データ活用の「安心」はどうつくるのか―プライバシー研究の実践と事業展開
#プライバシー #個人情報保護 #データ活用
はじめに
スマホアプリ、生成AI、カメラ・センサー活用、スマートシティなど、私たちの暮らしの中でサービス利用者(以下、「利用者」といいます)の個人情報や行動履歴などのデータを活用するサービスが増えています。データ活用によって、個々人のニーズや趣味嗜好に合わせたきめ細かなサービスが実現される一方で、利用者にとって「自身の何のデータが、いつ・どのように集められているのか、何のために使われているのか」がわかりづらい場合には、利用者の不安が高まって社会的問題になり、サービス停止にいたるリスクもあります。
NTTもお客様から個人情報をお預かりしている企業として、個人情報の保護を最重要事項としています[1]が、こうした問題に対応するためには、個人情報保護法などの法令を遵守するだけでは十分ではありません。新しい技術やサービスによって、どのようなプライバシー上の問題が生じる可能性があるのか、それをどのような技術や仕組みによって低減できるのか、さらに利用者にどのように説明すれば理解や安心につながるのかを考える必要があります。社会情報研究所では、こうした問題を新しい技術やサービスを社会に導入する際に生じる研究課題として捉え、個人情報やプライバシーの保護に関する研究を進めてきました。
本記事では、社会情報研究所が進めてきたプライバシー研究の取り組みについてご紹介します。
1. なぜ、いまプライバシー研究が必要なのか?
研究開発やサービス提供では、利用者からデータを収集して活用することがあります。私たち社会情報研究所でも、開発した技術の効果検証のために、実験参加者の方からアンケートを収集したり、カメラやセンサーを用いて測定データを収集したりすることがあります。このとき、個人情報保護法への対応(法的リスク対応)は必須ですが、それだけではなく、実験参加者が安心できるようなわかりやすい説明、プライバシーへの配慮(プライバシーリスク対応)、社会受容性の考慮(炎上リスク対応)が重要になります。これらを怠ると、研究の中止やサービス停止、ひいては会社への信頼失墜を招くおそれがあります(図1)。
では、事業者が実験参加者や利用者の方からデータを収集して活用するとき、どのような内容を説明すれば実験参加者や利用者の「安心」につながるのでしょうか。とりわけ生成AI、カメラ・センサー活用、スマートシティは、複数のサービスを組み合わせて利用していることが多いため、実験参加者や利用者からは自身のデータがいつ・どこで保管され・だれによって・何のために使われているかがわかりにくくなります。
社会情報研究所では、個人情報保護法で定められた法的要件を技術やシステムでどのように実現すればよいか、プライバシーへの配慮のために実験やサービスにおいて何をするか/何をしないか、どのように説明すれば利用者の理解や安心につながるかという観点から研究を進めてきました。
図1 事業活動における個人情報保護とプライバシー対策の重要性
2. 実践の場からプライバシー課題を発見する
プライバシー研究の実践の一つが、NTTでも2013年から行ってきたプライバシー影響評価(PIA: Privacy Impact Assessment、以下「PIA」といいます)の取り組みです。PIAは、個人情報などを収集する事業の開始や変更の前に、プライバシー等の個人の権利利益の侵害リスクを低減・回避するために、事前に影響を評価するリスク管理手法です。NTTでは、個人情報を含むデータの収集を伴う実験やサービス(以下、「案件」といいます)の開始前に、担当者から提示された案件の内容を評価・確認する形でPIA活動を行っています。社会情報研究所も、昨年度末までこの活動に参画してきました。
NTTのPIAでは、法令遵守だけでなく、収集するデータが目的に照らして必要最小限であるか、利用者へのプライバシー上の配慮がなされているか、説明が正確でわかりやすいかなどを確認します。例えばカメラ画像を活用する場合には、映り込みたくない人への配慮や、撮影・利用目的が利用者に適切に伝わっているかなどを検討します。
NTTがPIA活動を開始した2010年代は、現在ほどプライバシー保護に関するガイドラインや事例が充実していませんでした。そこで、個人情報保護法だけでなく、判例・学説、ユーザ調査、国際的なガイドラインなどを調査・比較し、プライバシー保護の考え方を体系的に整理しました。さらに、その成果を実際の案件に適用し、実践的な知見へと蓄積してきました。また、PIA活動を通じてさまざまな研究や新しい技術に触れ、新たなリスクや研究課題を発見する機会にもなりました。
3. 実践から生まれた知見とツール
PIA活動の中で案件を分析していくと、研究者や案件担当者が判断を迷いやすく、相談頻度が高い課題があることがわかってきました。たとえば、「収集するデータ項目が法律上の個人情報に該当するかどうか」「データを外部に提供する場合に本人同意が必要なケースかどうか」の判断などです。
そこで私たちは、個別案件への対応だけで終わらせず、そこで得られた課題や知見を整理・一般化し、専門家でなくてもプライバシー上の重要なポイントを把握できるようにする解決方法の研究開発に取り組みました。その成果の一つが、個人情報保護法やプライバシー対策について解説するガイドブックで、NTTグループ各社に展開してきました。法律の内容をデータの流れとして図式化したほか、技術者がすぐ参照できるように実際のカメラ利用事例をもとに撮影画像の利用目的の説明文や掲示の仕方など、具体的な対応方法を整理しました。
また、具体的な事例に沿って確認したい法律上の対応事項をウェブ画面上で項目を入力しながら確認できる「らくらくPIA」というツールも開発しました[2][3]。このツールはNTTグループ各社で利用されるだけでなく社外への提供にもつながりました(図2)。
図2 データの流れと法令上の対応整理
4. 研究成果の展開事例 スマートシティのプライバシー対策
社会情報研究所では、個人情報を収集・活用する現場に対してガイドブックやツールを提供して活用してもらう展開のほか、NTTグループ各社の取り組みをより安心安全にするために、具体的な課題の解決につながる取り組みも行ってきました。
NTTグループ各社は、スマートビルにおけるカメラ画像を用いた人流データの活用や自治体からのスマートシティ受託案件において、データ連携基盤を構築し住民データや産業データを収集・活用して住民のQoL向上に役立てる施策を進めています。一例として、住民向けの行政サービスの受付サイトでは、個人情報の取扱いや住民へのサービス内容の丁寧な説明が必要でした。社会情報研究所は、これまでの社内でのPIA活動や他のNTTグループ各社に対するプライバシー対策支援により法的リスクと炎上リスクを低減してきた実績を評価され、受付サイトの構築に携わったNTTグループ会社に対し、提供サービスに関するPIAの進め方やプライバシーポリシーなどで利用者に対してわかりやすく伝える説明の仕方についての助言と提案を行い採用いただきました。完成したプライバシーポリシーとPIA報告書がサイト上に掲載されて、大きな問題なくサービスが提供されたことで検討の妥当性が確認できたとともに、NTTグループ会社から感謝の言葉もいただくことができました。
検討の過程で見えてきた自治体などの公的部門が収集した個人情報の取扱いに関する検討内容はシステムの設計・運用にも影響するため、同様の課題に取り組む関係者にも参照してもらえるよう研究成果として整理し、NTTグループ会社の技術担当者と共著論文にまとめ、学会でも発表しました[4][5]。
5. おわりに:技術と社会をつなぐプライバシー研究
私たちはこれまで、プライバシー研究の一環としてPIA活動などの実践によりプライバシー上の課題を発見し、そこで得られた知見を研究として整理・一般化し、ガイドブックやツールなどの形にして現場へ還元してきました。このように、実社会や研究現場から課題を発見し、研究成果を現場へ還元し、そこからまた新たな研究課題を見つけるという循環も、私たちが取り組んできたプライバシー研究の特徴です。今後は、こうした知見や経験を活かし、人とAIの協働や、そこから生まれる新たな価値や社会的課題へと研究対象を広げ、人々が安心して技術を活用できる社会の実現に向けて取り組んでいきます。
参考文献
[3]池田美穂, 亀石久美子, 畑島隆, 藤村明子, 折目吉範:案件担当者に対するプライバシー影響評価の実践支援方法, 情報処理学会論文誌Vol.66 No.9 1185-1208, 2025
[4]亀石久美子, 瀬野恭彦, 狩野俊明, 岸本充生:自治体スマートシティのデータ連携基盤におけるガバナンス及びプライバシー影響評価についての検討, コンピュータセキュリティシンポジウム2024論文集, 821-828, 2024
[5]亀石久美子, 瀬野恭彦, 川渕聡士, 村尾貴史, 井上滉大, 狩野俊明, 浅川智弘, 伊賀友暉, 池田美穂, 青柳真紀子:個人情報保護法上の公的部門と民間部門の規律の違いによるデータ連携基盤サービス実装上の課題と対応, 情報処理学会研究報告, Vol.2025-EIP-109 No.23, 2025