間で生じる生命現象は極めて複雑であり、細胞間の分子レベルの情報伝達や、組織・臓器レベルでの階層的な構造や動きを直接観察することは、プラスチックシャーレ上での細胞培養や動物実験といった従来手法では限界がありました。その結果、原因物質が特定されているにもかかわらず、その分子レベルでの作用機序はいまだ解明されていない疾患も存在し、これが新薬開発や病態理解を進める上での大きなボトルネックとなっています。現在は、このような課題を抱えている疾患の1つとして、アルコール摂取後に体内で生成されるアセトアルデヒドが原因物質の1つであることが知られている食道扁平上皮がんに着目し、オンチップ食道モデルの構築による食道発がんメカニズムの解明に取り組んでいます。食道の複雑な微小環境を高精度に再現することで、従来では捉えることが難しかった発がん性物質の細胞への作用を分子レベルで理解することが可能となります。これにより、創薬研究の高度化、個別化医療への展開、さらには動物実験の代替技術として期待されます。

なぜNTTがそれを実現できたのか

NTTでは、長年にわたりバイオインタフェースや生体適合性の高いソフトマテリアル研究を継続しており、その蓄積がオンチップ生体モデルを推進するための基盤となっています。特に、ソフトマテリアルを対象とした独自の加工技術と異種材料との複合化により、ソフトマテリアルの自発的な立体構造形成や動作を実現しました。多様なソフトマテリアルを自在に扱うことで、生体の形状・動き・センシング機能を統合したデバイスを実現できている点が大きな強みとなっています。

応用例・活用可能な分野

オンチップ生体モデルは、生体の構造や動作、情報伝達をチップ上で再現できる基盤技術として、幅広い分野での活用が期待されます。創薬や医療分野では、オンチップ食道モデルのように、臓器チップとして薬剤評価や疾患モデルとして個別化医療や精密医療の高度化に貢献します。また、生体の複雑な微小環境をシンプルにモデル化した基盤は、バイオデジタルツインによる様々な予測を検証するための実機モデルや、高感度センシング技術と組み合わせた新たなバイオ計測基盤の創出など、医療から情報科学まで多分野への展開が可能です。

現在の進捗と今後の展望

オンチップ生体モデル研究では、食道の構造・機能を模倣するだけにとどまらず、ソフトマテリアルを用いて、生体の管腔様構造を構築する技術や生体様運動が可能な運動素子、さらに生体電極としての活用が注目されているグラフェンの立体変形技術による脳様神経ネットワークの機能解析や微小血管モデルの構築など、複数の生体機能を再現する基盤技術を確立しています。今後は、生体適合材料と微細加工技術をさらに発展させ、より本質的な疾患理解と医療課題の解決を目指した新たな生体モデルの構築へと研究を発展させていきます。また、量子センシングやデジタルツインとの連携により、生命現象の新たな理解と医療応用の加速を目指します。

メンバー紹介

田中 あや

田中 あや

塚田 信吾

塚田 信吾

大嶋 梓

大嶋 梓

樫村 吉晃

樫村 吉晃

高橋 陸

高橋 陸

酒井 洸児

酒井 洸児

後藤 東一郎

後藤 東一郎

水野 陽介

水野 陽介

檜森 匠吾

檜森 匠吾

山地未紗

山地 未紗

大友 泰輝

大友 泰輝

メッセージ(研究者・リーダー)

オンチップ生体モデルは、生命科学とデバイス技術が融合することで初めて成立する新しい研究領域です。生きた個体を用いて、細胞レベルで生じる異常が個体の疾患としてどのように現れるのかという一連の仕組みを理解することは依然として困難です。私たちは生体の複雑な現象をそのまま再現するのではなく、単純化された生体モデルを創り出すことで、こうした課題の克服に取り組んでいます。微小スケールでの生命現象を自由に観察・操作できる世界が広がれば、創薬や医療は大きく変わります。このようなビジョンのもと、私たちは医学部との連携により、オンチップ生体モデル技術を活用した疾患モデルの構築に取り組み、疾患機序の解明を目指しています。さらに、その成果を臨床へと橋渡しすることで、医療およびヘルスケア分野への貢献を目指します。材料科学・微細加工・生物学の専門家と協働し、次世代の生命理解基盤を築くとともに、医学分野との連携を通じて医療・ヘルスケアに新たな価値を提供していきます。

関連論文

  1. R. Takahashi, H. Miyazako, A. Tanaka, and Y. Ueno, ACS Appl. Mater. Interfaces 11 (31) 28267-28277 (2019).
  2. R. Takahashi, H. Miyazako, A. Tanaka, Y. Ueno, and M. Yamaguchi, Lab Chip 21 (7) 1307-1317 (2021).
  3. R. Takahashi, A. Tanaka, and M. Yamaguchi, Adv. Funct. Mater. 33 (24) 2300184 (2023).
  4. R. Takahashi, A. Tanaka, T. Saito, S. Ohashi, M. Muto, and M. Yamaguchi, Adv. Mater. Technol. 10 (7) 2401468 (2025).
  5. NTT技術ジャーナル 2021年5月号
  6. NTT技術ジャーナル 2024年3月号

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  • 報道発表 2021年4月28日
    ハイドロゲル薄膜の立体構造を使った流路型デバイスの作製に成功 ~オンチップ型の人工臓器モデル創製への可能性~
  • 報道発表 2023年3月29日
    生体器官の運動模倣が可能な光駆動型オンチップ運動素子の作製に成功 ~オンチップ型の臓器モデルとしてバイオデジタルツインの構築・検証に期待~