AI時代における「声」の保護を考える ―法・ルール・技術の観点からの議論―
※本画像は生成AIを使用して作成しています。
 

2026/03/30

AI時代の声の保護を考える ―法・ルール・技術の観点からの議論― 
(デジタルアーカイブ学会サテライト企画セッション報告)

#声の権利 #社会科学 #法律

執筆者プロフィール

Haraguchi

原口 和徳(はらぐち かずのり)

NTT社会情報研究所 研究主任 2007年NTTデータ入社。2023年よりNTT社会情報研究所所属。スマートシティにおける合意形成や社会受容性を対象とした研究を経て、現在、AI音声サービス等における「声の権利」に関するルールメイキングに関する研究に従事。デジタルアーカイブ学会、情報処理学会所属。

記事の概要

NTT社会情報研究所は、AIを活用した新たな音声合成技術が発展する社会において「声」の保護と活用に関するリスクを可視化し、適正な音声活用ビジネスの創出・普及を目的とした研究を推進しています。本記事では、アーカイブ化された声が利活用される社会を見据え、法、ルール、技術の観点から人々の声の保護のあり方を探ることを目的に、業界、実務家、学術、技術のバックグラウンドを有する有識者によって行われたパネルディスカッションの模様を紹介します。


1.「声の権利」とNTT社会情報研究所の取組み

NTT社会情報研究所は、AIを活用した新たな音声合成技術が発展する社会において「声」の保護と活用に関するリスクを可視化し、適正な音声活用ビジネスの創出・普及を目的とした研究を推進しています。研究にあたっては、学際研究所としての特徴を生かし、業界や実務、学術、技術といった様々な分野の専門家の方と協働し、社会的価値の創出を進めています。


国内に限っても、2025年度の後半に音声合成技術を用いたサービスが複数発表されるなど、音声活用ビジネスは活況を呈しています。しかしながら、声主に無断で音声合成し、使用・公開するといった事例も相次いでいることから、最近では声の保護をめぐる問題(いわゆる「声の権利」問題)が指摘されています。


NTT社会情報研究所における「声の権利」に関する取り組みについては、以下の記事をご参照ください。
>>AI時代の声の保護を考える ―「声の権利」とは?


このような状況に対し、NTT社会情報研究所では、アーカイブ化された声が利活用される社会を見据え、法、ルール、技術の観点から人々の声の保護のあり方を探ることを目的としたパネルディスカッションを企画しました。本記事では、業界、実務、学術、技術のバックグラウンドを有する有識者をお招きして開催したパネルディスカッションの模様を紹介します。(パネルディスカッションは、デジタルアーカイブ学会第10回研究大会のサテライト企画セッション「AI時代における「声」の保護と利活用 ―法・ルール・技術―」として開催しました。本記事は当日の模様を再構成したものです)


■イベント概要

開催日:2025年11月29日(土)13時30分~15時30分

登壇者:中井 秀範(ワタナベエンターテインメント 顧問)、安藤 和宏(東洋大学法学部 教授)、下瀬 浩一(NTT西日本ミライ事業共創室 担当部長)、出井 甫(骨董通り法律事務所 弁護士)、荒岡 草馬(NTT社会情報研究所 研究員)


>>プログラムの詳細はこちら(外部サイト:ページ中ほどに掲載)

2.「声の保護」を巡る法制度の空白と実務上の課題

パネルディスカッションは、登壇者による課題提起から始まりました。


芸能業界では、アーティストの声や肖像には大きな経済的価値がありますが、パブリシティ権注1が法律に明文化されていないことが課題となっています。ワタナベエンターテインメント顧問の中井氏はこのような問題点を指摘したうえで、「法律制定には10年かかる」として、ガイドラインなどソフトローでの対応が現実的だと指摘しました。東洋大学法学部教授の安藤氏は、音声の法的保護には「同定可能性」と「物理的連鎖性」という二つのハードルがあり、特にAIが一から生成した音声は著作隣接権侵害にならないと解説。パブリシティ権も「専ら(もっぱら)基準」により適用が難しく、不正競争防止法も商品等表示該当性などのハードルが高いと説明しました。骨董通り法律事務所弁護士の出井氏からは実務において、海外で運営されるサービスへの対応における準拠法の選択や、事務所に所属する声主などにおける権利行使主体の選択など、複数の課題に直面することがままあることが対応の難しさとして報告されました。NTT西日本ミライ事業共創室担当部長の下瀬氏は技術的対策として「証明」「防御」「検知」の三つを取り上げ、それぞれにおいて対策と破る技術のイタチごっこが続いているとしました。


登壇者からの指摘を踏まえ、コーディネーターを務めたNTT社会情報研究所研究員の荒岡は、「声」を巡る問題に対して、アメリカの憲法学者ローレンス・レッシグ氏の理論(行為の4つの制約原理)に言及し、法律・市場・技術・社会規範の四要素で複合的に対応する必要性を提示しました。その上で、ソフトローの好例である「肖像権ガイドライン」注2と比較し、裁判例の蓄積が少ない声の権利がとるべき方策を示しました。具体的には、社会調査などで人々の感覚を根拠にする方法があることを提案しました。

セッションの様子
セッションの様子(左から、荒岡研究員、下瀬氏、中井氏、安藤氏、出井氏)

3.「死後の権利」と「多言語展開」。2つのケースが示す「声の保護」の必要性と課題

法や社会規範、技術におよぶ広範なディスカッションの中で、特に盛り上がったのは、「死後の権利保護」と「多言語音声合成」を巡る議論でした。


死後の権利保護については、複数の登壇者から実務上の課題と法制化の必要性が指摘されました。
出井氏からは、法的根拠が不明確なために実務上の対応が困難になっていることの指摘がありました。中井氏は、NHKのAI美空ひばりプロジェクト[1]や大阪・関西万博における三波春夫さんの音声をAIで再現したオリジナル曲の事例[2]を挙げ、「財産権として相続できないと困る」と実務上の課題を提起しました。安藤氏は、エルビス・プレスリーやマイケル・ジャクソンが亡くなった後に大きな収益が上がった例を挙げ、「(アーティストの)死の直後がすごく経済的価値が高い」ことを指摘しました。日本では死後の声の利用に対してパッチワーク的な保護しか受けられない現状に対し、米国テネシー州の「エルビス法」では死後10年間(その後も、権利の使用実態があれば保護期間の延長可能)保護されていることを紹介し、法制化の必要性を訴えました。こうした議論を受け、出井氏は、著作者人格権が死後も保護され遺族に権利行使が認められている著作権法を参考にした制度設計の可能性を示しました。


アニメを含む日本のコンテンツ産業は、海外からも高い注目を集めています。そのようななか、多言語音声合成技術の進展により、声優の声をそのまま他言語で再現できる可能性が議論されました。
下瀬氏からは、多言語音声合成技術の説明があり、数秒の音声サンプルで高品質な合成が可能になっていることや、感情表現まで制御可能になってきていることが報告されました。これを受けて中井氏からは、「ドラえもんを大山のぶ代さんの声でスペイン語にできるのはチャンスだが、トム・クルーズが完璧な日本語を話すと、専属声優の仕事がなくなる」という、多言語音声合成がもたらす双方向の影響、ジレンマが指摘されました。
日本の人気アニメの中には、原作者のこだわりも踏まえて、現地(海外)でも特定のシーンを日本語のまま放映するものもあります。こうした現状を踏まえ、安藤氏は「監督の意向に沿った形」を第一義とすべきだとしつつ、データベースやプラットフォームを構築することで新しいビジネスチャンスが生まれる可能性を指摘しました。出井氏は、原作者とプロデューサーの権利調整について、「専門性をお互いに生かし合えるかどうかというところが、今後の吹き替えにおいて重要になる」と信頼関係の重要性を強調しました。


ほかにも、AIによる翻訳の際に、翻訳先の言語のアクセントや方言にどのように対応するのかといったことも課題になりうることが示されるなど、多言語音声合成技術の活用には、技術的可能性だけでなく、各国の吹替文化の尊重や、原作者・声優・制作者それぞれの権利と専門性のバランスを取ることが不可欠であるという認識を共有する機会となりました。

4. 声の保護と音声活用サービスの普及、発展に向けて

ディスカッションでは、他にも、生の声とAI音声の使い分けやプラットフォームビジネスの役割などについて活発な議論が行われました。また、終盤には参加者との質疑応答も行われるなど、双方向性の高いイベントとなりました。


今回のイベントでも明らかになったように、実演家等の声を保護し、誰もが安心して音声活用サービスを利用することができる社会を実現するためには、法や技術、社会規範など複合的な取組みが必要になります。NTT社会情報研究所は学際研究所としての強みを生かし、今後も声の権利保護と音声活用サービスの普及・発展に向けた研究を行っていきます。

声の保護と音声活用サービスの普及、発展に向けて


注1)俳優やタレントなどの著名人が、自らの肖像や氏名などの持つ顧客を吸引する力を排他的に利用する権利

注2)デジタルアーカイブ機関の現場担当者が肖像権処理を行うための拠りどころとなることを目的としてデジタルアーカイブ学会法制度部会が取りまとめたガイドライン。詳細はこちら(外部サイトへ移動します)

参考文献

[1]  NHK-DVD よみがえる美空ひばり | ディスコグラフィ | 美空ひばり | 日本コロムビアオフィシャルサイト

[2]  null2内"ネタバレあり 解説 文明の終わりと新たな始まり"