AI時代の声の保護を考える ―「声の権利」とは?
#声の権利 #社会科学 #法律
記事の概要
生成AIの進化により、数秒の音声から本人そっくりの合成音声が作れるようになり、SNS等では「AIカバー」など無断利用コンテンツが拡散しています。これにより、声優等のイメージ毀損や経済的損失が発生することが問題視されていますが、日本では「声の権利」を直接保護する法制度が未整備です。 NTT社会情報研究所は2022年以降、「声の権利」に関する理論研究を進めるとともに、その研究成果として、NTTグループ各社が音声合成技術の活用を検討・判断する際に参照できる考え方やリスク低減手法を整理したガイドラインの検討を進めてきました。さらに業界団体や社外有識者等と連携し、声の保護と利活用に関するルールメイキングに向けた取組みも推進しています。
1. AI音声技術の発達とコンテンツの普及
もし、あなたの声がAIによって再現され、知らないところで使われていたとしたらどう感じるでしょうか。生成AIの進展は、これまで想定されてこなかった「声の権利」という新しい問いを社会に投げかけています。
近年、生成AIの進化が著しく、文章、画像、音声等のAI生成物を誰でも簡単に作成することができるようになりました。音声を生成するAIでは、ある人物の数秒の音声サンプルを入力するだけで、その人物の声にそっくりな合成音声を生成することも可能です。
これらの技術は、福祉やコンテンツ産業等への活用が期待されている一方、声が無断で使われることによる新たな問題も引き起こしています。最近、YouTubeやSNSのショート動画などに、アニメのキャラクターや歌手などの声をAIで再現し、その人物とは別のアーティストの楽曲を歌わせるといったコンテンツ(いわゆる「AIカバー」、「〇〇に歌わせてみた」系動画)が多数投稿されています[1]。
これらのコンテンツが作成、投稿され、多くの人に視聴されることにより、声を使われた人物の社会的なイメージが損なわれたり、その人物が本来得られるはずだった利益が得られなくなったりするという問題が生じています。
2.「声の保護」を求める動きと法的問題点
2-1. 声優業界等の動き
このような問題に対し、2023年頃から、国内外の声優団体などが中心となって、「声の保護」を求める動きが生じました。
2023年6月には、日本の声優や俳優の多くが所属する協同組合日本俳優連合が、「生成系AI技術の活用に関する提言」を発表し、その中で「声の肖像権」という権利の創設を求めました。また、2024年11月には、日本俳優連合、日本芸能マネージメント事業者協会、日本声優事業社協議会の音声業界3団体が共同で「生成AIに関する音声業界三団体の主張」を発表し、音声を生成AIで学習・利用する場合、本人許諾を得ることなどを求めました。その他、2024年10月からは、声優の有志らによる「NOMORE無断生成AI」動画が公開されています。
2-2. 現行法における「声」の保護
しかし、今の日本の法律や判例では、自分の声が他人に勝手に利用された場合に、これをやめさせる権利(そのような権利のことを、ここでは「声の権利」と呼びます。)が認められていません。
これまで、国会や各種行政機関の検討会などにおいて、新たな立法や既存の法令(著作権法、不正競争防止法等)の解釈をめぐる議論が繰り広げられましたが、いずれも、現在の法律によって「声そのもの」を保護することには限界があるという結論に至っています[2]。法律による保護が難しい場合、裁判所の判断(判例)の中で権利を確立する方法もありますが、通常この方法は数年、場合によっては数十年の比較的長い期間が必要となります。つまり、法律による方法でも、判例による方法でも、「声の権利」が法的な概念として認められ、必要な保護を受けられるようになるまでには、まだ相当の時間がかかることになりそうです。
しかし、そうしている間にも、声優や俳優をはじめ、声の無断使用によって自身の人格的・経済的利益や、ひいては仕事そのものを奪われる人々が一定数生じると想定されます。声を使われた人には、失われた利益を回復したり、予め防御したりするための方法を確立することが急務です。また、音声合成等を用いたビジネスを推進したい事業者にとっても、どのような点に注意すべきかが不明確であるため、予期せぬ訴訟や炎上といったリスクがあります。
このように、現状は「声」の提供者と利用者双方にとって、行動の予測がつきづらい状況です。さらなる被害やビジネス機会の損失を防ぐため、いち早く「声の権利」に関する明確なルール・判断基準を講じる必要があります。
3. NTT社会情報研究所での取組み
このような状況の中で、NTT社会情報研究所では、2022年からAI時代における声の無断利用問題に着目し、以来、「声の権利」に関する理論研究、および判断基準の策定に向けた取組みを進めてきました。
理論研究では、現状法的に確立していない「声の権利」という概念について法学的観点から検討し、各種論文誌や学会等で発信してきたほか[3]、2025年度からは一般社会・専門家を対象とした社会調査や複数の大学との共同研究も実施し、より専門的・多角的な検討も進めています。
これらの理論研究は、法律や判例などのルールが形成される上での基礎となりうる重要な営みです。しかし、前述の通りこれらのルールが整備されるまでには時間がかかります。そのため、ルールができるまでの間、企業や業界が自主的なガイドラインを整備し、社会的なルール(ソフトロー)を形成していくアプローチが考えられます。 NTT社会情報研究所では、「声の権利」に関する理論研究から得られた知見を活かし、音声合成技術の利活用時に留意すべき論点とリスクをまとめた資料「声の権利ガイドライン Ver.1.0」を作成し、研究成果としてNTTグループ各社に提示しました。 現在は、この「声の権利ガイドライン」を、業界や社会全体で活用できるようなガイドラインとして成長させるため、業界団体や有識者らとの連携を進めています。
4. おわりに
AIによって人の声が容易に再現できる時代において、「声」はどのように保護されるべきでしょうか。また、日々進化する技術とどう向き合い、共存していくべきでしょうか。法整備や新たな権利の確立がなされるまでの間、企業や業界が自主的なルールやガイドラインを整備しながら社会的なルール(ソフトロー)を形成していく取組みも、今後ますます重要になっていくと考えられます。「声の権利」は、法と技術の関係性について、今後社会全体で考えるべきいくつかの重要な問いを投げかけるテーマだといえるかもしれません。
関連する取組み
NTT社会情報研究所が提供した成果を利用した具体例として、NTT西日本は音声AI事業「VOICENCE」を2025年10月27日から開始しました[4]。同事業は、AI音声合成と独自の権利保護技術を組み合わせることによって、声を守ると同時に、声を正しく活用し、経済・社会に新たな価値をもたらすことをめざしており、声の権利保護に関する手続きにおいて、NTT社会情報研究所の研究成果が活用されています。
参考文献
[1]特定非営利活動法人 肖像パブリシティ権擁護監視機構「生成 AI 時代における肖像権・パブリシティ権等における侵害疑義事案の実態を初調査 ~業界初の大規模実態調査で判明 現状と今後の課題が浮き彫りに~」
参考:コナン君に「#歌わせてみた」流行曲、実はAI偽音声...困惑する声優たち「対処しようがない」: 読売新聞
[3]荒岡草馬=篠田詩織=藤村明子=成原慧「声の人格権に関する検討」情報ネットワーク・ローレビュー第22巻、成原慧・荒岡草馬「AIと『声の権利』」Law&Technology 106号など。
[4]【NTT西日本】NTT西日本が"声の権利"を守り、"声の価値"を高める音声AI事業「VOICENCE」を開始 ~"公認AI"により、AI音声の健全なビジネス活用を促進する仕組みを構築~|ニュースリリース - 通信・ICTサービス・ソリューション