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真に「考える」AIへ。NTTにおけるAI技術の研究開発について紹介します。

実世界の制約を超えて、新しい価値を生み出すヒトのデジタルツイン

「オールフォトニクス・ネットワーク」、「コグニティブ・ファウンデーション」とともにIOWN構想の3つの主要技術分野と位置付けられている「デジタルツインコンピューティング」。今回はデジタルツインコンピューティングとは何か、そしてデジタルツインコンピューティングの大きな特徴のひとつである「ヒトのデジタルツイン」とはどのようなものかを説明するとともに、ヒトのデジタルツインにより将来どのようなことが実現できるのかを解説します。

「デジタルツインコンピューティング」の背景

直近の30年ほどを振り返ってみると、約10年ごとにヒトを中心としたデジタル化、モノを中心としたデジタル化が交互に発生していることが分かります。

図1 ヒト・モノに関するデジタル化の進展
図1 ヒト・モノに関するデジタル化の進展
  • 1985年:「ヒト」を中心としたデジタル化(ヒト第一世代)
    電子メール登場・普及により「ヒト」のコミュニケーションがデジタル化
  • 1995年:「モノ」を中心としたデジタル化(モノ第一世代)
    インターネット普及により、時刻表、地図などの「モノ」がデジタル化
  • 2005年:「ヒト」を中心としたデジタル化(ヒト第二世代)
    SNS登場・普及により「ヒト」のつながりやネットワークがデジタル化
  • 2015年:「モノ」を中心としたデジタル化(モノ第二世代)
    IoT、AIの登場により自動車工場などさまざまな「モノ」がデジタル化

では、次の2025年には何が起こるのでしょうか。順番から言えば次はヒトのデジタル化が進展するターンですが、私たちNTTは既に臨界点を迎えたヒト×モノによる価値爆発が起こるのではないかと予想しています。そしてそこで実現する未来のデジタル世界の形として、「デジタルツインコンピューティング」構想を掲げ研究開発を進めています。

「デジタルツインコンピューティング」とは何か

では「デジタルツインコンピューティング」とはどのようなものなのでしょうか。デジタルツインコンピューティングは、まず現実世界にある「モノ」や「ヒト」をサイバー空間上に高精度で再現することから始まります。このサイバー空間上に再現した存在を「デジタルの双子」、デジタルツインと呼びます。実はデジタルツイン自体は自動車の自動運転分野、ロボット制御分野、医療分野など、既に産業分野別にそれぞれ応用が進んでいます。デジタルツインコンピューティングは、これらをさらに発展させ、産業分野を超えて多様なデジタルツインを利用できるような共通手段を創出することを目指しています。

デジタルツインは電子データですから、複製や融合、交換も可能です。多彩なデジタルツインを自由に掛け合わせることにより、複合的な条件を加味した大規模で高精度な未来予測を実現しようという構想がデジタルツインコンピューティングです。デジタルツインコンピューティングにより、将来的には自律的な社会システム、未来都市デザイン、人間の能力拡張、自動意思決定などの開発に大きく寄与することが期待されます。

図2 デジタルツインコンピューティング
図2 デジタルツインコンピューティング

ヒトのデジタルツイン

では続いて、デジタルツインコンピューティングの大きな特徴のひとつであるヒトのデジタルツインに向けた取り組みを紹介します。デジタルツインコンピューティングでは、身体的・生理学的特徴といったヒトの外面だけでなく、個性や感性、思考、技能などを含む内面までを再現したデジタルツインを目指しています。その理由は、平均的で無個性な個体間の相互作用ではなく、ヒトそれぞれの個性を表現することで、個々人の特徴を踏まえた多様性に基づく相互作用を引き出すことが可能になると考えているからです。デジタルツインにより、ヒトの持つ行動やコミュニケーションといった社会的な側面についてもデジタル空間上で再現することが可能となります。

図3 ヒトのデジタルツイン
図3 ヒトのデジタルツイン

ヒトのデジタルツインにより実現するもの

では、デジタルツインコンピューティングによりどのようなことが可能になるのか、いくつか例をあげて見てみましょう。

デジタルツインどうしによる代理会議

個々人の個性・特徴を備えたデジタルツインは、サイバー空間での他者からの働きかけに対して、あたかも本人のように反応することが可能です。また、デジタルツインを自律的に行動させれば、逆に他者に対して働きかけを行うことも可能です。例えばデジタルツインどうしで会議を開けば、現実世界の人を介さず多様な個性や専門性を掛け合わせて瞬時に合意を形成したり、その集団の考え方の傾向をリアルタイムに可視化したりなど、集団の知識化にも役立てることができます。

自分の代理で仕事をするパーソナルエージェントの創造

デジタルツインコンピューティングにより、人の活動範囲は実世界からサイバー空間まで拡大します。サイバー空間においてデジタルツインはあたかも自分自身のようにふるまうため、本人の代理で仕事をする強力なパーソナルエージェントを創造することが可能です。また、デジタルツインは複製が可能であるため、同時に複数個所で業務に当たることも可能なのです。

現実世界ではありえない対話の実現

デジタルツインにより、故人等、現在は存在しない人物と対話し、知識・経験を得ることも可能です。例えば過去や未来の自分と対話するなど、現実世界では実現不可能な対話も可能です。対話を通じて例えば自己の理解の促進や自己の再発見のきっかけとしたり、アイディアを得たり、などに役立てるほか、個人の意思決定にも活用できます。

デジタルツインのインターフェースとしての利用

デジタルツインをサイバー空間へのインターフェースとして利用することも可能です。例えば自己のデジタルツインの能力を他者のものと交換したり、自分の能力と他者の能力とを融合したり、などの手段で、言語能力など自分にはない能力を備えた派生型の自己デジタルツインを作成することが可能です。さらにそうして獲得した新たな能力を、さまざまなデバイスを通じて実世界で発揮する、といったことも可能です。

今後の展望

デジタルツインコンピューティングは技術的にまったく新しい技術のみで構成するものではなく、ハードウェア、ソフトウェア、ネットワーク、AI/IoT技術等、既存の様々な技術を用いて実現されるものです。ただし、広範囲にわたるさまざまな技術領域を横断的に俯瞰しながら研究を進めることが求められます。また、ヒトのデジタルツインの活用に際しては、倫理的課題、シミュレーション結果の信頼性、プライバシー保護等、非技術的な面での深い洞察も必要となります。その実現には、社会科学、人文科学、自然科学、応用化学、学際領域等、さまざまな研究・技術分野の専門家の協力が必要となるでしょう。

NTTのデジタルツインコンピューティング研究センタでは、現在「ヒトの内面/外面に関するデジタルツイン化に関わる研究開発」「デジタルツインを用いたデジタル空間の構成手法に関する研究開発」「ヒトやモノのデジタルツインを用いたシミュレーション技術の研究開発」の3つの開発テーマに取り組んでいます。今後もデジタルツインコンピューティングのコンセプトに対する議論と理解を深め、デジタルツインの自由な相互利用の実現を推進するための活動に取り組みます。

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