展示レポート
展示サマリ
NTT R&D FORUM 2025における技術展示は「生成AI」、「IOWN」、「量子」、「サステナビリティ」、「モビリティ」、「NW(ネットワーク)」、「セキュリティ」、「宇宙」、「デジタルツイン」、「UI/UX」の10のテーマで構成され、会場の1~2階を5つのエリアに分けて展示いたしました。さらに、各展示はWebサイトとも連動し、これにより、利用シーンや業界に基づいたおすすめの展示がレコメンドされるなど、来場者の関心にあわせた観覧を可能としました。
EXHIBITION
HIGHLIGHTS
展示ハイライト
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進化する大規模言語モデルtsuzumi 2
NTTが開発した大規模言語モデルの新バージョン「tsuzumi 2」がリリースされました。1GPUで動作可能な軽量モデルでありながら、日本語性能においては超大型モデルに迫る世界トップクラスの性能を実現した運用効率と性能のバランスに優れたAIモデルです。その特徴の第一はビジネスシーンで頻繁に利用される能力が強化されている点です。特に利用用途の80%を占めるドキュメントに対するQ&Aタスクや、ドキュメントからの情報抽出・要約タスクの能力が集中的に強化されています。
また、40ギガバイト以下のメモリを保有したGPUでの動作を想定して開発されているため、単一の企業や団体のクローズドサーキットでの運用も比較的容易となります。そのため、機密性の高い情報を安心して取り扱うことができ、企業秘密の漏洩などのリスクを大幅に減少し、極めて高いセキュリティを確保することができます。加えて金融・自治体・医療分野については特に多くの知識を学ばせているため、経済安全保障、デジタル赤字解消、AI産業強化といった分野では多くのケースで優れた性能を発揮します。
展示ではtsuzumiの将来の活用事例として「オーケストレータ」が紹介されました。これは名前のとおり、tsuzumiにオーケストラの指揮者の役割を与え、この「オーケストレータ」が業務をコントロールします。例えば「今期の○○支店の売上低下の対応策」といった命題を与えられた場合、過去の売上データやお客様からいただいた苦情の内容などといったさまざまな情報を収集して答えを導き出します。もし情報が足りない場合は、この「オーケストレータ」が独自の判断でチャット機能を使用して直接担当者に問い合わせを行い、足りない情報を補うというような能力も付加されています。
他社がさまざまなAIモデルを発表する中で、この「tsuzumi 2」は、NTTがゼロからフルスクラッチ開発を行った純国産モデルです。そのため、開発過程においての信頼性も確保された、まさに日本人のためのAIモデルといえます。
コンテンツのフェイク対策技術
コンテンツ(写真や動画等)の信頼性を守るため、コンテンツのフェイクに対応した対策技術を開発しました。現在、スマートフォンやタブレットPCなどでも誰もが容易に撮影ができるコンテンツについて、その来歴情報を付与する「C2PA」(Coalition for Content Provenance and Authenticity)は、コンテンツの出所や来歴の認証に関する技術仕様を策定している標準化団体の略称であり、そのコンテンツの来歴や信頼性と同義で使用される言葉です。しかし、「撮影場所」や「日時」、「撮影した機材」などのデータ情報はさまざまなアプリケーションを使うことで容易に改ざんすることが可能です。まして生成AIを使用すれば、誰もが簡単にコンテンツの修正を行うことができます。つまり、今や「C2PA」は保証されたデータとはいえないという状態です。私たちが日頃、目にしているコンテンツが改ざんされていないという保証はありません。
そこでこの技術では、撮影時に真正性を確認したのちに署名することで、利用者の行うファクトチェックを簡易化するものになります。これは「真正性チェックモジュール」と「真正性チェックツール」で構成されており、撮影日時や位置情報などの真正性を確認することができるうえ、そのコンテンツの真正性の高低を判定することができます。また、修正されたコンテンツであれば、修正前のコンテンツを確認することや、トリミングされたコンテンツでも切り取られる前のコンテンツの画角を確認することがそれぞれ可能です。この機能を使えば、あらかじめ署名を付与したコンテンツのファクトチェックを個人でも容易に行うことができるようになります。現状の課題として、専用アプリで撮影したコンテンツにのみ本情報が付与されるという制約があります。今後は、本技術を必要とするアプリへの機能搭載であったり、最終的には端末への標準搭載をすることが目標となります。
生成AIによる超高速ソフトウェア開発技術
ソフトウェアの新規および追加開発において、生成AIを活用して超高速かつ低コストで高品質なアウトプットを実現し、ソフトウェア開発にかかる稼働・工程を4割削減・短縮をめざしているのが本技術です。現状、個々のユーザの要望を反映した高品質なソフトウェアの開発には、多くの部分で人手を要する工程が必要となります。ただし、この方法では開発者グループのそれぞれがプロジェクト全体を把握する必要があり、コスト的にも時間的にも多くのデメリットがあります。これまでもコーディング(いわゆる実装)の工程では、生成AIを活用するケースもありましたが、実は生成AIは大量のコンテキスト(状況・文脈・前後関係などの意)を理解することを苦手とします。特にソフトウェアの開発においては開発中のソフトウェア固有の知識を求められるため、一般的な知識しか有さない汎用的な生成AIで、この高度なタスクを遂行することは困難で、そこに人手を必要とする要因がありました。
そこで、ソフトウェア開発に必要となる多様なデータを多面的に解析して、その依存関係を把握し、知識データベースを構築する技術を開発しました。この知識データベースから生成AIにその時々のタスクに必要なデータを、自律的に選択させて、適切かつ正確に遂行させるようにすることで、人手が必要となる部分を最小限にし、高品質でコストパフォーマンスに優れたソフトウェアの開発が可能となります。
生成AIを活用した機器故障修理判定自動化
家庭でインターネットがつながらないなどの不具合が発生した場合、現状ではコールセンタにそのお客様からの問い合わせがあり、事情をヒアリングしたうえで現場に連絡し、お客様宅を訪問して対応するということなります。しかし、そうした問い合わせのうち、ONU(Optical Network Unit:光回線終端装置)のケーブルが抜けかけていただけというような軽微な不具合が50%ほどあります。こうした故障ではない不具合に対して、LLM(Large Language Model)やVLM(Vision-Language Model)と呼ばれる高精度なAIを活用してONUなどの機器状態確認および軽微な不具合の修理のユーザセルフ化を実現するのが本技術です。
一方、現行のLLM/VLMといったAIは汎用的なAIではありますが、専門性の高いドメイン知識はあまり持っていないため、通信機器の故障判定業務に特化したAIが必要になります。NTTでは、マルチモーダル入力が可能なAIエージェントを構築すると共に、画像処理などの技術を組み合わせたVLMのユーザフレンドリーなUI(ユーザインターフェイス)などの周辺技術により、機器故障修理判定の自動化を実現しました。現在は電話やWEB上での対応となっていますが、ゆくゆくはスマートフォンのアプリケーションとしての提供をめざしています。
実社会センシングとロボティクスAI
少子化などの要因により、人口減少が危ぶまれる我が国は、一次産業を始めとする労働力不足も徐々に現実化してきています。そうした課題に対してセンシングデバイスやAI、ロボティクス技術を有機的に組み合わせることで、熟練者のノウハウや精密な作業を代替し省力化を計ります。あえて低解像度サーモセンサと専用AIを組み合わせることで人の顔が判る映像・画像を一切取得しないため、高い匿名性と従来のAIでは扱いきれなかった熟練者の判断力を両立させました。これによって、例えば農場の数cmほどの畝間を正確に自律走行できるロボットの制御が可能となります。具体的な例が今回展示した1つの「自動除草ロボ」です。ホウレンソウや小松菜といった比較的狭い畝間やハウス内で栽培されている作物では、人が入り込むことが難しいことや慣れない人が作業すると作物自体を踏みつけてしまうことがあり、こうした狭い場所での雑草の除去を目的として開発しました。
また、AIによって電源が続く限り完全に自律行動できるため、農場での狸や鹿などによる害獣被害にも対応可能です。実際に福井県のとあるキャンプ場で行った実験では、夜間にこの試作ロボットを巡回させることで実際に害獣を追い払うことができることを実証しました。
現在の目標は、このような一次産業など実社会での維持管理業務を省力化および無人化を推進することです。将来的には例えば福島県の原発事故跡地など、人が容易に入れない場所での精密作業に役立つようなロボットの開発をすすめていきます。
交通分野向けワールドモデル
ワールドモデルとはAIに環境の変化や行動の結果を効率的に学習させたり、予測させたりする技術の1つで、特定の入力から数秒後の未来の状況を高精度に推定する技術です。重要な推定対象としては、主に人間行動と物体運動の2つが挙げられ、AIが観測データを基に学習した現実世界の状態や挙動を予測することで、学習データになかった未知の事態に直面しても、柔軟に対応可能となります。NTTでは、このワールドモデルを交通分野で活用しようと考えています。人間は複雑な行動(意図した行動や無意識の行動)を取るため、適切な「人間行動予測モデル」がないと、将来を精度高く予測することは困難です。例えば交差点では、赤信号で歩行者が停止し、青信号で歩き出すという、交通ルールに従った行動が通常想定されます。しかし、歩行者が2人連れで、会話に夢中になっている場合、信号に気づかず(無意識のうちに)横断を開始してしまう可能性もあり、そういった例外にも対応できる予測モデルが必要となります。
NTTでは、人間が知覚する世界を明示的に処理導入するAIモデルと、各物体に働く物理法則を考慮するAIモデルによって、人間の行動や物体の運動を高精度に予測することを可能としました。これにより、特に交差点における歩行者や自転車の5秒後までの将来位置の推定や、物体が落下や衝突、転倒する場合の物理運動変化の推定において高い精度を発揮します。こうした予測困難な行動や現象に起因する交通事故の低減に貢献し、安心・安全な社会を実現します。
ダイナミック ワット・ビット連携
「ワット・ビット連携」とは、電力(ワット)と情報通信(ビット)を高度に連携し、インフラ整備を一体的に進め、持続可能で効率的な社会基盤を築くことをねらった新たな概念です。NTTでは、この「ワット・ビット連携」の実現とデータセンタのカーボンニュートラル化をめざし、再生可能エネルギーの有効活用を可能とするダイナミック ワット・ビット連携」に取り組んでいます。例えば、再生可能エネルギーを含む電力需給状況に合わせ、APN(オールフォトニクスネットワーク)で接続された複数のデータセンタ間で生成AIの学習や推論のワークロードを移動させるワークロードシフトや、蓄電池による充放電制御の実現をめざしています。
この実現には、より安価に無駄なく再生可能エネルギーを使用することが求められるため時々刻々と変動する発電量や消費量を正確に予測し、各種リソースの最適な制御計画を立案する技術が不可欠です。そこでNTTでは、電力と情報通信のリソース情報を高度に連携する統一管理、予測、最適化、制御といった技術の開発に取り組んでいます。予測では、地理的・時間的特性を考慮して、再生可能エネルギーの発電量、および電力価格と取引量を統合的、高精度に推定します。最適化では、予測された各種電力データに基づき、再生可能エネルギーの利用量最大化とコスト最小化に寄与する、ワークロード配置と蓄電池の制御計画を立案し、リアルタイムに制御側に反映します。制御では、最適化された制御計画に沿って、ワークロードと蓄電池の制御をします。こうした取り組みにより、再生可能エネルギーの利用量最大化と、電力コスト最小化による経済的なデータセンタ運用が両立することから、世の中のカーボンニュートラル実現に、大きく貢献します。
長距離間のリアルタイムデータ同期
遠隔地間のストレージをリアルタイムに同期させ、あたかも1台のストレージであるかのように扱う「長距離仮想ストレージ」技術を、IOWN APN(オールフォトニクス・ネットワーク)と組み合わせて検証した成果を紹介するのが今回の展示です。従来の通信回線では「長距離仮想ストレージ」を可能にできる距離に限界があり、およそ100kmが実用的な上限とされてきました。これは通信回線の往復応答時間が大きな要因で、複数ストレージの同期を成立させるためには20ミリ秒未満の往復応答時間が求められていたためです。
NTTではIOWN APNを用いた実証実験において、世界で初めて600kmの距離でのストレージ同期に成功しました。具体的には約600km(東京-大阪間相当)で約7.5ミリ秒の往復応答時間を達成しています。また、本実証では200km、400km、600kmと段階的に距離を増やしながら検証を行い、遅延が距離に比例して増加する一方で、600kmでも同期可能な性能が維持できることを確認しました。これにより、理論上はIOWN APNを利用すれば約1,600kmの距離でも遠隔地間のストレージ同期が可能であると見込まれます。これは東京を起点にすると、北は北海道、南は沖縄までをおおよそカバーできる距離になります。今回の展示では、実証実験で得られた成果をもとに構築したデモ環境を用いて、東京側のシステムを意図的に停止させ、大阪側のストレージへ自動的に処理が切り替わり、途切れることなくバックアップ・リカバリーが行われる様子をご覧いただきました。
この技術は、金融機関や社会インフラ事業者など、極めて高い可用性が求められる企業において「分散型データセンタ」の実現に寄与する重要な基盤となることが期待されます。例えば、もしも大規模な自然災害や停電などで、ある地域のデータセンタが停止した場合でも、同期している別地域のデータをそのまま利用できれば、切り替えや復旧の手間をかけずにサービスを継続でき、重要な業務データやサービス提供を途切れさせずに守ることができます。
IOWN × 映像プロダクションDX
映像制作拠点(撮影スタジオなど)での高度な映像処理によって発生する計算リソースの増加や消費電力の増加に対してIOWN APN(オールフォトニクス・ネットワーク)を用いて、その負荷を分散するための技術が、この「IOWN × 映像プロダクションDX」です。展示では実際にR&Dフォーラムの会場から3,000km離れたデータセンタで作成された仮想空間に、会場で撮影した人物の映像をリアルタイムで合成するという、バーチャル映像のデモンストレーションも行っていました。
この技術は、具体的には人物などの被写体と背景となる仮想空間の映像を1つのカメラで同時に撮影可能とするシステムです。これは「バーチャルプロダクション」という名称で呼ばれることもあります。これまでTV番組などでは、大掛かりなセットを組んだスタジオでさまざまな番組が撮影されてきました。仮想空間との合成映像を制作する場合も、その仮想空間のリアルタイムの描写に大量のGPUとそのほかの機器が必要でした。各撮影拠点の仮想空間映像に対して、映像レンダリングサーバとGPUをIOWN APNでリモート接続することで、従来ローカルの映像制作拠点で行っていたものと比べても違和感のない低遅延な環境での映像制作が可能となります。本技術によってシステム全体でのGPUリソースやそのほかの機器をスリム化することが可能となります。
また、IOWN APNで利用することで大容量、低遅延、ゆらぎなしの映像レンダリング処理や時刻同期が可能になります。今回のデモでは仮想空間用のGPUを3,000km離れたデータセンタに置いて実証実験していますが、この映像処理を含めた往復遅延はわずか84ミリ秒(0.084秒)に収まっているので、遅延による違和感もほとんど感じません。
このように都市部から郊外へ電力を分散することや、他利用者とのリソースをシェアリングすることにより、電力問題の解決や経済効果も望める未来の映像プロダクションです。
光ファイバセンシングによる空洞化推定
今回のR&Dフォーラムに先立つ報道発表で、既存の通信光ファイバを活用し、地盤の空洞化を推定する技術を公開しました。これは、この技術は、近年各地で話題となり問題となっている、埼玉県八潮市での事故も記憶に新しい道路陥没事故の原因となる地盤空洞化への対策です。埼玉県八潮市での道路陥没事故は、社会的に大きな注目を集めました。従来は、電磁波や超音波レーダーを搭載した自動車による走行調査などを利用した地表からの計測が主流でした。しかし、これはコスト的な問題で数年に1度しか行えない不十分なもので状況の変化を見つけるための高頻度な測定が難しく、なおかつ地表からの3m未満の浅い所しか分からないという欠点がありました。必要なのは地中の深い部分(3m以上)のモニタリング技術で、そこで注目されたのが産業技術総合研究所で考案された、地盤工学的なアプローチである特殊なアレイを個別に配置する方法と、NTTが持つの「光ファイバセンシング」という技術です。産総研とNTTでの共同研究の結果、双方ともにおおむね同じ結果が得られることが実証されました。ただ、産総研のアレイは、調査したいそれぞれの場所に個別に設置する必要があるのに比べて、NTTの光ファイバケーブルは既に通信用として全国各地の地下に敷設されています。この既設の光ファイバをセンサとして利用して、遠隔から地盤の状況を調査できるため、圧倒的に低コストで行うことができます。今回、産業技術総合研究所と連携し、従来の地盤工学で用いられる微動アレイ探査という地表に複数のセンサを設置し地盤の特性を解析する手法と、地下の既設の通信用光ファイバを用いた光ファイバセンシングとで、双方ともにおおむね同じ測定結果が得られることが実証されました。これにより、光ファイバセンシングで得られる信頼性のある地盤情報から空洞化という地中の変化を推定できることがわかりました。また、地盤の空洞化というのは、徐々に進行していくもので、その進行度を調べるためには常時に近い頻繁なモニタリングが必要となります。その点でも「光ファイバセンシング」は優位性を発揮します。この技術は、2026年度は全国各地の自治体と協力して実証実験を進め、2027年にはプレサービスの開始を計画しています。NTTでは技術精度をさらに向上させて、地盤陥没リスクを早期発見し、地域の安心安全に貢献したいと考えています。
SAR衛星による道路下の点検技術
SAR(合成開口レーダ)衛星の電波の送受信情報から、広範囲にわたる道路下の地盤やインフラの異常を、従来の現地調査よりも効率的かつ一括でモニタリングする技術です。この技術は、現在の地盤調査が抱える課題を解決します。現在は総延長約115万kmに及ぶ上水道・下水道管路下の調査を、調査員がそれぞれの場所に赴いて行うため、全てを定期的に点検するには莫大な人的・経済的コストが必要でした。一方で埼玉県八潮市の事故などの社会インフラの老朽化を原因とする道路陥没事故が社会問題化しております。これまで、我々は土壌の水分量を見ることで山間部などの土砂崩れを防ぐために衛星に関する研究開発を進めておりました。この社会背景を受けて、保有していた電波による衛星観測技術を道路陥没検知へ応用しました。この技術は、比較的浅い(50cm〜1m程度)場所の状態を広範囲にかつ同時に調べることができ、より緊急性の高い場所を発見しやすいという点が特徴です。
将来は、現状は、同じNTTの光ファイバセンシングと組み合わせることで、精度よく地中の空洞の検出を目指しています。2026年度はさまざまな自治体とも協力して実証実験を重ねて信頼性を高めるとともに、自治体の具体的な課題をお伺いしながら、世の中で広く使われる技術の確立を目指します。
光量子コンピュータが創造する未来
今回のR&Dフォーラムの目玉の1つである「光量子コンピュータ」は、「光量子コンピュータの挑戦」「光量子コンピュータの動作原理」「光量子コンピュータの計算メカニズム」「光量子コンピュータが創造する未来」の4つのブースにわたる大規模な展示となりました。現在、量子コンピュータは各国で開発が進められていますが、量子コンピュータ実用化のためには、第1に性能(計算力)、第2に有用性(意味のある計算ができるか)、そして第3に実現可能性(計算結果が正確か)という3つの課題を全て満たさなければ成立しません。現在開発が進んでいる量子コンピュータにおいて、この3つの課題を全て満たしている機種はまだ存在していません。しかし、現在のスーパーコンピュータの性能を大幅に凌駕する量子コンピュータの開発は、今や未来に向けての必要不可欠な命題といえるでしょう。
現在開発が進められている量子コンピュータには、超伝導型、中性原子型、イオントラップ型、半導体型などのタイプがあります。NTTが東京大学や理化学研究所、OptQCと共同で開発を進めているのは、これらと異なる「光量子型」と呼ばれる量子コンピュータです。「光量子型」の特徴は光の特性を活かした「常温・常圧での動作」、他方式とは異なる「時間・波長多重による省スペース化」、光の周波数で動作するため「高速化」などがあります。さらに、光通信の技術との親和性が極めて高く、NTTが長年培ってきた技術を利用できるアドバンテージがあり、圧倒的なスケーラビリティ(量子ビットを増加させやすい)を誇ります。最終的なシステムの大きさは、幅60cm×高さ1250cm×奥行80cm程度という、量子コンピュータとしては極めてコンパクトなものになる予定です。
NTTの光通信および光伝送技術を活用した高速・低電力な「光量子型」の特性を活かして、2030年ごろの汎用大規模システムの実現と、これまで実現不可能だった社会課題の解決をめざします。
NTTグループの水素配管技術
NTTは、電気やガスなど既存のエネルギーインフラに水素を加えるため、独自の配管技術を開発しています。水素は究極のグリーンエネルギーとなりえますが、その普及は水素ステーション不足や輸送の難しさが大きな課題です。パイプラインやボンベで水素を輸送する際、水素は炭素と結びつき、金属を腐食させてしまう「水素脆化」という現象を引き起こします。この現象を防ぐため、パイプやボンベには「水素脆化」を起こさない特殊な金属や素材が必要になります。そこでこの現象に対応した特殊な二重管方式のパイプを開発し、NTTが保有する通信ケーブルの経路を活用することで、低コスト化を実現します。このパイプラインを埋設して安全に水素を供給できる体制を確立するのが、この技術の根幹です。
この配管技術のもう1つの特徴として、安全性の確保が挙げられます。安全策として都市ガスと同様に水素が漏れた場合に認識できるよう臭いをつけるという手法も提案されましたが、この臭いの成分が原因で燃料電池などの機器の故障を誘発します。水素自動車の故障原因は、この臭い成分による燃料電池の故障が少なくありません。そこで無付臭による水素供給を可能にする新しいパイプラインを開発しました。さらなる安全性確保のため、パイプに光ファイバを通し、漏れなどの不具合箇所を検知します。万一水素漏れが発生した場合は、「乾燥空気装置」により、遠隔で配管内の水素を押し出すような機能も備えています。こうした異常検知技術と安全対策によって水素サプライチェーンを確立し、水素をメインエネルギーとする社会を実現するのが目標です。
空間データ基盤 安価に大規模3D化
NTTドコモでは、低コストで簡単にビルや駅などの大規模環境の高精度な3Dマップを作成できる技術を確立しました。この技術は、建築業界における調査や施工の進捗管理において有望です。従来、LiDAR(レーザー測量装置)は正確かつ高速でしたが、大変高価であり導入ハードルが高いというデメリットがありました。本技術と従来のLiDARとの相違点は、ユーザが市販の360度カメラ(スマートフォンなどでも可)で撮影した動画や画像からでも、高精度な3Dマップの作成が可能な点です。それに加え、サーマルカメラを使うことで、肉眼では見えない温度情報も可視化することができる点も有用です。例えば、工場などの建造物を上空からドローンで撮影して、屋上の温度分布から太陽光パネルの設置場所を決定することや、メガソーラーで大量に設置された太陽電池の中から、異常な高温部を探して故障部分を特定するなども低コストで可能となります。さらに電波測定装置を使えば、空間中の電波の弱い箇所を可視化することも可能になると考えています。例えば、オフィスフロアを撮影しつつ、そのオフィス内での電波強度の分布なども調べることができ、屋内基地局やWi-Fiルータのようなネットワーク機器の最適な設置場所の決定も容易になります。このように、3Dマップを短時間に簡易作成できるようになることで、さまざまな業界での業務効率化を図ることを可能にします。今後も、多岐にわたるニーズに応えるべく技術開発に取り組んでいきます。
強固な鍵管理によるデータセキュリティ技術
NTTではクラウドの暗号管理に関するインシデントを抑制してデータセキュリティを確保し、コストや利便性に優れる「暗号鍵」を実現しました。暗号鍵とは機密データなどを第三者が理解できない形式に変換するための暗号化アルゴリズムに使用される文字列のことで、データの保護や認証、デジタル署名などに利用されます。この暗号鍵は通常、クラウドサービス内で保護・管理されていますが、プロバイダの暗号鍵管理に人的ミスや内部不正などのインシデントが発生すると、セキュリティが破られてしまう可能性があります。具体的には、クラウドのTEE(Trusted Execution Environment : 高信頼実行環境)で暗号鍵の生成、運用を一元管理することによって、強固なセキュリティを確保すると共に耐量子暗号にも対応している点です。特筆すべきはアメリカにNIST(ニスト)というアルゴリズムの評価認定をする組織があり、このNISTの認定をパスすることで信頼できるライブラリであることの証明となりますが、現在、TEEでNISTの評価試験をパスする仕組みの暗号鍵技術を持っているのは、国内ではNTTだけです。政府機関や重要物資を製造している企業がこの暗号鍵を使用することによって、国家機密や企業秘密などの重要なデータを厳格に保護し、安全が担保できます。
デジタルアイデンティティウォレットグローバルインフラ
NTT Digitalではスマートフォンなどで提示可能で、かつ国内のみならず世界で通用するデジタルアイデンティティの普及を目指した技術インフラ提供を目指しています。デジタルアイデンティティとは電子化された個人情報という意味です。住所や名前、生年月日や年齢といった基本的な個人情報や職業・職歴などといったあらゆる情報をウォレット(財布)に保持し、オンライン経由のサービスの利用や商取引などのやりとりをストレスフリーで行うための証明書のようなものです。今回、TEEやMPCに関するNTT独自技術を実装することで、安全・安心・高信頼のデジタルアイデンティティウォレットを目指しています。この技術は欧州や国内でも大手企業においては実証実験が開始され、世界でみても大規模な導入や展開が今後拡大していくと予想されます。メリットは、例えば証券会社などで口座を新規開設する場合、通常証券会社の口座開設では住所や名前、銀行口座などの個人情報を所定の書面に記入して、免許証などの証明書のコピーと共に提出して申請。問題がなければ1週間くらい経過したあとに審査が通ってようやく口座開設となります。さらにポイントなど連携するサービスはその後に自分でアカウント等の連携が必要です。これがデジタルアイデンティティウォレットに対応している証券会社であれば、このウォレットに入力されたVC情報(個人情報/銀行口座情報/ポイントサービス情報)を提出することで、即日の口座開設が可能になります。ウォレットにはデジタルアイデンティティだけでなく、ステーブルコインやNFTなど暗号資産も取り扱い、このウォレット一つで何でもできる世の中を実現していきます。グローバル化が進む社会で、このような個人が自分の個人情報データを管理・制御できる技術インフラは、仕事で海外活動するビジネスマンのみならず、海外旅行やワーキングホリデーの際などにも今後必須となると考えています。
IOWNデバイスの宇宙通信活用
これまで宇宙空間では、電波を用いた通信が主流でした。しかし近年では、宇宙空間におけるデータ取得頻度やそのデータ量が飛躍的に増加しており、今後はより大容量通信が可能な光レーザ通信に置き換わっていくことが予想されています。この光レーザーによる通信を実現しているのは、OCT(OpticalCommunicationsTerminal)と呼ばれる光通信端末です。現在市場にある既製のOCTは、光の振幅(強度変化)に情報を乗せるIM-DD方式を主に採用していますが、振幅に加え位相や偏波を利用して情報伝達するデジタルコヒーレント伝送方式を取り入れることで、宇宙での光通信を高度化(高速、大容量、低消費電力)していくことをめざしています。
ここで鍵となるのが、デジタルコヒーレント光伝送の伝送品質を決めるデジタル信号処理部であるコヒーレントDSPです。これまでNTTは世界トップクラスの低電力性能のDSPを開発してきましたが、この特性を全く損なうことなく、宇宙ならではの機能を追加した宇宙用途のDSPを開発中です。加えて、光と電気の変換機能を集積したシリコンフォトニクス光回路、電気増幅器等のアナログ電子回路とこのDSPを1つのパッケージにCo-package実装することで圧倒的な小型化、省電力化を実現した、まさに宇宙版IOWNデバイスと呼べるものです。
この宇宙版IOWNデバイスは、前述した大容量伝送、低電力性能に加え、高速で軌道上を周回する衛星間の通信の安定性や伝送距離を延ばすための低速レートに対応していること、高速で相対位置が変化する衛星間で生じる周波数変化(ドップラーシフト)に対して広範囲で補正できることが大きな特徴となります。